マザーグースは空を飛ぶ

ロジーヌ

文字の大きさ
17 / 42
第二章

夏と山とわたしと温泉(2)

しおりを挟む
「まあうちらは非公式コスですけど、インスタとかにタグ付けて載せたら少しは拡散できると思いますよ。でも、隠れ家的な宿が売りなんじゃないんですか? 殺到したら逆に迷惑とか......」
 いやいや、と岩本は手を振る。
「年中混んでるわけじゃないし、うちが満室でも近くの宿とか飲食にはお金が落ちるでしょ。まあ、町おこしっ
 てやつ?」
 確かに全国チェーンのホテルとは違い、地元の業者は観光協会などを経由して互いに情報を分けあったりする。
 日帰り温泉巡りの割引券を発行したり、町全体で色々と工夫しているのだ。
「というわけで、気兼ねなく入っていただいて......なんならシャッター押しますんで」
 岩本はささっと部屋風呂を指すが、静音に一蹴される。
「タイマーがありますから、お気遣いなく~」
 お約束で舌打ちした岩本だが、すぐに従業員の顔に戻る。
「あと、大浴場にも露天風呂があるんで。そっちは山が見えるからオススメっす」
「ん、ありがとうございます」
 静音はあくまで敬語を崩さず、やんわりと返す。
 まだ夕食まで時間があるので、十八時に女子の部屋に集合とだけ決めて一度解散した。

 侑哉は、せっかくだからとまず大浴場へ向かう。もちろん男子の部屋にも露天風呂はあるが、岩本と二人部屋で入る気にはなれないからだ。花子といずみは岩本の運転で買い物に行き、静音は一人残ることにしたらしい。大浴場の前でばったり会った侑哉に、静音は意味ありげに笑いかける。
「露天風呂で塀越しに声をかけたら、聞こえるかな?」
 ベタなアニメのようである。侑哉はそのまままスルーし、案の定貸し切り状態の大浴場を無心で堪能した。
「......うおっ」
 岩本の言うとおり、露天風呂からは雄大な山が見えた。
 緑に覆われた部分と、削れたようなむき出しの斜面が混在し、人の手がほとんど入らない自然の姿を、侑哉はしばらく眺めていた。小中学校の校外学習で訪れた山とも、家族キャンプで行った山とも違う。新興住宅街で育ち、祖父母宅もずっと首都圏内である侑哉には、都内の大学で知り合った岩本がこのような山々に囲まれて育ってきたことが、少し羨ましく感じられた。
 しかし山の景色自体どこか懐かしいのは、山と海ばかりの島国に住む日本人だからか、そんなことを思いながら侑哉が風呂からあがると、ちょうど静音も女湯から出てきたところだった。
「お疲れ様」
 上気した顔と濡れ髪が色っぽい静音だが、侑哉はそれよりも、半袖Tシャツからのぞく華奢な腕にくぎづけになる。白い腕に映える青い模様は、タトゥーだ。
 静音は「ああ」という顔をして、自分の腕を撫でながら苦笑した。
「これね。昔ちょっと付き合いでいれたことがあって... ...ヤバいわけじゃないんだけど、混んでるときの広いお風呂だと嫌がられるから」
 だから花子は部屋風呂つきの旅行に誘ったのか。侑哉の言いたいことがわかった静音は、優しく笑う。
「ティナは、ほんとにヒロインだよね。大事にしなきゃだめだよ、 侑哉くん」
 侑哉と花子は単なる友人だ。だが友人でも大事な人に変わりはない。侑哉は、一呼吸置いてゆっくり頷いた。

 十八時きっかりに、女子の部屋である鶯の間に、仲居さんが夕食を運んできた。
 メニューは、地元のブランド肉をメインにしたすき焼きだ。地場野菜と炊きたてのご飯、そして成人組には、酒もある。
「うまそっ!」
 侑哉が言うと、岩本は「親父の料理は最高だぞ」と得意気に笑う。どうやら厨房の責任者は父親のようだ。
「あれ? いずみちゃんていくつ? 二十歳はたち超えてる?」
 ぐいぐいと水のように日本酒を飲むいずみに、岩本が意外そうに聞いた。
「はい、21ですよー」
 のんびりとした口調はそのまま、いずみは楽しそうに
 どんどん日本酒も料理も腹におさめていく。対照的に、静音はゆっくり、一口ずつビールを飲んでいる。
「いずみは、強いんだよねえ。羨ましい」
 どうやら静音は、それほど酒に強くはないらしい。
「変な客に潰される心配はないですけどねー。気になる人からも引かれちゃうのが悩みです」
「えー、お酒を沢山飲むくらいで引いちゃうの? すっごく器が小さいよね!」
 オレンジジュースを飲みながら花子も会話に参加し、まるでそこに侑哉と岩本がいないかのようなあけすけな女子トークが繰り広げられた。バイト先での裏話や地下アイドルの素顔など、関係者じゃない限り知り得ない話も、次から次へと飛び出してくる。
「......聞きたくなかったかもな......」
「......ああ......」
 侑哉と岩本は互いに顔を見合わせた。
 そして静音が運転の疲れもありうとうとし始めた時点で、温泉旅行一日目の宴はお開きになったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

危険な残業

詩織
恋愛
いつも残業の多い奈津美。そこにある人が現れいつもの残業でなくなる

カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~

伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華 結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空 幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。 割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。 思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。 二人の結婚生活は一体どうなる?

処理中です...