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第二章
忘れがたきホームタウン(1)
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温泉旅行二日目、朝食は広間でとった。浴衣姿で寝起きのボサボサ頭の男子とは違い、女子たちは既に洗顔など、最低限の身支度を整えている。
「かわいいなあ~ハーレムだよなあ」
岩本は目の前に並ぶ三人の女子を順に見ながら幸せそうだ。仲居さんにからかわれても、デレた顔を隠そうとし
ない。
「小さい頃から、家が忙しいときはほったらかしだったから、空いてる部屋で本とか漫画ばかり読んでる子だったのよね。友達と遊ぶ機会も少なくて」
女将である岩本の母は、そう言っていた。それでも東京で新しい生活をして、実家に呼べるくらい打ち解けている友人ができた、と嬉しいのだろう。
息子を見るまなざしはとても優しく、かまう時間はなくとも見守ってきた親の思いは、侑哉にも感じられた。
今日は花子の希望で、山へ行くことになっている。
「ロープウェイがあるから、それで」
宿の車を借りて乗り込み、岩本のナビで現地へ向かう。晴天で絶好のハイキング日和だが、平日のせいかこちらも空いており、駐車場にもすんなり入れた。
「コスプレしないの?」
侑哉の問いに花子は笑顔で答える。
「うん。ハイキングがしたかったの」
侑哉はてっきり、花子は山を背景に写真を撮りたいのかと思っていたが、全員歩きやすそうなカットソーとGパン、スニーカーという軽装だ。防寒対策の羽織りものはそれぞれ、花子がパーカー、静音はシャツ、いずみがカーディガンと個性が出ている。
「かわいい……コスプレもいいけど、めちゃくちゃ普段着なのもコスプレっぽい...…….三次元なのに二次元っぽい
……」
岩本はすでにうっとりしている。ちなみに男子はTシャツGパンという代わり映えしない服装だ。
ともあれ、5人を乗せたロープウェイは降車駅に到着した。リフトを乗り継ぎ更に上に進むと、眼下には緑が広がり、心地よい空気が肌を刺激する。侑哉たちは、眼前に広がる山々の姿に釘付けになった。登頂断崖と緑のコントラストが夏の晴天に映える。
「はなちゃん、すごいね」
「うん......」
侑哉は花子と一緒にリフトに乗っており、前を見ると、 静音といずみがスマホを取り出し山を撮影しているのがわかった。後ろにはじゃんけんであぶれた岩本が、恨みがましい顔で一人座っており、ちらっと見た花子はおかしそうに笑っている。
「岩本さん、帰りは静音さんとペアにさせてあげようか?」
「なんで? いずみちゃんじゃないの?」
「うん」
レイのようなとろんとした雰囲気の年上が好きな岩本なら、いずみの方が好みかと侑哉は思ったのだが、花子の読みは違うらしい。リフトを降り、地面を踏みしめる。
登山道に入って行く人たちもいるが、専用の装備もない侑哉たちは、この場で景色を楽しむことにした。
「撮るよー」
「はーい!」
女子たちは互いに慣れた様子でポーズをとり、山を背景に写真を撮る。花子のピンク髪はやはり目立つのか人目を引いたが、おおむね好意的な反応なのは、ここが有名な観光地なのと、本人の所作が可愛いからだろう。
それにしても、なぜ花子はここに来たがったのか。侑哉はずっと不思議だったが、山々を眺める花子の隣に立ったとき、理由がわかった。
「ここ、そっくりだ......」
侑哉の口から、典弘にもらった児童書のタイトルが出ると、花子が振り向く。その表情は嬉しそうだ。
「あれ? 侑哉も読んだの? あの本」
「うん、安田さん......典弘さんにすすめられて。この景色って、本に出てくる主人公の故郷に似てるね」
花子は頷いた。
「あの本、大好きなんだ」
飾り気のない、児童書ならではのわかりやすい文章ながら、場面ごとの情景が鮮やかに脳裏に浮かび、普段ラノベ以外ほとんど読まない侑哉をも虜にした。加えて、繊細な筆致で描かれた挿し絵は、主人公の少年が冒険をする道々や、山など、自然の風景を可視化する役割を十分に果たし、読者に強く印象づけている。
「あのね、私が昔住んでた場所にも、なんとなく似てるの。週末に家族でドライブすると、目の前に山が広がるのがすごく好きで」
目を細めながら花子は言う。海外の? と侑哉が問うと、うん、と少し恥ずかしそうな返事が返ってきた。
「ともさんが安田さんに、私が楽しめそうな本を聞いてくれたんだよね。きっと、どの辺りに住んでて、どんな風に過ごしてたっていうのも話したんだと思う。それであの本を読んで、挿し絵を見て、とっても懐かしくて」
侑哉は笑顔で話す花子を見た。
「ホームシック......とか」
「ううん。でもなんか、気持ちが落ち着いたっていうか」
そっか、と侑哉は相槌をうった。
すると花子が気恥ずかしそうにして、いつもの明るい口調に戻る。
「そうだ。ポストカードとか売ってるかな。あ、写真撮っとけばいいのか」
「お土産?」
「うん。安田さんに」
確かに本をすすめてくれた典弘なら、この場所を写したポストカードは喜んでくれるだろうと侑哉も同意したが、花子は意外なことを言った。
「ほんとは安田さんのお父さんに、この景色を描いて欲しいけど。元々風景画の人だし」
「そうなの?」
「そうだよ、すっごく緻密で、深い絵を描くんだよ」
侑哉は絵に詳しくないが、息子である典弘が描いた絵本のタッチは優しくて、淡い色とデフォルメが持ち味だ。
絵本作家を目指していたという父親が全く違う画風というのは意外である。
ちょっと待ってね、と花子はスマホで絵を検索しようとしたが、山には電波が入らないく、早々に諦め顔になってしまった。手持ち無沙汰になった侑哉は花子に、歩こうと誘う。展望台からはあまり離れないようにして、登山口の入り口付近をゆっくり歩く。足場は良くないながらも、人が歩くところは踏み固められている。
「こういう感触は、見ただけじゃわからないね」
花子は楽しそうだ。日本の山を歩くこと自体、初めてに近いのだろう。
侑哉は花子に手を貸しながら、岩や野草の間を一緒に進む。
一歩一歩、踏みしめながら。
「侑哉」
ずっと隣についてきている花子が言った。
「連れてきてくれて、ありがとね」
侑哉は、山を見ながら、うん、と頷いた。
「かわいいなあ~ハーレムだよなあ」
岩本は目の前に並ぶ三人の女子を順に見ながら幸せそうだ。仲居さんにからかわれても、デレた顔を隠そうとし
ない。
「小さい頃から、家が忙しいときはほったらかしだったから、空いてる部屋で本とか漫画ばかり読んでる子だったのよね。友達と遊ぶ機会も少なくて」
女将である岩本の母は、そう言っていた。それでも東京で新しい生活をして、実家に呼べるくらい打ち解けている友人ができた、と嬉しいのだろう。
息子を見るまなざしはとても優しく、かまう時間はなくとも見守ってきた親の思いは、侑哉にも感じられた。
今日は花子の希望で、山へ行くことになっている。
「ロープウェイがあるから、それで」
宿の車を借りて乗り込み、岩本のナビで現地へ向かう。晴天で絶好のハイキング日和だが、平日のせいかこちらも空いており、駐車場にもすんなり入れた。
「コスプレしないの?」
侑哉の問いに花子は笑顔で答える。
「うん。ハイキングがしたかったの」
侑哉はてっきり、花子は山を背景に写真を撮りたいのかと思っていたが、全員歩きやすそうなカットソーとGパン、スニーカーという軽装だ。防寒対策の羽織りものはそれぞれ、花子がパーカー、静音はシャツ、いずみがカーディガンと個性が出ている。
「かわいい……コスプレもいいけど、めちゃくちゃ普段着なのもコスプレっぽい...…….三次元なのに二次元っぽい
……」
岩本はすでにうっとりしている。ちなみに男子はTシャツGパンという代わり映えしない服装だ。
ともあれ、5人を乗せたロープウェイは降車駅に到着した。リフトを乗り継ぎ更に上に進むと、眼下には緑が広がり、心地よい空気が肌を刺激する。侑哉たちは、眼前に広がる山々の姿に釘付けになった。登頂断崖と緑のコントラストが夏の晴天に映える。
「はなちゃん、すごいね」
「うん......」
侑哉は花子と一緒にリフトに乗っており、前を見ると、 静音といずみがスマホを取り出し山を撮影しているのがわかった。後ろにはじゃんけんであぶれた岩本が、恨みがましい顔で一人座っており、ちらっと見た花子はおかしそうに笑っている。
「岩本さん、帰りは静音さんとペアにさせてあげようか?」
「なんで? いずみちゃんじゃないの?」
「うん」
レイのようなとろんとした雰囲気の年上が好きな岩本なら、いずみの方が好みかと侑哉は思ったのだが、花子の読みは違うらしい。リフトを降り、地面を踏みしめる。
登山道に入って行く人たちもいるが、専用の装備もない侑哉たちは、この場で景色を楽しむことにした。
「撮るよー」
「はーい!」
女子たちは互いに慣れた様子でポーズをとり、山を背景に写真を撮る。花子のピンク髪はやはり目立つのか人目を引いたが、おおむね好意的な反応なのは、ここが有名な観光地なのと、本人の所作が可愛いからだろう。
それにしても、なぜ花子はここに来たがったのか。侑哉はずっと不思議だったが、山々を眺める花子の隣に立ったとき、理由がわかった。
「ここ、そっくりだ......」
侑哉の口から、典弘にもらった児童書のタイトルが出ると、花子が振り向く。その表情は嬉しそうだ。
「あれ? 侑哉も読んだの? あの本」
「うん、安田さん......典弘さんにすすめられて。この景色って、本に出てくる主人公の故郷に似てるね」
花子は頷いた。
「あの本、大好きなんだ」
飾り気のない、児童書ならではのわかりやすい文章ながら、場面ごとの情景が鮮やかに脳裏に浮かび、普段ラノベ以外ほとんど読まない侑哉をも虜にした。加えて、繊細な筆致で描かれた挿し絵は、主人公の少年が冒険をする道々や、山など、自然の風景を可視化する役割を十分に果たし、読者に強く印象づけている。
「あのね、私が昔住んでた場所にも、なんとなく似てるの。週末に家族でドライブすると、目の前に山が広がるのがすごく好きで」
目を細めながら花子は言う。海外の? と侑哉が問うと、うん、と少し恥ずかしそうな返事が返ってきた。
「ともさんが安田さんに、私が楽しめそうな本を聞いてくれたんだよね。きっと、どの辺りに住んでて、どんな風に過ごしてたっていうのも話したんだと思う。それであの本を読んで、挿し絵を見て、とっても懐かしくて」
侑哉は笑顔で話す花子を見た。
「ホームシック......とか」
「ううん。でもなんか、気持ちが落ち着いたっていうか」
そっか、と侑哉は相槌をうった。
すると花子が気恥ずかしそうにして、いつもの明るい口調に戻る。
「そうだ。ポストカードとか売ってるかな。あ、写真撮っとけばいいのか」
「お土産?」
「うん。安田さんに」
確かに本をすすめてくれた典弘なら、この場所を写したポストカードは喜んでくれるだろうと侑哉も同意したが、花子は意外なことを言った。
「ほんとは安田さんのお父さんに、この景色を描いて欲しいけど。元々風景画の人だし」
「そうなの?」
「そうだよ、すっごく緻密で、深い絵を描くんだよ」
侑哉は絵に詳しくないが、息子である典弘が描いた絵本のタッチは優しくて、淡い色とデフォルメが持ち味だ。
絵本作家を目指していたという父親が全く違う画風というのは意外である。
ちょっと待ってね、と花子はスマホで絵を検索しようとしたが、山には電波が入らないく、早々に諦め顔になってしまった。手持ち無沙汰になった侑哉は花子に、歩こうと誘う。展望台からはあまり離れないようにして、登山口の入り口付近をゆっくり歩く。足場は良くないながらも、人が歩くところは踏み固められている。
「こういう感触は、見ただけじゃわからないね」
花子は楽しそうだ。日本の山を歩くこと自体、初めてに近いのだろう。
侑哉は花子に手を貸しながら、岩や野草の間を一緒に進む。
一歩一歩、踏みしめながら。
「侑哉」
ずっと隣についてきている花子が言った。
「連れてきてくれて、ありがとね」
侑哉は、山を見ながら、うん、と頷いた。
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