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第二章 茅の輪くぐりで邪気払い
千景の力④
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「おうおう……久しぶりに骨のありそうなやつが現れよったのう……」
ネネコが言うと、正嗣は苦笑し四つ足の式神を繰り出す。
「本意ではないがな……本家のお嬢さんがやられるのを、黙って見とるわけにいかんでのう……」
式神と河童は格闘を始めた。ネネコは強い。他の河童も応援に駆けつけ、思いのほか場は賑やかになっていた。そうしているうちに式神が負け、3体目までやられたときに、正嗣本人が河童の前に立った。
「やるか」
「やらんといかん状況やしな」
ネネコは強く、桃は固唾をのんで見守る。柔道経験者の正嗣はそれなりに強いが、なにせ河童の体はヌメヌメと滑る。必死の形相でくらいつく正嗣を見て、ネネコはふっと力を抜いた。その瞬間を逃さず、正嗣はネネコを投げる。やんやと河童達から歓声が沸き、ネネコもからからと笑って立ち上がった。
「まあ、女を守る心意気に免じて、今回はオマケや」
そう言うネネコはとても楽しそうである。
状況を聞いた千景は驚きながらも、助けに来てくれた正嗣に礼を言った。
「……けどなんで、家に来たんや」
タイミングが良すぎる、と千景は訝しんだが、聞けば「佐々木の親から家庭教師を頼まれた」という至極真っ当な理由だった。
「俺は大学で教職も取っとる。本家から、中学2年生やし受験に向けて勉強教えてやってくれ、って言われてな。どうせうちの親が取りいって話付けたんやろうし、気は進まんが、まあ俺自身の勉強にもなるしな……」
正嗣はそこで少し言葉を切った。
「お嬢さんよ。あんた、力が……式神を扱う力が無いんやな。ほんで、それを苦にして川へ身投げ……ってことやあらへんか」
思いもがけないことを言われ、千景は咄嗟に「いや」と、「それは」と、半端な言葉しか出ない。「身投げなんて……足を滑らしただけや」
かろうじてそれだけ言ったが、力についてはどう答えて良いかわからず、黙った。本家の娘が、式神も使わず溺れかけたのだ。自分の意思で落ちたか、脱出する力が無かったと思われても仕方ない。そして正嗣は、「そうか」とだけ言った。
「さっきも言ったけどな、俺は教師を目指してる。悩んでる子を放っておくことは、できん。なんかあったら相談にのるで、いつでも言ってくれ」
行くで、と、さっと立ち上がりずぶ濡れのまま歩き出した正嗣の背中に、小さく千景はありがとう、と声を掛けた。正嗣はすでに数メートル先を歩いていたがくるっと振り向き、ちょっと困った顔で言った。
「あとなあ……次男坊はやめてもらえんか。仮にも年上やし、他に言い方あるやろ」
「じゃあ……なんて呼ばれとるん。マー坊か」
「ほんまあんたお嬢さんやな。マー坊て、どうせ親が赤ん坊の俺のこと呼んでたんやろうが、俺自身も呼ばれてた時の記憶ないくらいや」
「じゃあ……鈴木さん」
「うちはみんな鈴木や。お嬢さんかて、佐々木さん呼ばれても困るやろ」
うん、と千景はふと、ささやかな疑問を口にした。
「……うちの名前、知っとるか」
何を突然、と正嗣は目を見開くも、すぐ答える。
「千景やろ。千の景色や」
「……ほな、うちのことは千景って呼んで。お嬢さんてのも、なんや個性がない」
「確かになあ。しかし本家もんを呼び捨てってのも……」
千景はむっとする。まあええ、と正嗣は凝りをほぐすように首を回した。
「そんなら、さっさと歩くぞ。ああ……そこの河童、またな」
「河童にも名前はあるぞ。ネネコや」
「じゃあネネコ、あんま悪戯すると祓われるで、気ぃつけや」
おう、とネネコは鷹揚に返事をし、片手を挙げる。水かきの付いた手のひらを仰ぐと、水滴が飛んだ。
そうして、千景は正嗣と帰路についた。
ネネコが言うと、正嗣は苦笑し四つ足の式神を繰り出す。
「本意ではないがな……本家のお嬢さんがやられるのを、黙って見とるわけにいかんでのう……」
式神と河童は格闘を始めた。ネネコは強い。他の河童も応援に駆けつけ、思いのほか場は賑やかになっていた。そうしているうちに式神が負け、3体目までやられたときに、正嗣本人が河童の前に立った。
「やるか」
「やらんといかん状況やしな」
ネネコは強く、桃は固唾をのんで見守る。柔道経験者の正嗣はそれなりに強いが、なにせ河童の体はヌメヌメと滑る。必死の形相でくらいつく正嗣を見て、ネネコはふっと力を抜いた。その瞬間を逃さず、正嗣はネネコを投げる。やんやと河童達から歓声が沸き、ネネコもからからと笑って立ち上がった。
「まあ、女を守る心意気に免じて、今回はオマケや」
そう言うネネコはとても楽しそうである。
状況を聞いた千景は驚きながらも、助けに来てくれた正嗣に礼を言った。
「……けどなんで、家に来たんや」
タイミングが良すぎる、と千景は訝しんだが、聞けば「佐々木の親から家庭教師を頼まれた」という至極真っ当な理由だった。
「俺は大学で教職も取っとる。本家から、中学2年生やし受験に向けて勉強教えてやってくれ、って言われてな。どうせうちの親が取りいって話付けたんやろうし、気は進まんが、まあ俺自身の勉強にもなるしな……」
正嗣はそこで少し言葉を切った。
「お嬢さんよ。あんた、力が……式神を扱う力が無いんやな。ほんで、それを苦にして川へ身投げ……ってことやあらへんか」
思いもがけないことを言われ、千景は咄嗟に「いや」と、「それは」と、半端な言葉しか出ない。「身投げなんて……足を滑らしただけや」
かろうじてそれだけ言ったが、力についてはどう答えて良いかわからず、黙った。本家の娘が、式神も使わず溺れかけたのだ。自分の意思で落ちたか、脱出する力が無かったと思われても仕方ない。そして正嗣は、「そうか」とだけ言った。
「さっきも言ったけどな、俺は教師を目指してる。悩んでる子を放っておくことは、できん。なんかあったら相談にのるで、いつでも言ってくれ」
行くで、と、さっと立ち上がりずぶ濡れのまま歩き出した正嗣の背中に、小さく千景はありがとう、と声を掛けた。正嗣はすでに数メートル先を歩いていたがくるっと振り向き、ちょっと困った顔で言った。
「あとなあ……次男坊はやめてもらえんか。仮にも年上やし、他に言い方あるやろ」
「じゃあ……なんて呼ばれとるん。マー坊か」
「ほんまあんたお嬢さんやな。マー坊て、どうせ親が赤ん坊の俺のこと呼んでたんやろうが、俺自身も呼ばれてた時の記憶ないくらいや」
「じゃあ……鈴木さん」
「うちはみんな鈴木や。お嬢さんかて、佐々木さん呼ばれても困るやろ」
うん、と千景はふと、ささやかな疑問を口にした。
「……うちの名前、知っとるか」
何を突然、と正嗣は目を見開くも、すぐ答える。
「千景やろ。千の景色や」
「……ほな、うちのことは千景って呼んで。お嬢さんてのも、なんや個性がない」
「確かになあ。しかし本家もんを呼び捨てってのも……」
千景はむっとする。まあええ、と正嗣は凝りをほぐすように首を回した。
「そんなら、さっさと歩くぞ。ああ……そこの河童、またな」
「河童にも名前はあるぞ。ネネコや」
「じゃあネネコ、あんま悪戯すると祓われるで、気ぃつけや」
おう、とネネコは鷹揚に返事をし、片手を挙げる。水かきの付いた手のひらを仰ぐと、水滴が飛んだ。
そうして、千景は正嗣と帰路についた。
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