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第二章
夏と山とわたしと温泉(1)
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朝早くに出発したのが良かったのか、平日だったからなのか、とにかくハイエースは順調に高速道路を北上し、昼前にはインターをおりた。
県道沿いの蕎麦屋でのんびり昼食をとり、温泉街を案内する看板の先をすすむ。公営の日帰り温泉やホテルを経由し、山道をぐんぐん上っていくと個人経営の宿が左右に見える。そのうちの一つである岩本の実家、つまり目的の温泉宿に着いたのは十三時頃である。
「うわっ、老舗ってやつじゃん、これ」
侑哉は素直な感想を口にした。植木の隙間から見える 範囲は限られているが、奥に進むと趣のある建物と庭が 広がっている。客用駐車場は、客室に合わせて二十台ほ どスペースがとられているが、ハイエースはその大きさのため、従業員用の駐車場に止めさせてもらったので、一同は裏通路から全容を見て、その光景に興奮した。
「すごい! こんなとこで撮影したら、静ねえほんとに 二次元から出てきた人みたいになりそう!」
花子も目を輝かせている。和風コスプレが似合う静音はというと、にやりと笑って車を示した。
「あるよ」
衣装が、ということだろう。これに一番食いついたのは岩本である。
「もし、ご希望なら......和風小物はたくさんありますよ! もちろん無料でお貸しします」
時代劇の若旦那よろしく、揉み手でもしそうな雰囲気の岩本だが、花子たちはすでに彼に背を向け、正面玄関に向かって歩いている。
「......やっぱり俺はモブなのか」
がっくりと肩を落とす岩本を侑哉はなだめる。
「んなことないだろ、お母さんかな? 呼びに来てくれた人。待たせたら失礼だから皆移動したの」
侑哉がフォローしていると、少し離れたところから急かすような女性の声がした。
岩本の母、つまり女将は侑哉たちが到着するやいなや、素早く現れ従業員用の駐車場にハイエースを入れるよう誘導し、そのまま受付するよう案内をしてくれたのだ。
「前日のお客さんいないから、もう部屋に入っていいよ。女の子三人は鶯の間で、崇と秋月くんは隣の雲雀の間ね。布団あげさげは自分たちでやってもらって、ご飯はどっちかの部屋にまとめて運ぶか、広間でもいいよ。希望あったら教えてちょうだい」
侑哉達は客だが、ほぼ息子の友達ということで、女将の喋りもフレンドリーだ。
「たかし、って?」
よく磨かれた廊下を歩きながら花子が呟くと、先頭にいる岩本が、オレオレ、と自身を指差し、宙に漢字を書いた。
「岩本崇......山がたくさん......」
欧米育ちの花子は普段漢字をあまり使わないので、苦手意識を顔に出したまま空中に指を泳がせる。
「ちなみに姉ちゃんは『梓』って名前。あっちは木なの」
「こだわり?」
「いや、深い意味はないんじゃね? 親はお客さんに聞かれたら『自然にちなんで』とか答えてるけど、由来は教えてもらったことないし」
へえ、と花子は隣にいる侑哉にも名前について聞いて みるが、侑哉は「適当らしい」と答えた。小学校のときに『自分の名前について』調べて発表する授業があった が、親に聞いたら「響き」とだけ返ってきたのだ。
「はなちゃんは?」
侑哉も聞き返してみるが、こちらの返事もそっけない。
「私は、親が日本的な名前を付けたかったみたいだよ」
ふうん、と侑哉と岩本は相づちをうち、部屋に着いたと同時に話は終わってしまった。
女子にあてがわれた鶯の間は、十畳ほどのゆったりした作りで、掃き出し窓の向こうの縁側のような場所は、外から見えないよう柵で囲われており、内側に小さな箱形の露天風呂が設置してある。
いわゆる源泉かけ流しというやつなのか、樋からそのまま、すのこ状の床に温かい温泉が贅沢に流れている。
「きゃーっ!」
部屋に入るなり、興奮して声をあげたのは、いずみだ。
睫毛の長い大きな目を見開き、頬を紅潮させてずんずんと室内に入る。そしてそろそろと窓を開けた。湯気がゆらぎ、わっ、と温泉の匂いが部屋に漂ってくる。花子と静音も目をキラキラさせている。
「うわ、すごいいいとこ。こんなとこ、破格値でなんて良いんですか?」
静音は最年長らしく、招待主に気を遣うが、岩本はなんてことない、というように笑う。
「シーズン前の平日だからさぁ。空き部屋にするより知ってる人に楽しんでもらったほうが良いし。あとは、お店に来た人にちょっと宣伝してもらえたら」
win-winというやつである。
思ったよりちゃんと実家のことを考えての企画だったらしい、と侑哉は感心した。すると静音がにやりと笑い、肩に掛けていた長い袋を下ろす。
「じゃあ、早速」
取り出したのは、三脚など、要するに撮影機材である。
「ちょうどここの浴衣がピンクだから、『ゆる☆湯巡り』にぴったりだと思ったんですよね。あ、ティナはどうする? ウィッグ付ける?」
「はーい、付けまーす」
静音は海外旅行にでも行くようなキャリーバックから、紫のウィッグや羽織、温泉タオルを取り出した。もちろん『ゆる☆湯巡り』のロゴ入り公式グッズである。主要キャラ三人が巡る温泉は実際の温泉宿やホテル、または足湯がモデルなので、アニメが放映されたあとには聖地のように客が増えるジンクスがあるのだ。
県道沿いの蕎麦屋でのんびり昼食をとり、温泉街を案内する看板の先をすすむ。公営の日帰り温泉やホテルを経由し、山道をぐんぐん上っていくと個人経営の宿が左右に見える。そのうちの一つである岩本の実家、つまり目的の温泉宿に着いたのは十三時頃である。
「うわっ、老舗ってやつじゃん、これ」
侑哉は素直な感想を口にした。植木の隙間から見える 範囲は限られているが、奥に進むと趣のある建物と庭が 広がっている。客用駐車場は、客室に合わせて二十台ほ どスペースがとられているが、ハイエースはその大きさのため、従業員用の駐車場に止めさせてもらったので、一同は裏通路から全容を見て、その光景に興奮した。
「すごい! こんなとこで撮影したら、静ねえほんとに 二次元から出てきた人みたいになりそう!」
花子も目を輝かせている。和風コスプレが似合う静音はというと、にやりと笑って車を示した。
「あるよ」
衣装が、ということだろう。これに一番食いついたのは岩本である。
「もし、ご希望なら......和風小物はたくさんありますよ! もちろん無料でお貸しします」
時代劇の若旦那よろしく、揉み手でもしそうな雰囲気の岩本だが、花子たちはすでに彼に背を向け、正面玄関に向かって歩いている。
「......やっぱり俺はモブなのか」
がっくりと肩を落とす岩本を侑哉はなだめる。
「んなことないだろ、お母さんかな? 呼びに来てくれた人。待たせたら失礼だから皆移動したの」
侑哉がフォローしていると、少し離れたところから急かすような女性の声がした。
岩本の母、つまり女将は侑哉たちが到着するやいなや、素早く現れ従業員用の駐車場にハイエースを入れるよう誘導し、そのまま受付するよう案内をしてくれたのだ。
「前日のお客さんいないから、もう部屋に入っていいよ。女の子三人は鶯の間で、崇と秋月くんは隣の雲雀の間ね。布団あげさげは自分たちでやってもらって、ご飯はどっちかの部屋にまとめて運ぶか、広間でもいいよ。希望あったら教えてちょうだい」
侑哉達は客だが、ほぼ息子の友達ということで、女将の喋りもフレンドリーだ。
「たかし、って?」
よく磨かれた廊下を歩きながら花子が呟くと、先頭にいる岩本が、オレオレ、と自身を指差し、宙に漢字を書いた。
「岩本崇......山がたくさん......」
欧米育ちの花子は普段漢字をあまり使わないので、苦手意識を顔に出したまま空中に指を泳がせる。
「ちなみに姉ちゃんは『梓』って名前。あっちは木なの」
「こだわり?」
「いや、深い意味はないんじゃね? 親はお客さんに聞かれたら『自然にちなんで』とか答えてるけど、由来は教えてもらったことないし」
へえ、と花子は隣にいる侑哉にも名前について聞いて みるが、侑哉は「適当らしい」と答えた。小学校のときに『自分の名前について』調べて発表する授業があった が、親に聞いたら「響き」とだけ返ってきたのだ。
「はなちゃんは?」
侑哉も聞き返してみるが、こちらの返事もそっけない。
「私は、親が日本的な名前を付けたかったみたいだよ」
ふうん、と侑哉と岩本は相づちをうち、部屋に着いたと同時に話は終わってしまった。
女子にあてがわれた鶯の間は、十畳ほどのゆったりした作りで、掃き出し窓の向こうの縁側のような場所は、外から見えないよう柵で囲われており、内側に小さな箱形の露天風呂が設置してある。
いわゆる源泉かけ流しというやつなのか、樋からそのまま、すのこ状の床に温かい温泉が贅沢に流れている。
「きゃーっ!」
部屋に入るなり、興奮して声をあげたのは、いずみだ。
睫毛の長い大きな目を見開き、頬を紅潮させてずんずんと室内に入る。そしてそろそろと窓を開けた。湯気がゆらぎ、わっ、と温泉の匂いが部屋に漂ってくる。花子と静音も目をキラキラさせている。
「うわ、すごいいいとこ。こんなとこ、破格値でなんて良いんですか?」
静音は最年長らしく、招待主に気を遣うが、岩本はなんてことない、というように笑う。
「シーズン前の平日だからさぁ。空き部屋にするより知ってる人に楽しんでもらったほうが良いし。あとは、お店に来た人にちょっと宣伝してもらえたら」
win-winというやつである。
思ったよりちゃんと実家のことを考えての企画だったらしい、と侑哉は感心した。すると静音がにやりと笑い、肩に掛けていた長い袋を下ろす。
「じゃあ、早速」
取り出したのは、三脚など、要するに撮影機材である。
「ちょうどここの浴衣がピンクだから、『ゆる☆湯巡り』にぴったりだと思ったんですよね。あ、ティナはどうする? ウィッグ付ける?」
「はーい、付けまーす」
静音は海外旅行にでも行くようなキャリーバックから、紫のウィッグや羽織、温泉タオルを取り出した。もちろん『ゆる☆湯巡り』のロゴ入り公式グッズである。主要キャラ三人が巡る温泉は実際の温泉宿やホテル、または足湯がモデルなので、アニメが放映されたあとには聖地のように客が増えるジンクスがあるのだ。
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