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第二話 起床
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西暦二千百三十年、九月十一日(月)。
暦の上では秋。しかし、気温は四十度。真夏という他無い。二十一世紀まで化石燃料に頼り続けてきた報いは、二十二世紀現在も尚、全人類に災いをもたらし続けている。
対策もせずに屋外に出れば、熱中症の魔の手が容赦なく伸びる。屋内に居たとしても、高湿度の蒸し風呂状態。特に日本(地区)の夏の湿度は高い。不快指数も増す。
しかし、それら全ては地表に限った話だろう。
熱気も、湿度も、「地下五十メートル」までは届かない。
名取耀平は今、地下五十メートルに在る自室のベッド上で、仰向けに横たわっていた。
耀平の部屋は間取り八畳。当然ながら窓は無い。壁、床、天井――それぞれ金属製のパネルに囲まれている。
近未来的、或いは宇宙船の個室といった部屋だ。
尤も、如何に近未来的と言えど、人間の暮らし振りは大して変わりなく。部屋の間取りや家具の配置など、全盛期までのそれと大差は無い。
耀平が寝転ぶベッドは、東の壁際(中央部)に位置している。その対面、西壁にはスライド式のドアが有り、その奥は脱衣所、バス、トイレに通じている。
北壁に設置されたスライド式のドアは部屋の出入り口(玄関)。対面の南壁には勉強机と椅子、その右(西)側に本棚が一竿、左(東)側にはスライド式のドアが有り、その奥は物置になっている。
物置の中は上下二段に分かれていて、耀平は下段に箪笥、上段には物干し竿を吊るし、それぞれに衣服を収納したり、掛けたりしていた。
斯様にアナクロな機構や機材は、例え二十三世紀になっても残り続けているだろう。
近未来と時代錯誤が入り混じった部屋。その中に、たった今。けたたましい音が鳴り響いた。それに反応して、耀平の目がパチリと開いた。
音の正体は、耀平の枕元に置かれたアナクロな目覚まし時計だった。その針は五時を表示している。夕方ではなく早朝、午前五時。未だ寝ている人の方が多い時間だ。
しかし、耀平は起きた。これが耀平の起床時間だった。
耀平は今年十五歳の中学――中等部三年生だ。今日は平日なので授業が有る。
尤も、始業時間は午前八時半。後者が遠距離に有ったならば、急いで支度したいところ。
しかし、実は耀平達の教室は「同じ建物の中」に在った。その為、耀平は未だ起きなくても良かった。午前八時に出発しても、十分間に合った。実際、「地下に住む殆どの生徒達」は就寝中だ。
それでも、耀平は起きた。彼には、起きる必要が有った。
耀平のパッチリ開いた視界には、部屋の天井が映っていた。そこもまた、金属パネルが嵌っているはずだった。
ところが、耀平の視界に映った光景は「屋外」だった。それも地上一キロメートルの青空だ。
地下五十メートルから見える青空。当然ながら、実物ではない。その光景は、耀平がいる建物の頂上部に設置されたカメラの映像だ。
何の為に、そんなところにカメラを設置したのか? それを、天井に映す意味は何か? それらの疑問の回答を端的に言えば「気分を紛らわす為」となる。
そもそも、人類種は地上で生まれ、地上で生きてきた。地下に住むことは遺伝子的にも馴染みが無い。精神的に病んでしまう者がいても不思議ではないだろう。それを解消する手段が、外の景色を映す天井モニターなのだ。
天井モニターは世界中、あらゆる場所のカメラと繋がっていた。外の風景だけでなく、動画、映画等々、様々な映像を表示することもできた。
耀平の場合、常に建物頂上部の上空を映している。この建物の中で暮らすようになってから、延々空ばかりを表示し続けていた。
今日は晴れている。幸運だな。
耀平は空模様を見詰めながら口の端を吊り上げた。続け様に、大きく口を開いて、
「よしっ」
気合を入れて上半身を起こした。続け様に尻を軸に体を半回転。ベッドから足を出すや否や、素足で床を踏み締めて立ち上がった。
その瞬間、耀平の足の裏に金属の冷感が奔った。
冬場であったなら、足の指が千切れるほどの激痛になるだろう。尤も、それも地上の話。地下五十メートルまでは、夏の暑さも、冬の寒さも届かない。
光と新鮮な空気さえ確保できるなら、地下は存外に暮らし易い。そのように確信できるほど、現環境は快適だった。お陰で耀平の体調も万全だ。
耀平は軽やかに金属製の床を駆けた。
向かった先は、西壁、バスルームに繋がるドアだ。その前に立つと、鋼鉄の扉は勝手にスライドした。それが十分開き切ったところで、耀平は中へと飛び込んだ。すると、耀平の視界に真っ白な四畳間が飛び込んできた。
そこは、脱衣所兼洗濯場だった。
耀平は南壁に設置されたドラム式の洗濯機に近付いた。その前で、身に着けていた衣服を脱いだ。それら全てを洗濯機に突っ込んだ。
「ぽちっとな」
耀平は「標準」と書かれたボタンを押した。すると、洗濯機の蓋が勝手に施錠された。その際、小気味良い音が鳴り響いた。その直後、洗濯槽が動き出した。
閉じられた洗濯槽内に、洗剤入りの水が注ぎ込まれていく。十分な水量を得たところで洗濯開始。洗濯機が振動し始めた。
洗濯、及び乾燥が完了する時間は凡そ一分。驚きの速さ。例え一張羅であっても、困ることは無いだろう。
尤も、本当に一張羅で過ごしている者は、二十二世紀にはいないだろう。少なくとも「この建物」の中にはいない。耀平も複数の衣類を持っている。
しかしながら、どれだけ多くの服を所持しようとも、身に着けなければ意味は無い。耀平は――全裸だった。
耀平は全裸のまま、更に奥、西壁に設置された金属製のドアの前に立った。すると、ドアは勝手にスライドした。
耀平は中に入った。そこも真っ白な四畳間だった。しかし、洗濯機は無かった。代わりにシャワーと浴槽が有った。
バスルームである。
耀平はシャワーを手に取った。それを頭上に翳した瞬間、シャワーヘッドの穴からお湯が噴き出した。水温は事前に調整している。
耀平は適温のお湯を存分に浴びて体の汚れを流した。続け様に、壁に設置された用具入れの中からシャンプーを取り出した。
シャンプーの容器はポンプ式だ。
耀平は右手でポンプを押して、中に入った液体を左掌の上に出した。それを、頭に付けて――ゴシゴシ洗った。以下、リンス、ボディソープと取り出し、それぞれの役目を果たさせた。
耀平は、物凄く念入りに体を洗った。この場に誰かいたならば、「今からデートなのか?」と想像するかもしれない。それは正解ではない。しかし、限りなく正解に近い。ならば正解は何なのか――と、考えている間に、時刻歩午前五時十五分となっていた。
耀平は体を洗い終わった後、再び脱衣所に戻った。
耀平が脱衣所に入ると同時に、耀平の体に向かって「熱風」が吹き付けられた。
人間乾燥機。
脱衣所の四方の壁には送風機が設置されていて、それが耀平の濡れた体を乾かした。
体の水気が取れたところで、耀平は全裸のまま振り出しの部屋、「寝室兼居間兼勉強部屋」に戻った。中に入るや否や、耀平は止まらず部屋の中を突っ切った。
耀平が向かった先は南壁、押し入れが有る扉の前。
耀平到着と同時に、扉がスライド。その瞬間、耀平の視界に押し入れの中身が飛び込んできた。
上下二段。耀平は、下段の箪笥から下着と体操服を取り出した。それらを身に着けたところで、
「良し」
気合を入れた。その声が耀平の耳に届いた瞬間、直ぐ様北壁へ移動した。
北側には「部屋の出入り口」が有る。その手前の床(一メートル四方)は十センチほど下がっていた。その窪地の中に三和土と下駄箱が有った。
耀平は、三和土に乗りながら、下駄箱からスニーカーを取り出した。それを玄関口に置いて、足を突っ込んだ。
踵までスッポリ押し込めたところで、耀平は部屋の中に向かって声を上げた。
「行ってきます」
耀平は、出掛けの挨拶をするや否や、部屋の外に飛び出した。その直後――
「行ってらっしゃい」
無人の部屋の中から「少女の声」が響き渡った。
暦の上では秋。しかし、気温は四十度。真夏という他無い。二十一世紀まで化石燃料に頼り続けてきた報いは、二十二世紀現在も尚、全人類に災いをもたらし続けている。
対策もせずに屋外に出れば、熱中症の魔の手が容赦なく伸びる。屋内に居たとしても、高湿度の蒸し風呂状態。特に日本(地区)の夏の湿度は高い。不快指数も増す。
しかし、それら全ては地表に限った話だろう。
熱気も、湿度も、「地下五十メートル」までは届かない。
名取耀平は今、地下五十メートルに在る自室のベッド上で、仰向けに横たわっていた。
耀平の部屋は間取り八畳。当然ながら窓は無い。壁、床、天井――それぞれ金属製のパネルに囲まれている。
近未来的、或いは宇宙船の個室といった部屋だ。
尤も、如何に近未来的と言えど、人間の暮らし振りは大して変わりなく。部屋の間取りや家具の配置など、全盛期までのそれと大差は無い。
耀平が寝転ぶベッドは、東の壁際(中央部)に位置している。その対面、西壁にはスライド式のドアが有り、その奥は脱衣所、バス、トイレに通じている。
北壁に設置されたスライド式のドアは部屋の出入り口(玄関)。対面の南壁には勉強机と椅子、その右(西)側に本棚が一竿、左(東)側にはスライド式のドアが有り、その奥は物置になっている。
物置の中は上下二段に分かれていて、耀平は下段に箪笥、上段には物干し竿を吊るし、それぞれに衣服を収納したり、掛けたりしていた。
斯様にアナクロな機構や機材は、例え二十三世紀になっても残り続けているだろう。
近未来と時代錯誤が入り混じった部屋。その中に、たった今。けたたましい音が鳴り響いた。それに反応して、耀平の目がパチリと開いた。
音の正体は、耀平の枕元に置かれたアナクロな目覚まし時計だった。その針は五時を表示している。夕方ではなく早朝、午前五時。未だ寝ている人の方が多い時間だ。
しかし、耀平は起きた。これが耀平の起床時間だった。
耀平は今年十五歳の中学――中等部三年生だ。今日は平日なので授業が有る。
尤も、始業時間は午前八時半。後者が遠距離に有ったならば、急いで支度したいところ。
しかし、実は耀平達の教室は「同じ建物の中」に在った。その為、耀平は未だ起きなくても良かった。午前八時に出発しても、十分間に合った。実際、「地下に住む殆どの生徒達」は就寝中だ。
それでも、耀平は起きた。彼には、起きる必要が有った。
耀平のパッチリ開いた視界には、部屋の天井が映っていた。そこもまた、金属パネルが嵌っているはずだった。
ところが、耀平の視界に映った光景は「屋外」だった。それも地上一キロメートルの青空だ。
地下五十メートルから見える青空。当然ながら、実物ではない。その光景は、耀平がいる建物の頂上部に設置されたカメラの映像だ。
何の為に、そんなところにカメラを設置したのか? それを、天井に映す意味は何か? それらの疑問の回答を端的に言えば「気分を紛らわす為」となる。
そもそも、人類種は地上で生まれ、地上で生きてきた。地下に住むことは遺伝子的にも馴染みが無い。精神的に病んでしまう者がいても不思議ではないだろう。それを解消する手段が、外の景色を映す天井モニターなのだ。
天井モニターは世界中、あらゆる場所のカメラと繋がっていた。外の風景だけでなく、動画、映画等々、様々な映像を表示することもできた。
耀平の場合、常に建物頂上部の上空を映している。この建物の中で暮らすようになってから、延々空ばかりを表示し続けていた。
今日は晴れている。幸運だな。
耀平は空模様を見詰めながら口の端を吊り上げた。続け様に、大きく口を開いて、
「よしっ」
気合を入れて上半身を起こした。続け様に尻を軸に体を半回転。ベッドから足を出すや否や、素足で床を踏み締めて立ち上がった。
その瞬間、耀平の足の裏に金属の冷感が奔った。
冬場であったなら、足の指が千切れるほどの激痛になるだろう。尤も、それも地上の話。地下五十メートルまでは、夏の暑さも、冬の寒さも届かない。
光と新鮮な空気さえ確保できるなら、地下は存外に暮らし易い。そのように確信できるほど、現環境は快適だった。お陰で耀平の体調も万全だ。
耀平は軽やかに金属製の床を駆けた。
向かった先は、西壁、バスルームに繋がるドアだ。その前に立つと、鋼鉄の扉は勝手にスライドした。それが十分開き切ったところで、耀平は中へと飛び込んだ。すると、耀平の視界に真っ白な四畳間が飛び込んできた。
そこは、脱衣所兼洗濯場だった。
耀平は南壁に設置されたドラム式の洗濯機に近付いた。その前で、身に着けていた衣服を脱いだ。それら全てを洗濯機に突っ込んだ。
「ぽちっとな」
耀平は「標準」と書かれたボタンを押した。すると、洗濯機の蓋が勝手に施錠された。その際、小気味良い音が鳴り響いた。その直後、洗濯槽が動き出した。
閉じられた洗濯槽内に、洗剤入りの水が注ぎ込まれていく。十分な水量を得たところで洗濯開始。洗濯機が振動し始めた。
洗濯、及び乾燥が完了する時間は凡そ一分。驚きの速さ。例え一張羅であっても、困ることは無いだろう。
尤も、本当に一張羅で過ごしている者は、二十二世紀にはいないだろう。少なくとも「この建物」の中にはいない。耀平も複数の衣類を持っている。
しかしながら、どれだけ多くの服を所持しようとも、身に着けなければ意味は無い。耀平は――全裸だった。
耀平は全裸のまま、更に奥、西壁に設置された金属製のドアの前に立った。すると、ドアは勝手にスライドした。
耀平は中に入った。そこも真っ白な四畳間だった。しかし、洗濯機は無かった。代わりにシャワーと浴槽が有った。
バスルームである。
耀平はシャワーを手に取った。それを頭上に翳した瞬間、シャワーヘッドの穴からお湯が噴き出した。水温は事前に調整している。
耀平は適温のお湯を存分に浴びて体の汚れを流した。続け様に、壁に設置された用具入れの中からシャンプーを取り出した。
シャンプーの容器はポンプ式だ。
耀平は右手でポンプを押して、中に入った液体を左掌の上に出した。それを、頭に付けて――ゴシゴシ洗った。以下、リンス、ボディソープと取り出し、それぞれの役目を果たさせた。
耀平は、物凄く念入りに体を洗った。この場に誰かいたならば、「今からデートなのか?」と想像するかもしれない。それは正解ではない。しかし、限りなく正解に近い。ならば正解は何なのか――と、考えている間に、時刻歩午前五時十五分となっていた。
耀平は体を洗い終わった後、再び脱衣所に戻った。
耀平が脱衣所に入ると同時に、耀平の体に向かって「熱風」が吹き付けられた。
人間乾燥機。
脱衣所の四方の壁には送風機が設置されていて、それが耀平の濡れた体を乾かした。
体の水気が取れたところで、耀平は全裸のまま振り出しの部屋、「寝室兼居間兼勉強部屋」に戻った。中に入るや否や、耀平は止まらず部屋の中を突っ切った。
耀平が向かった先は南壁、押し入れが有る扉の前。
耀平到着と同時に、扉がスライド。その瞬間、耀平の視界に押し入れの中身が飛び込んできた。
上下二段。耀平は、下段の箪笥から下着と体操服を取り出した。それらを身に着けたところで、
「良し」
気合を入れた。その声が耀平の耳に届いた瞬間、直ぐ様北壁へ移動した。
北側には「部屋の出入り口」が有る。その手前の床(一メートル四方)は十センチほど下がっていた。その窪地の中に三和土と下駄箱が有った。
耀平は、三和土に乗りながら、下駄箱からスニーカーを取り出した。それを玄関口に置いて、足を突っ込んだ。
踵までスッポリ押し込めたところで、耀平は部屋の中に向かって声を上げた。
「行ってきます」
耀平は、出掛けの挨拶をするや否や、部屋の外に飛び出した。その直後――
「行ってらっしゃい」
無人の部屋の中から「少女の声」が響き渡った。
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