先妻様――美沙子さん、ごめんなさい

斗有かずお

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主賓挨拶

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 国会議員の先生をナマで見るのは初めてです。しかも、地元選出の衆議院議員と参議院議員のセットで。お二人に主賓挨拶をしていただけるなんて、恐縮です。理事長先生、園長先生。同じく主賓としてのご挨拶をお願いして申し訳ありません。やりづらいですよね。
 最前列中央の松の席には他に、県議会議長に市議会議長、県酒造組合会長と、お偉いさんばかりで、視線を向けることすら憚られます。名家の嫁として、私は果たしてやっていけるのでしょうか?
 結納の前、お義父様お義母様に初めてご挨拶へいった際に、十いくつも部屋がある広い池内家のお屋敷の中で、私はいい年をして迷子になってしまいました。今までの人生では考えられないくらいに広い婚家の人間関係の中でも、迷ってしまいそうで怖いです。気品と美貌を兼ね備えていた美沙子さんは、堂々と池内家の嫁を務めていらっしゃったのでしょうね。
 美沙子さんとお会いしたのは、四年前の四月十日、淳一郎君の入園式での一回きりでした。聡一郎さんに支えられながら、足元が覚束ない様子でいらっしゃいましたね。弱々しい姿を目にして同情しつつも、聡一郎さんに密着していたあなたが羨ましくて仕方がなかったのを覚えています。
 サイズが合わなくなった黒いスーツの上着の裾から出ていた、指が長くて真っ白な手の美しさにも、羨望の眼差しを向けたのを覚えています。美沙子さんが名のあるピアニストだったことは、英才教育を施されている一人息子の淳一郎君が証明していますよ。
 淳一郎君は年少さんのときにはもう、私よりずっと上手にピアノを弾けました。大手ピアノ教室主催の発表会では、群を抜く演奏で聴衆をざわめかせました。あなたは優しく、ときには厳しく、愛情をたっぷり注ぎながら淳一郎君のピアノの才能を伸ばしてあげたのでしょうね。
 写真で見るのよりも、美沙子さんはずっと綺麗な人だったのでしょうね。入園式で目にしたお顔は、気の毒なくらい痩せ細っていらっしゃいましたが、美しい骨柄からして十人並の私とは大違いでした。聡一郎さんと釣り合いの取れた百七十センチ近くある長身にも、私は嫉妬と憧れの入り混じった感情を覚えずにはいられませんでした。元気でいらっしゃったころは、まさに美男美女のお似合いのカップルだったのでしょうね。
 自慢にはなりませんが、私はこれでも親族の中では器量よしで通っていました。あなたから見れば、ちんちくりんのブスでしょうけど。今は花嫁姿ですから、しかも花婿は人生最愛の人である聡一郎さんですから、生涯最高に綺麗なはず。それでも、美丈夫の聡一郎さんとは、年がちょうどひとまわり離れていることを考慮に入れても、釣り合いが取れているかどうか、甚だ疑問です。
 聡一郎さん側の来賓の方々の多くは、きっと今の私と九年前の美沙子さんの花嫁姿を比較しているのでしょう。器量が学歴以上に比べ物にならないことは、ちゃんと自覚しているつもりです。
 私は子どものころから小動物に似ていると、よく言われてきました。肌は浅黒いし、眉毛は薄いし、目は大きい方だけどちょっと離れているし、鼻は低いし、顎は細い方だけど頬骨がちょっと張っているし、ちょっと出っ歯だし……。
 生まれてこの方、ずっと思っていたのです。あなたのように色白で、はっきりした眉毛から強い意志が感じられて、目鼻立ちがキリっと整った瓜実顔の美人に生まれたかったって。
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