魔法使いの漂流者

三幸奨励

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絶海孤島編

第16話 言葉のかたち

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最初に提案したのはレイスだった。

「案内人に頼りきりでは限界がある」と、ある朝の作業中に言った。「伝言が一度案内人を通るたびに、微妙なニュアンスが削られる。今はそれでも動けているが、仲間が増えれば増えるほど、取りこぼしが大きくなる」

「共通の言葉を作るということですか」

「作るか、どちらかが覚えるか。ゴブリンに人間の言葉を教えるか、私たちがゴブリン語を覚えるか」

「両方やる、ではいけませんか」

レイスが少し考えた。「理想はそうだが、どちらかに絞った方が習得は早い。ゴブリンは三十人いる。私たちは六人だ」

「でも、六人が覚えれば済む」

「そうだ。ただ——」レイスが少し間を置いた。「ゴブリンに人間の言葉を覚えてもらう方が、この先の意味は大きいと思う。外から人間が来たとき、彼らが自分で話せる方がいい。私たちがいつでも仲介できるわけではない」

それは確かだった。

「デルタと話してみます」



デルタは、「前から考えていた」と言った。

『「言葉が通じれば、もっと多くのことができる。ただ、うちの者たちにその意志があるかどうかは分からない。聞いてみないと」』

「押しつけたくはないので、やりたい者だけでいい」

案内人が伝える。

デルタが拠点組のゴブリンたちに声をかけた。

全員が手を挙げた。

「……全員ですか」

『「仲間がやるなら俺もやる、という者が半分。本当にやりたい者が半分だ。それでいいのか」』

「十分です」

デルタが短く笑った。



教えることになったのは、主にレイスとカルドだった。

レイスは「文法から入る」派だった。語順・助詞の機能・活用のパターンを整理して、枠組みを先に伝える。

カルドは「使いながら覚える」派だった。今日使う言葉を今日教える。明日になったら昨日の言葉を使いながら新しい言葉を加える。

「どちらが正しいとかではない」とレイスが言った。「向き不向きがある。分けてやってみよう」

結果として、レイスの組とカルドの組に自然と分かれた。

レイスの組にはモルダ、ザギン、トルブ、そしてキズラが入った。モルダはすぐに頷いて枠組みを飲み込む。ザギンは二度繰り返して確かめる。トルブは黙って目が緩む。キズラは「なぜこの語順なのか」を必ず聞いた。

カルドの組にはネグル、コト、ガンズ、ドグロ、バルチが入った。ネグルはカルドの隣が定位置なので、当然のように入ってきた。コトは「言葉なんて使えば分かる」という顔をして座った。ガンズは訓練と並行してやる気だった。

ドナンの組のゴブリンたちは、道具を使いながら単語を覚える方向になった。ドナンが「これが金鎚。これが鑢。これが岩」と物を指差しながら言う。グラッグが「金鎚、金鎚」と繰り返しながら作業をする。ドナンは教えている顔をまったくしていなかったが、ゴブリンたちはちゃんと覚えていった。

ファルの組――テオ、ウルジ、そして後から加わった数名――は、訓練中に動作の名前を覚えた。「踏み込む」「引く」「見ろ」。ファルの指示は短い。だからかえって覚えやすかったのかもしれない。



最初の二週間は、単語だった。

食べ物、道具、体の部位、方向、天気。毎日少しずつ積み上げた。

ゴブリンたちは発音が難しかった。人間の言葉には、ゴブリン語にない音がいくつかある。巻き舌の音と、唇を閉じてから開く破裂音が特に苦手だった。

ネグルが「ぷ」の音を練習するのに三日かかった。できるようになったとき、「ぷ!」と言いながら飛び跳ねた。

コトは発音を間違えても動じなかった。間違えたまま使って、カルドが直して、もう一度使う。それを繰り返した。間違いを恥ずかしがらないのがコトらしかった。

ガンズは訓練の休憩中に単語帳のようなものを作り始めた。木の皮に、ゴブリン語と人間語を並べて書く。「これは正しいか」と毎日カルドに見せに来た。

三週間目から、簡単な文になった。

「お腹が空いた」「水が欲しい」「ここに置く」「一緒に行く」。

最初にまともな文を話したのはキズラだった。

「この柱、ここに置く。合っている、か」

レイスが「『合っていますか』だが、意味は通じた」と言った。

キズラが短く頷いた。翌日から語尾に「か」をつけることを覚えた。



一か月が過ぎた頃、ゴブリンたちが案内人なしで短い会話をするようになった。

「カルド、今日どこ行く」

「北を少し見てきます」

「一人は危ない。俺も行く」

「ガンズ、今日は訓練があるでしょう」

「ファルに言う。訓練は後でいい」

「……駄目です」

ガンズが「なぜ」という顔をした。

「ファルが怖いから」

ガンズが少し考えた。「それは、正しい」と言って、訓練に戻った。

ドナンとグラッグの間では、独自の会話が成立し始めた。ドナンの言葉は短い。グラッグも短く返す。ほとんど「これ」「そこ」「違う」「もう一度」の四語で成立していた。

「あの二人、会話できてますか」とレイスが聞いた。

「できています。ただ、あの二人の基準では」

「……まあ、いいか」

テオはファルの動作の名前をすべて覚えた。それだけでなく、他の訓練生に「ここは踏み込む」「引く前に見ろ」と指示を出すようになった。ファルに許可を取らずに。

ファルが「勝手にやるな」と言った。

テオが「なぜか」と聞いた。

「お前はまだ教えられる段階にない」

テオが少し間を置いた。「いつになったら教えられる」

ファルが短く息を吐いた。「分かったら言う」

「それは、いつ」

「……しつこい」

「ファルに似た」

ファルが止まった。それから、ほんの少しだけ口角を上げた。「そうかもしれない」と言って、訓練を再開した。



二か月目に入ると、複雑な話ができるようになってきた。

コトがある夜、火のそばでカルドに言った。

「カルド。一つ、聞いていい」

「どうぞ」

「国を作る、と言った。国とは、何か」

「……難しい質問です」

「分からないのか」

「分からないわけではない。でも、正確に言えるかどうか」

コトが火を見た。「俺たちの村も、国か」

「そうかもしれない。ただ、もっと大きいものを目指したいと思っている」

「大きい、とは」

「今は、人間と魔物とゴブリンが一緒にいる。でも、外の世界では、それは普通じゃない。強い者が弱い者を踏みにじることが多い。僕はそれが嫌だ。強くても弱くても、関係なく生きていける場所を作りたい」

コトが少し考えた。

「それは、難しい」

「難しいです」

「でも、やる」

「やります」

コトが火を見たまま、短く言った。「俺も、やる」

「……ありがとう」

「礼はいらない。俺がやりたいからやる」

コトらしかった。



三か月目になると、ゴブリンたちは日常の作業のほとんどを人間の言葉でこなせるようになった。

案内人を使うのは、複雑な感情を伝えるときか、どうしても言葉が見つからないときだけになった。

デルタが「早い」と言った。

「みんなが本気でやってくれたからです」

『「俺も少しは教えた」』

「デルタが最初に全員に声をかけてくれたおかげです」

デルタが短く鼻を鳴らした。それからしばらく黙って、「カルド」と言った。

「何ですか」

『「お前は、言葉を覚えさせながら、一人ひとりを見ていた。モルダは枠組みで覚える。ネグルは隣で覚える。ガンズは書いて覚える。それぞれに合わせていた」』

「気づいていましたか」

『「リーダーは気づく。……俺にはそれが難しかった。全員をひとかたまりで見てしまう」』

「デルタは全員を守っていた。それは僕にはできない」

デルタが少し目を細めた。

『「役割が違うのかもしれない」』

「そうかもしれません」

しばらく、火の音だけがあった。

デルタが立ち上がった。「村に戻る。明日また来る」

「気をつけて」

デルタが歩き出した。振り返らずに、手を上げた。



四か月目に入ったとき、最初の「本当の会話」があった。

ウルジがファルを訪ねてきた。訓練が終わった後の夕方だった。

「ファル。少し話していいか」

ファルが剣の手入れをしながら「話せ」と言った。

「俺は、戦士になりたくない」

「知っている」

「守る者になりたい。でも、守るためには強くならないといけない。それは分かっている」

「それで」

「ファルは、仲間を守れなかったことがあるか」

ファルの手が止まった。

ウルジが続けた。「悪い質問なら、忘れていい。ただ、俺はいつか、仲間を守れなかったときのことを考えてしまう。そのときどうすればいいか、分からない」

ファルが剣を置いた。

「……ある」と言った。

「どうしたか」

「長い間、何もできなかった。立ち直ったのは、別の仲間ができてからだ」

ウルジが「そうか」と言った。

「それで十分か」とファルが聞いた。

「十分だ。俺が聞きたかったのは、答えではなく、ファルがどうだったかだ」

ファルが少し間を置いた。「……なぜ」

「ファルを信じているから。ファルが守れなかったことがあって、それでも今ここにいるなら、俺も同じようにできると思いたかった」

ファルが剣を手に取った。しばらく眺めた。それから、「今日は早く寝ろ」と言った。

「明日は走り込みから始める。距離が伸びる」

ウルジが「分かった」と言って立ち上がった。

少し歩いてから、振り返った。「ありがとう、ファル」

ファルは答えなかった。ただ、手入れを続けた。

その夜、ファルがカルドの隣に来た。

「カルド」

「何ですか」

「ウルジのことは聞いたか」

「聞いていません」

ファルが少し間を置いた。「……いい子だ」

「そうですね」

「俺が過去のことを話すと思っていたかもしれない。でも、まだ話す気にはなれない」

「それでいいです」

「いつか話す。約束はする」

「待ちます」

ファルが短く息を吐いた。「急かさないな、お前は」

「急かしても仕方ないので」

「……そういうところがある意味図太い」

「よく言われます」

ファルが立ち上がった。「もう寝る」

「お休みなさい」

ファルが歩き出した。少しだけ、歩き方が軽かった気がした。



五か月目に、村組のゴブリンたちも少しずつ言葉を覚え始めた。

デルタが毎日拠点と村を往復して、拠点で覚えたことを村に持ち帰っていた。ベルガが「俺も覚える」と言い出して、ダグズが「俺も」と言って、気づけば村でも練習が始まっていた。

カルドが村を訪ねた日、ベルガが「カルド、来てくれてありがとう」と言った。

発音は少し崩れていた。でも、言葉だった。

「ベルガ、上手です」

ベルガが照れたのか、目をそらした。それから「まだ下手だ」と言った。

「毎日やれば上手くなります」

「デルタがそう言った」

「デルタは正しいです」

ダグズが「俺も」と割り込んできた。「俺も毎日やってる」

「聞かせてください」

ダグズが深呼吸をした。「えー、今日は。えー。天気が。えー——晴れ、です」

「正しいです。えーは余分ですが」

「えーは余分か」

「外していい」

「……難しい」

「慣れます」

ダグズが「えー」と言ってから「あ、余分だった」と言った。全員が笑った。



そして六か月目の初め。

ほとんどのゴブリンが、日常会話を人間の言葉でこなせるようになっていた。

完璧ではない。語尾が抜けることがある。語順が崩れることがある。複雑な感情を表現しようとすると詰まることがある。でも、伝わる。案内人なしで、伝わる。

その日の朝、ネグルが起きてすぐカルドのところに来た。

「カルド。おはよう」

「おはようございます、ネグル」

「今日は何をする」

「拠点の西側の壁を補強する予定です」

「俺も手伝う」

「ありがとう。ただ、今日は——」

「わかってる。隣にいるだけ」

「……分かりました」

ネグルが満足そうに隣に陣取った。

コトが遠くから見ていた。目が合った。コトが短く言った。

「おはよう、カルド」

「おはようございます、コト」

コトがそれだけで満足そうに作業に戻った。

六か月。早かったとも、長かったとも言えた。ただ、今この場所では、ゴブリンたちの声が人間の言葉で飛び交っている。それが、普通になっていた。



変化が起きたのは、その日の午後だった。

シロが「東の方向から来る」と言った。「魔物だ。群れている」

「数は」

「二十を超える。小さくはない」

《波長理解》を向けた。

確かに、波長が複数動いている。中型以上。統率は取れていないが、同じ方向に動いている。

「どこへ向かってる」

「拠点の方だ。匂いを嗅ぎつけたか、それとも縄張りを追われたか」

レイスが「ダンジョンの影響がまだ続いているかもしれない」と言った。「ゴーレムを倒してから、周辺の魔物の動きが変わっている。棲み処を失ったものが流れてきている可能性がある」

「対処する必要がある」

「そうだ。放置すれば拠点に近づく」

ファルが既に立ち上がっていた。「数と種類を確認してから動く。カルド、《慧眼》で見えるか」

「距離がある。近づけば見えます」

「シロと先行して偵察する。全員で動く前に状況を把握する」

「分かりました」

そのとき、テオが来た。

「俺たちも行く」

ファルが振り返った。「誰が許可した」

「許可を取りに来た」

ファルが少し間を置いた。「群れだ。二十を超える。今のお前たちが出る場面ではない」

「俺たちは六か月訓練した」

「訓練と実戦は違う」

「分かってる。でも、いつか出ることになる。最初がある」

ガンズが隣に来た。ウルジも。バルチとドグロも。五人のゴブリンが並んでいた。

ファルがそれを見た。

「ファル」と僕は言った。「どう思いますか」

「お前が聞くな。俺が判断する」

「そうします」

ファルが五人のゴブリンを一人ずつ見た。怯えていない。緊張はある。ただ、逃げようとする目ではない。

「テオ。自分の限界が分かるか」

「分からない。だから知りたい」

「限界を知らない者は死ぬ」

「ファルも、最初は知らなかったはずだ」

ファルが少し黙った。

「……ウルジ。お前は守る者になりたいと言った。今日は守る場面になる可能性がある。それでも行くか」

「それだから行く」

「ガンズ、ドグロ、バルチ。三人はついてくるだけでなく、俺の指示に従えるか。独断で動かないか」

三人が頷いた。ガンズだけが「どんな指示でも」と口で言った。

ファルが短く息を吐いた。

「後衛だ。前には出るな。指示があるまで動くな。それを破ったら次はない」

五人が「分かった」と答えた。

「行くぞ」



偵察の結果、中型の鉤爪獣が二十三匹いると分かった。

鉤爪獣は群れを作る魔物だ。単体では大きな脅威にならないが、数が多い。連携は取れないが、同じ方向に圧力をかけてくる。動きは速い。

「正面から当たるのは悪手だ」とレイスが言った。「地形を使う」

「東の崖沿いに誘導できる」とシロが言った。「あそこは幅が狭い。一度に来る数を絞れる」

「罠を置ける時間はあるか」とドナンが言った。

「三十分あれば仕掛けられる」

「やる」

ドナンとレイスが動いた。崖沿いの通り道に、足元を崩す罠と、落石を誘発する仕掛けを設置した。グラッグがドナンの補助をした。道具の受け渡しが言葉なしで成立していた。

「準備ができた」とドナンが言った。

「では誘導する」とシロが言った。

《気配遮断》を使ったシロが群れに近づき、わざと気配を見せた。群れが反応した。追ってくる。

シロが崖沿いに走った。

群れが追った。

狭い通路に入ったところで、最初の罠が発動した。

足元が崩れ、前列の三匹が転倒した。後ろが詰まる。

「今だ」

ファルが正面から入った。

狭い通路の中、ファルの剣が動いた。《圧剣》は使わない。温存している。通常の剣技だが、それだけで十分だった。通路の幅が一対一の距離に絞ってくれている。

「テオ、後ろを見ろ。群れが回り込もうとしたら声を出せ」

「分かった」

「ウルジ、ファルの左側を守れ。そこだけ見ていろ」

「分かった」

「ガンズ、ドグロ、バルチ。石を拾っておけ。俺が言ったら投げろ。それだけでいい」

「分かった」

ドナンが崖上から落石の仕掛けを解放した。大きな岩が転がり落ちて、群れの中ほどを分断した。後列が分かれた。

「カルド、後列を頼む」とファルが言った。

「了解」

《岩礫生成》を発動した。地面の石を束ね、《魔力圧縮》を乗せて後列に向けて射出する。直撃させる必要はない。散らせればいい。

群れが一瞬バラけた。

シロが後列の一匹を仕留めた。

ファルが前列を三匹押さえていた。

「テオ」

「一匹、左の斜面を上っている」

「シロ」

「見えた」

シロが動いた。斜面を上ろうとしていた一匹が、跳びかかられて倒れた。

「ガンズ、今だ」

ガンズが石を投げた。ドグロとバルチも続けた。中型魔物には大したダメージにはならないが、視界を塞いだ。一瞬の硬直が生まれた。

ファルがその隙を見逃さなかった。

二匹を一度の踏み込みで仕留めた。

「ウルジ」

ウルジが左側に来ていた一匹の前に出た。武器は持っていない。ただ、ファルとその一匹の間に立った。

「退け」とファルが言った。

「お前の左を守るのが役割だ」

「俺が自分で対処する」

「今は俺が前にいる。ファルは前を見ろ」

ファルが一瞬だけウルジを見た。それから前を向いた。

一匹が飛びかかった。ウルジが体で受けた。吹き飛んだ。でも立ち上がった。

「大丈夫か」

「骨が折れていない。問題ない」

ファルが前の二匹を仕留めて振り返った。

ウルジが立っていた。足元がふらついているが、立っていた。

「……下がれ」

「まだ立てる」

「下がれ、と言った。次の役割は後ろを守ることだ」

ウルジが「分かった」と言って、後退した。

戦闘が続いた。

ドナンが崖上から落石を放ち続ける。シロが散った群れを各個撃破する。カルドが《岩礫生成》で動きを制限する。ファルが通路の正面を押さえる。テオが全体を見て声を出す。ガンズ、ドグロ、バルチが補助を続ける。

一時間ほどかかった。

最後の一匹が崖下に落ちて、静かになった。



「負傷者の確認」とファルが言った。

ウルジが「肋骨にひびが入っているかもしれない」と言った。「でも歩ける」

他は擦り傷程度だった。

ファルがウルジのそばに来た。「見せろ」

ウルジが服をめくった。脇腹が赤くなっていた。

「ドナン、固定できるか」

「できる」とドナンが言った。

処置をしながら、ファルがウルジに言った。「なぜ前に出た」

「ファルの左を守るのが役割だったから」

「守る方法は、体を張る以外にもある」

「そのとき一番早いのがそれだった」

ファルが少し間を置いた。「……判断は悪くなかった。でも体の使い方を知らなすぎる。受ける前提で動くな。避けながら守れ」

「次はそうする」

「そのために訓練がある。今日は次の訓練の課題が見えたと思え」

ウルジが「分かった」と言った。

テオが「俺は」と言った。

「声を出すのは早かった。見えていた」とファルが言った。「ただ、全体を見るとき、お前自身が止まっていた。動きながら見ることを覚えろ」

「……どうやって」

「走りながら周囲を確認する訓練を追加する。明日から」

テオが「分かった」と言った。素直に頷いたが、目が「きつそうだ」と言っていた。

ガンズが「俺たちは」と聞いた。

「石を投げるタイミングは合っていた。ただ、次は石の大きさを揃えておけ。大きすぎると飛距離が出ない、小さすぎると効果がない。今日の経験で分かったはずだ」

「分かった。次は準備してくる」

ファルが全員を見回した。

「今日は生きて帰った。それが全部だ」

それだけだった。褒め言葉はない。でも、それがファルだった。

「帰る」

全員が拠点に向かって歩き出した。

ウルジが少しだけゆっくり歩いた。隣にガンズが来た。支えようとしたら、ウルジが「自分で歩く」と言った。ガンズが「そうか」と言って、隣を歩き続けた。

テオが歩きながら空を見た。「次の訓練は、きつそうだ」とドグロに言った。

ドグロが「お前が聞くから増えた」と言った。

「でも知っておきたかった」

「そういうやつだな」

「そういうやつだ」

バルチが「俺も走り込みは嫌いだ」と言った。「でも、今日のことを考えると、やらないといけない気がする」

「そういうことだ」とテオが言った。

三人が並んで歩いた。



拠点に戻ると、残っていたゴブリンたちが出てきた。

ネグルが真っ先にカルドのそばに来た。「怪我はない」と確認した。

「大丈夫です」

「ならいい」とネグルは言って、定位置に戻った。

コトがウルジを見た。「ひびが入っているか」

「たぶん」

「ドナンに診てもらったか」

「もらった。固定した」

コトが少し考えた。「次は受けるな」

「ファルにも言われた」

「それでも言う。死んだら、仲間が減る」

「分かった」

コトが頷いた。それだけで戻った。

夜、火を囲んだ。

今日初めて実戦に出たゴブリン五人が、いつもと少し違う目をしていた。興奮でも疲弊でもない。何かが、少し変わった目だった。

デルタが来ていた。「聞いた。全員無事か」

「ウルジが少し怪我をしましたが、大丈夫です」

デルタがウルジを見た。ウルジが頷いた。

デルタが全員を見回した。それから「よかった」と言った。

それだけだった。

ファルが地面を見ていた。今日のことを整理しているのか、別のことを考えているのか、分からなかった。

「ファル」

「何だ」

「今日のゴブリンたち、どうでしたか」

「思ったより動けた」とファルが言った。「思ったより、だ。まだ足りないことばかりだ。でも、始まりとしては悪くなかった」

「ウルジのことは」

ファルが少し間を置いた。「……ばかだと思った。でも、守る者の目をしていた。あのとき、本気でそこを守るつもりだった」

「そうでしたね」

「教えられるかどうか、まだ分からない。ただ、続けてみようとは思っている」

「それで十分です」

ファルが「お前はいつも十分と言う」と言った。

「十分なので」

「……そういうところが図太い」

「よく言われます」

ファルが短く息を吐いた。

シロが「寝ろ」と言った。「明日もある」

「もう少し」

「毎日そう言う」

「毎日もう少しあるので」

シロが息を抜いた。笑っているのか、呆れているのか。たぶん両方だった。

地図を広げた。

拠点の東の崖沿いに、「鉤爪獣の群れ、撃退」と記した。

それから、余白に小さく書いた。「テオ、ガンズ、ウルジ、ドグロ、バルチ——初陣」

火が静かに燃えている。

川の音が続いている。

東の気配が、静かにそこにある。

また会いに行かなければと思いながら、今日はそれでいいと思った。

仲間が、また少し強くなった日だった。
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