魔法使いの漂流者

三幸奨励

文字の大きさ
6 / 20
絶海孤島編

第6話 故郷

しおりを挟む
拠点に戻ると、シロがいた。

岩壁の下、火の近く。丸まって目を閉じている。寝ているのかと思ったけど、僕が荷物を下ろす音に耳がぴくりと動いた。

「戻ったか」
「ただいま」

我ながら妙な返し方だと思ったけど、シロは特に何も言わなかった。

鎧熊の残りの肉を火にかける。脂が落ちて、香ばしい匂いが広がった。今日仕留めた飛行魔物の肉も一部切り分けて並べる。こちらは脂が少なく、淡白な味だった。昨日より少し、手際が良くなっている気がした。

「食べるか」
「……もらう」

シロは静かに近づいて、肉を受け取った。行儀よく、ゆっくりと食べる。がつがつしていない。育ちが良いのか、それともこの島で生き抜いてきた余裕なのか。

しばらく、火の音だけが続いた。

「お前は」

シロが口を開いたのは、食べ終わってからだった。

「なぜここにいる」

「流れ着いたんだ」と僕は答えた。
「海で魔物と戦って、負けて、気づいたらここにいた」

「負けたのか」

「三回」

シロの耳が少し動いた。

「……死んだのか」
「死んだよ。でも、なぜか生き返る」

シロはしばらく黙って、じっとこちらを見ていた。嘘を疑っているわけじゃない。ただ、意味を理解しようとしている目だった。

「生き返る、とはどういうことだ」
「僕にも最初はよく分からなかった。でも、死ぬとその場で元に戻る。時間は戻らないけど、体は戻る」

「……不思議な力だな」

「そうなんだよね」
と僕は苦笑いした。
「しかも死ぬたびに、新しい力を一つだけ身につけられる。今持っている力も、ほとんどここで死んで覚えたものだ」

シロはしばらく考えていた。

「その力に、名前はあるのか」

「スキル、って呼ばれてる。人間の世界では」

「スキル」

シロは言葉を確かめるように繰り返した。

「僕たちの間では、そういう呼び方はしないのか」
と聞くと、シロは少し首を傾けた。

「力は力だ。名前をつけるものではない」

なるほど。そういう感覚なのか。

「人間の世界では、誰もが一つだけ持って生まれてくるんだ。その力の種類で、向き不向きが決まる」

「お前は?」

「僕は、魔法が使えるスキルを持って生まれた。でも才能が低くて、弱い魔法しか使えなかった」

「それで、生き返る力は」

「これは……」

僕は少し考えた。

「たぶん、特別なんだと思う。本来、一人が持てる力は一つだけだから」

シロはまた黙った。
川の音が、遠くから聞こえる。

「一つしか持てないのに、お前は複数持っている、ということか」
「そうなる、ね」
「……それは、すごいことなのか」
「人間の世界では、二つ持ってるだけで神に愛された者って呼ばれるらしい」

シロが、ちらりとこちらを見た。

「お前は、いくつ持っている」
「今は……」僕は指を折って数えた。
「五つ、かな」
シロの耳がぴんと立った。
しばらく沈黙が続いた。
風が吹いて、火が揺れた。

「……信じられないが」とシロはゆっくり言った。「嘘をついているようにも見えない」

「嘘ついても得しないからね」と僕は笑った。



「お前は」

しばらくしてから、シロがまた口を開いた。

「なぜ冒険者になった」

「お金のためだよ」

即答すると、シロは少し意外そうな顔をした。

「夢があったわけじゃないのか」
「ないよ。孤児だったから、施設を出たら自分で食っていくしかなくて。魔法が使えたから冒険者になった。それだけ」

「……寂しくはなかったのか」

僕は少し考えた。

「寂しかったと思う。でも、寂しいって思ってても状況は変わらないから。やれることをやるしかない、って感じで生きてきた」

シロは黙って聞いていた。

「帰りたいか?」

唐突に聞かれた。
僕は川の方を向いたまま、少し間を置いた。

「……さあ。」

「でも」と続けた。
「ここで何かを作れるなら、それはそれでいいかな、って今は思ってる」

「……それが、国か」

「そう」

シロはしばらく黙っていた。耳が少し伏せられている。

「お前は変な人間だな」
「よく言われた」
「誰に」
「施設の人に」

シロがこちらを見た。
何かを言いたそうな顔だったが、また黙った。

その沈黙が、不思議と嫌じゃなかった。



「一つだけ言っていいか」

シロが立ち上がりながら言った。

「どうぞ」
「無駄に死ぬな」

僕は少し笑った。

「そうだね」

シロは短く鼻を鳴らして、岩壁の方へ戻っていった。



その日の午後、二人で島の北側を探索した。

シロが先行して匂いを嗅ぎ、僕が波長を確認する。二人でやると、一人より格段に安全だった。

「あそこに水場がある」
「魔物の反応は?」
「小さいのが二匹。怯えてる」

慧眼を向ける。攻撃の意図はない。ただ水を飲みに来ているだけだ。

「放っておこう」
「ああ」

岩場を越えると、開けた台地に出た。
見晴らしがいい。島の南側まで見渡せる。海が光っている。

「ここいいな」

地図に書き加える。台地。見晴らし良好。魔力濃度、低。

シロが台地の端に座って、海を見ていた。
僕も隣に腰を下ろした。

「……本当にできると思っているのか」
「できると思ってなかったら言わないよ」
「無謀だとは思わないのか」
「思う」

僕は海を見ながら言った。

「でも、無謀かどうかと、やるかどうかは別の話だと思って」

シロはしばらく黙っていた。
風が吹いて、白灰の毛並みが揺れた。

やがて、ぽつりと言った。

「……嫌いじゃない、そういうところ」

僕は少し驚いて、それからまた笑った。

「ありがとう」

海を見る。
水平線の向こうに、故郷がある。
懐かしいとは、あまり思わない。

でも。
隣に誰かがいるのは、悪くない。

初めて、そう思った。



夜、拠点の火を眺めながら、地図を広げた。

今日新たに加わった場所に線を刻む。台地。北の水場。岩場の抜け道。

シロが隣で目を閉じている。
寝息が聞こえる。

「案内人」
『はい』
「僕って、やっぱり変かな」
『定義によります』
「スキルが複数ある時点で、普通じゃないよね」
『はい。世界的に見て、極めて稀です』
「なんで僕だったんだろうな」

しばらく間があった。
案内人が間を置くのは、珍しい。

『不明です。ただ』

また、一拍置いた。

『条件を満たしたのは、カルド様です』

僕は少し笑った。

「そうか」

火が、静かに燃えている。
シロの寝息が、続いている。

地図はまだ、半分以上が白紙だ。
でも今日、また少し埋まった。

カルドは地図を折りたたんで、目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~

チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!? 魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで! 心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく-- 美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

アイムキャット❕~異世界キャット驚く漫遊記~

ma-no
ファンタジー
 神様のミスで森に住む猫に転生させられた元人間。猫として第二の人生を歩むがこの世界は何かがおかしい。引っ掛かりはあるものの、猫家族と楽しく過ごしていた主人公は、ミスに気付いた神様に詫びの品を受け取る。  その品とは、全世界で使われた魔法が載っている魔法書。元人間の性からか、魔法書で変身魔法を探した主人公は、立って歩く猫へと変身する。  世界でただ一匹の歩く猫は、人間の住む街に行けば騒動勃発。  そして何故かハンターになって、王様に即位!?  この物語りは、歩く猫となった主人公がやらかしながら異世界を自由気ままに生きるドタバタコメディである。 注:イラストはイメージであって、登場猫物と異なります。   R指定は念の為です。   登場人物紹介は「11、15、19章」の手前にあります。   「小説家になろう」「カクヨム」にて、同時掲載しております。   一番最後にも登場人物紹介がありますので、途中でキャラを忘れている方はそちらをお読みください。

【完結】まもの牧場へようこそ!~転移先は魔物牧場でした ~-ドラゴンの子育てから始める異世界田舎暮らし-

いっぺいちゃん
ファンタジー
平凡なサラリーマン、相原正人が目を覚ましたのは、 見知らぬ草原に佇むひとつの牧場だった。 そこは、人に捨てられ、行き場を失った魔物の孤児たちが集う場所。 泣き虫の赤子ドラゴン「リュー」。 やんちゃなフェンリルの仔「ギン」。 臆病なユニコーンの仔「フィーネ」。 ぷるぷる働き者のスライム「モチョ」。 彼らを「処分すべき危険種」と呼ぶ声が、王都や冒険者から届く。 けれど正人は誓う。 ――この子たちは、ただの“危険”なんかじゃない。 ――ここは、家族の居場所だ。 癒やしのスキル【癒やしの手】を頼りに、 命を守り、日々を紡ぎ、 “人と魔物が共に生きる未来”を探していく。 ◇ 🐉 癒やしと涙と、もふもふと。 ――これは、小さな牧場から始まる大きな物語。 ――世界に抗いながら、共に暮らすことを選んだ者たちの、優しい日常譚。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】モンスターに好かれるテイマーの僕は、チュトラリーになる!

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 15歳になった男子は、冒険者になる。それが当たり前の世界。だがクテュールは、冒険者になるつもりはなかった。男だけど裁縫が好きで、道具屋とかに勤めたいと思っていた。 クテュールは、15歳になる前日に、幼馴染のエジンに稽古すると連れ出され殺されかけた!いや、偶然魔物の上に落ち助かったのだ!それが『レッドアイの森』のボス、キュイだった!

ヤンデレ女神と征く開拓スローライフ。

山椒
ファンタジー
両親に、友達に、恋人に、嫁に裏切られ続けた男、神室千照は絶望して自ら命を絶った。 すべてが終わるという安堵感であったが次に目覚めた時には女神が目の前にいた。 千照のことをずっと見ていた女神、アマテラスは千照に異世界転生を提案する。 まだ人生に未練があった千照はそれを受け入れ、二度目の人生を送ることになる。 だが千照は知らなかった。千照にはとてつもない才能が秘められていることを。 千照は知らなかった。アマテラスがヤンデレであることを。 千照は知らなかった。彼を裏切らないものはとてつもない人格の持ち主であることを。

処理中です...