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第9章 幸せになります
390. 称号と思い
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レイモンド侯爵家の当主、ケネス・ラグラル・レイモンドは大きな溜息をついた。
一昨年と昨年、『首』の封印騒動や粛清という名の大掃除、そして極めつけに王城内でのスタンピードという前代未聞の事を経て、ようやく王国内も落ち着いたと思った。
そして陞爵を受け、侯爵家となり領地が広がる事でまた少し忙しくなるなと思っていた矢先に嫡男であるアシュトンから大きな大きな一撃を食らった。
「フィンレー公爵領で騎士を募集しているようです。しばらくの間はカルロス様が当主代理をされるとの事。カルロス様の元で働ければと思います。以前からお話をしているように、次期当主はマーティンに譲ります」
アシュトンはケネスの長男。レイモンド家の嫡男だ。六歳の魔法鑑定の後、自分の属性や魔力量の事をどうしてなのかと泣いていたのを今でも覚えている。けれど泣いていても現状は変わらないと宥め、すぐく教師を手配し、魔力量の上げ方や、新しい属性の取得を目指せばよいと教えてきた。
次男であるマーティンの魔法鑑定後はしばらく落ち込んでいたようだったが、それもいつの間にか自分の中に飲み込んでしまったようだった。
学園の卒業後は近衛騎士団に入りあまり家には戻らなくなってしまったが、それでもケネスの中ではアシュトンが嫡男である事に変わりはなかったのだ。
アシュトンからは以前から何度か言われていたのだ。自分は次期当主の器ではないと。自分の力量は自分自身がよく分かっていると。マーティンに大魔導師の称号が現れたら次期当主の座を降り、好きにさせてほしいと。
だが、それを「考えておく」と言って棚上げをしてきたのは自分だ。
真っ直ぐで、どこかお人好しの長男は、生真面目にマーティンの称号が現れるまでは自分から動き出すような事はないだろう。ケネスはそう思っていたのだ。
「ああ、まさか陞爵のおまけにこんなものがあるなんて思ってもみなかった」
自分に大魔導師の称号が現れたのはアシュトンが生まれてからだ。まだ次期当主という立場だった。
どういう仕組みでこの称号というものが現れるのかは分からない。同じように称号が現れる賢者の家系であるメイソン家は、しばらくの間は賢者の称号が現れなかったらしいが、レイモンド家はずっと大魔導師であり続けた。そして、おそらく次の大魔導師の称号はアシュトンが言う通りにマーティンに現れるのだろうとケネス自身も思ってはいた。だが……
「俺はアシュトンしか考えてはいないんだけどなぁ……」
勿論アシュトンの気持ちも分かるのだ。大魔導師の称号を持つ弟を差し置いて、ただ嫡男というだけでレイモンドを継ぐような事はしたくない。もしも自分がその立場だとしたら同じように思っただろう。力のある弟が継ぐべきで自分は好きにさせてほしいと。弟が継いだ家に弟を支えるべく残るような事はしたくない。当然だ。だが、人を惹きつけるというか、人を統率する力はマーティンではなくアシュトンにある。それが判っているからこそマーティンも引かないのだ。
大体あの頑固な次男は当主教育を一切受け付けない。貴族として最低限の事は勿論叩き込んであるが、当主、というよりも領を束ねて守っていく者としては少し難しいかもしれないとケネスは思っていた。
だからフィンレー公爵となった親友に頼み込んだ。家の恥を晒すようで申し訳ないがと頭を下げた。勿論友人はアシュトンを本人の希望通りフィンレー公爵領に抱えてくれたが、本人は務めていると思っているが客人の扱いになっている筈だ。
どこで、どう、うまくまとめていけるか。ケネスはそのタイミングを計りかねていた。
だが、それが上手く見つけられないまま息子たちは、フィンレーへ、王国魔導騎士隊へ、そしてグリーンベリーへとバラバラになってしまっていた。
「マーティ、久しぶりだな」
第二王子のシルヴァンが臣籍降下をして公爵となってから親友たちとも会う機会が減った。
毎日のように顔を合わせていた側近時代から一変してそれぞれがそれぞれの場所に散ってしまった。
ジェイムズは王国の近衛騎士団に入った。この団長を務めていた彼の父は公爵になり、団長を辞した。
アルフレッドはフィンレー公爵家の跡取りとして王都での仕事を引き受けるようになったという。しかし来年の始めにはグリーンベリー伯爵となったエドワードと結婚をして、しばらくはグリーンベリーの事も手伝っていくという。
目の前にいるダニエルは宰相府に引き抜かれ、仕事に追われているらしい。
そして自分は、兄と言い争いをして、そのまま王国の魔導騎士隊に入ってしまった。
「ああ、ダニー相変わらず忙しそうだな」
「まぁね。でも大きな問題が上がってこないだけ助かっているよ。そっちはどう?」
王城内の廊下を歩きながらダニエルはそう問いかけてきた。それが何を指しているのかは分からなかったがマーティンは「特に変わりはない」と返した。
「アルフレッドから正式な結婚式の招待状が来ただろう? 出るよな?」
「ああ、勿論出席させてもらうよ」
「良かった。少し気になっていたんだ」
「ダニー?」
ダニエルらしからぬ物言いにマーティンは眉間に皺を寄せたままダニエルを見た。
自分と同じように表情が掴みにくいと言われている顔は、けれど心配そうな色を浮かべている。
「エディが公爵領でアシュトン様に会ったと。アルフレッドから連絡が来た。大きなお世話だと思うが、一度きちんと話をした方がいい。もう一度言う。大きなお世話だと分かっているが、話をしろ」
「…………命令形になっているよ」
「そうか? でもそう聞こえたならそうしろ」
無表情に近いダニエルの言葉に、マーティンはきっかけを掴めずにいた自分を思って苦い表情を浮かべた。
父から一度話をしないか、と連絡が来たのはそれから少ししての事だった。
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一昨年と昨年、『首』の封印騒動や粛清という名の大掃除、そして極めつけに王城内でのスタンピードという前代未聞の事を経て、ようやく王国内も落ち着いたと思った。
そして陞爵を受け、侯爵家となり領地が広がる事でまた少し忙しくなるなと思っていた矢先に嫡男であるアシュトンから大きな大きな一撃を食らった。
「フィンレー公爵領で騎士を募集しているようです。しばらくの間はカルロス様が当主代理をされるとの事。カルロス様の元で働ければと思います。以前からお話をしているように、次期当主はマーティンに譲ります」
アシュトンはケネスの長男。レイモンド家の嫡男だ。六歳の魔法鑑定の後、自分の属性や魔力量の事をどうしてなのかと泣いていたのを今でも覚えている。けれど泣いていても現状は変わらないと宥め、すぐく教師を手配し、魔力量の上げ方や、新しい属性の取得を目指せばよいと教えてきた。
次男であるマーティンの魔法鑑定後はしばらく落ち込んでいたようだったが、それもいつの間にか自分の中に飲み込んでしまったようだった。
学園の卒業後は近衛騎士団に入りあまり家には戻らなくなってしまったが、それでもケネスの中ではアシュトンが嫡男である事に変わりはなかったのだ。
アシュトンからは以前から何度か言われていたのだ。自分は次期当主の器ではないと。自分の力量は自分自身がよく分かっていると。マーティンに大魔導師の称号が現れたら次期当主の座を降り、好きにさせてほしいと。
だが、それを「考えておく」と言って棚上げをしてきたのは自分だ。
真っ直ぐで、どこかお人好しの長男は、生真面目にマーティンの称号が現れるまでは自分から動き出すような事はないだろう。ケネスはそう思っていたのだ。
「ああ、まさか陞爵のおまけにこんなものがあるなんて思ってもみなかった」
自分に大魔導師の称号が現れたのはアシュトンが生まれてからだ。まだ次期当主という立場だった。
どういう仕組みでこの称号というものが現れるのかは分からない。同じように称号が現れる賢者の家系であるメイソン家は、しばらくの間は賢者の称号が現れなかったらしいが、レイモンド家はずっと大魔導師であり続けた。そして、おそらく次の大魔導師の称号はアシュトンが言う通りにマーティンに現れるのだろうとケネス自身も思ってはいた。だが……
「俺はアシュトンしか考えてはいないんだけどなぁ……」
勿論アシュトンの気持ちも分かるのだ。大魔導師の称号を持つ弟を差し置いて、ただ嫡男というだけでレイモンドを継ぐような事はしたくない。もしも自分がその立場だとしたら同じように思っただろう。力のある弟が継ぐべきで自分は好きにさせてほしいと。弟が継いだ家に弟を支えるべく残るような事はしたくない。当然だ。だが、人を惹きつけるというか、人を統率する力はマーティンではなくアシュトンにある。それが判っているからこそマーティンも引かないのだ。
大体あの頑固な次男は当主教育を一切受け付けない。貴族として最低限の事は勿論叩き込んであるが、当主、というよりも領を束ねて守っていく者としては少し難しいかもしれないとケネスは思っていた。
だからフィンレー公爵となった親友に頼み込んだ。家の恥を晒すようで申し訳ないがと頭を下げた。勿論友人はアシュトンを本人の希望通りフィンレー公爵領に抱えてくれたが、本人は務めていると思っているが客人の扱いになっている筈だ。
どこで、どう、うまくまとめていけるか。ケネスはそのタイミングを計りかねていた。
だが、それが上手く見つけられないまま息子たちは、フィンレーへ、王国魔導騎士隊へ、そしてグリーンベリーへとバラバラになってしまっていた。
「マーティ、久しぶりだな」
第二王子のシルヴァンが臣籍降下をして公爵となってから親友たちとも会う機会が減った。
毎日のように顔を合わせていた側近時代から一変してそれぞれがそれぞれの場所に散ってしまった。
ジェイムズは王国の近衛騎士団に入った。この団長を務めていた彼の父は公爵になり、団長を辞した。
アルフレッドはフィンレー公爵家の跡取りとして王都での仕事を引き受けるようになったという。しかし来年の始めにはグリーンベリー伯爵となったエドワードと結婚をして、しばらくはグリーンベリーの事も手伝っていくという。
目の前にいるダニエルは宰相府に引き抜かれ、仕事に追われているらしい。
そして自分は、兄と言い争いをして、そのまま王国の魔導騎士隊に入ってしまった。
「ああ、ダニー相変わらず忙しそうだな」
「まぁね。でも大きな問題が上がってこないだけ助かっているよ。そっちはどう?」
王城内の廊下を歩きながらダニエルはそう問いかけてきた。それが何を指しているのかは分からなかったがマーティンは「特に変わりはない」と返した。
「アルフレッドから正式な結婚式の招待状が来ただろう? 出るよな?」
「ああ、勿論出席させてもらうよ」
「良かった。少し気になっていたんだ」
「ダニー?」
ダニエルらしからぬ物言いにマーティンは眉間に皺を寄せたままダニエルを見た。
自分と同じように表情が掴みにくいと言われている顔は、けれど心配そうな色を浮かべている。
「エディが公爵領でアシュトン様に会ったと。アルフレッドから連絡が来た。大きなお世話だと思うが、一度きちんと話をした方がいい。もう一度言う。大きなお世話だと分かっているが、話をしろ」
「…………命令形になっているよ」
「そうか? でもそう聞こえたならそうしろ」
無表情に近いダニエルの言葉に、マーティンはきっかけを掴めずにいた自分を思って苦い表情を浮かべた。
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