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第二章 茅の輪くぐりで邪気払い

河童のネネコ④

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「気のせいか……」
 そのとき水面が揺らめき、影が映った。それはちょうど風悟の顔に重なり、まるで角のような形を作る。
「……桃の角……?いや……鬼?」
 風悟が正体を探ろうと、更に覗き込むと、突然水が逆噴射した。
「うわっ!!」
 まともに上半身で水を受けた風悟はずぶ濡れになったが、直後、池は不気味なほど静かになった。騒がしい気配に、正嗣と千景、ネネコも中庭まで出てきたが、そのときには水面は波紋ひとつない。だが、少し前と比べ、池の魚が減っているのだ。
「野良狸が獲った……ちゅうわけやなさそうやな。ネネコ、なんかわかるか」
 正嗣の問いに、ネネコはうーんと少し考える。
「牛鬼っぽい気配なんだよねぇー。ほら、ここの神社って牛鬼も祀ってるじゃん?」
「えっ?おかん、それほんまなんか?」
 風悟が驚く。
「祀ってるっちゅうか……昔悪さしとったやつを封じて、神格化して祠を建てとるんや。ほら、宝物館の裏に」
 千景と正嗣は互いに頷き合い、そのまま祠まで風悟の運転で向かった。

「ああ、これか……」
 祠の表側、柱が一部折れている。硬球が当たったような折れ方は、きっとやんちゃな中高生が夜に入り込んで、野球でもしてたのだろう。
「公園で野球やると苦情くるからなあ……まあそんでも、神社でやるって発想には普通ならんけどな」
 正嗣が祠の周りをぐるりと歩き、首を振る。牛鬼本体の気配がない、ということだ。
「ちーちゃん、これちょぉっとヤバいよね」
 千景はゆっくり頷く。ネネコは正嗣に顔を向けた。
「あっしはちょっと追いかけてみるけど、マー坊は、ちーちゃんのこと守ってやんなよ」
 そう言い、ネネコはそのまま藪の中に消えて行った。千景らが中庭へ戻ると、先ほどとはうってかわって池の周りの空気は平穏だ。今日はもう休むか、と正嗣が皆を促し、揃って母屋へ移動する。
「守ってやんなよ、かぁ……」
 呟く桃を、風悟はちらっと見た。
「桃は守られんでも、十分強いやんか」
 その言葉が終わらないうちに、風悟の背中には桃が放った衝撃波が直撃し、呻きながら膝をつく息子と仁王立ちの式神を、両親は呆れた顔で見るのであった。
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