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第二章 茅の輪くぐりで邪気払い
河童のネネコ②
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雨が降る前にと、平日にもかかわらず神社には中村さんや他の氏子も集まり、会館で茅の輪作成が進められていた。正嗣は学校のテスト採点があるため出勤である。
「マー坊いないの、つまんな~い」
ネネコは、くるくると髪を指もてあそびながら、中庭の池のふちにある石に腰掛け、足を組み遠目でおじさん連中を眺めている。その隣に桃はちょこんと座った。
「ねえ。川に帰らないの?」
「え~、せっかく千景とマー坊に再会したんだし~、あっしもー、久しぶりに恋とか満喫しようかなあ~ってぇー」
「その…ギャルっぽい言葉はなんなの。あとその顔」
桃はネネコの隈取りに手を伸ばす。木の実の汁で描いたのか意外と簡単に落ちたので、ネネコが「ちょっ!やめてよ!」と言いながら避ける。
「これはさあー。昔よく、ちーちゃんが雑誌持ってきてくれてぇ、そこ載ってたギャルがマジ可愛くてさぁー」
「ああ…ヤマンバか。懐かしいな…もう30年くらい前になるなあ」
しみじみ呟きながら来たのは、千景である。手には胡瓜の載った盆を持っており、それを見たネネコが「やっば、マジうまそ!」と手を伸ばす。
「ところでネネコ」
千景が言う。
「まーちゃんはうちのダンナや。手ぇ出したら承知せんぞ」
ギロリと睨む姿は、もともとのキリリとした顔立ちと相まって迫力満点だ。しかしヤマンバメイクのネネコも、胡瓜をパシパシと両手で叩きながら凄んだ。
「やっだぁー!ちーちゃん怖いー。ネネコはぁ、強い男が好きなだけなのにぃー」
「惚れっぽいだけやろう。昔庄屋の若旦那に懲らしめられたときに惚れてもうて、一族見捨てて庄屋の下働きになったゆう話は、地域の昔話保存会でいまだネタになっとるくらいやわ」
「でもさぁ…結局若旦那もすぐ死んじゃったしさあ…あーあ、儚い恋だったわあ…」
ネネコがふっと顔を背け、誤魔化すように胡瓜をバリバリと齧る。
「ネネコ。泣いたらそのメイクはひどいことになんで」
「わかってるわよーぅ。毎朝川から上がって化粧し直すの、チョー大変なんだから」
そう言いながらネネコは池を覗き込み、腰に下げた壺から木の実ペーストを出して目の周りに塗りたくる。
「んじゃあ、まったねーんー!今度はマー坊がいるときに来るからぁー、ヨロシクッ!」
言うなりネネコは千景の手元の盆から残りの胡瓜を掴むと、ざぶんと池に飛び込んだ。
「…ここ、川に繋がってるんだっけ」
「そうや。人間はここから川へひと泳ぎってわけには行かんけどな。しかし今までネネコがここから来たことはなかったんやけどなあ…どうしたもんか…」
どれ、と空の盆を脇に抱えて会館へ戻ろうとする千景の袖を、桃はつまんだ。
「なんや」
「…ネネコ、来ても追い出さないであげて」
「なんでや」
うん…と桃が口ごもり、はあと千景は苦笑した。
「自分に重ねとんのか。風悟はもうじき大学から帰ってくるからな。バイト先までデートでもしてきたらどうや」
デート、と言っても、横飛んで道中並ぶだけであるが、それでも桃は笑顔になった。
「仕方ないわね。護衛がてら行ってあげようかしら」
「…桃は、わかりやすうてかわいいなあ。ああ、そうや。ほんまにそろそろ邪気が溜まってくる季節やから、悪いもんに巻かれんようにな」
「うん。千景は、平気?」
桃が少し心配そうに千景の顔を覗き込んだが、キリッとした目元を少し細めて千景は答える。
「まーちゃんがおるからな。ああ…そろそろ終わったかな…」
離れたところから、千景を呼ぶ中村の声がした。2人が会館へ行くと、そこには大きな茅の輪があった。
「わぁ…今年も立派なのができましたねえ、ありがとうございます」
「こちらこそ、茅の輪作りに参加できて何よりやわ。うん、ええ出来や。明日から2週間、境内も賑やかになるなあ」
そうですねえ、と千景と中村、氏子連中は喋っている。桃は、遠くから眺めようと茅の輪から離れ庭に出た。すると、ぴと、と水音が聞こえた。
「…何かしら?」
池にいる魚の音ではない。ネネコも既に帰っているようだ。
「変ねえ…」
桃は首を傾げたが、風悟が帰宅するのを思い出し、その場から離れた。
ぴと、ぴと。
誰もいなくなった池で不規則な水音が数回鳴り、魚が1匹、呑まれるように消えた。
「マー坊いないの、つまんな~い」
ネネコは、くるくると髪を指もてあそびながら、中庭の池のふちにある石に腰掛け、足を組み遠目でおじさん連中を眺めている。その隣に桃はちょこんと座った。
「ねえ。川に帰らないの?」
「え~、せっかく千景とマー坊に再会したんだし~、あっしもー、久しぶりに恋とか満喫しようかなあ~ってぇー」
「その…ギャルっぽい言葉はなんなの。あとその顔」
桃はネネコの隈取りに手を伸ばす。木の実の汁で描いたのか意外と簡単に落ちたので、ネネコが「ちょっ!やめてよ!」と言いながら避ける。
「これはさあー。昔よく、ちーちゃんが雑誌持ってきてくれてぇ、そこ載ってたギャルがマジ可愛くてさぁー」
「ああ…ヤマンバか。懐かしいな…もう30年くらい前になるなあ」
しみじみ呟きながら来たのは、千景である。手には胡瓜の載った盆を持っており、それを見たネネコが「やっば、マジうまそ!」と手を伸ばす。
「ところでネネコ」
千景が言う。
「まーちゃんはうちのダンナや。手ぇ出したら承知せんぞ」
ギロリと睨む姿は、もともとのキリリとした顔立ちと相まって迫力満点だ。しかしヤマンバメイクのネネコも、胡瓜をパシパシと両手で叩きながら凄んだ。
「やっだぁー!ちーちゃん怖いー。ネネコはぁ、強い男が好きなだけなのにぃー」
「惚れっぽいだけやろう。昔庄屋の若旦那に懲らしめられたときに惚れてもうて、一族見捨てて庄屋の下働きになったゆう話は、地域の昔話保存会でいまだネタになっとるくらいやわ」
「でもさぁ…結局若旦那もすぐ死んじゃったしさあ…あーあ、儚い恋だったわあ…」
ネネコがふっと顔を背け、誤魔化すように胡瓜をバリバリと齧る。
「ネネコ。泣いたらそのメイクはひどいことになんで」
「わかってるわよーぅ。毎朝川から上がって化粧し直すの、チョー大変なんだから」
そう言いながらネネコは池を覗き込み、腰に下げた壺から木の実ペーストを出して目の周りに塗りたくる。
「んじゃあ、まったねーんー!今度はマー坊がいるときに来るからぁー、ヨロシクッ!」
言うなりネネコは千景の手元の盆から残りの胡瓜を掴むと、ざぶんと池に飛び込んだ。
「…ここ、川に繋がってるんだっけ」
「そうや。人間はここから川へひと泳ぎってわけには行かんけどな。しかし今までネネコがここから来たことはなかったんやけどなあ…どうしたもんか…」
どれ、と空の盆を脇に抱えて会館へ戻ろうとする千景の袖を、桃はつまんだ。
「なんや」
「…ネネコ、来ても追い出さないであげて」
「なんでや」
うん…と桃が口ごもり、はあと千景は苦笑した。
「自分に重ねとんのか。風悟はもうじき大学から帰ってくるからな。バイト先までデートでもしてきたらどうや」
デート、と言っても、横飛んで道中並ぶだけであるが、それでも桃は笑顔になった。
「仕方ないわね。護衛がてら行ってあげようかしら」
「…桃は、わかりやすうてかわいいなあ。ああ、そうや。ほんまにそろそろ邪気が溜まってくる季節やから、悪いもんに巻かれんようにな」
「うん。千景は、平気?」
桃が少し心配そうに千景の顔を覗き込んだが、キリッとした目元を少し細めて千景は答える。
「まーちゃんがおるからな。ああ…そろそろ終わったかな…」
離れたところから、千景を呼ぶ中村の声がした。2人が会館へ行くと、そこには大きな茅の輪があった。
「わぁ…今年も立派なのができましたねえ、ありがとうございます」
「こちらこそ、茅の輪作りに参加できて何よりやわ。うん、ええ出来や。明日から2週間、境内も賑やかになるなあ」
そうですねえ、と千景と中村、氏子連中は喋っている。桃は、遠くから眺めようと茅の輪から離れ庭に出た。すると、ぴと、と水音が聞こえた。
「…何かしら?」
池にいる魚の音ではない。ネネコも既に帰っているようだ。
「変ねえ…」
桃は首を傾げたが、風悟が帰宅するのを思い出し、その場から離れた。
ぴと、ぴと。
誰もいなくなった池で不規則な水音が数回鳴り、魚が1匹、呑まれるように消えた。
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