魔法使いの漂流者

三幸奨励

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絶海孤島編

第5話 空と地と

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翌朝、拠点を出た。
川沿いを北へ。
昨日刻んだ地図の、まだ白紙の部分を埋めに行く。
《波長理解》を薄く流しながら歩く。
魔力の揺らぎは遠い。今日は穏やかな朝だ。
森を抜けると、視界が開けた。
広い草原。地平まで続く緑。
風が強い。草が波のようにうねる。
「……こんな場所もあったのか」
島の印象が、また少し変わった。
森ばかりだと思っていたけど、違う。
地図に草原を書き加える。
川の支流らしき細い水脈も見える。水源が複数あるなら、拠点の候補も増える。
「ねえ、案内人。草原の魔力濃度は?」
『森より低めです。開けた地形のため、大型個体の縄張りになりやすい傾向があります』
「大型か……」
『ただし、現在の反応は遠距離です。警戒は維持しつつ進めます』
「了解」
草原の中央付近まで来たとき、影が落ちた。
空から。
「……っ」
見上げた瞬間、巨大な翼が視界を塞いだ。
鷹に似た体躯、だが翼の幅は十メートルを超える。全身を覆う羽根が金属質に光っている。
『警告。大型飛行個体です。急速接近中』
「逃げ——」
遅かった。
鋭い爪が、肩を掴む。
地面が遠ざかる。
高い。
あっという間に、森の天辺より高く引き上げられた。
「っ、放して……!」
火球を放つ。
至近距離で爆発。
爪が緩んだ。
落ちた。
草原まで、遠い。
……ああ。
暗転。



「――ぐっ!」
草原。地面。
空を見上げると、飛行魔物がまだ旋回している。
『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、少』
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』
光が浮かぶ。
『飛行魔物の羽根構造理解:飛行速度・機動性向上』
『金属羽根の波長理解:耐衝撃適性向上』
『高速移動技法:急加速・急制動の習得』
「……高速移動」
頭の中に流れ込む。
魔力を脚に集中させ、地面を蹴る感覚。空気を掴む感覚。重力に逆らう、ではなく、重力を利用して跳ぶ。
ただし、空中での戦闘は別だ。
魔物が急降下してくる。
「来い」
魔力を脚に集める。
魔物が爪を伸ばした瞬間——
横に跳んだ。
速い。
自分でも驚くほど速い。
爪が空を切る。
着地。
振り返る。
魔物が旋回して戻ってくる。
「でも、空には届かないな」
飛行魔物の強みは高度だ。地上にいる限り、こちらは常に受け身になる。
火球を上に向けて撃っても、あの速度では当たらない。
また急降下。
跳んで避ける。
また旋回。
消耗戦だ。
このままでは——
爪が、脇腹を掠めた。
深い。
視界が歪む。
立てない。
魔物が、上空で旋回を止めた。
真上から、垂直に落ちてくる。
……終わりか。
暗転。



「――ぐっ!」
また草原。
魔物は上空を旋回している。
『スキル《死に戻り》を使用しました。エネルギー残量、極少』
極少。
次はない。
『スキル《認識転写》を使用します。15秒間のみ、1つの追加スキルの取得が可能です』
光が浮かぶ。
『飛行魔物の急所理解:致命部位の把握』
『慧眼:攻撃の意図を先読みする』
『金属羽根硬化理解:防御特性の把握』
「……慧眼」
頭の中に、何かが宿る感覚。
ただの理解じゃない。もっと広い。もっと深い。
世界の見え方が、変わった。
魔物を見上げる。
羽根の付け根。左の翼の、第三関節。そこだけ、羽根の色が微妙に違う。古傷か。弱い部位だ。
それが、はっきり見えた。
「……あそこか」
魔物が急降下してくる。
魔力を脚に集める。
《高速移動》で横に跳ぶ。
魔物が通り過ぎる瞬間——
左翼の第三関節に、火球を叩き込んだ。
炸裂。
魔物が、空中でバランスを崩した。
翼が折れた。
地面に叩きつけられる。
砂埃が上がる。
魔物は立ち上がろうとする。
だが、翼が動かない。
「終わりだ」
収束した火球を、急所に叩き込んだ。
三発。
四発。
咆哮。
静寂。
『敵対個体の生命反応、消失』
『討伐によるエネルギー回復を確認。残量、少』
『経験値を獲得しました』
「……はぁ」
草原に倒れ込む。
空が青い。
風が、草を揺らしている。
「次で死んでたね」
『はい』
「極少って、本当にギリギリだな」
『次の死亡前に戦闘での回復を優先することを推奨します』
「分かってる」
しばらく、風の音だけが聞こえた。



魔物の羽根を数枚、引き抜いた。
金属質で軽い。刃物として使えるかもしれない。
肉も一部、切り分けた。
地図に草原を描き足しながら、《慧眼》について考える。
「ねえ、案内人。《慧眼》って《波長理解》とどう違うの?」
『《波長理解》は魔力の流れを読むスキルです。動きの予測や感情の把握が主な用途です』
『《慧眼》は対象の意図を本質的に読み取るスキルです。攻撃の動作が始まる前に、その意図が見えます』
「……だから翼の古傷が見えたのか」
『正確には、攻撃の起点となる部位を先に察知した結果です。経験を積むほど、読み取れる精度が上がる可能性があります』
「……便利すぎて怖いな」
『使い方次第です』
「そうだね」
拠点への帰り道。
森の入口で、白灰の影が待っていた。
「また来たのか」
狼は動かない。ただ、こちらを見ている。
『波長を読みます』
案内人が、珍しく先に動いた。
『……心配、しています』
「僕のことを?」
狼は少し目を逸らした。
「お前が死ぬ気配がした」
「死んだよ。二回」
狼は何も言わなかった。
ただ、耳が少し伏せられた。
「……ねえ」
僕は少し考えてから、口を開いた。
「僕はこの島を変えようとしてる。強いも弱いも関係なく、生きていける場所を作りたい」
狼は黙って聞いている。
「一人じゃ無理だから。手伝ってほしい」
沈黙。
風が草を揺らす。
遠くで鳥の声がした。
「……落ちた者が、島を変えようとするのか」
「おかしいかな」
「……おかしい」
でも、と狼は続けた。
「嫌いじゃない」
僕は少し笑った。
「名前、ある?」
「ない」
「じゃあ、僕がつけてもいい?」
狼は少し考えた。
「……好きにしろ」
白灰の毛並み。静かな目。
「シロ。どうかな」
「……悪くない」
シロは、僕の隣を歩き始めた。
拠点への道。
二人分の足音が、森に響く。
僕は地図を見下ろした。
草原が、新しく加わった。
仲間の名前も、まだ白紙の余白に、小さく刻んだ。
シロ。
一人目だ。
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