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開宴

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 先妻様――美沙子さん。私は、とうとう花嫁姿で高砂の新婦席に腰を下ろしてしまいました。聡一郎さんの親友で司会を務めていただく、青年会議所理事長の岡さんが、開宴のご挨拶をなさっています。私と聡一郎さんの結婚披露宴が、いよいよはじまりました。今日は、大安吉日。爽やかな五月晴れの天気にも恵まれています。私は、旧姓渡辺あゆみという名前と同じくごくごく普通な、二十六年と七ヶ月の半生をただ漫然と過ごしきてきたのに、こんなに幸せな思いをしてもいいのでしょうか?
 新郎席には、酒造会社の若社長だけに、紋付羽織袴姿の板についた聡一郎さんが、鷹揚に腰を下ろし、見る人の心を包み込むような笑顔を見せています。美沙子さん。新郎新婦の間に設けられた特別な席には、聡一郎さんと同じ出立ちの淳一郎君が、背筋をピンと伸ばしてお行儀よく腰を下ろし、とても小学二年生とは思えない凛とした顔つきを見せていますよ。
 高砂の両端の席には、仲人を務めていただく黒紋服姿の商工会議所会頭の猪野さんと、黒留袖姿の奥様が腰を下ろして、落ち着いた笑顔で私たち三人の――実際のところは、おそらく私一人の――緊張を和ませてくださっています。高砂の下では二百五十人ものご来賓の皆様が各々の席に着き、優しい視線を私たちに向けてくださっています。
 結納の際には最多の九品目と、お豆腐ほどの厚さの結納金、なんと一カラットのダイヤモンドの婚約指輪をいただきました。県内最大規模の結婚式場での挙式と披露宴にも、八百万円近いお金をかけていただいています。今着ている色打掛が似合っているかどうか甚だ疑問である私がお嫁にくるにあたって、そんな大金を使っていただき、聡一郎さんとお義父様お義母様には、私の両親ともども、誠に申し訳なく思っているしだいです。
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