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第二十三話 ツクモスの申し子
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西暦二千二十四年、四月五日(水)――午後九時頃。
和風の平屋(名取家)の北西、通称「子ども部屋」の襖を開けて、二人の老人が現れた。
作務衣姿の痩せぎすの老男性と、割烹着姿の老女性。
名取耀介と名取リオンである。
襖を開けて部屋の外に出た際、二人の顔には優しげな笑みが浮かんでいた。ところが、襖を占めた途端、二人の顔から笑みが消えた。
ここから先の話は、奥の二人には聞かせられんからのう。
子ども部屋の中では、二人の子ども(耀平と雨淋)が敷布団の上で寝息を立てている。その眠りを邪魔しないよう、老夫婦は静かに立ち去った。
その際、襖の開閉を知らせるセンサーの感度を最大に設定した。
万が一にも、子ども達の耳に入れる訳にはいかない。
老夫婦は、それぞれの顔に悲痛な表情を浮かべながら、板張りの廊下を静かに歩いた。
二人が向かった先は、名取家南側中央部に位置した八畳の和室――居間である。そこには、長卓の傍で胡坐を掻く壮年の男性、名取耀児の姿が有った。
長卓を挟んで、耀児の対面に耀介達が並んで(西に耀介、東にリオン)座った。すると、耀児が少し身を乗り出して声を上げた。
「二人は?」
二人。その簡潔な質問に、耀介は完璧な回答を返した。
「よう寝ておる」
「ふむ」
耀児は耀介の回答に頷いた。続け様に、耀介の隣に座るリオンを見た。
リオンは、耀児に向かってコクリと頷いた。その反応を見て、耀児は再び「うむ」と頷いてから、重々しく口を開いた。
「あ――その、雨淋ちゃんのことなんだけど」
耀児は耀介達に向かって、雨淋に関する「自分が知り得る限りの情報」を提供した。
そもそもの発端は、西暦二千十四年。耀平と雨淋が出会った日から、凡そ十年前のこと。
台湾地区に「劉淋淋」という、脳波操縦装置を専門に研究している科学者がいた。
淋淋博士は地球軍上層部の要請を受けて「人工的(後天的)に憑依率を上げる」という研究を行っていた。
研究の過程で、憑依率が高い人間のデータと一般人を比較して、その違いに付いて調査したことが有った。
個としての違いは多種多様。その中から共通している要素は無いかと研究に研究を重ねた。しかし、全くの徒労だった。
最終的に、淋淋博士は「特に無し」と結論付けている。その調査に参加した殆どの科学者も「然り」と頷いていた。
ところが、一人だけ「否」と主張する科学者がいた。彼を知る名取耀児は、彼の名前を、
「ごめん。それ、言うなって言われてる」
答えなかった。
全ての関係者に、守秘義務が課せられていた。関係者各位は、全力で闇に葬るつもりなのだ。
名前を言うことすら許されない科学者。彼は、憑依率の高い者の条件として、一つの仮説を提唱した。
「名取エンジンとかかわりの深い者ほど、憑依率が高い」
高憑依率の人間の中に、フィアナ財団関係者の名前が多く入っていた。しかしながら、全く無関係な人間もいない訳ではない。その事実に加えて明確な反例が有った。
「名取エンジンと最もかかわりが深い者、名取家の人間は、全員一般人レベル」
耀蔵の直系は元より、彼らの配偶者、傍系に至るまで、全員、憑依率五十パーセントである。その事実が、名も無き科学者の主張を否定した。しかし、彼は諦めなかった。秘密裏に名取エンジンを使った研究を行っていた。
実験内容を簡潔に言えは、「名取エンジンの中で受精卵を培養育成する」である。
名も無き科学者は、検証に必要だからと名取エンジンを自宅に持ち込んで、その中に幾つかの受精卵を収納した。
一体、如何なる方法で培養育成したのか? その方法は、科学者当人以外誰も知らない。余人に分かることは、実験の結果と最悪の結末だけ。
「結局、人の形をして生まれてきたのは――雨淋ちゃんだけ」
雨淋だけが人として生を受けた。彼女以外の者は、どうなったのか? それを知る耀児は、
「ごめん。それも言えない」
答えなかった。これに対して、耀介も、リオンも、突っ込んで聞こうとはしなかった。
「んで、件の科学者だけど」
「どうなった?」
「失踪した。研究記録を全部廃棄して」
「「…………」」
名も無き科学者が消えた。
残された雨淋は、研究主任だった淋淋博士が引き取った。しかしながら、彼が親として雨淋に接することができた機会は、殆ど無かった。
「雨淋ちゃんは、出生が特異だから――さ」
「うむ」
「お偉いさん方の命令で、研究施設に隔離されてたんだ」
耀児の言葉を聞いた瞬間、耀介も、リオンも、大きく目を開いた。
「何という――」「そんなことって――」
生まれたての赤子が、親も無く、実験動物として使われている。その事実は、耀児の親である耀介達の胸を激しく痛めた。そのような想いを抱いた者は、二人だけではなかった。
「んで、淋淋博士から『何とかならんか』って相談されて――」
「家に連れて来たと?」
「まあ、結構時間が掛かったけどね?」
結構な時間――凡そ十年ほど。尤も、耀児が奔走した期間は、それより短い。しかし、それでも、雨淋にとっては余りに長い。
「もっと、早くに何とかならんかったのか?」
耀介は、厳しい目つきで耀児を睨んだ。すると、耀児は口を「へ」の字に曲げた。
「頑張ったよ? 雨淋ちゃんを外に出せたことが奇跡なんだって。理解して欲しい」
耀児としては、限界を超えて頑張ったつもりだった。それだけに、怒られたことが不服だった。その想いを、彼の母が全力で汲んだ。
「分かりました。後はこちらに任せて」
「婆さん――」
リオンの言葉に、耀介が反応した。二人は見詰め合い、頷き合った。その様子を見て、耀児は「感謝」と心の中で手を合わせていた。
かくして、名取家による「雨淋の人間らしさ奪還作戦」が始まった。それは、絶対に平坦な道ではなかった。峻険な山しかなかった。
しかし、耀介も、リオンも、精一杯愛情を注いで雨淋を育てた。耀平も「絶対友達になるんだ」と息巻いて、家でも学校でも、甲斐甲斐しく雨淋の面倒を見た。
三者三様に、心を尽くした。その結果、雨淋は「温かい心」と「幸せな気持ち」を得て、漸く「人間」になることができたのだった。
和風の平屋(名取家)の北西、通称「子ども部屋」の襖を開けて、二人の老人が現れた。
作務衣姿の痩せぎすの老男性と、割烹着姿の老女性。
名取耀介と名取リオンである。
襖を開けて部屋の外に出た際、二人の顔には優しげな笑みが浮かんでいた。ところが、襖を占めた途端、二人の顔から笑みが消えた。
ここから先の話は、奥の二人には聞かせられんからのう。
子ども部屋の中では、二人の子ども(耀平と雨淋)が敷布団の上で寝息を立てている。その眠りを邪魔しないよう、老夫婦は静かに立ち去った。
その際、襖の開閉を知らせるセンサーの感度を最大に設定した。
万が一にも、子ども達の耳に入れる訳にはいかない。
老夫婦は、それぞれの顔に悲痛な表情を浮かべながら、板張りの廊下を静かに歩いた。
二人が向かった先は、名取家南側中央部に位置した八畳の和室――居間である。そこには、長卓の傍で胡坐を掻く壮年の男性、名取耀児の姿が有った。
長卓を挟んで、耀児の対面に耀介達が並んで(西に耀介、東にリオン)座った。すると、耀児が少し身を乗り出して声を上げた。
「二人は?」
二人。その簡潔な質問に、耀介は完璧な回答を返した。
「よう寝ておる」
「ふむ」
耀児は耀介の回答に頷いた。続け様に、耀介の隣に座るリオンを見た。
リオンは、耀児に向かってコクリと頷いた。その反応を見て、耀児は再び「うむ」と頷いてから、重々しく口を開いた。
「あ――その、雨淋ちゃんのことなんだけど」
耀児は耀介達に向かって、雨淋に関する「自分が知り得る限りの情報」を提供した。
そもそもの発端は、西暦二千十四年。耀平と雨淋が出会った日から、凡そ十年前のこと。
台湾地区に「劉淋淋」という、脳波操縦装置を専門に研究している科学者がいた。
淋淋博士は地球軍上層部の要請を受けて「人工的(後天的)に憑依率を上げる」という研究を行っていた。
研究の過程で、憑依率が高い人間のデータと一般人を比較して、その違いに付いて調査したことが有った。
個としての違いは多種多様。その中から共通している要素は無いかと研究に研究を重ねた。しかし、全くの徒労だった。
最終的に、淋淋博士は「特に無し」と結論付けている。その調査に参加した殆どの科学者も「然り」と頷いていた。
ところが、一人だけ「否」と主張する科学者がいた。彼を知る名取耀児は、彼の名前を、
「ごめん。それ、言うなって言われてる」
答えなかった。
全ての関係者に、守秘義務が課せられていた。関係者各位は、全力で闇に葬るつもりなのだ。
名前を言うことすら許されない科学者。彼は、憑依率の高い者の条件として、一つの仮説を提唱した。
「名取エンジンとかかわりの深い者ほど、憑依率が高い」
高憑依率の人間の中に、フィアナ財団関係者の名前が多く入っていた。しかしながら、全く無関係な人間もいない訳ではない。その事実に加えて明確な反例が有った。
「名取エンジンと最もかかわりが深い者、名取家の人間は、全員一般人レベル」
耀蔵の直系は元より、彼らの配偶者、傍系に至るまで、全員、憑依率五十パーセントである。その事実が、名も無き科学者の主張を否定した。しかし、彼は諦めなかった。秘密裏に名取エンジンを使った研究を行っていた。
実験内容を簡潔に言えは、「名取エンジンの中で受精卵を培養育成する」である。
名も無き科学者は、検証に必要だからと名取エンジンを自宅に持ち込んで、その中に幾つかの受精卵を収納した。
一体、如何なる方法で培養育成したのか? その方法は、科学者当人以外誰も知らない。余人に分かることは、実験の結果と最悪の結末だけ。
「結局、人の形をして生まれてきたのは――雨淋ちゃんだけ」
雨淋だけが人として生を受けた。彼女以外の者は、どうなったのか? それを知る耀児は、
「ごめん。それも言えない」
答えなかった。これに対して、耀介も、リオンも、突っ込んで聞こうとはしなかった。
「んで、件の科学者だけど」
「どうなった?」
「失踪した。研究記録を全部廃棄して」
「「…………」」
名も無き科学者が消えた。
残された雨淋は、研究主任だった淋淋博士が引き取った。しかしながら、彼が親として雨淋に接することができた機会は、殆ど無かった。
「雨淋ちゃんは、出生が特異だから――さ」
「うむ」
「お偉いさん方の命令で、研究施設に隔離されてたんだ」
耀児の言葉を聞いた瞬間、耀介も、リオンも、大きく目を開いた。
「何という――」「そんなことって――」
生まれたての赤子が、親も無く、実験動物として使われている。その事実は、耀児の親である耀介達の胸を激しく痛めた。そのような想いを抱いた者は、二人だけではなかった。
「んで、淋淋博士から『何とかならんか』って相談されて――」
「家に連れて来たと?」
「まあ、結構時間が掛かったけどね?」
結構な時間――凡そ十年ほど。尤も、耀児が奔走した期間は、それより短い。しかし、それでも、雨淋にとっては余りに長い。
「もっと、早くに何とかならんかったのか?」
耀介は、厳しい目つきで耀児を睨んだ。すると、耀児は口を「へ」の字に曲げた。
「頑張ったよ? 雨淋ちゃんを外に出せたことが奇跡なんだって。理解して欲しい」
耀児としては、限界を超えて頑張ったつもりだった。それだけに、怒られたことが不服だった。その想いを、彼の母が全力で汲んだ。
「分かりました。後はこちらに任せて」
「婆さん――」
リオンの言葉に、耀介が反応した。二人は見詰め合い、頷き合った。その様子を見て、耀児は「感謝」と心の中で手を合わせていた。
かくして、名取家による「雨淋の人間らしさ奪還作戦」が始まった。それは、絶対に平坦な道ではなかった。峻険な山しかなかった。
しかし、耀介も、リオンも、精一杯愛情を注いで雨淋を育てた。耀平も「絶対友達になるんだ」と息巻いて、家でも学校でも、甲斐甲斐しく雨淋の面倒を見た。
三者三様に、心を尽くした。その結果、雨淋は「温かい心」と「幸せな気持ち」を得て、漸く「人間」になることができたのだった。
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