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第一話 遺言
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世界は「真っ白」だった。光の中と錯覚するほど白に塗れていた。
現況は、この世の何処にもない世界。夢、或いは記憶の中。そこには二つの人影が有った。
枯れ木のような老人と、身長一メートルほどの幼い少年。
老人は真っ白なベッドに横たわっている。骨が浮き出た痩躯に無数のコードがまとわりついていた。その元を辿ると、「老人の体調を表示している」と思しき機材群に辿り着く。そこに表示されたデータは老人の最期が近いことを知らせていた。
実際、老人は「この日」から二日後に息を引き取った。その最期を看取った者は、老人専属の医師団であった。しかし、最後に会話した者は医師ではなかった。
老人の最後の言葉を聞いた者は、老人の枕元にいる少年だった。
少年は、老人の枕元付近に丸椅子を置いて、そこに座っていた。その小さな両手を脚(太腿)の間に入れ、椅子の端を掴んで前屈みになっている。
少年の幼い瞳には、土気色をした老人の顔が映っていた。その両眼は閉じられていた。その表情を見詰める少年の顔が、悲しげにクシャリと歪んだ。それと同時に、少年の小さな口から声が零れ出た。
「『耀蔵』爺ちゃん」
耀蔵。それは老人のファーストネームだ。フルネームは「名取耀蔵」という。それを継げた少年の名は――名取耀平。
それぞれのファミリーネームが示す通り、二人は血縁者、曾祖父と曾孫だ。
このとき、耀蔵は九十八歳。耀平は五歳。
二人の年齢差は九十三歳。幾ら親族といえども、ここまで離れると疎遠にもなる
実際、二人が出会った回数は片手でも余る。二人で過ごした時間は、現況を含めて三十分にも満たない。
それでも、耀蔵は「生涯最後の話し相手」として耀平を指名した。
耀蔵の要求は、彼の親族と医師団に承認された。しかし、耀蔵の意図を理解した者は、誰もいなかった。その中に、耀平も含まれていた。
耀蔵爺ちゃんは――俺に何を言いたいんだろう?
耀蔵に指名された際、耀平は首を捻った。しかし、面会自体は即応で引き受けた。
耀平は「耀蔵」という存在に興味津々だった。聞きたいことを考えると、幾つもの言葉(質問)が次々閃いた。
耀蔵と直接見えるまで、耀平は「何を聞こうか?」と心を躍らせていた。
しかし、耀蔵に有った瞬間、耀平の脳内から全ての質問事項が消えた。耀平にできたことは、耀蔵の顔を見ながら名前を呟くだけだった。
曾孫の小さな声は、ベッドに横たわった老人の耳に届いていた。その瞬間、閉じられていた耀蔵の目が僅かに開いた。それと同時に、土気色の口が震えた。
「――耀平」
「!」
小さな声だった。それを聞いた者は「枯れ枝が擦れている」と錯覚するだろう。幻聴を疑っても不思議ではない。しかし、耀平は即応していた。
「何? 爺ちゃん」
耀平は更に前のめりになって、その小さな顔を耀蔵の顔に近付けた。すると、耀蔵の口の端が少しだけ吊り上がった。
耀蔵爺ちゃんが――笑った。
耀蔵の笑顔を見て、耀平も釣られて微笑んだ。
「えへへへ」
暫く、お互い笑い合っていた。その最中、耀蔵の口が僅かに開いて、そこからしわがれた声が漏れた。
「耀平は付喪神というのを知っておるか?」
小さな声だ。とても聞き取り辛い。しかし、耀平の耳は良かった。一字一句違わず完璧に判別できていた。しかし、
「えっと――」
残念ながら、当時の耀平の知識に「付喪神」という言葉はなった。思わず「分かんない」と言い掛けた。
しかし、耀平は堪えた。全力で飲み込んでから、別の言葉を告げた。
「九十九――『沢山』って意味……かな?」
耀平は、自分の知識の中で「最も近い」と思える解釈を告げた。その行為は、六年間の半生の中で一二を争うほどの神対応だった。
これ――当たりかも?
耀平は胸を張った。しかし、直ぐに凹んだ。耀蔵が凹ませた。
「違うな」
「違うの?」
「うむ」
「そっか」
耀平は耀蔵の期待に応えられなかった。耀平の頭がガックリと下がった。その様子は、耀蔵の目に映っていなかった。しかし、「何となく」という雰囲気は伝わっていた。
「耀平――」
耀平がしょげていると、耀蔵の声が上がった。
「お前の言う通り『沢山』という意味も含まれている」
耀蔵は耀平をフォローした。耀蔵の言葉を聞いた瞬間、耀平は面を上げた。
「ほんと?」
耀平の顔に満面の笑みが浮かんだ。調子に乗って胸も張り掛けた。しかし、それは早計だった。
耀平の解釈は、やはりハズレだった。間違っていた。その事実を、耀蔵が教えてくれた。
「そも、付喪神とは『物に宿る神様』だ」
物に宿る神。神という存在は、耀平も知っていた。しかし、「物に宿る」となると、全くの初耳だった。
耀平の首は斜め四十五度に傾いだ。
「物に宿る――神様って? 何?」
耀平は、オウム返しに質問した。素直な反応だった。子どもらしいと言える。
しかし、素直さは、ときとして面倒事を引き起こす。
厄介オタクに「その筋の質問」をすればどうなるか? 耀平が質問した瞬間、耀蔵の目が「カッ」と擬音を可視化させながら開いた。それと同時に、口を思い切り開いて――
「日本古来の自然崇拝、自然信仰、シャーマニズム、『自然現象を神様』と信じる考え方。その一つの形態だ」
耀蔵は「亜光速の早口」で知識を披露した。その声にはネットリした湿気がまとわりついていた。それが耀平の耳を弄った瞬間、耀平の腰が引けた。
しかし、逃げなかった。
耀平は丸椅子の端を握り締めて、全力で体を固定していた。その状態を維持しながら、
「しゃーまにまにまに……自然の神様」
耀蔵の言葉を繰り返していた。耀平なりに、耀蔵の話に付いていこうと努力していた。
しかし、五歳児の耀平にとって、耀蔵の言葉はどれも難しかった。その困惑している様子は、ベッドに横たわる耀蔵にも、何となく伝わっていた。
「そうじゃなあ、『長い間大切にされてきた物には神様が宿る』ってところかのう」
耀蔵は、五歳児にも分かる言葉(耀蔵基準)で付喪神の説明をした。すると、耀平の腰が僅かに浮いた。
「それって――」
耀平の瞳は「キラキラ」と擬音が見えるほど輝いていた。そのキラキラが耀平の言葉となって、小さな口から飛び出した。
「物を大事にすれば神様が生まれるのっ!!」
「そうじゃ」
「凄ぇっ!」
耀蔵に肯定された瞬間、耀平は飛び上がっていた。その様子は、残念ながら耀蔵の視力では確認できなかった。
それでも、耀蔵の口には笑みが浮かんでいた。その吊り上がった口が僅かに開いた。
耀平が椅子毎飛び上がっている最中、耀蔵の声が上がった。
「『物を大切にする』というのは、日本文化、その美意識の真骨頂――一番良いところだ」
耀蔵の声は弾んでいた。その最大の理由が、土気色の口から飛び出した。
「『フィアナ』――お前の大婆さんが、日本という国を好きになった一番の理由なのじゃ」
「フィアナ婆ちゃん――」
フィアナは耀蔵の妻だ。フルネームは「フィアナ・マックール・名取」という。耀蔵にとって、公私を問わず半生を共にした大切な相棒――だった。
このとき、フィアナは耀蔵の傍にいなかった。この世の何処にもいなかった。
フィアナは、彼女が三十代の頃、不慮の事故で亡くなっていた。当然ながら、彼女は耀平と会っていない。
耀平が知るフィアナは、人から聞いた知識と記録映像だけだ。
しかし、フィアナに関する資料は存外に多かった。それを集めて保管していたのは、他ならぬ耀蔵だった。
耀蔵は九十八歳になろうとも、今際の際であろうとも、今も変わらずフィアナのことを想い続けていた。
「フィアナは――ふふっ、掃除が苦手でな? 彼女の部屋はいつも物で溢れ返っていたんじゃよ。要らないガラクタも有った。じゃが、儂が『捨てよう』と提案すると、『勿体無い』と言って――ははっ、後生大事に取っておいていたんじゃ。お陰で、彼女の思い出の品は沢山残っとる」
耀蔵は笑っていた。しかし、その眼尻からは涙が一滴零れていた。その僅かな煌めきは、耀平の視界に映っていた。
「耀蔵爺ちゃん――」
耀平は耀蔵を呼んだ。すると、耀蔵の口に、少し照れ臭げなハニカミの笑みが浮かんだ。
「そも、付喪神というのは――」
耀蔵は話題を変えた。いや、この場合は「元に戻した」と言うべきか。
「森羅万象――ああ、えっと、『この世の全てのものに神様が付いている』ということなんじゃ。言い換えると、『全てのものに魂が宿っている』となるじゃろうな」
「たましい?」
「『心』と言った方が良いかの?」
耀平は素直だった。分からないことが有れば直ぐに口にした。それを聞いて、耀蔵は直ぐに言葉を変えた。
耀蔵は耀平に気を遣っていた。耀平に理解させたかった。そうせねばならない理由が、耀蔵には有った。残された僅かな寿命を削りながら、必死に「それ」を伝えていた。
「あらゆるものに心が有る。意思が有る。生きているんじゃ」
「そっか、みんな生きているから――うん、大事にしないと」
「そうじゃ。昔の日本人は『物も生きている』と考えていた。だからこそ、それを粗末にすることを厭い、大事にした。『勿体無い』という言葉は、その精神の表れだ。フィアナはその考え方が大好きじゃった。彼女は付喪神の存在を証明しようと、様々な研究を行い、それを通じて儂達は出会った。そして――」
「そして?」
「付喪神の宿ったロボット、『ツクモス』を開発した」
ツクモス。それを一言で言えば「搭乗型ロボット」になる。しかし、それだけで済まされるものではなかった。
ツクモスには他に類を見ない特徴が二つ有った。
特徴の一つ目。
脳波操縦装置(Brain Wave Control System)、通称「ヴェイクス」。
ヴェイクスを搭載することで、操縦者が考える(念じる)だけでツクモスを動かすことができる。この装置の開発チームの主任がフィアナだった。
因みに、ツクモスは「手動とヴェイクスの複合操縦システム」を採用している。
移動などの全体的な動きに関する操作は手動で。指先の細かい操作、対象に照準を合わせる感覚的な操作はヴェイクスが担当している。
ヴェイクスのお陰で、コンピュータによる「操縦系の制御」が不要となった。
ツクモスに搭載されるコンピューター類の役目は、主にセンサーから得た情報を操縦者に伝えることである。
特徴の二つ目。
宇宙からもたらされた永久機関、「名取エンジン」。
名取エンジンを搭載することによって、ツクモスは他のエネルギーを全く必要せず、永久に稼働し続けることができた。
ツクモスと、ツクモスにかかわる発明が、人類を救済した。
個人レベルの変化としては、各御家庭の電気代は0円になった。
一国レベルならば、労働力の確保が重要でなくなった。その為、各国の憲法から「労働の義務」という条文が消えた。銀行券の増刷を渋る必要も無ければ、国民から税金を搾り取る必要も無い。
二十二世紀現在、殆どの人間は好きなことだけをしているだけでお金が溜まるという夢のような生活を送っている。その事実は、人類全体に更に大きな恩恵をもたらしていた。
全ての国が一つに統合された。世界統一国家「地球」の誕生である。星の名前と混同する為、巷では「地球国」と言われている。
全人類が同じ国、地球国の国民となった。誰もが従順に、その支配を受け入れている。
尤も、地球国の権威を保証しているのは、やはりツクモスだ。その開発生産を独占する企業に対しては、地球国の為政者達も一目を置かざるを得なかった。
その企業とは、名取耀蔵が作った「名取重工業」。そして、名取重工業を含めた複合企業体《コングロマリット》——「フィアナ財団」。
フィアナ財団は、耀蔵の妻フィアナ・マックール・名取の実家でもあった。
耀蔵とフィアナ。全人類を救った英雄達は、世界で一番尊敬されている夫婦だ。二人に対する勝算の声は、今も世界か各地で沸き上がっている。
しかし、人々の声が二人の耳に届くことは、もう無い。フィアナは他界している。耀蔵の命運も尽き掛けている。
ああ、早くフィアナに会いたい。
耀蔵の夢が叶う瞬間は、直ぐそこまで来ている。しかし、その前にやっておきたいこと、「託したい願い」が有った。それが、耀蔵の口から零れ出た。
「ツクモスは、それ自体が意志を持つ」
「うん」
「『人類の友達』って言えば良いかの? それを目指して作ったものじゃ」
「人類の――友達」
「ツクモスは生きておる。姿形は違えど、人間と同じなんじゃ」
「ツクモスも――俺達と同じ?」
「そうじゃ。それを耀平にも信じ続けて欲しいんじゃ。『ツクモスも生きている。ツクモスにも心――魂が有る』と、な」
「ツクモスの心――たましい」
「ああ。お前がツクモスを好きになって、大事にし続けていれば、きっとツクモスは応えてくれるじゃろう。そのとき――」
耀蔵の声は、とても小さくなっていた。その事実を直感して、耀平は耳を耀蔵の口許まで近付けていた。
しかい、全く聴き取れなかった。
耀蔵の声は殆ど吐息になっていた。それでも、耀蔵は声を上げ続けた。耀平も必死に聞こうとした。
二人の想いが奇跡を起こした。
耀蔵の「声にならない声」は、耀平の心に届いていた。
(耀平にも聞こえるはずじゃ。『ツクモスの声』が。その声は、世界の真理に通じている。どんな不可解にも解を与えてくれる。どんな不可能をも可能にする。既存のあらゆるものを超えて――もっと新しい、もっと大きな世界が見えてくるはずじゃ)
耀蔵の話は、ここで終わった。耀蔵の目は閉じていた。
「耀蔵――爺ちゃん」
耀平は、暫く曾祖父の顔を見詰めていた。その最中、どこからか耀蔵専属の医師団が現れた。彼らは、耀平に向かって耀蔵就寝の事実を告げた。
「分かり――ました」
耀平は耀蔵の許を離れた。
その際、耀平は一度だけ振り返って、ベッドに横たわる耀蔵を見た。その土気色の顔を視認した瞬間、耀平の小さな口から曾祖父の言葉が零れ出た。
「ツクモスの――声」
現況は、この世の何処にもない世界。夢、或いは記憶の中。そこには二つの人影が有った。
枯れ木のような老人と、身長一メートルほどの幼い少年。
老人は真っ白なベッドに横たわっている。骨が浮き出た痩躯に無数のコードがまとわりついていた。その元を辿ると、「老人の体調を表示している」と思しき機材群に辿り着く。そこに表示されたデータは老人の最期が近いことを知らせていた。
実際、老人は「この日」から二日後に息を引き取った。その最期を看取った者は、老人専属の医師団であった。しかし、最後に会話した者は医師ではなかった。
老人の最後の言葉を聞いた者は、老人の枕元にいる少年だった。
少年は、老人の枕元付近に丸椅子を置いて、そこに座っていた。その小さな両手を脚(太腿)の間に入れ、椅子の端を掴んで前屈みになっている。
少年の幼い瞳には、土気色をした老人の顔が映っていた。その両眼は閉じられていた。その表情を見詰める少年の顔が、悲しげにクシャリと歪んだ。それと同時に、少年の小さな口から声が零れ出た。
「『耀蔵』爺ちゃん」
耀蔵。それは老人のファーストネームだ。フルネームは「名取耀蔵」という。それを継げた少年の名は――名取耀平。
それぞれのファミリーネームが示す通り、二人は血縁者、曾祖父と曾孫だ。
このとき、耀蔵は九十八歳。耀平は五歳。
二人の年齢差は九十三歳。幾ら親族といえども、ここまで離れると疎遠にもなる
実際、二人が出会った回数は片手でも余る。二人で過ごした時間は、現況を含めて三十分にも満たない。
それでも、耀蔵は「生涯最後の話し相手」として耀平を指名した。
耀蔵の要求は、彼の親族と医師団に承認された。しかし、耀蔵の意図を理解した者は、誰もいなかった。その中に、耀平も含まれていた。
耀蔵爺ちゃんは――俺に何を言いたいんだろう?
耀蔵に指名された際、耀平は首を捻った。しかし、面会自体は即応で引き受けた。
耀平は「耀蔵」という存在に興味津々だった。聞きたいことを考えると、幾つもの言葉(質問)が次々閃いた。
耀蔵と直接見えるまで、耀平は「何を聞こうか?」と心を躍らせていた。
しかし、耀蔵に有った瞬間、耀平の脳内から全ての質問事項が消えた。耀平にできたことは、耀蔵の顔を見ながら名前を呟くだけだった。
曾孫の小さな声は、ベッドに横たわった老人の耳に届いていた。その瞬間、閉じられていた耀蔵の目が僅かに開いた。それと同時に、土気色の口が震えた。
「――耀平」
「!」
小さな声だった。それを聞いた者は「枯れ枝が擦れている」と錯覚するだろう。幻聴を疑っても不思議ではない。しかし、耀平は即応していた。
「何? 爺ちゃん」
耀平は更に前のめりになって、その小さな顔を耀蔵の顔に近付けた。すると、耀蔵の口の端が少しだけ吊り上がった。
耀蔵爺ちゃんが――笑った。
耀蔵の笑顔を見て、耀平も釣られて微笑んだ。
「えへへへ」
暫く、お互い笑い合っていた。その最中、耀蔵の口が僅かに開いて、そこからしわがれた声が漏れた。
「耀平は付喪神というのを知っておるか?」
小さな声だ。とても聞き取り辛い。しかし、耀平の耳は良かった。一字一句違わず完璧に判別できていた。しかし、
「えっと――」
残念ながら、当時の耀平の知識に「付喪神」という言葉はなった。思わず「分かんない」と言い掛けた。
しかし、耀平は堪えた。全力で飲み込んでから、別の言葉を告げた。
「九十九――『沢山』って意味……かな?」
耀平は、自分の知識の中で「最も近い」と思える解釈を告げた。その行為は、六年間の半生の中で一二を争うほどの神対応だった。
これ――当たりかも?
耀平は胸を張った。しかし、直ぐに凹んだ。耀蔵が凹ませた。
「違うな」
「違うの?」
「うむ」
「そっか」
耀平は耀蔵の期待に応えられなかった。耀平の頭がガックリと下がった。その様子は、耀蔵の目に映っていなかった。しかし、「何となく」という雰囲気は伝わっていた。
「耀平――」
耀平がしょげていると、耀蔵の声が上がった。
「お前の言う通り『沢山』という意味も含まれている」
耀蔵は耀平をフォローした。耀蔵の言葉を聞いた瞬間、耀平は面を上げた。
「ほんと?」
耀平の顔に満面の笑みが浮かんだ。調子に乗って胸も張り掛けた。しかし、それは早計だった。
耀平の解釈は、やはりハズレだった。間違っていた。その事実を、耀蔵が教えてくれた。
「そも、付喪神とは『物に宿る神様』だ」
物に宿る神。神という存在は、耀平も知っていた。しかし、「物に宿る」となると、全くの初耳だった。
耀平の首は斜め四十五度に傾いだ。
「物に宿る――神様って? 何?」
耀平は、オウム返しに質問した。素直な反応だった。子どもらしいと言える。
しかし、素直さは、ときとして面倒事を引き起こす。
厄介オタクに「その筋の質問」をすればどうなるか? 耀平が質問した瞬間、耀蔵の目が「カッ」と擬音を可視化させながら開いた。それと同時に、口を思い切り開いて――
「日本古来の自然崇拝、自然信仰、シャーマニズム、『自然現象を神様』と信じる考え方。その一つの形態だ」
耀蔵は「亜光速の早口」で知識を披露した。その声にはネットリした湿気がまとわりついていた。それが耀平の耳を弄った瞬間、耀平の腰が引けた。
しかし、逃げなかった。
耀平は丸椅子の端を握り締めて、全力で体を固定していた。その状態を維持しながら、
「しゃーまにまにまに……自然の神様」
耀蔵の言葉を繰り返していた。耀平なりに、耀蔵の話に付いていこうと努力していた。
しかし、五歳児の耀平にとって、耀蔵の言葉はどれも難しかった。その困惑している様子は、ベッドに横たわる耀蔵にも、何となく伝わっていた。
「そうじゃなあ、『長い間大切にされてきた物には神様が宿る』ってところかのう」
耀蔵は、五歳児にも分かる言葉(耀蔵基準)で付喪神の説明をした。すると、耀平の腰が僅かに浮いた。
「それって――」
耀平の瞳は「キラキラ」と擬音が見えるほど輝いていた。そのキラキラが耀平の言葉となって、小さな口から飛び出した。
「物を大事にすれば神様が生まれるのっ!!」
「そうじゃ」
「凄ぇっ!」
耀蔵に肯定された瞬間、耀平は飛び上がっていた。その様子は、残念ながら耀蔵の視力では確認できなかった。
それでも、耀蔵の口には笑みが浮かんでいた。その吊り上がった口が僅かに開いた。
耀平が椅子毎飛び上がっている最中、耀蔵の声が上がった。
「『物を大切にする』というのは、日本文化、その美意識の真骨頂――一番良いところだ」
耀蔵の声は弾んでいた。その最大の理由が、土気色の口から飛び出した。
「『フィアナ』――お前の大婆さんが、日本という国を好きになった一番の理由なのじゃ」
「フィアナ婆ちゃん――」
フィアナは耀蔵の妻だ。フルネームは「フィアナ・マックール・名取」という。耀蔵にとって、公私を問わず半生を共にした大切な相棒――だった。
このとき、フィアナは耀蔵の傍にいなかった。この世の何処にもいなかった。
フィアナは、彼女が三十代の頃、不慮の事故で亡くなっていた。当然ながら、彼女は耀平と会っていない。
耀平が知るフィアナは、人から聞いた知識と記録映像だけだ。
しかし、フィアナに関する資料は存外に多かった。それを集めて保管していたのは、他ならぬ耀蔵だった。
耀蔵は九十八歳になろうとも、今際の際であろうとも、今も変わらずフィアナのことを想い続けていた。
「フィアナは――ふふっ、掃除が苦手でな? 彼女の部屋はいつも物で溢れ返っていたんじゃよ。要らないガラクタも有った。じゃが、儂が『捨てよう』と提案すると、『勿体無い』と言って――ははっ、後生大事に取っておいていたんじゃ。お陰で、彼女の思い出の品は沢山残っとる」
耀蔵は笑っていた。しかし、その眼尻からは涙が一滴零れていた。その僅かな煌めきは、耀平の視界に映っていた。
「耀蔵爺ちゃん――」
耀平は耀蔵を呼んだ。すると、耀蔵の口に、少し照れ臭げなハニカミの笑みが浮かんだ。
「そも、付喪神というのは――」
耀蔵は話題を変えた。いや、この場合は「元に戻した」と言うべきか。
「森羅万象――ああ、えっと、『この世の全てのものに神様が付いている』ということなんじゃ。言い換えると、『全てのものに魂が宿っている』となるじゃろうな」
「たましい?」
「『心』と言った方が良いかの?」
耀平は素直だった。分からないことが有れば直ぐに口にした。それを聞いて、耀蔵は直ぐに言葉を変えた。
耀蔵は耀平に気を遣っていた。耀平に理解させたかった。そうせねばならない理由が、耀蔵には有った。残された僅かな寿命を削りながら、必死に「それ」を伝えていた。
「あらゆるものに心が有る。意思が有る。生きているんじゃ」
「そっか、みんな生きているから――うん、大事にしないと」
「そうじゃ。昔の日本人は『物も生きている』と考えていた。だからこそ、それを粗末にすることを厭い、大事にした。『勿体無い』という言葉は、その精神の表れだ。フィアナはその考え方が大好きじゃった。彼女は付喪神の存在を証明しようと、様々な研究を行い、それを通じて儂達は出会った。そして――」
「そして?」
「付喪神の宿ったロボット、『ツクモス』を開発した」
ツクモス。それを一言で言えば「搭乗型ロボット」になる。しかし、それだけで済まされるものではなかった。
ツクモスには他に類を見ない特徴が二つ有った。
特徴の一つ目。
脳波操縦装置(Brain Wave Control System)、通称「ヴェイクス」。
ヴェイクスを搭載することで、操縦者が考える(念じる)だけでツクモスを動かすことができる。この装置の開発チームの主任がフィアナだった。
因みに、ツクモスは「手動とヴェイクスの複合操縦システム」を採用している。
移動などの全体的な動きに関する操作は手動で。指先の細かい操作、対象に照準を合わせる感覚的な操作はヴェイクスが担当している。
ヴェイクスのお陰で、コンピュータによる「操縦系の制御」が不要となった。
ツクモスに搭載されるコンピューター類の役目は、主にセンサーから得た情報を操縦者に伝えることである。
特徴の二つ目。
宇宙からもたらされた永久機関、「名取エンジン」。
名取エンジンを搭載することによって、ツクモスは他のエネルギーを全く必要せず、永久に稼働し続けることができた。
ツクモスと、ツクモスにかかわる発明が、人類を救済した。
個人レベルの変化としては、各御家庭の電気代は0円になった。
一国レベルならば、労働力の確保が重要でなくなった。その為、各国の憲法から「労働の義務」という条文が消えた。銀行券の増刷を渋る必要も無ければ、国民から税金を搾り取る必要も無い。
二十二世紀現在、殆どの人間は好きなことだけをしているだけでお金が溜まるという夢のような生活を送っている。その事実は、人類全体に更に大きな恩恵をもたらしていた。
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全人類が同じ国、地球国の国民となった。誰もが従順に、その支配を受け入れている。
尤も、地球国の権威を保証しているのは、やはりツクモスだ。その開発生産を独占する企業に対しては、地球国の為政者達も一目を置かざるを得なかった。
その企業とは、名取耀蔵が作った「名取重工業」。そして、名取重工業を含めた複合企業体《コングロマリット》——「フィアナ財団」。
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耀蔵とフィアナ。全人類を救った英雄達は、世界で一番尊敬されている夫婦だ。二人に対する勝算の声は、今も世界か各地で沸き上がっている。
しかし、人々の声が二人の耳に届くことは、もう無い。フィアナは他界している。耀蔵の命運も尽き掛けている。
ああ、早くフィアナに会いたい。
耀蔵の夢が叶う瞬間は、直ぐそこまで来ている。しかし、その前にやっておきたいこと、「託したい願い」が有った。それが、耀蔵の口から零れ出た。
「ツクモスは、それ自体が意志を持つ」
「うん」
「『人類の友達』って言えば良いかの? それを目指して作ったものじゃ」
「人類の――友達」
「ツクモスは生きておる。姿形は違えど、人間と同じなんじゃ」
「ツクモスも――俺達と同じ?」
「そうじゃ。それを耀平にも信じ続けて欲しいんじゃ。『ツクモスも生きている。ツクモスにも心――魂が有る』と、な」
「ツクモスの心――たましい」
「ああ。お前がツクモスを好きになって、大事にし続けていれば、きっとツクモスは応えてくれるじゃろう。そのとき――」
耀蔵の声は、とても小さくなっていた。その事実を直感して、耀平は耳を耀蔵の口許まで近付けていた。
しかい、全く聴き取れなかった。
耀蔵の声は殆ど吐息になっていた。それでも、耀蔵は声を上げ続けた。耀平も必死に聞こうとした。
二人の想いが奇跡を起こした。
耀蔵の「声にならない声」は、耀平の心に届いていた。
(耀平にも聞こえるはずじゃ。『ツクモスの声』が。その声は、世界の真理に通じている。どんな不可解にも解を与えてくれる。どんな不可能をも可能にする。既存のあらゆるものを超えて――もっと新しい、もっと大きな世界が見えてくるはずじゃ)
耀蔵の話は、ここで終わった。耀蔵の目は閉じていた。
「耀蔵――爺ちゃん」
耀平は、暫く曾祖父の顔を見詰めていた。その最中、どこからか耀蔵専属の医師団が現れた。彼らは、耀平に向かって耀蔵就寝の事実を告げた。
「分かり――ました」
耀平は耀蔵の許を離れた。
その際、耀平は一度だけ振り返って、ベッドに横たわる耀蔵を見た。その土気色の顔を視認した瞬間、耀平の小さな口から曾祖父の言葉が零れ出た。
「ツクモスの――声」
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