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第二章 茅の輪くぐりで邪気払い
河童のネネコ①
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6月の神社は、やや忙しい。茅の輪くぐりがあるからだ。
大きな茅の輪を作るには、大量の葦が必要だ。だが佐々木家は広いので、敷地の奥にある小川の湿地帯に行けば、だいたい事足りる。今年も正嗣と風悟が、晴れた週末に氏子の中村さんらと一緒に川へ向かっていった。
「くぐっただけで災厄が無くなるなんて、よく信じるわよねえ」
社務所でそう言いながら頬杖をつくのは、桃だ。参拝者も増えるためお守りの確認をしている佐々木家当主・千景の隣に寝転がっている。
「神事はな、疑うもんに御利益はない。あとなあ、やらんと悪い事が起こるかもっていう気持ちから来る人も多いしな」
「人間ってなんて心配性なのかしら」
あっけらかんと言う式神を見ながら、千景は笑った。普段から神社の一人娘らしくキリッとしており、ともすれば近寄りがたい空気をまとっているが、笑うと息子の風悟に似た、人懐こい雰囲気に変わる。
「せやなあ。皆んとこにも桃がおったら、邪気なんて寄ってこんのになあ」
「私は千景と風悟だけで手一杯よ。まーちゃんは放っておいても大丈夫だけど……うん?」
そこで桃が、首を回した。
「なんや」
「うーん。なんか懐かしい気配が……なんだったかしら……あと」
「……水の匂い……やな」
「うん……」
桃と千景がじっと匂いの出所を探るべく集中していると、その静寂は風悟の声で破られた。力なくがらりと開けられた社務所の戸口から覗いたのは、びしょ濡れの風悟である。
「桃!大変やぁ……河童が、河童がぁ……」
「河童?!」
千景が社務所から飛び出し、あたりを見回すと、葦がやまほど積まれた軽トラが止めてある。運転席には中村さんがいて、助手席には誰もいない。
「まーちゃん?」
千景が荷台に回ると、葦の山に寄りかかって力なく座る正嗣と、その隣にもたれかかる河童の姿があった。河童の髪は長く、皮膚は赤茶けている。目の周りには何故か白くくまどりがされており、大きな嘴とお揃い感が出ていた。
「……ネネコ!!」
ネネコと呼ばれ、河童は顔を上げる。
「あれぇ……ちーちゃん、久しぶりぃ~。ねえねえ、この人、マー坊でしょ!?男前になったよねえ~見違えちゃったよ~」
桃がそこで、ついっと飛んでくると、河童は顔を上げた。
「ネネコ河童……あなたしばらく見なかったけど、何処にいたの? で? なんでまーちゃんにくっついてるのかしら?」
「やだぁ、桃も全然変わんないじゃん! あっしは川にいたよーぅ、でもさぁ、基本待つオンナっていうかぁー、誰か来ないかなーって思ってたんだけどぉ、したら今日、葦取りにトラックが来たからぁ」
「……千景ちゃん、すまんなあ……思ったより葦の育ちが悪くて、奥に行ったらええかと俺がうっかり河童沼に侵入しちゃったみたいでなあ……いや俺にははっきり見えへんのやけど、そこで河童が、トラック置いてけ、嫌なら相撲取ろうって言うから」
中村さんが済まなそうに言う。桃は河童を見て口を尖らせた。
「なんでトラックなのよ。馬の尻子玉が定番じゃないの」
「だってぇ、今の人間にとっては車が馬みたいなもんじゃん~?」
河童は髪をくるくるといじりながら言った。風悟は叱られた子供みたいにしょんぼりしながら母を見る。
「そんでな……最初は俺が相撲取ったんやけど、負けてもうて……そしたら親父が」
「すごかったよーぅ! 大外刈りからの袈裟固めっていうの?もう、落ちる寸前でギブしたけど、もう、恋に落ちちゃったっていうか!」
きゃは!と河童が正嗣の腕に絡みつくと、頭の皿に入った水が波打った。
ああ、いっけなーい、などと河童ネネコははしゃいでいる。
「……そんなわけで、ここまで付いてきてもうてなぁ…」
正嗣は半笑いでそう言うしかなく、千景もはもう、何も言えず大きな溜め息を吐いた。
大きな茅の輪を作るには、大量の葦が必要だ。だが佐々木家は広いので、敷地の奥にある小川の湿地帯に行けば、だいたい事足りる。今年も正嗣と風悟が、晴れた週末に氏子の中村さんらと一緒に川へ向かっていった。
「くぐっただけで災厄が無くなるなんて、よく信じるわよねえ」
社務所でそう言いながら頬杖をつくのは、桃だ。参拝者も増えるためお守りの確認をしている佐々木家当主・千景の隣に寝転がっている。
「神事はな、疑うもんに御利益はない。あとなあ、やらんと悪い事が起こるかもっていう気持ちから来る人も多いしな」
「人間ってなんて心配性なのかしら」
あっけらかんと言う式神を見ながら、千景は笑った。普段から神社の一人娘らしくキリッとしており、ともすれば近寄りがたい空気をまとっているが、笑うと息子の風悟に似た、人懐こい雰囲気に変わる。
「せやなあ。皆んとこにも桃がおったら、邪気なんて寄ってこんのになあ」
「私は千景と風悟だけで手一杯よ。まーちゃんは放っておいても大丈夫だけど……うん?」
そこで桃が、首を回した。
「なんや」
「うーん。なんか懐かしい気配が……なんだったかしら……あと」
「……水の匂い……やな」
「うん……」
桃と千景がじっと匂いの出所を探るべく集中していると、その静寂は風悟の声で破られた。力なくがらりと開けられた社務所の戸口から覗いたのは、びしょ濡れの風悟である。
「桃!大変やぁ……河童が、河童がぁ……」
「河童?!」
千景が社務所から飛び出し、あたりを見回すと、葦がやまほど積まれた軽トラが止めてある。運転席には中村さんがいて、助手席には誰もいない。
「まーちゃん?」
千景が荷台に回ると、葦の山に寄りかかって力なく座る正嗣と、その隣にもたれかかる河童の姿があった。河童の髪は長く、皮膚は赤茶けている。目の周りには何故か白くくまどりがされており、大きな嘴とお揃い感が出ていた。
「……ネネコ!!」
ネネコと呼ばれ、河童は顔を上げる。
「あれぇ……ちーちゃん、久しぶりぃ~。ねえねえ、この人、マー坊でしょ!?男前になったよねえ~見違えちゃったよ~」
桃がそこで、ついっと飛んでくると、河童は顔を上げた。
「ネネコ河童……あなたしばらく見なかったけど、何処にいたの? で? なんでまーちゃんにくっついてるのかしら?」
「やだぁ、桃も全然変わんないじゃん! あっしは川にいたよーぅ、でもさぁ、基本待つオンナっていうかぁー、誰か来ないかなーって思ってたんだけどぉ、したら今日、葦取りにトラックが来たからぁ」
「……千景ちゃん、すまんなあ……思ったより葦の育ちが悪くて、奥に行ったらええかと俺がうっかり河童沼に侵入しちゃったみたいでなあ……いや俺にははっきり見えへんのやけど、そこで河童が、トラック置いてけ、嫌なら相撲取ろうって言うから」
中村さんが済まなそうに言う。桃は河童を見て口を尖らせた。
「なんでトラックなのよ。馬の尻子玉が定番じゃないの」
「だってぇ、今の人間にとっては車が馬みたいなもんじゃん~?」
河童は髪をくるくるといじりながら言った。風悟は叱られた子供みたいにしょんぼりしながら母を見る。
「そんでな……最初は俺が相撲取ったんやけど、負けてもうて……そしたら親父が」
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きゃは!と河童が正嗣の腕に絡みつくと、頭の皿に入った水が波打った。
ああ、いっけなーい、などと河童ネネコははしゃいでいる。
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