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第一章 クリスマスと藁人形

ネオン街の藁人形②

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 風悟は、依頼書と看板を再び見る。
「オカマバー……」
「そそ。正太郎なあ、美人やろ」
 そうして内田はカウンターから、もさっとしたものを取り出した。
「藁人形や。なんや微妙に効くんやろか、常連客が事故に遭ってしまってな。そんで佐々木先生にお祓い頼もう思うたんやけど」
「これはまた……古風な」
 風悟はちらっと階段のほうを見た。こういった前時代的なアイテムを現代アレンジされるのは始末が面倒だと、桃は常々ぼやいているのだ。
「で、他の被害は? 正太郎さんとか」
 気を取り直して風悟が聞くと、あー、違うんや、と内田が苦笑した。
「藁人形を持ってたのは、正太郎や。俺を好いてる女の子を嫌ってるんやな。まあ嫉妬や。正太郎は俺に惚れとるから」
 その表情はなんとも複雑で、風悟はそれ以上のことは内田に聞けなかった。


 バーで聞いた話を、風悟は帰宅した父親に伝えた。
 冬は日の暮れるのが早く、十六時にはかなり薄暗い。内田には、良かったら呑んでいけと言われたが、家業とはいえ仕事だ。イレギュラーな予定は入れられない、と風悟は丁重に断り店をあとにしたのだ。
「そういや、そうやったな。岩本がオカマバーで働いてるってのは聞いてたわ」
 内田と岩本は、正嗣の十三、四年前の教え子で、卒業後は大学進学のために地元を離れたらしい。数年後に戻ってきた際、脱サラした内田が岩本を働かせるために店を開いたとのことだった。
「確か開店の時に、客集めと同窓会兼ねて貸し切りパーティーしますんでー、とか内田から連絡きたわ。俺は仕事で行かれんかったけどな。そや」
 正嗣は社務所に置かれた棚の一番下の引き出しから、ごそっと紙束を出した。教え子からの手紙や連絡先をまとめて保管しているらしい。 
「ここなら無くならんからな」
 あったあった、と抜き出したのは、写真が印刷されたハガキだ。正嗣はあぐらのまま風悟と桃のほうを向き、畳に置いた。風悟は少しだけ父親の方へにじりより、それを見る。
 いくらか若いが、確かに今日見た内田の顔が変わらない笑顔で写っている。隣にいるのは、岩本だろう。カクテルドレスから出た肩はたくましいが、化粧が映える顔立ちだ。
「こうして見るとやっぱり美人やなあ、岩本は」
 しみじみ言う正嗣の脳裏には、制服姿の彼が思い起こされているのだろうか。どのような学生時代を過ごしたのか他人は知るよしもないが、少なくともこの写真の彼は楽しそうだ。
「どんな形であれ仲良うやっとんやなあ、と思ってたけど、まさか嫉妬で藁人形使うなんてなあ」
 正嗣は、風悟が預かってきた藁人形をひっくりかえした。まるでぬいぐるみでも持つような気軽さだ。
「まーちゃん。藁人形ね、いまどきどうやって作ってるの?」
「ネットで買えるんやないか。知らんけど」
「親父、これ効くんか?」
「効かんやろ。効いたら困る」
 正嗣は、ちょっとだけ溜めを作ってからにやりと笑った。
「そんな素人の呪いがほいほい効いたら、俺らの商売あがったりやわ」
 術者は、呪いを祓うだけではなく、かけることもできるのだ。
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