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第一章 クリスマスと藁人形

ネオン街の藁人形①

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 一件目の仕事は山で、大昔に不法投棄された器物による霊障。二件目はネオン街である。
 夜に自己主張が強くなる看板の類いは、昼間は明かりを落としてあるが、かえって毒々しい色合いが際立って見えた。

「これは、親父じゃなくて俺が来たのは正解やったかもなあ」
 正嗣は神職だが、高校教師でもある。地域の寄合でも店を利用したりは多少あるが、昨今の風潮によりうかつに繁華街にて目撃されると「佐々木先生って、見た目によらずキャバクラとか風俗好きらしいよ」と微妙な噂をたてられかねない。
 ふう、と風悟は一呼吸おいた。
「俺もおっちゃんたちの付き合い以外は来たことないけどな……桃、入るぞ」
 桃は、幾度かこの手の店を覗いたことがある。訪問先の店舗は地下のため階段を降りると、準備中の札がかかったドアは閉まっているが、人の気配は複数感じられた。

「相変わらず空気が濃いわね」
 階段の上で待機している桃は、眉をひそめた。
「なんやその表現」
「情念とか、そういうのかしら。風悟みたいなお子さまにはわからないかもしれないけど」
「お子さま言うなや。俺かて」
 そこで風悟は不自然に言葉を切った。桃の髪がまたうねったからだ。しかも、今はおろしているため、毛先が四方へ触手を伸ばしている。
「……メドゥーサみたいになっとんで」
「誰のせいよ。どうせ彼女との惚気話をするつもりだったんでしょ?」
「話の流れや。はよう蛇頭をおさめんと、可愛い顔が台無しやで」 
 桃が口をつぐむと同時に、髪は勢いをなくして垂れ下がった。
「人魚姫っていうより、海坊主みたいや。わかめ被って海からぬっと出てくるやつ、なんかおらんかったっけ」
「女子にたいして随分と失礼ね」
「いや、わかりやすうて、ええわ」
 よっ、と風悟は重いドアを手前に開ける。来ることを伝えていたため、鍵は開けてくれていたらしい。だが中は真っ暗だ。

「すんませーん、佐々木ですけれども」
 風悟のよく通る声が、店内の奥で反響した。しかし、誰も出て来ない。
「あれ? さっき気配したよな? 桃?」
 顔を店内へ入れて見回した風悟の視界に、人は確認できない。桃はというと、離れた地上から風悟を見下ろしたままだが、表情は固い。

「桃?」
 再度風悟は呼んだが、桃は強張った表情で首を振る。すると、桃と人影が重なった。人には見えないが干渉をしてしまうため、桃が避けると、大柄な男性はそのまま階段を降りてきた。
「あれ? 佐々木先生の息子さん? 大きくなったねえー」
 豪快に口を開けて笑う短髪の男性は、雑居ビルの地下より、太陽の下でキャンプでもしてる方が似合いそうなタイプだ。彼が依頼人だろう。そして、風悟の記憶が正しければ、正嗣の教え子でもある。
 風悟は、依頼書に書かれた名前を確認した。
「名前は違う人ですが……依頼人は内田さんでしたか」
「そや。ビルの大家が自分の名前で頼んだんやな。まあ入ってくれ」
 笑顔で、内田は鍵を取り出す。
「あれ? 開いてたか。おかしいな、買い物に行く時、ちゃんと閉めたんやが……」
 金庫は閉まってるから大丈夫やろ、と笑いながら内田が店内に入り電気を点ける。やはり、誰もいない。
 桃、と内田に聞こえないよう、風悟は階段の上に声をかけた。普段は気が強い式神は、自身の体を抱くように両腕を胸の前できゅっと縮め、浮遊している。

「風悟、私ここで待ってる……」
 珍しく気弱な物言いの桃を残し、風悟は一人、内田について店内に入った。
「……えらいべっぴんさんの写真が並んでますね……」
 入り口に、何枚か写真が飾られている。かしこまったポーズの紹介写真と、客と従業員が一緒におさまっているスナップ写真だ。そこに写る華やかなワンピース姿の体格は、写真で見ても、ごつい。
「同級生の、岩本や。そいつも佐々木先生の教え子やで」
 岩本の隣に写っている内田は、スーツ姿だ。性格の良さが滲み出ており、客のみならず従業員からもモテるに違いないが、風悟はそれを言うのをためらった。

「驚いたか? 俺、男子校やったからな。そのごつい美人、本名は岩本正太郎な。店では直美って呼んだってや」
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