9 / 42
第一章
土曜にくしゃみをしてみたら(1)
しおりを挟む
「で? 岩本さん。レイさんからトドメさされちゃったわけ?」
レイの解散ライブから約二週間後の土曜昼下がり、古書店に来た花子は、店番バイト中の侑哉から岩本の様子を聞いてため息をついた。今日、友義は地域の古本市を手伝いに行っており、終日、侑哉が店番を任されている。
花子は、レジカウンター内側に座る侑哉の真正面、侑哉もよく使う木の丸椅子に座っている。今日は私服なのか、ゆったりめの白いTシャツに膝丈の水色プリーツスカートが涼しげだ。侑哉はロゴが描かれた紺のTシャツの裾を動かし、風を送る。上よりGパンのほうを脱ぎたいがそうもいかない。
「侑哉、ほっそ! 白い!」
花子が容赦ない突っ込みを入れてきたが侑哉はスルー する。たまに少女漫画で見かける、男子の肌を見て恥じらうというシーンは現実では起こらないらしい。
「岩本、レイさんとライン交換してさ、デートに誘って OKしてもらったらしいからなあ。社交辞令を真に受けた岩本もアレだけど」
「うーん、でもまさかデートのその日にイギリス行っちゃうなんて、思わないからねー」
イギリスか、と侑哉は後ろを向いて、ブラインドの隙間から空を見た。薄暗い古書店内から見ると、梅雨の曇天もまぶしく感じられ、侑哉は目を細めた。
「絶対十日じゃ準備できないよな。俺海外行ったことないんだけど、チケットとかそんなすぐ取れないだろ?」
「正規料金ならあり得なくはないけどね。事前に取ってた格安チケットと、滞在は知り合いの個人宅で、浮いたお金を現地の移動費や観光に使うって言ってた」
「個人宅? ホームステイってやつ?」
侑哉がブラインドから指を離すと、カシャッと音がした。日光に照らされていた花子のピンクの髪が、残像みたいにゆらぐが、それは頭を振ったからもあるようだ。
「ううん、私の知り合い。正確に言うと、うちの親の知り合いんち」
「え?」
怪訝な顔をした侑哉に、花子は鞄からスマホを取り出し、画像を見せる。そこに笑顔で写っているのは、黒髪の花子と、金髪碧眼の少女だ。小学生らしき花子の髪は肩までのストレートで、斜めにピン止めした前髪が似合っている。髪型は隣の外国人の少女と、お揃いらしい。
「私、小さい頃から親の海外駐在についていって、ずっと海外にいたんだよね。数年ごとに国が変わってあちこちいったけど、中二で日本にきたの」
「へえ......」
海外に住むどころか、侑哉のまわりの大人は旅行も滅多にいかない。侑哉が中学生のころ帰国子女だという転入生がいたが、どう会話をしたらよいかと悩んだ挙げ句、交流しないという選択をしたのだ。
その後彼が外国語を主に学ぶ学校へ進学したのは知っているが、花子は高校を退学している。
侑哉の心がすこし疼いた。
「それでレイさんに、英語教えてほしいって言われて、たまにレッスンしてたんだ」
lesson という単語だけ妙に発音が良い。ピンク髪の少女がすらすら英語を喋る姿は、それこそ侑哉にとっては異世界の光景だ。
「小学生のときは、髪は黒なんだ」
「当たり前じゃん。高校やめてから染めたの。それでこ の辺から秋葉原までぶらぶらしてたら、メイドカフェとか沢山あって、覗いてみたらバイトに誘われたってわけ」
しかし、なんでピンクなのだ。侑哉が聞くと、「別に」とそっけない返事がかえってきた。
「日本人でも外国人でもいないでしょ? だからかな。 そしたらゲームとかラノベのキャラみたいって言われるようになってさ。普段からこれならいいんだ、って」
「普段って......」
花子は笑った。
「だって、私にとっては現実のほうが異世界だったからアジア人が少ない地域だと私はマイノリティで、日本でも帰国子女ってなんか壁作られるんだよね」
マイノリティ。壁。
侑哉は、その言葉に何も言えず、無言で椅子にもたれた。
軽く触れたブラインドが揺れ、隙間から漏れる光が花子の目をかすめる。まぶしそうに細めた目は少し明るい茶で、現実離れしたコスプレが似合う要素の一つかもしれない。
「ピンクの髪って意外と需要あるし、キャラ被らないと女子も優しいんだ。特にレイさんは、よくしてくれたよ。
レイさん自身は、ちょっと可愛いだけじゃ限界があるし年齢的にも必ず引退するから、それまでにプラスアルファのスキルを身に付けたいって言ってて。その新しい第一歩が海外にいくことなら応援できるから、親の知り合
いを紹介したんだ」
「なんで、他人にそんな......」
花子は、えーと、と少し言葉を選びながら答えた。
「ともさんかな」
「おじさん?」
うん、と花子は頷き、腕を組みわざと芝居がかった調子で喋る。
「日本っていう異世界に迷いこんだ私に、無償で居場所と、知識をくれた人。日本の学校で皆が学んだ以上のことを、ここの本から知ることが出来たの。だから私も、私が持ってるもので周りが幸せになるなら力になる」
花子の言葉は、ラノベのヒロインが言うセリフのようだ。性格のよい美少女が、悩む主人公に自分の財力やコネクションで手助けをする。
けれども、現実のヒロインは、単に主人公だから、友人だからという理由だけで助けたわけじゃないのだ。
レイの解散ライブから約二週間後の土曜昼下がり、古書店に来た花子は、店番バイト中の侑哉から岩本の様子を聞いてため息をついた。今日、友義は地域の古本市を手伝いに行っており、終日、侑哉が店番を任されている。
花子は、レジカウンター内側に座る侑哉の真正面、侑哉もよく使う木の丸椅子に座っている。今日は私服なのか、ゆったりめの白いTシャツに膝丈の水色プリーツスカートが涼しげだ。侑哉はロゴが描かれた紺のTシャツの裾を動かし、風を送る。上よりGパンのほうを脱ぎたいがそうもいかない。
「侑哉、ほっそ! 白い!」
花子が容赦ない突っ込みを入れてきたが侑哉はスルー する。たまに少女漫画で見かける、男子の肌を見て恥じらうというシーンは現実では起こらないらしい。
「岩本、レイさんとライン交換してさ、デートに誘って OKしてもらったらしいからなあ。社交辞令を真に受けた岩本もアレだけど」
「うーん、でもまさかデートのその日にイギリス行っちゃうなんて、思わないからねー」
イギリスか、と侑哉は後ろを向いて、ブラインドの隙間から空を見た。薄暗い古書店内から見ると、梅雨の曇天もまぶしく感じられ、侑哉は目を細めた。
「絶対十日じゃ準備できないよな。俺海外行ったことないんだけど、チケットとかそんなすぐ取れないだろ?」
「正規料金ならあり得なくはないけどね。事前に取ってた格安チケットと、滞在は知り合いの個人宅で、浮いたお金を現地の移動費や観光に使うって言ってた」
「個人宅? ホームステイってやつ?」
侑哉がブラインドから指を離すと、カシャッと音がした。日光に照らされていた花子のピンクの髪が、残像みたいにゆらぐが、それは頭を振ったからもあるようだ。
「ううん、私の知り合い。正確に言うと、うちの親の知り合いんち」
「え?」
怪訝な顔をした侑哉に、花子は鞄からスマホを取り出し、画像を見せる。そこに笑顔で写っているのは、黒髪の花子と、金髪碧眼の少女だ。小学生らしき花子の髪は肩までのストレートで、斜めにピン止めした前髪が似合っている。髪型は隣の外国人の少女と、お揃いらしい。
「私、小さい頃から親の海外駐在についていって、ずっと海外にいたんだよね。数年ごとに国が変わってあちこちいったけど、中二で日本にきたの」
「へえ......」
海外に住むどころか、侑哉のまわりの大人は旅行も滅多にいかない。侑哉が中学生のころ帰国子女だという転入生がいたが、どう会話をしたらよいかと悩んだ挙げ句、交流しないという選択をしたのだ。
その後彼が外国語を主に学ぶ学校へ進学したのは知っているが、花子は高校を退学している。
侑哉の心がすこし疼いた。
「それでレイさんに、英語教えてほしいって言われて、たまにレッスンしてたんだ」
lesson という単語だけ妙に発音が良い。ピンク髪の少女がすらすら英語を喋る姿は、それこそ侑哉にとっては異世界の光景だ。
「小学生のときは、髪は黒なんだ」
「当たり前じゃん。高校やめてから染めたの。それでこ の辺から秋葉原までぶらぶらしてたら、メイドカフェとか沢山あって、覗いてみたらバイトに誘われたってわけ」
しかし、なんでピンクなのだ。侑哉が聞くと、「別に」とそっけない返事がかえってきた。
「日本人でも外国人でもいないでしょ? だからかな。 そしたらゲームとかラノベのキャラみたいって言われるようになってさ。普段からこれならいいんだ、って」
「普段って......」
花子は笑った。
「だって、私にとっては現実のほうが異世界だったからアジア人が少ない地域だと私はマイノリティで、日本でも帰国子女ってなんか壁作られるんだよね」
マイノリティ。壁。
侑哉は、その言葉に何も言えず、無言で椅子にもたれた。
軽く触れたブラインドが揺れ、隙間から漏れる光が花子の目をかすめる。まぶしそうに細めた目は少し明るい茶で、現実離れしたコスプレが似合う要素の一つかもしれない。
「ピンクの髪って意外と需要あるし、キャラ被らないと女子も優しいんだ。特にレイさんは、よくしてくれたよ。
レイさん自身は、ちょっと可愛いだけじゃ限界があるし年齢的にも必ず引退するから、それまでにプラスアルファのスキルを身に付けたいって言ってて。その新しい第一歩が海外にいくことなら応援できるから、親の知り合
いを紹介したんだ」
「なんで、他人にそんな......」
花子は、えーと、と少し言葉を選びながら答えた。
「ともさんかな」
「おじさん?」
うん、と花子は頷き、腕を組みわざと芝居がかった調子で喋る。
「日本っていう異世界に迷いこんだ私に、無償で居場所と、知識をくれた人。日本の学校で皆が学んだ以上のことを、ここの本から知ることが出来たの。だから私も、私が持ってるもので周りが幸せになるなら力になる」
花子の言葉は、ラノベのヒロインが言うセリフのようだ。性格のよい美少女が、悩む主人公に自分の財力やコネクションで手助けをする。
けれども、現実のヒロインは、単に主人公だから、友人だからという理由だけで助けたわけじゃないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる