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第一章 クリスマスと藁人形
風悟と桃④
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午前中のうちに風悟が社務所に寄ると、アルバイトの女の子が三割増しの笑顔で挨拶をしてきた。人当たりのいい風悟は、既に暗記した女の子の名前をごく自然にちゃん付けでよび、それでも必要以上には触れないように紙を受けとる。
長袖のボーダー柄のカットソー・Gパンという軽装に、黒いダウンジャケットを羽織ると、風悟は社務所の出入口で綺麗に折られた紙を開いた。A4の和紙には、母親の達筆な字で数行書いてある。本日の仕事は二件らしい。
「桃、おるかー?」
快活な風悟の声が、神社のだだっ広い敷地に響く。
「いるわよ。おばあちゃんじゃないんだから、そんな大きな声で呼ばないで頂戴」
ふわりと、どこからともなく現れた桃は、着物の裾を整えながら、優雅に風悟の目の前に降り立った。
「中身はかなりご高齢やんか」
「ぶつわよ。こう見えて強いんだからね。知ってると思うけど」
「親父には勝てんくせに、なあ」
風悟は優しく笑って、桃の頭を撫でた。男らしい骨ばった手が、桃の髪を自然に漉く。
「ほないくか」
にこやかに、風悟は大鳥居がある方へ向きを変えたが、桃は動かない。
「行かんのか?」
振り向いた風悟をちらりと見ながら、桃は自分の髪を所在なげに手でもてあそぶ。
「行ってあげても、いいけど」
そこで言葉を切った桃に、風悟は改めて手を伸ばした。普段は三つ編みできつく結わかれた髪は、夜の海のようにゆるく波打って風になびいているが、風悟は髪の流れに添って手のひらを滑らせる。
「可愛いやん。なんや人魚姫みたいなやなあ」
子どものように破顔した風悟を、桃は上目遣いで軽く睨む。
「やっぱり親子ね」
「どないしたん。イメチェンか?」
「気分転換よ」
「俺、女の子は髪おろしてるほうが好きなんや。しっとったか」
「……知らなかったけど」
これは本当だ。いくら小さい頃からずっと近くにいようと、異性に対しての好みなどわかりようがない。そもそも風悟は社交的すぎるため、女性へ声をかけるのは息をするのと同じくらい自然なことで、どんな髪型でも当たり障りなく褒めているのを常々見ている。
「それにしても、相変わらず愛想振り撒いてるわね」
「新しい巫女バイトの子か? あれは雇い主としての印象操作や。やっくんのほうが人気やで。飾らない優しさがいいとかで」
「篠目の、あの地味なやつのどこがいいのかしら」
「地味だからええのかもなあ。あーそうや、彼女さんも、美人でなあ。ゆるふわっとした大人の女性や。結婚考えてるみたいでそのうち連れてくるやろうから、見たらええわ」
ゆるふわっとした表現より、大人、という言葉に思わず桃は不機嫌な顔になる。
「なんや」
「別に」
桃の可愛らしい足元で、参道の砂利が小刻みに動く。
「大人ってのが、気になるか」
図星をさされ桃は黙るが、風悟はからかうようでもなく独り言のように言った。
「桃はええなあ。いつまでも可愛いままや」
計算してるふうでもなく無邪気に言う風悟の言葉に、思わず桃の口元がゆるんだ。
「いつでも、惚れてくれても構わないんだけど?」
「俺がもう三百年早く生まれてたらなあ」
「女性の年齢は濁しておくのがマナーよ」
「惚れたところで、どないすんねん」
「そこを考えるのが、使役しているあんたたちの仕事でしょ!」
「むちゃくちゃやわー」
そんな会話をしていると、不意に風悟の頬を何かが掠めた。反射的に掴み、手を開くと、とかげのようなものが苦しそうに蠢いている。
「さすが師走やなあ。坊さんも忙しゅうなるなら陰陽師も忙しいはずやわ。こんなちっこいのもすりぬけてきよる」
ん、と風悟はとかげを掌に抱いたまま、軽く握りこぶしを作った。ふた呼吸ほどおいて再び手指を解放すると、とかげの姿はあとかたもなく、代わりに、ふわっ、と煤のようなものが舞った。
「使い魔かしら」
「わからんな。雑魚やし、迷い混んだか」
「でも……祈祷のために呼び入れるもの以外、あまり変なものは入らないはずよ? まーちゃんがちゃんと結界張ってるでしょう」
「親父はなあ、たまにわざと緩めるんや。やめとき言うとんのやけど」
「緩める?」
桃が訝しげな表情になるが、その頭を風悟は優しく撫でた。
「桃は知らんでええことや。ほな、いくで」
長袖のボーダー柄のカットソー・Gパンという軽装に、黒いダウンジャケットを羽織ると、風悟は社務所の出入口で綺麗に折られた紙を開いた。A4の和紙には、母親の達筆な字で数行書いてある。本日の仕事は二件らしい。
「桃、おるかー?」
快活な風悟の声が、神社のだだっ広い敷地に響く。
「いるわよ。おばあちゃんじゃないんだから、そんな大きな声で呼ばないで頂戴」
ふわりと、どこからともなく現れた桃は、着物の裾を整えながら、優雅に風悟の目の前に降り立った。
「中身はかなりご高齢やんか」
「ぶつわよ。こう見えて強いんだからね。知ってると思うけど」
「親父には勝てんくせに、なあ」
風悟は優しく笑って、桃の頭を撫でた。男らしい骨ばった手が、桃の髪を自然に漉く。
「ほないくか」
にこやかに、風悟は大鳥居がある方へ向きを変えたが、桃は動かない。
「行かんのか?」
振り向いた風悟をちらりと見ながら、桃は自分の髪を所在なげに手でもてあそぶ。
「行ってあげても、いいけど」
そこで言葉を切った桃に、風悟は改めて手を伸ばした。普段は三つ編みできつく結わかれた髪は、夜の海のようにゆるく波打って風になびいているが、風悟は髪の流れに添って手のひらを滑らせる。
「可愛いやん。なんや人魚姫みたいなやなあ」
子どものように破顔した風悟を、桃は上目遣いで軽く睨む。
「やっぱり親子ね」
「どないしたん。イメチェンか?」
「気分転換よ」
「俺、女の子は髪おろしてるほうが好きなんや。しっとったか」
「……知らなかったけど」
これは本当だ。いくら小さい頃からずっと近くにいようと、異性に対しての好みなどわかりようがない。そもそも風悟は社交的すぎるため、女性へ声をかけるのは息をするのと同じくらい自然なことで、どんな髪型でも当たり障りなく褒めているのを常々見ている。
「それにしても、相変わらず愛想振り撒いてるわね」
「新しい巫女バイトの子か? あれは雇い主としての印象操作や。やっくんのほうが人気やで。飾らない優しさがいいとかで」
「篠目の、あの地味なやつのどこがいいのかしら」
「地味だからええのかもなあ。あーそうや、彼女さんも、美人でなあ。ゆるふわっとした大人の女性や。結婚考えてるみたいでそのうち連れてくるやろうから、見たらええわ」
ゆるふわっとした表現より、大人、という言葉に思わず桃は不機嫌な顔になる。
「なんや」
「別に」
桃の可愛らしい足元で、参道の砂利が小刻みに動く。
「大人ってのが、気になるか」
図星をさされ桃は黙るが、風悟はからかうようでもなく独り言のように言った。
「桃はええなあ。いつまでも可愛いままや」
計算してるふうでもなく無邪気に言う風悟の言葉に、思わず桃の口元がゆるんだ。
「いつでも、惚れてくれても構わないんだけど?」
「俺がもう三百年早く生まれてたらなあ」
「女性の年齢は濁しておくのがマナーよ」
「惚れたところで、どないすんねん」
「そこを考えるのが、使役しているあんたたちの仕事でしょ!」
「むちゃくちゃやわー」
そんな会話をしていると、不意に風悟の頬を何かが掠めた。反射的に掴み、手を開くと、とかげのようなものが苦しそうに蠢いている。
「さすが師走やなあ。坊さんも忙しゅうなるなら陰陽師も忙しいはずやわ。こんなちっこいのもすりぬけてきよる」
ん、と風悟はとかげを掌に抱いたまま、軽く握りこぶしを作った。ふた呼吸ほどおいて再び手指を解放すると、とかげの姿はあとかたもなく、代わりに、ふわっ、と煤のようなものが舞った。
「使い魔かしら」
「わからんな。雑魚やし、迷い混んだか」
「でも……祈祷のために呼び入れるもの以外、あまり変なものは入らないはずよ? まーちゃんがちゃんと結界張ってるでしょう」
「親父はなあ、たまにわざと緩めるんや。やめとき言うとんのやけど」
「緩める?」
桃が訝しげな表情になるが、その頭を風悟は優しく撫でた。
「桃は知らんでええことや。ほな、いくで」
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