遥かなる恋人に

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現実的幻想

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 この世界でも一週間は七日ある。
 光曜日、闇曜日、火曜日、水曜日、風曜日、雷曜日に土曜日。一部は文字で読めば馴染み深いのに音は「ひようび」や「みずようび」なので私にとってはちょっとだけややこしい。
 平日と休日の区別がないので光曜日が向こうで言う「日曜日」に相当するのかは不明だけれど、私がエルハーフェン王国に召喚されたのは闇曜日だったそうだからきっと闇曜日が月曜日に違いない。私の中ではそういうことになっている。
 前の世界では、月曜日とは間違いなく絶望の闇だった。

 異世界で一週間を過ごして再び巡ってきた闇曜日の朝。夢の延長線上にあるようないい香りの高級羽毛布団を被ったままベッドの天蓋を見上げる私は、身も心も活力に満ちていた。
 また最高の一週間が幕を開ける。
 朝陽と共にミリアという名の天使の呼び声で目覚め、専属のシェフが腕を振るってくれる彩り豊かな季節のプレートに舌鼓を打つ。
 いつでもどこへでも散歩して自由に本を手に取り、お腹が減ったらごはんをもらい、眠くなったら部屋に帰って眠りにつく。大富豪の飼い猫になったみたいな極楽生活。
 この世界における「闇」曜日とは絶望の闇ではなく吉夢を与える慈悲深い夜の闇だった。

 新しい趣味もできた。王宮の厨房へのだ。
「あら、今日もいらっしゃいませ、マリ様」
「おはよーございます」
 私がくると厨房長のクララがにこやかに迎えてくれる。貫禄ある彼女の年齢は聞かないようにしている。最初こそ「聖女様が厨房になど!」と驚いていたけれど、特に立ち入りを禁じられるでもなく場所を提供してくれるありがたい人だった。
「えっとね、今日はパンを焼いてみたい」
「パンでございますか。それは素晴らしい!」
 何をやってもみんな素晴らしいって言ってくれるなあ。

 ミリアに手伝ってもらいながらエプロンを締めた。
 社畜の頃は料理なんてほとんどしなかった。洗い物が増えるのは嫌だし、どうせ私しか食べないのに余計な時間と労力を割くのが惜しかったのだ。
 朝は菓子パンを齧りながら出社して、昼は社食かコンビニ弁当、夜は終電ギリギリで帰宅して冷凍食品をチンするだけ。たまの休日に凝った料理でも作ろうかと思っても疲れ果てて布団から出られない。
 でも今は違う。気力は充実していて自由な時間がたっぷりある。材料も道具も揃っている。しかも自分以外に味わってくれる人がいる。

 小麦粉に水と塩と酵母を混ぜて丁寧にこねる。生地が滑らかになっていく感触が心地いい。クララが煮込むスープの匂いを嗅ぎながら発酵を待って、のんびりと窓の外を眺めた。
 ああ、青い空、穏やかな風。護衛騎士のフェリクスがいつでもお供しますと言ってくれているから、そのうち街にも遊びに行きたいな。手作りパンをバスケットにつめて、ミリアと一緒に。
 部屋のバルコニーから見下ろす限り街は王宮から結構遠いのだろう。乗馬を体験できるかもしれない。しかも安心安全プロのサポート付き。
 こんなにも豊かな時間を過ごすようになるなんて、一週間前の私は考えてもみなかった。

 焼き上がったパンは表面がこんがりきつね色、中はふわふわと柔らかい。
「マリ様、お上手ですわね」
「あちらの世界ではパン屋を営んでいらっしゃったのですか?」
 ミリアの無邪気な質問に慌ててしまった。
「いやいやいやまさか。クララが手伝ってくれるからスムーズにいくだけだよ」
「私はほとんど見ているだけですもの。お料理がお好きなのですね」
「そうだったみたい。手作業って落ち着く」
 必要に駆られての栄養摂取じゃなくて本当にただの趣味なのがいいのだろう。
 そして王宮のキッチンはとても使い勝手がいい。システム化されていないのに水加減も火加減も何かの意志が働くみたいに料理に合わせて調整される。それこそが魔法の影響らしかった。

 一口かじると、小麦の香ばしさが口いっぱいに広がる。
「おいしい」
 自分で作ったものを自分で食べて自分で褒める。
「はい、ミリア、あーん」
「わーい、いただきます!」
 無垢に私を慕ってくれる人と気軽にいちゃいちゃして、喜んでくれる顔を見る。幸せだ。

 厨房のスタッフたちもみんなで私の作ったパンを食べて、「美味しいです!」やら「聖女様の料理は格別ですね!」やら当然のように褒め称えてくれる。
 お世辞だと分かっていても嬉しい。ちょっと大袈裟すぎるのでもう少し控えめにしてほしくはあるけれども。
「明日はシュニッツェルなんて作ってみちゃおうかな」
「素晴らしいですわ。とっておきのお肉を用意いたします」
 明日が楽しみだなんて自然と思えてる。

 資料作成に追われながら電話応対、部長の怒鳴り声を聞き流し、いつも次の仕事のことを考える。そんなマルチタスクの呪いから解放されて私の厨房ライフはどんどん充実していた。
 自分を慈しむということは、こういう贅沢な時間の使い方を指すのだろう。

 お腹を満たした後はミリアと二人で腹ごなしの散歩をする。王宮はあまりにも広くてまだまだ未探索の場所ばかり。
「マリ様、近衛騎士団の訓練をご覧になりませんか?」
「訓練?」
「はい。毎朝、中庭で行われております。迫力がございますよ」
 異世界の騎士団の訓練。それはとっても期待できる。魔法が飛び交って火花が散り、あわよくば竜の一匹や二匹でも召喚されるんじゃないか。
 ど派手な光景を期待しながらミリアに案内されて中庭へ向かった。

 騎士団のための中庭は石畳が敷き詰められた公園のような場所で、訓練用の武器や防具が整然と並べられている。そして、そこにいた騎士団の皆様は。
「一、二! 一、二!」
「腰が浮いてるぞ! 腕立て伏せあと五十回!」
「走れ走れ! 気合入れろ!」
 筋トレしてる。普通に筋トレしてる。驚くほど地味で、かつ暑苦しい。

 期待していた華やかな魔法バトルは影も形もなく、それはただ堅実な基礎体力トレーニング、物理的鍛錬だった。
 腕立て伏せ、腹筋、スクワット、ランニング。たまに剣を振る様子も見られるけれど、素振りを繰り返すだけ。ファンタジー要素どこ?
「ミリア、魔法は? 魔法バトルは?」
「マリ様、魔法は魔力を大きく消費します。訓練では使いませんわ」
「そ、そっか……」

 確かに図書室の本にも書いてあった。人間が使う魔法は才能の個人差によって消費魔力の振れ幅が大きい。
 厨房のインフラ魔法のような小規模かつ一定量の利用と違い、騎士団の訓練でいろんな人がいろんな魔法を同時に使ったりしたら、特に聖女がいない時には世界に甚大な影響を及ぼしてしまうのだ。
 この世界の魔法はあくまでも一次エネルギーであり戦闘での利用は緊急時のみ、平時は省エネが求められるのだった。
 でもせっかくファンタジーなのに。せっかく魔法が使えるのに。もったいない。
 私が聖女としてもっと大きな顔をするようになれば「安心して魔法をばんばん使った派手な訓練をしてくれたまえ」とか言えるのだろうか。

「おや、聖女殿。こんなむさくるしい場所をご見学ですか?」
「フェリクス。お疲れ様」
 彼は他の騎士たちとは違い、涼しげな顔で汗一つかいていない。どうやら休憩中だったらしい。
「いかがですか、我が騎士団は」
「え、ああ……地道だね」
 地味でつまらないとも言えず妥当に言葉を濁しておく。フェリクスは気を悪くした様子もなくにこにこしていた。

 彼を筆頭に、騎士団の皆様は美形揃いだ。それが肉体美を見せつけながら熱心に鍛錬している様子は見る人が見れば目の保養なのだろう。
 でも私にしてみれば会社帰りに駅前で見上げたトレーニングジムの光景と重なって微妙な気持ちになる。
 やっぱりもっと異世界感がほしい。

「フェリクスは、戦闘の時は魔法を使うの?」
 この銀色の鎧で派手な氷魔法でも使ってくれたらとても絵になる。でなければ光魔法でパーティを守り癒す聖騎士様も似合いそうだ。
「ええ、実戦では補助的に利用します」
「何の魔法が得意?」
「私に限りませんが、騎士団の者は皆、土魔法が得意ですよ」
 え? 土? 火や風でもなく、よりによってそんな地味な。土魔法と言われてもどんなものかいまいち想像が働かない。

 ぽかんとしていたら、一週間で私の取り扱いに慣れてきたミリアが尋ねる前に横から説明してくれた。
「土の魔法はとっても便利なんです。剣や鎧の補強ができるし、行軍の時にも足場を整えられますし」
「へえ」
 地味だ。
「薬草やキノコを探したり、野菜作りにも使えるんです!」
「そうなんだ」
 地味だなあ。もはや騎士団と関係ないし。でも確かに炎の竜巻やダイアモンドダストを巻き起こして敵を破壊するよりも汎用性と実用性が高いのかもしれない。地味だけど。

 なんとなく私が求めていたものを察したフェリクスが苦笑する。
「基本はやはりこれですよ。己の肉体、そして技術。魔法は強力ですが、発動までに時間がかかり、消耗も激しい。何よりこの十年間で、私たちは徒手空拳でも戦えることの大切さを学びました」
 聖女がいなければ魔力は不安定になる。魔法があまりにも生活に根差し、なくてはならないものになってしまうと、使えなくなった時に困るのだ。
「筋肉は裏切らない……ってわけか」
「いい言葉ですね。今度、訓練兵のスローガンに採用しましょう」
 より一層むさくるしくなるからやめてほしかった。

 フェリクスはさりげなく私の隣に立ってサボりながら騎士たちの訓練を眺めている。
 相変わらずどこか世俗的というか、外見はいかにもな騎士様でありつつ本質的な部分では仕事として騎士をやっているような、私と同類の匂いがする。社会人の匂いだ。
「ところで」
「はい?」
「聖女殿は、その後エリーゼ様にお会いになりましたか?」
「え、いや。会ってませんけど」
 一応、私は表向きエリーゼ嬢からディートリヒを奪った闖入者だ。誰もそうは扱わないけれど。表向き婚約者に裏切られた側のエリーゼとは顔を合わせづらいものがある。

「エリーゼ様、毎日のように騎士団の様子を見にきてくださってましたよね」
 ミリアがしんみりと呟いた。さっきから騎士団の事情に詳しい。身内でもいるのだろうか。
「ええ。大変ありがたく、心が癒されたものです」
 婚約破棄以前のエリーゼはしょっちゅう訓練場を訪れて、騎士たちにお手製の菓子や飲み物を差し入れていたという。その献身的な姿はきっとむさくるしい騎士団のアイドル的存在だったに違いない。

「差し入れは届いているのですよ」
 そう言ってフェリクスは訓練場の隅を差す。かわいらしい籠の中に、綺麗に包装されたクッキーやパイが入っている。
「侍女の方が届けてくださるのです。エリーゼ様ご自身は、いらっしゃらない」
「フェリクス様、お淋しくていらっしゃるんですね」
「……そうですね。はい、淋しいですよ。とても」
 ミリアは素直に同情を寄せているけれど、フェリクスの言葉に妙な含みを感じてしまうのは私だけなのだろうか。
 エリーゼが王太子の婚約者だったから想いを胸に秘めていたのだとしたら、ディートリヒの有責で婚約が破棄されて彼女がフリーになった今はフェリクスにとって絶好のチャンスだ。蜜の味とまでは言わないにせよ、彼には幸運でもあったように思う。

 その日の夜、ミリアが恭しく差し出してきたのはこの世界で初めて私に届いた手紙だった。
「マリ様、王妃リーゼロッテ様よりお茶会へのお誘いです」
「ひえぇ」
 公共料金の請求書でも役所からの通知でもない久しぶりの手紙には、流麗な文字で「明日の午後、私室にてお茶を」と書かれている。
 あのディートリヒの母親で、猛禽類のような鋭さで知られるというアドラー公爵家の出身、エルハーフェン王国屈指の魔力保持者、国王の妻リーゼロッテ・フォン・アドラー。

「な、何を着ていけばいい?」
「王妃様の明日のお召し物はオレンジ色と伺ってます。マリ様はこちらのドレスがよろしいかと」
「ミリア! 有能! 天才!」
「大袈裟ですわ、マリ様ったら」
 ミリアが選んでくれたのは私でも気後れしない落ち着いたデザインの、ダークブルーのシックなドレスだった。派手すぎず、でも品がある。
 ドレスを体に当てて鏡に映せば一応聖女らしく見えた。あくまでも、一応。

 そして火曜日ひようびの午後、使えもしない土魔法を心にかけた気分で精神を補強しながら王妃の部屋を訪ねる。
「ようこそいらっしゃいました、聖女マリ」
 ソファから立ち上がる仕草はオレンジの鮮やかな花が開くようだった。栗色の髪を優雅にまとめ、深い緑色の瞳に知性を湛えている。この人が、王妃リーゼロッテ。
 国王を隣で長年支えてきただけあってその佇まいには圧倒的な風格があった。
「お、お招きいただき、ありがとうございます」
 休憩時間の直前に部長に呼び出された時よりも緊張する。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。楽になさって、お茶を飲みながらゆっくりお話をしたいだけなのです」
 王妃様は優しく微笑み、ソファを指し示した。

 繊細な陶器のカップに注がれた紅茶から花の香りがする。繊細さの欠片もない私の頭に浮かんだ「トイレの芳香剤に似てる」という感想は打ち砕いておいた。
「お口に合うかしら」
「美味しいです」
 飲む前に言ってしまってから慌ててカップに口をつける。いや、本当においしい。自販機の缶コーヒーとは別次元の飲み物だ。

 私が一息ついたのを見計らって、王妃の瞳にふと悪戯っぽい光が宿った。
「今日はね、あなたに魔法の真髄を見せてあげようと思ったの」
「え?」
 彼女が細い指を空中に走らせると、指先にぽふんと淡い光の玉が現れた。白く発光する綿毛のようなそれは王妃様の周りをふわふわと漂っている。
「おわあ、すごい!」
 なんとなく聞き覚えがあるあれだ。ケセランパセラン、もしくはゴッサマーというやつ。訓練場での筋肉祭りでがっかりしていただけに、ついはしゃいでしまう。これぞ本物のファンタジーだ。筋肉じゃない魔法!
「これは目眩ましの魔法の応用。本来はすぐに拡散してしまって、こんな風に留め置くのは難しいのです。聖女のいない乱れた世界ではね」
「うっ」
 やっぱりそういう、「聖女、必要、ゼッタイ」というお話になるわけですね。

 これからが本番だと心得よ、そう言わんばかりに瞬いて、光球はふわりと消滅した。
「さて、もう一人お客様がくるはずですが」
 王妃の言葉が終わるか終わらないかのうちに扉がノックされ、あの祝宴の大広間で聞いたかわいらしい声が聞こえてくる。
「失礼いたします。王妃様、お招きいただいて光栄ですわ」
 エリーゼ・フォン・オルデンブルク伯爵令嬢その人だった。

 ピンクブロンドの髪を綺麗に結い上げ、淡い色のドレスを着たエリーゼが部屋に入ってくる。彼女は私を見て一瞬動きを止めたものの、動揺は見せずに微笑んだ。
「エリーゼ、元気そうでよかったわ。いらっしゃい」
 彼女が元気ではないことなど百も承知だろうに、王妃はあえて明るく声をかけた。
「ご心配をおかけしました、王妃様」
「さあ、こちらへ」
「は、はい」
 エリーゼは私の隣に座るよう促され、所在なげに腰かけた。

 視界の端で目が合う。彼女は慌てて視線を逸らす。私も逸らす。なんだこれは。
 気まずい沈黙だった。
 そりゃそうだ。自分の婚約者を奪った相手である私と、その婚約者の母親である王妃とティータイムなんて、エリーゼにとっては地獄のイベント以外の何物でもない。
 不倫相手と本妻と姑が同席しているようなものだ。いや、私は不倫なんてしてないけれど。

 なんとか場の空気を和らげねばならぬと余計な接待魂が頭をもたげ、私は懸命に口を開いた。
「あの、エリーゼさん。私、お菓子を持ってきたんです」
 自分用だからポケットに入ってるものですが。餌付けか?
「もしよかったら、どうぞ」
 そもそも王妃様を差し置いて伯爵令嬢に菓子折りを渡すのはどうなんだ。
「……聖女様が、お作りになったのですか?」
 エリーゼが驚いたように顔を上げた。
「はい。不恰好ですけど、味は保証します」
 しかも毎日のように騎士団に手作り菓子を差し入れしていたエリーゼに、料理を始めたての私ごときが。

 王妃様は何も言わず我が子を見守る母親のように私たちを見つめている。エリーゼも戸惑いつつ、おずおずと私のクッキーを口に運んだ。
「……おいしい。とってもおいしいです、聖女様。お料理も、おできになるんですのね……」
「はっ!」
 エリーゼは柔らかく微笑んでいる。そこには嫉妬や憎悪や怒りの欠片も見当たらなかったけれど、明らかに「聖女様が相手ですもの、わたくし、大人しく身を引きますわ」と言いたげな健気さがあった。
 違う、そんなつもりじゃなくって。ただ沈黙に耐えられなかっただけなんだ。

 うっかり「ディートリヒさんと結婚する気なんてさらさらないんで」とか「第一あなた王太子にフラれてないです」とか口走りそうになった私を遮ったのは、向かいで優雅に紅茶を啜っていたリーゼロッテ様だった。
「エリーゼ。あなたに伝えておきたいことがあります」
「はい、王妃様」
 リーゼロッテ様の声は穏やかだけれど有無を言わせぬ響きがある。
「婚約破棄は、決してあなたに魅力がなかったせいではありません。ただディートリヒはあなたの運命の相手ではなかった。それだけのことなのです」
「運命……ですか?」
「あの子があの子なりの考えで己の道を選んだように。あなたもあなたの人生を歩むのです、エリーゼ。悪いようにはいたしません。安心して、真実の愛をお探しなさい」

 うーん、なるほどね。
 エリーゼのフォローをしているように見えて王妃がやっているのはむしろ逆、これは一方的に婚約破棄を突きつけたディートリヒ側のフォローだ。
 政略によって結ばれたものが政略によって立ち消えただけ。原因がエリーゼにあるわけではない。そもそも愛のある結婚ではなかった。
 だから“他人となってもオルデンブルク伯爵家におかれましては末永くよろしくお願いします”というわけだ。

「それから、マリ」
「うえっ。はい」
「あなたもエリーゼを大切にしてあげてくださいね。彼女はこれから王太子妃となるあなたの、良き友人となってくださるのですから」
 王太子妃。もう決定事項のようにさらっと言われた。
「あなたのことも、悪いようにはいたしませんよ」
 ……この王妃様、恐ろしい。優雅な言葉の裏側には複雑に入り組んだ意図が隠されている。

 ファンタジーらしからぬシビアな世界で、私は今日も豊かな分だけ胃もたれしそうな時間を過ごしていた。
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