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絶海孤島編
第6話 故郷
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拠点に戻ると、シロがいた。
岩壁の下、火の近く。丸まって目を閉じている。寝ているのかと思ったけど、僕が荷物を下ろす音に耳がぴくりと動いた。
「戻ったか」
「ただいま」
我ながら妙な返し方だと思ったけど、シロは特に何も言わなかった。
鎧熊の残りの肉を火にかける。脂が落ちて、香ばしい匂いが広がった。今日仕留めた飛行魔物の肉も一部切り分けて並べる。こちらは脂が少なく、淡白な味だった。昨日より少し、手際が良くなっている気がした。
「食べるか」
「……もらう」
シロは静かに近づいて、肉を受け取った。行儀よく、ゆっくりと食べる。がつがつしていない。育ちが良いのか、それともこの島で生き抜いてきた余裕なのか。
しばらく、火の音だけが続いた。
「お前は」
シロが口を開いたのは、食べ終わってからだった。
「なぜここにいる」
「流れ着いたんだ」と僕は答えた。
「海で魔物と戦って、負けて、気づいたらここにいた」
「負けたのか」
「三回」
シロの耳が少し動いた。
「……死んだのか」
「死んだよ。でも、なぜか生き返る」
シロはしばらく黙って、じっとこちらを見ていた。嘘を疑っているわけじゃない。ただ、意味を理解しようとしている目だった。
「生き返る、とはどういうことだ」
「僕にも最初はよく分からなかった。でも、死ぬとその場で元に戻る。時間は戻らないけど、体は戻る」
「……不思議な力だな」
「そうなんだよね」
と僕は苦笑いした。
「しかも死ぬたびに、新しい力を一つだけ身につけられる。今持っている力も、ほとんどここで死んで覚えたものだ」
シロはしばらく考えていた。
「その力に、名前はあるのか」
「スキル、って呼ばれてる。人間の世界では」
「スキル」
シロは言葉を確かめるように繰り返した。
「僕たちの間では、そういう呼び方はしないのか」
と聞くと、シロは少し首を傾けた。
「力は力だ。名前をつけるものではない」
なるほど。そういう感覚なのか。
「人間の世界では、誰もが一つだけ持って生まれてくるんだ。その力の種類で、向き不向きが決まる」
「お前は?」
「僕は、魔法が使えるスキルを持って生まれた。でも才能が低くて、弱い魔法しか使えなかった」
「それで、生き返る力は」
「これは……」
僕は少し考えた。
「たぶん、特別なんだと思う。本来、一人が持てる力は一つだけだから」
シロはまた黙った。
川の音が、遠くから聞こえる。
「一つしか持てないのに、お前は複数持っている、ということか」
「そうなる、ね」
「……それは、すごいことなのか」
「人間の世界では、二つ持ってるだけで神に愛された者って呼ばれるらしい」
シロが、ちらりとこちらを見た。
「お前は、いくつ持っている」
「今は……」僕は指を折って数えた。
「五つ、かな」
シロの耳がぴんと立った。
しばらく沈黙が続いた。
風が吹いて、火が揺れた。
「……信じられないが」とシロはゆっくり言った。「嘘をついているようにも見えない」
「嘘ついても得しないからね」と僕は笑った。
*
「お前は」
しばらくしてから、シロがまた口を開いた。
「なぜ冒険者になった」
「お金のためだよ」
即答すると、シロは少し意外そうな顔をした。
「夢があったわけじゃないのか」
「ないよ。孤児だったから、施設を出たら自分で食っていくしかなくて。魔法が使えたから冒険者になった。それだけ」
「……寂しくはなかったのか」
僕は少し考えた。
「寂しかったと思う。でも、寂しいって思ってても状況は変わらないから。やれることをやるしかない、って感じで生きてきた」
シロは黙って聞いていた。
「帰りたいか?」
唐突に聞かれた。
僕は川の方を向いたまま、少し間を置いた。
「……さあ。」
「でも」と続けた。
「ここで何かを作れるなら、それはそれでいいかな、って今は思ってる」
「……それが、国か」
「そう」
シロはしばらく黙っていた。耳が少し伏せられている。
「お前は変な人間だな」
「よく言われた」
「誰に」
「施設の人に」
シロがこちらを見た。
何かを言いたそうな顔だったが、また黙った。
その沈黙が、不思議と嫌じゃなかった。
*
「一つだけ言っていいか」
シロが立ち上がりながら言った。
「どうぞ」
「無駄に死ぬな」
僕は少し笑った。
「そうだね」
シロは短く鼻を鳴らして、岩壁の方へ戻っていった。
*
その日の午後、二人で島の北側を探索した。
シロが先行して匂いを嗅ぎ、僕が波長を確認する。二人でやると、一人より格段に安全だった。
「あそこに水場がある」
「魔物の反応は?」
「小さいのが二匹。怯えてる」
慧眼を向ける。攻撃の意図はない。ただ水を飲みに来ているだけだ。
「放っておこう」
「ああ」
岩場を越えると、開けた台地に出た。
見晴らしがいい。島の南側まで見渡せる。海が光っている。
「ここいいな」
地図に書き加える。台地。見晴らし良好。魔力濃度、低。
シロが台地の端に座って、海を見ていた。
僕も隣に腰を下ろした。
「……本当にできると思っているのか」
「できると思ってなかったら言わないよ」
「無謀だとは思わないのか」
「思う」
僕は海を見ながら言った。
「でも、無謀かどうかと、やるかどうかは別の話だと思って」
シロはしばらく黙っていた。
風が吹いて、白灰の毛並みが揺れた。
やがて、ぽつりと言った。
「……嫌いじゃない、そういうところ」
僕は少し驚いて、それからまた笑った。
「ありがとう」
海を見る。
水平線の向こうに、故郷がある。
懐かしいとは、あまり思わない。
でも。
隣に誰かがいるのは、悪くない。
初めて、そう思った。
*
夜、拠点の火を眺めながら、地図を広げた。
今日新たに加わった場所に線を刻む。台地。北の水場。岩場の抜け道。
シロが隣で目を閉じている。
寝息が聞こえる。
「案内人」
『はい』
「僕って、やっぱり変かな」
『定義によります』
「スキルが複数ある時点で、普通じゃないよね」
『はい。世界的に見て、極めて稀です』
「なんで僕だったんだろうな」
しばらく間があった。
案内人が間を置くのは、珍しい。
『不明です。ただ』
また、一拍置いた。
『条件を満たしたのは、カルド様です』
僕は少し笑った。
「そうか」
火が、静かに燃えている。
シロの寝息が、続いている。
地図はまだ、半分以上が白紙だ。
でも今日、また少し埋まった。
カルドは地図を折りたたんで、目を閉じた。
岩壁の下、火の近く。丸まって目を閉じている。寝ているのかと思ったけど、僕が荷物を下ろす音に耳がぴくりと動いた。
「戻ったか」
「ただいま」
我ながら妙な返し方だと思ったけど、シロは特に何も言わなかった。
鎧熊の残りの肉を火にかける。脂が落ちて、香ばしい匂いが広がった。今日仕留めた飛行魔物の肉も一部切り分けて並べる。こちらは脂が少なく、淡白な味だった。昨日より少し、手際が良くなっている気がした。
「食べるか」
「……もらう」
シロは静かに近づいて、肉を受け取った。行儀よく、ゆっくりと食べる。がつがつしていない。育ちが良いのか、それともこの島で生き抜いてきた余裕なのか。
しばらく、火の音だけが続いた。
「お前は」
シロが口を開いたのは、食べ終わってからだった。
「なぜここにいる」
「流れ着いたんだ」と僕は答えた。
「海で魔物と戦って、負けて、気づいたらここにいた」
「負けたのか」
「三回」
シロの耳が少し動いた。
「……死んだのか」
「死んだよ。でも、なぜか生き返る」
シロはしばらく黙って、じっとこちらを見ていた。嘘を疑っているわけじゃない。ただ、意味を理解しようとしている目だった。
「生き返る、とはどういうことだ」
「僕にも最初はよく分からなかった。でも、死ぬとその場で元に戻る。時間は戻らないけど、体は戻る」
「……不思議な力だな」
「そうなんだよね」
と僕は苦笑いした。
「しかも死ぬたびに、新しい力を一つだけ身につけられる。今持っている力も、ほとんどここで死んで覚えたものだ」
シロはしばらく考えていた。
「その力に、名前はあるのか」
「スキル、って呼ばれてる。人間の世界では」
「スキル」
シロは言葉を確かめるように繰り返した。
「僕たちの間では、そういう呼び方はしないのか」
と聞くと、シロは少し首を傾けた。
「力は力だ。名前をつけるものではない」
なるほど。そういう感覚なのか。
「人間の世界では、誰もが一つだけ持って生まれてくるんだ。その力の種類で、向き不向きが決まる」
「お前は?」
「僕は、魔法が使えるスキルを持って生まれた。でも才能が低くて、弱い魔法しか使えなかった」
「それで、生き返る力は」
「これは……」
僕は少し考えた。
「たぶん、特別なんだと思う。本来、一人が持てる力は一つだけだから」
シロはまた黙った。
川の音が、遠くから聞こえる。
「一つしか持てないのに、お前は複数持っている、ということか」
「そうなる、ね」
「……それは、すごいことなのか」
「人間の世界では、二つ持ってるだけで神に愛された者って呼ばれるらしい」
シロが、ちらりとこちらを見た。
「お前は、いくつ持っている」
「今は……」僕は指を折って数えた。
「五つ、かな」
シロの耳がぴんと立った。
しばらく沈黙が続いた。
風が吹いて、火が揺れた。
「……信じられないが」とシロはゆっくり言った。「嘘をついているようにも見えない」
「嘘ついても得しないからね」と僕は笑った。
*
「お前は」
しばらくしてから、シロがまた口を開いた。
「なぜ冒険者になった」
「お金のためだよ」
即答すると、シロは少し意外そうな顔をした。
「夢があったわけじゃないのか」
「ないよ。孤児だったから、施設を出たら自分で食っていくしかなくて。魔法が使えたから冒険者になった。それだけ」
「……寂しくはなかったのか」
僕は少し考えた。
「寂しかったと思う。でも、寂しいって思ってても状況は変わらないから。やれることをやるしかない、って感じで生きてきた」
シロは黙って聞いていた。
「帰りたいか?」
唐突に聞かれた。
僕は川の方を向いたまま、少し間を置いた。
「……さあ。」
「でも」と続けた。
「ここで何かを作れるなら、それはそれでいいかな、って今は思ってる」
「……それが、国か」
「そう」
シロはしばらく黙っていた。耳が少し伏せられている。
「お前は変な人間だな」
「よく言われた」
「誰に」
「施設の人に」
シロがこちらを見た。
何かを言いたそうな顔だったが、また黙った。
その沈黙が、不思議と嫌じゃなかった。
*
「一つだけ言っていいか」
シロが立ち上がりながら言った。
「どうぞ」
「無駄に死ぬな」
僕は少し笑った。
「そうだね」
シロは短く鼻を鳴らして、岩壁の方へ戻っていった。
*
その日の午後、二人で島の北側を探索した。
シロが先行して匂いを嗅ぎ、僕が波長を確認する。二人でやると、一人より格段に安全だった。
「あそこに水場がある」
「魔物の反応は?」
「小さいのが二匹。怯えてる」
慧眼を向ける。攻撃の意図はない。ただ水を飲みに来ているだけだ。
「放っておこう」
「ああ」
岩場を越えると、開けた台地に出た。
見晴らしがいい。島の南側まで見渡せる。海が光っている。
「ここいいな」
地図に書き加える。台地。見晴らし良好。魔力濃度、低。
シロが台地の端に座って、海を見ていた。
僕も隣に腰を下ろした。
「……本当にできると思っているのか」
「できると思ってなかったら言わないよ」
「無謀だとは思わないのか」
「思う」
僕は海を見ながら言った。
「でも、無謀かどうかと、やるかどうかは別の話だと思って」
シロはしばらく黙っていた。
風が吹いて、白灰の毛並みが揺れた。
やがて、ぽつりと言った。
「……嫌いじゃない、そういうところ」
僕は少し驚いて、それからまた笑った。
「ありがとう」
海を見る。
水平線の向こうに、故郷がある。
懐かしいとは、あまり思わない。
でも。
隣に誰かがいるのは、悪くない。
初めて、そう思った。
*
夜、拠点の火を眺めながら、地図を広げた。
今日新たに加わった場所に線を刻む。台地。北の水場。岩場の抜け道。
シロが隣で目を閉じている。
寝息が聞こえる。
「案内人」
『はい』
「僕って、やっぱり変かな」
『定義によります』
「スキルが複数ある時点で、普通じゃないよね」
『はい。世界的に見て、極めて稀です』
「なんで僕だったんだろうな」
しばらく間があった。
案内人が間を置くのは、珍しい。
『不明です。ただ』
また、一拍置いた。
『条件を満たしたのは、カルド様です』
僕は少し笑った。
「そうか」
火が、静かに燃えている。
シロの寝息が、続いている。
地図はまだ、半分以上が白紙だ。
でも今日、また少し埋まった。
カルドは地図を折りたたんで、目を閉じた。
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