有魂機人ツクモス The Comrades

霜月立冬

文字の大きさ
3 / 69

第二話 起床

しおりを挟む
 西暦二千百三十年、九月十一日(月)。
 暦の上では秋。しかし、気温は四十度。真夏という他無い。二十一世紀まで化石燃料に頼り続けてきた報いは、二十二世紀現在も尚、全人類に災いをもたらし続けている。
 対策もせずに屋外に出れば、熱中症の魔の手が容赦なく伸びる。屋内に居たとしても、高湿度の蒸し風呂状態。特に日本(地区)の夏の湿度は高い。不快指数も増す。
 しかし、それら全ては地表に限った話だろう。

 熱気も、湿度も、「地下五十メートル」までは届かない。

 名取耀平ナトリ・ヨウヘイは今、地下五十メートルに在る自室のベッド上で、仰向けに横たわっていた。
 耀平の部屋は間取り八畳。当然ながら窓は無い。壁、床、天井――それぞれ金属製のパネルに囲まれている。
 近未来的、或いは宇宙船の個室といった部屋だ。
 尤も、如何に近未来的と言えど、人間の暮らし振りは大して変わりなく。部屋の間取りや家具の配置など、全盛期までのそれと大差は無い。

 耀平が寝転ぶベッドは、東の壁際(中央部)に位置している。その対面、西壁にはスライド式のドアが有り、その奥は脱衣所、バス、トイレに通じている。
 北壁に設置されたスライド式のドアは部屋の出入り口(玄関)。対面の南壁には勉強机と椅子、その右(西)側に本棚が一竿、左(東)側にはスライド式のドアが有り、その奥は物置になっている。
 物置の中は上下二段に分かれていて、耀平は下段に箪笥、上段には物干し竿を吊るし、それぞれに衣服を収納したり、掛けたりしていた。
 斯様にアナクロな機構や機材は、例え二十三世紀になっても残り続けているだろう。
 近未来と時代錯誤が入り混じった部屋。その中に、たった今。けたたましい音が鳴り響いた。それに反応して、耀平の目がパチリと開いた。

 音の正体は、耀平の枕元に置かれたアナクロな目覚まし時計だった。その針は五時を表示している。夕方ではなく早朝、午前五時。未だ寝ている人の方が多い時間だ。
 しかし、耀平は起きた。これが耀平の起床時間だった。

 耀平は今年十五歳の中学――中等部三年生だ。今日は平日なので授業が有る。
 尤も、始業時間は午前八時半。後者が遠距離に有ったならば、急いで支度したいところ。
 しかし、実は耀平達の教室は「同じ建物の中」に在った。その為、耀平は未だ起きなくても良かった。午前八時に出発しても、十分間に合った。実際、「地下に住む殆どの生徒達」は就寝中だ。
 それでも、耀平は起きた。彼には、起きる必要が有った。

 耀平のパッチリ開いた視界には、部屋の天井が映っていた。そこもまた、金属パネルが嵌っているはずだった。
 ところが、耀平の視界に映った光景は「屋外」だった。それも地上一キロメートルの青空だ。
 地下五十メートルから見える青空。当然ながら、実物ではない。その光景は、耀平がいる建物の頂上部に設置されたカメラの映像だ。
 何の為に、そんなところにカメラを設置したのか? それを、天井に映す意味は何か? それらの疑問の回答を端的に言えば「気分を紛らわす為」となる。

 そもそも、人類種は地上で生まれ、地上で生きてきた。地下に住むことは遺伝子的にも馴染みが無い。精神的に病んでしまう者がいても不思議ではないだろう。それを解消する手段が、外の景色を映す天井モニターなのだ。

 天井モニターは世界中、あらゆる場所のカメラと繋がっていた。外の風景だけでなく、動画、映画等々、様々な映像を表示することもできた。
 耀平の場合、常に建物頂上部の上空を映している。この建物の中で暮らすようになってから、延々空ばかりを表示し続けていた。

 今日は晴れている。幸運だな。

 耀平は空模様を見詰めながら口の端を吊り上げた。続け様に、大きく口を開いて、

「よしっ」

 気合を入れて上半身を起こした。続け様に尻を軸に体を半回転。ベッドから足を出すや否や、素足で床を踏み締めて立ち上がった。
 その瞬間、耀平の足の裏に金属の冷感が奔った。
 冬場であったなら、足の指が千切れるほどの激痛になるだろう。尤も、それも地上の話。地下五十メートルまでは、夏の暑さも、冬の寒さも届かない。
 光と新鮮な空気さえ確保できるなら、地下は存外に暮らし易い。そのように確信できるほど、現環境は快適だった。お陰で耀平の体調も万全だ。

 耀平は軽やかに金属製の床を駆けた。
 向かった先は、西壁、バスルームに繋がるドアだ。その前に立つと、鋼鉄の扉は勝手にスライドした。それが十分開き切ったところで、耀平は中へと飛び込んだ。すると、耀平の視界に真っ白な四畳間が飛び込んできた。

 そこは、脱衣所兼洗濯場だった。

 耀平は南壁に設置されたドラム式の洗濯機に近付いた。その前で、身に着けていた衣服を脱いだ。それら全てを洗濯機に突っ込んだ。

「ぽちっとな」

 耀平は「標準」と書かれたボタンを押した。すると、洗濯機の蓋が勝手に施錠された。その際、小気味良い音が鳴り響いた。その直後、洗濯槽が動き出した。
 閉じられた洗濯槽内に、洗剤入りの水が注ぎ込まれていく。十分な水量を得たところで洗濯開始。洗濯機が振動し始めた。
 洗濯、及び乾燥が完了する時間は凡そ一分。驚きの速さ。例え一張羅であっても、困ることは無いだろう。
 尤も、本当に一張羅で過ごしている者は、二十二世紀にはいないだろう。少なくとも「この建物」の中にはいない。耀平も複数の衣類を持っている。
 しかしながら、どれだけ多くの服を所持しようとも、身に着けなければ意味は無い。耀平は――全裸だった。

 耀平は全裸のまま、更に奥、西壁に設置された金属製のドアの前に立った。すると、ドアは勝手にスライドした。
 耀平は中に入った。そこも真っ白な四畳間だった。しかし、洗濯機は無かった。代わりにシャワーと浴槽が有った。

 バスルームである。

 耀平はシャワーを手に取った。それを頭上に翳した瞬間、シャワーヘッドの穴からお湯が噴き出した。水温は事前に調整している。
 耀平は適温のお湯を存分に浴びて体の汚れを流した。続け様に、壁に設置された用具入れの中からシャンプーを取り出した。

 シャンプーの容器はポンプ式だ。

 耀平は右手でポンプを押して、中に入った液体を左掌の上に出した。それを、頭に付けて――ゴシゴシ洗った。以下、リンス、ボディソープと取り出し、それぞれの役目を果たさせた。

 耀平は、物凄く念入りに体を洗った。この場に誰かいたならば、「今からデートなのか?」と想像するかもしれない。それは正解ではない。しかし、限りなく正解に近い。ならば正解は何なのか――と、考えている間に、時刻歩午前五時十五分となっていた。

 耀平は体を洗い終わった後、再び脱衣所に戻った。
 耀平が脱衣所に入ると同時に、耀平の体に向かって「熱風」が吹き付けられた。

 人間乾燥機。

 脱衣所の四方の壁には送風機が設置されていて、それが耀平の濡れた体を乾かした。
 体の水気が取れたところで、耀平は全裸のまま振り出しの部屋、「寝室兼居間兼勉強部屋」に戻った。中に入るや否や、耀平は止まらず部屋の中を突っ切った。

 耀平が向かった先は南壁、押し入れが有る扉の前。

 耀平到着と同時に、扉がスライド。その瞬間、耀平の視界に押し入れの中身が飛び込んできた。
 上下二段。耀平は、下段の箪笥から下着と体操服を取り出した。それらを身に着けたところで、

「良し」

 気合を入れた。その声が耀平の耳に届いた瞬間、直ぐ様北壁へ移動した。

 北側には「部屋の出入り口」が有る。その手前の床(一メートル四方)は十センチほど下がっていた。その窪地の中に三和土と下駄箱が有った。
 耀平は、三和土に乗りながら、下駄箱からスニーカーを取り出した。それを玄関口に置いて、足を突っ込んだ。
 踵までスッポリ押し込めたところで、耀平は部屋の中に向かって声を上げた。

「行ってきます」

 耀平は、出掛けの挨拶をするや否や、部屋の外に飛び出した。その直後――

「行ってらっしゃい」

 無人の部屋の中から「少女の声」が響き渡った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。 ​「作品への感想代わりの『いいね❤️』や『エール📣』、心よりお待ちしております。」 ​「【応援のお願い】『いいね❤️』や『エール📣』をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりします!」 ​「最後までお読みいただきありがとうございます。温かい『いいね❤️』が更新の支えです。」

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...