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2巻
2-3
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「あ~い!」
ウィルが絶妙なタイミングで返事をして、ハリーがきゃきゃと笑う。
「うん、甘い。エディも食べてごらん」
「は、はい。……うん! 美味しいです!」
口の中に入れたケーキのモモはとろりと甘くて、瑞々しく、舌の上でほどけるような優しい味わいだった。
「あと、これが僕からのプレゼントです。花壇で育てたバーベナというお花を押し花にして飾りました。花言葉は『家族仲良し』だそうです。真ん中の手形は二人の手形です。大きくなってからこんなに小さかったんだねって見られたらいいなって思います」
ピンクの押し花に囲まれた小さなブルーの手とグリーンの手。
「素敵なプレゼントをありがとう、エディ」
「いいお兄ちゃんになってくれてありがとう、エディ」
父様と母様が、まるで僕が誕生日みたいに二人でギュッとしてくれて、僕はびっくりしてしまう。でも同時にすごく嬉しくなった。
「ふふふ、ピンクのバーベナの通りに家族仲良しだね、エディ」
「はい、アル兄様!」
兄様の言葉に、僕はにっこり笑ってモモのケーキをもう一口食べた。
◇◇◇
七の月が半分くらい過ぎた頃、お祖父様がやってきた。
「元気にしているか?」
「はい」
「勉強は楽しいか?」
「はい。とても」
「この前は大変な事があったと聞いた。何か困った事や分からない事があれば尋ねなさい」
「はい。ありがとうございます」
相変わらずちょっと怖い感じのお祖父様だけど、本当はとっても優しいんだよ。
「あ、お祖父様」
「なんだ?」
「あの、お祖父様は空間魔法がとてもお上手だと聞きました。僕も空間魔法のスキルがあるので、どんな事が出来るのか教えてください。それから、マジックバッグについても教えてください」
せっかく聞いてもいいって言われたんだからお聞きしよう。僕がそうお願いするとお祖父様は少し目を細めて嬉しそうな顔をした。
「うむ。空間魔法か。色々使える魔法だ。今度書き記したものを持ってこよう。マジックバッグもエドワードなら自分で作れるようになるだろう」
「ありがとうございます!」
わ~、僕なら出来るって言われた。すごく嬉しい。
「ところで、庭で色々育てていると聞いた」
「え? あ、花壇ですか? はい。今はワイルドストロベリーとブルースターと、ピンクのバーベナが植えられていますが、もう少ししたらお花の方は違うものにしようと思っています」
そう。ワイルドストロベリーは強いからこのまま育てていこうと思っているんだ。兄様が持ってきてくれたものだしね。それにお庭でワイルドストロベリーが摘めるなんてすごいよね。シェフが葉っぱはハーブティーになるって教えてくれたからそれも楽しみなんだ。
「うむ。エドワードは植物を上手に育てる事が出来る【緑の手】というものを持っているかもしれないな。まだはっきりとは分からないが、せっかくだから試してみるのはどうだろう」
「試す…………ですか?」
「うむ。植物を育てるのは好きか?」
「はい。好きです!」
僕が答えるとお祖父様はまた「うむ」と頷いた。
「何も難しい事ではない。もしも【緑の手】の加護を本当に持っていたとしても、怖がる必要はない。丈夫に育つように、あるいは美味しくなるように、祈りを込めて育ててみればいい。育てたい植物や食べ物があれば苗や種を取り寄せてやろう」
「え……」
「大変な魔物を倒した褒美だ。生きていてくれて良かった。頑張ったな、よく頑張った」
「……はい。あり、ありがとうございます」
なんだか目がジンと熱くなってきて、僕が慌ててごしごしと擦るとお祖父様が「赤くなるからやめなさい」とまた少しだけ笑った。
「【緑の手】は珍しい加護だと聞く」
「そう、なんですか?」
「うむ。だが恐れる事はない。植物が好きな人間に精霊がくれた贈り物だと思えば良い。ただ、それを悪く使おうとする奴もいるかもしれん。それは分かるか?」
「……はい。なんとなく分かります」
「それで良い。自分の持つ力を知るのは大事な事だ。自分で自分の力の価値を知れば、己がどうすれば良いのかが自然と分かってくるようになる」
「はい」
「持っているものを正しく使う。役に立つように使う。それが加護という贈り物を生かす事になる」
「はい。ありがとうございます。色々育てて、試してみたいと思います」
「うむ。良い子だ。楽しみにしていなさい」
にっこりと笑ったお祖父様に、僕もにっこりと笑った。僕はお祖父様がもっと好きになった。
それから少しして、小さいサロンの近くに僕の温室が出来た。
ガラスのドームみたいな綺麗な建物で、中には僕が気になっていたお花や薬草や果物の木が生えている。もちろん僕が好きなものを植えられる土の部分もある。
「本当にあの人はやる事が極端なんだ」
父様がブツブツと呟いていた。
「こんなにすごいものをいただいてもよろしいのでしょうか」
「エドワードにプレゼントをすると言っているんだからもらっておきなさい。この中でなら好きなだけお祈りをしていいから」
父様が笑いながらそう言ったので、僕は「はい」と返事をして中に入った。
「あ、これ、可愛いなって思っていたお花だ」
花は色々な種類が数株ずつ植えられている。白い花、青い花、黄色い花、ピンクの花……
見ているだけでも楽しい。
「わわわ!」
こっちは大きい木だな。え? バナナ? 図鑑で見たよ。これ、ほんとにここで育てられるのかしら。そしてこっちは薬草だ。お花よりも同じものが植えられている数が多い。
うん。薬草のお勉強もしよう。そしてお祖父様がいらした時に色々お聞きしてみよう。父様がお祖父様はポーションっていうお薬を作られるのが上手だって言っていたもの。
「こっちはまだなんにもない。何を植えようかな」
お外の花壇も楽しいけど、こんな風に色々な植物が沢山集まっているのも楽しいな。
「【緑の手】か」
それがどんなものなのかは分からないけど、お祖父様が仰っていたようにむやみに怖がる事はしない。
『恐れる事はない。植物が好きな人間に精霊がくれた贈り物だと思えば良い』
ふふふ、本当に精霊がくれた贈り物だったら素敵だな。
『自分の持つ力を知るのは大事な事だ。自分で自分の力の価値を知れば、己がどうすれば良いのかが自然と分かってくるようになる』
そうだ、この力の事が分かれば僕は何をすればいいのか、何を守ればいいのか、そのためにどうしたらいいのか、きっと分かるようになる。
「お祈りかぁ。そういえば前にお祈りしたらいきなりごそっと魔力がなくなったんだよね」
もしかしたら、ここは制御の練習場所にもなるようにしてくださったのかもしれないなって思った。お祈りしながらお世話したら元気に育つかな。美味しい果物が出来たら皆で食べよう。
「ふふふ、楽しみ」
空いているところに何を植えるか、図鑑を見て、マークと相談しよう。あ、兄様や母様にもなんの果物が食べたいか聞いてみようかな。
「エディ? これがお祖父様がくださった植物のお部屋?」
「はい! アル兄様。すごいんですよ。入ってきてください!」
僕が声をかけると、兄様が緑の中から顔を覗かせた。
「本当にすごいね」
「はい。薬草とかも勉強したいなって思っていたから嬉しいです。果物も美味しく出来たら皆で食べましょう。アル兄様は何か食べたい果物はありますか?」
「う~ん。そうだね。今はちょっと思いつかないな」
「そうですか。あ! じゃあ一緒に図鑑を見るのはどうでしょう? アル兄様のお時間がある時にお茶でも飲みながら」
僕がそう言うと兄様はふわりと笑った。
「そうだね。じゃあ、そうしようか。今日、これからっていうのはどう?」
「はい! 大歓迎です!」
嬉しくなって思わず飛びついてしまった僕を、兄様は笑ってギュッとしてくれた。
◇◇◇
「今日はちょっと面白い魔法を使ってみようと思います」
にっこりと笑ってブライトン先生が言った。
もうすぐ七の月が終わって八の月になる。僕はお庭の水まきを、自分のお仕事にさせてもらった。
魔力量も大丈夫だし、お散歩がてら水まきをしたら鍛錬の一部にもなるしね。
「面白い魔法ですか?」
「土魔法なんですけどね。ゴーレムというのを作ってみましょう。エドワード様はゴーレムをご存じですか?」
「知りません」
「ゴーレムは土人形の事です」
「土の人形、ですか?」
「ええ。魂はありませんが、動かす事が出来ます」
「……っ! 土の人形が動くのですか⁉」
僕は思わず大きな声を上げてしまった。だって土でお人形を作って、それが動いちゃうんだよ?
「はい。やってみましょう。まず土で人形を作ります。〈ゴーレム形成〉」
ブライトン先生はそう言って土の上に手をつくと、ムクムクと土を動かして先生よりも大きな人形を作り出した。
「すすすすすすごいです!!」
人型というよりは、四角い箱を重ねたような頭と胴体に、手足が付いたみたい。なんだろう、すごく可愛い。箱人形っていう感じかな。
「ははは、形はなんでもいいんですよ。そしてここに魔法文字を吹き込みます」
「吹き込む??」
「はい。やってみますね。『汝、我が僕となり命じられるままに動け――Emeth』」
先生は呪文のような言葉を呟き、それを手の平の上に載せてふぅっとゴーレムに向けて飛ばした。すると俯き加減でダラリと手を垂らしていたゴーレムがゆっくりと顔を上げて歩き始める。
「! う、動きました‼」
「とりあえず歩くだけね。命じれば荷物を運んだり、もっと高度に命じれば敵を排除したりします」
「…………なるほど」
それは使いようによってはすごいかもしれない。
「高度に、というのは魔力量が関係しますか?」
「そうですね。今は簡単な命令だけを行えるように魔法を付与しましたが、もっと細かく、正確に命じるならば、必要とする魔力量が大きくなります。ゴーレム自体もこれよりも大きなものや細かい動きが出来るようなものを作れば、やはり魔力量は大きくなります」
「分かりました」
「攻撃力や防御力が大きいもの、瞬発力があるものなど、少しずつお話をしていきます。とりあえず今日はもうちょっと簡単なものを作って動かしてみましょう。形はなんでも大丈夫です。こういう箱を組み合わせたような感じのものでも、うさぎでも、丸でも。想像しにくいようならこの粘土で実際に形を作ってからそれを真似て土魔法で出してみるというのでもいいですよ?」
そう言ってブライトン先生は粘土を僕に見せてくれた。
「えっと、粘土は触った事がないので、先生の真似をしてみてもいいですか? もっと小さいので」
「いいですよ。これが魔法文字です。これを吹き込みます」
「……分かりました」
僕はいただいた紙を持って、土の上に手をついた。
まずは魔力を練って、土を起こすように「〈ゴーレム形成〉」と唱える。魔法はイメージ。形は箱を重ねたみたいなブライトン先生のものと同じ形。でももっと小さく。お試しだから僕のひざ丈の大きさで……ムクムクと起き上がり始める土はやがて思った通りの人形を作り出していく。
「出来ました。では魔法文字を付与します。『汝、我が僕となり命じられるままに動け――Emeth』」
僕は浮き上がったその言葉をフゥッと小さなゴーレムに吹き付けた。すると……
「う! 動いた!」
小さな箱人形のゴーレムはカクカクとした動きでゆっくりと手足を動かし始めた。
「かわ、可愛いです!」
「は?」
「動いています! 可愛い! ほらこっちだよ~、おいで~」
僕が呼ぶと箱人形ゴーレムさんがトテトテとやってきた。
「ふわわわ! ききき来ました! 今度はこっちだよ~」
方向を変えると同じように方向を変えて箱型のゴーレムが一生懸命追いかけてくる。
「ううう、もう一つ作ってもいいですか?」
「……どうぞ」
「わぁ、じゃあ今度はうさぎさんにしてみよう。〈ゴーレム形成〉うさぎ!」
ずもももと土の中からうさぎの形をした土人形が出てきた。
「かわ、可愛いです‼ 『汝、我が僕となり命じられるままに動け――Emeth』」
うさぎは僕が思っていた通りにピョンピョンと跳ねて動き出した。
「可愛い! こっちだよ、おいで~」
「………………」
「あははは! 二人とも追いかけっこするよ、ほらほら、こっちだよ~~」
箱人形ゴーレムとうさぎゴーレムは僕が思う通りにトテトテ、ピョンピョンと僕の後を追いかけてくる。すごく楽しい。ものすごく可愛くて楽しい!
「エドワード様……」
「ハッ! すみません! お勉強中でした。はい、こっちに二人とも並んで」
箱人形とうさぎは行儀良く僕の横に並んだ。
「…………っふ……」
「ふ?」
「はははははは!」
その次の瞬間、ブライトン先生は顔を手で覆いながらものすごい勢いで笑い出した。
「なんだよ、これ。もう可愛いすぎる! ゴーレム形成でこんな事するなんて初めてだよ! もうエドワード様、サイコーです!」
「あ、えっと、あの、あの」
僕はどうしたらいいのか分からなくてオロオロしてしまった。
「いいんです。エドワード様、良く出来ました。いやもう。いいものを見せてもらった感じです。クックック!」
「ブライトン先生?」
いいと言いながらも先生の笑いは止まらないし、ちょっぴり涙も出ている。どうしよう。
「形成は小さいけれどとてもスムーズでしたし、動かし方も問題ないです。魔力がきちんと馴染んでいる。大成功です」
「や……やったー!」
とりあえず大成功と言われて僕は万歳をしてみた。いいんだよね? 大成功なんだよね?
「うん。あとは大きいのを作ってみたり、小さいのを沢山作ったりして多数の操作に慣れてください。ただし、やりすぎるとまずいので、これは必ず、マリーやルーカスが一緒にいる時に試してください。一人でやったら駄目ですよ」
「分かりました」
マリーやルーカスはいつもいるから、いつでもやっていいって事だ。それにしても本当にこれは面白い。
「ふふふ、これ、ウィルやハリーにも見せてあげたいな」
「いいですけど、作ったものは出来ればその日のうちに解除してくださいね」
「え! 壊しちゃうんですか?」
「はい。例えば夜の護衛とかそういう必要がなければ解除をした方が魔力を消耗しませんし」
「……そうなんですね」
「ええっと、生きているわけではないんですよ。土の器に魔力を入れて操作しているんです」
「はい。でもかわいそう」
「まぁ……これくらいのものでしたら壊れるまでいても、それほど……」
「……! ありがとうございます」
「いえ、ちなみに解除は『meth』です」
ブライトン先生はそう言って魔力を抜いた。すると先生が作った大きなゴーレムはサァーッと砂になって消えた。
「はわわわわ」
「エドワード様、魂はないのですよ」
「はい……」
それから他の魔法の練習をして、今日のお勉強は終わった。先生が困ったような顔をしていたけど、僕はどうしても魔力を抜く事が出来なくて二つのゴーレムを持ち帰った。そして翌日。
「たぁぁぁ!!」
「うわぁわわぁ」
双子たちのところに連れていったゴーレムは大人気だったんだけど、二人がはしゃいで舐めようとしちゃうので一緒に遊ぶのはやめにした。しかもウィルが乗っかって、うさぎはちょっと壊れてしまったんだ。
時間が経つほど離れがたくなってしまう事に気付いた僕はその日、お庭で魔力を抜いた。砂になった初めてのゴーレムに少しだけ涙が出た。
「エディ? 戻ってきたの? 冷たいココアを飲まない? 氷魔法で冷やしてみたんだよ?」
お部屋に帰る階段のところに兄様がいてそう言った。
「……飲みます」
「うん。エディと遊べてゴーレムたちもきっと楽しかったと思うよ」
「…………はい」
ココアはミルクたっぷりで冷たくて、甘くて、美味しかった。
「ゴーレム、上手に作れていたね」
「はい」
「練習、がんばろうね」
「はい。あの………アル兄様」
「うん?」
「ありがとうございました」
「うん」
そして僕は次の日に新しいゴーレムを作った。うん。大丈夫。毎日作って練習を続けていくよ。
翌週いらしたブライトン先生も「それでいいんですよ」って言っていた。
◇◇◇
八の月に入った。今年の夏は暑いと皆が言う。
貴族の人たちは、夏の暑さを避けて避暑地というところに行くらしい。でも僕たちのフィンレー領は王都から北の方なので、避暑地に行くような事はない。ないんだけど…………
「なんで今年はこんなに暑いんだろう?」
そう言ったのは僕じゃなくて、兄様のお友達のマーティン君だった。
以前冬祭りへ一緒に行った兄様のお友達三人――マーティン君にダニエル君、ジェイムズ君と、マーティン君の弟で僕のお茶会のお友達でもあるミッチェル君が避暑のためフィンレーにやってきているんだ。一週間くらいいるって言っていたよ。
「うん、確かに。フィンレーでも結構暑いなって思うからね。作物に影響が出ている領もあるって聞いたよ」
兄様がそう答えた。
「ああ、今年の暑さは異常だよ。アルの言う通り、南の方では干ばつ被害が出始めているらしい」
「干ばつかぁ。あんまり範囲が広いと食糧の事で揉めたりして大変かもね」
「そうだね。父上が色々と調べ回っているよ。もしかしたらフィンレーにも影響があるかもしれないよ、アル。救援とかさ」
「その辺りはさすがに私には分からないよ、ダニー。ただそうなったら父上が悲鳴を上げそうだ」
「収穫が安定しているところをやっかむ連中もいるからな」
兄様たちはソファに座って冷たい紅茶を飲みながらそんな話をしていた。
そうなんだ。暑すぎるのも大変なんだな。そう思いつつ僕は兄様が作ってくれた氷を入れた果実水を飲んでいる。
「エディ! ワイルドストロベリーをこんなに摘んだよ。このくらいの時季になると小さくなったり少なくなったりするのに、ここのはすごいね!」
ミッチェル君が護衛の人と一緒に花壇のワイルドストロベリー摘みから帰ってきた。ミッチェル君は僕よりも一歳下なんだけど、僕よりも背が高い。お披露目会で会った時はマカロンの話ですぐにお話が終わっちゃったし、その次に会った初めてのお茶会ではミッチェル君のお父様が倒したマンティコアという魔物のお話をしてくれたんだけど、すごく怖かった。ミッチェル君はピンクパープルの瞳にチャコールグレーの髪でとっても綺麗なお顔なのに魔物のお話が大好きなんだよ。
「でもどうしてあそこにあんなに小さな畑を作ったの?」
「うん? 花壇だよ? 隣にお花が咲いていたでしょ?」
「え? うん。花壇はあったけど、ワイルドストロベリーの方は」
「花壇なの。ワイルドストロベリーのお花も咲いていたでしょ?」
「あ、うん。そうなんだ。それでこれどうする?」
ミッチェル君が差し出した籠には本当に沢山のワイルドストロベリーが入っていた。ちょっとだけまだ色味が足りないものもあるけど、赤くなっているし大丈夫かな。
「結構あるからシェフにジャムにしてもらおう。アイスクリームに載せると美味しいよ」
「うわぁ! 楽しみ。いいなぁ、フィンレーは色々なものが沢山あって」
「ふふふ、美味しいものが育つと楽しいよね」
「うん!」
僕とミッチェル君がお話をしているとダニエル君が口を開いた。
「ところでエディはカルロス様から大きなプレゼントをいただいたと聞いたけど」
「はい。植物の温室……というか、お家を」
そう。温室と呼ぶにはちょっと大きくて不思議なガラスのお家。バナナとか暑い土地の果物のところは暑くて、薬草のところはちょっと涼しくて風通しがいい感じ。お花のところはなんだかよく分からないけどそれぞれに快適な感じなんだ。僕は丈夫に美味しく育つようにお水を上げるだけ。お祖父様の事だからそういう魔法がかかっているお家なのかもしれないな。
「ああ、それは私も見たかったんだ。中を見せてもらっても?」
マーティン君がそう言った。
「はい。いいですよ。アル兄様、ご案内してもよろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ。父上からもそう言われている」
「はい。では、どうぞ」
僕はにっこり笑って皆をガラスのお家に案内をした。
「ここかぁ。さすがカルロス様、これをプレゼントっていうのがすごいね」
ダニエル君の言葉を聞きながら僕たちはぐるりと中を見回した。そして。
「うん。すごいね。なんかこう、方向性が見事にバラバラだ」
「ふふふ、農家かな? 農家になるのかな? ねぇ、エディ?」
「…………面白がっていますね? ダン兄様、マーティン様」
「それはもちろんだよ! こんなに面白いものってなかなかないもの!」
嬉しそうなダニエル君に僕は「そうかなぁ」と言った。するとゆっくり見て回っていたジェイムズ君が足を止める。
「これは何?」
「南の国のフルーツで、バナナとマンゴーです。マンゴーは前のお茶会でいただいたものをちょっと植えておいたら芽が出てきて、三十ティン(三十センチメートル)ほどに育っていたので、こちらに移したらどんどん大きくなって。きっと環境が合ったんですね」
「……………………」
「去年のお誕生日にいただいたル・レクチェも植えてみたら育ったので、それもあっちに植えてみました。結構大きくなりました。南国の木とは少し離れた場所に植えてみたんです。ふふふ、どうにかなるものですね。さすがに今年は実が生るのは無理ですけど」
「……………………」
「エディのお世話がいいからだね」
ニコニコと笑ってそう言う兄様に、なぜかジェイムズ君が顔を引きつらせていた。
「いやいや、アル。それを本気で言っているならちょっと……」
「うん。エディはすごいんだよ。私の誕生日に、エディが花壇で育てたイチゴでケーキを作ってもらって皆で食べた事もあるよ。とても美味しかったね」
「はい、甘くて美味しかったです」
「……そうなんだ。エディは植物を育てるのがうまいんだね」
ダニエル君がそう言ってくれて僕はすごく嬉しくなった。
「お祖父様にこんなに素敵なものをいただいたので色々試してみたいと思っています。あ、そうだ。この前ここで採れたブドウがあるんですが、召し上がりませんか? ちょっと小さめですけど甘かったです。わわわ!」
「エディ!」
言いながら皆の方に向き直った途端、根っこに躓いた僕はそのままバランスを崩してしまった。兄様の慌てた声に、ざざっと葉っぱが揺れたような音が重なる。
「あ……れ? ああ、枝にぶつかって止まったんだ。転ばなくて良かった。すみません」
「……ああ、気をつけて」
「はい。えっと、ブドウ召し上がりませんか?」
「食べたい!」
モモの木を見ていたミッチェル君が戻ってきて、嬉しそうに両手を挙げてくれた。時間経過のないマジックバッグに入れてあるから大丈夫なんだ。
「私たちはもう少し温室を見てから行くよ」
「分かりました。じゃあ、ミッチェル君。サロンの方に行こう? 皆さんも後からいらしてくださいね。最近手に入れたフレーバーティーを淹れますから」
「ああ、ありがとう。楽しみにしているよ」
「はい」
僕は今度こそ転ばないように気を付けつつミッチェル君と一緒に外に出た。だからその後で兄様たちが何を話していたのかなんて、もちろん知る由もなかった。
「なぁ、今の……」
最初に声を出したのはダニエルだった。
「ああ、伸びたよね、あの枝。まるでエディを守るように。アル、エディはなんの属性なの? 枝が勝手に伸びてくるなんて聞いた事がない」
「……聞いた事がない。枝が勝手に伸びてくるなんて。アル、エディはなんの属性なんだ?」
「さっきの事象といい、この建物の植物たちといい……エディは何か特別な力を持っているのだろうか」
真っ直ぐにそう尋ねてきたマーティンとジェイムズに、アルフレッドは少しだけ困ったような顔をしてため息を一つ漏らした。
「分からない。でもそうかもしれないと思っている。父上も詳しくは話してくれない。ただ、もしも何かあればうまく隠せと言われている。王都できちんと調べないと分からないらしい。だけど分からないままでいいと思っている。もしも人とは違う特別な力を持っていたら、奪い取られて二度と会えなくなってしまうんじゃないかって」
アルフレッドの言葉にダニエルが苦笑いを零す。
「おいおい、兄バカ極まれりだな。そんな風に思い詰めるなんてお前らしくない」
「らしくなくてもいい。私はもうエディの泣き顔を見たくないんだ」
「アル?」
「何があっても守れるほど強くなりたい」
そう口にしてふいと視線を逸らしたアルフレッドの横顔は、これ以上の事は話さないと言っているようにも見える。三人はもしかしたら先日王国に正式な報告があった、フィンレーに出現したという想定外の魔物の一件が関係しているのかもしれないと胸の中で思った。
「…………でもきっと、エディは守られるばかりでは嫌だと言うと思うよ?」
「マーティ?」
「そうそう、見かけによらず強いところがあると思う。少なくとも、あの冬祭りの時よりはずっと、強くなっている気がするな」
ジェイムズもそう言った。
「さて、そろそろエディの育てたブドウを食べに行こうか。アル、行くよ」
話を切るようにダニエルが声をかけて、四人は緑の楽園のようなガラスの建物を出た。青い空が眩しくて思わず目を細めると、小さな笑い声が聞こえてくる。
「ああ、悪い。思っていた以上にアルの兄バカ化が進んでいてつい、ね」
「まぁ、そう言うなよ。ダニー。アル、思い詰めない事だ。皆で見ていれば何かあっても気付いてやれるさ。皆エディの事を気に入っているんだからな」
「大丈夫だよ、アル」
「そう。大丈夫だ」
「うん。大丈夫」
三人の言葉は、ずっとアルフレッド自身がエドワードに言ってきた言葉だった。
思いがけずに手に入れた『記憶』と、何かが起こり始めている世界。やがてあの『記憶』の中の小説と同じ事件が、こんなにも違う事の多いこの世界で始まるのだろうか。
そう考えながらも、この友人たちがエドワードを傷つけるような事はしないだろうとアルフレッドは思っていた。そしていつか、あの話を友人たちに話せる日が来ればいいと思った。
「……ああ、ありがとう」
小さく笑ってそう口にしたアルフレッドは、友人たちと屋敷に向かって歩き始めた。
「本当に甘くて美味しい! 僕はこっちのグリーンの方が好きかな。でもどっちも好きかも!」
ミッチェル君が嬉しそうに言った。
「うん、本当に美味しいな」
温室から戻ってきた兄様たちも口々にそう言ってくれた。
「ふふふ、ありがとうございます。美味しくなるようにいっぱいお祈りしたんですよ」
「秘訣はお祈り?」
「それだけじゃないです、マーティン様。マークやお祖父様にも肥料とか添え木の事とか色々相談をしました。あと、お友達のトーマス君がくれた図鑑に気を付けてあげる点が書かれていて参考にしました」
「へぇ、じゃあ、先行投資としてエディに園芸書をプレゼントしようかな」
ダニエル君が言うと「なんの先行投資だよ」とジェイムズ君が笑う。
「それはもちろん美味しいフルーツや元気になる薬草への投資さ」
「なるほど。それはいいかもしれないね」
えええ⁉ 何それ。
「アル兄様……」
「あんまりエディを困らせないでね」
僕が慌てて兄様の方を見ると、兄様は少し渋い顔をしながら口を開いた。あ、その顔、なんだか父様に似ている。
「アハハ! もうほんとに面白いね、アル。なんていうか、君はもう少しドライな印象だったんだけどな。うん。いいね」
「…………からかっていると、エディの育てたワイルドストロベリーのジャム載せアイスはなしになるかもしれないね」
「ええ!」
言われていたのはダニエル君なのに、なぜかミッチェル君が悲しそうな声を出したので、僕は「大丈夫だよ」と声をかけた。
夕食のデザートとして出されたワイルドストロベリーのジャムは甘酸っぱくて、優しいミルクアイスの味にとても良く合った。
◇◇◇
楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎていく。
兄様たちが剣でお稽古をするのを見て応援したり、僕の水まき魔法をダニエル君とマーティン君が「最高だよ!」と褒めてくれたり、僕とミッチェル君はポニーだったけど、皆で乗馬をしたりもした。
それからミッチェル君とゴーレムを作って遊んでいたら、マーティン君がびっくりするくらい大きなゴーレムを作って見せてくれた。山? 小さい山? だってお屋敷と同じくらい高いんだよ。
「すすすすすごいです!!!」
「ふふふ、魔法を使って戦う事も出来るんだよ。簡単な魔法だけどね」
「ええ⁉」
こんな大きなゴーレムはすごく怖いけど、味方だったら心強いよね。しかも魔法が使えるなんて! そう思って大きなゴーレムを眺めていると、マーティン君が「ゴーレムの手に乗ってお散歩してみる?」と尋ねてきた。
「! お散歩したいです!」
僕とミッチェル君はマーティン君が作った大きなゴーレムの手の平に乗せてもらって、ゆっくりと歩くゴーレムの太い指にしがみつきながらお庭を散歩した。
「こ、こわいけど、楽しいです~~~~!」
「大丈夫だよ。落ちそうになったら僕が風魔法でふんわりしてあげるから」
「ミッチェル君は風の属性なの?」
「うん、風と火だった。でももっともっと練習して、勉強してマーティンお兄様みたいに四属性になるんだ」
「すごい! 僕も頑張るよ」
「でもエディは美味しいフルーツやお花を上手に育てられるから、それもすごいね」
にっこり笑って褒められて、僕は嬉しくて「ありがとう」と答えながら少しテレッとなった。
「そろそろ下ろすよ」
「はーい!」
そう言った途端、ゴーレムはさぁっと砂に戻って消えてしまう。
「え? わぁぁぁぁ!」
落ちると思ったけど、ミッチェル君は笑っている。え? どうして?
「エディ、僕たち飛んでいるよ?」
「あ! ほんとだ」
ゴーレムが消えた後、僕たちは兄様たちの上をゆっくりと鳥みたいに飛んでいた。
下では「こういうのはマーティンには敵わない」と兄様たちが笑っている。
ゆっくりゆっくり空の散歩を終えて戻ってきた僕に、兄様が「おかえり」と微笑んだ。
「ただいま戻りました。楽しかったです。マーティン様、ありがとうございました」
「美味しいフルーツを色々食べさせてもらったお礼です」
そう言ったマーティン君はにっこりと笑って、とても綺麗なご挨拶をしてくれた。
ウィルが絶妙なタイミングで返事をして、ハリーがきゃきゃと笑う。
「うん、甘い。エディも食べてごらん」
「は、はい。……うん! 美味しいです!」
口の中に入れたケーキのモモはとろりと甘くて、瑞々しく、舌の上でほどけるような優しい味わいだった。
「あと、これが僕からのプレゼントです。花壇で育てたバーベナというお花を押し花にして飾りました。花言葉は『家族仲良し』だそうです。真ん中の手形は二人の手形です。大きくなってからこんなに小さかったんだねって見られたらいいなって思います」
ピンクの押し花に囲まれた小さなブルーの手とグリーンの手。
「素敵なプレゼントをありがとう、エディ」
「いいお兄ちゃんになってくれてありがとう、エディ」
父様と母様が、まるで僕が誕生日みたいに二人でギュッとしてくれて、僕はびっくりしてしまう。でも同時にすごく嬉しくなった。
「ふふふ、ピンクのバーベナの通りに家族仲良しだね、エディ」
「はい、アル兄様!」
兄様の言葉に、僕はにっこり笑ってモモのケーキをもう一口食べた。
◇◇◇
七の月が半分くらい過ぎた頃、お祖父様がやってきた。
「元気にしているか?」
「はい」
「勉強は楽しいか?」
「はい。とても」
「この前は大変な事があったと聞いた。何か困った事や分からない事があれば尋ねなさい」
「はい。ありがとうございます」
相変わらずちょっと怖い感じのお祖父様だけど、本当はとっても優しいんだよ。
「あ、お祖父様」
「なんだ?」
「あの、お祖父様は空間魔法がとてもお上手だと聞きました。僕も空間魔法のスキルがあるので、どんな事が出来るのか教えてください。それから、マジックバッグについても教えてください」
せっかく聞いてもいいって言われたんだからお聞きしよう。僕がそうお願いするとお祖父様は少し目を細めて嬉しそうな顔をした。
「うむ。空間魔法か。色々使える魔法だ。今度書き記したものを持ってこよう。マジックバッグもエドワードなら自分で作れるようになるだろう」
「ありがとうございます!」
わ~、僕なら出来るって言われた。すごく嬉しい。
「ところで、庭で色々育てていると聞いた」
「え? あ、花壇ですか? はい。今はワイルドストロベリーとブルースターと、ピンクのバーベナが植えられていますが、もう少ししたらお花の方は違うものにしようと思っています」
そう。ワイルドストロベリーは強いからこのまま育てていこうと思っているんだ。兄様が持ってきてくれたものだしね。それにお庭でワイルドストロベリーが摘めるなんてすごいよね。シェフが葉っぱはハーブティーになるって教えてくれたからそれも楽しみなんだ。
「うむ。エドワードは植物を上手に育てる事が出来る【緑の手】というものを持っているかもしれないな。まだはっきりとは分からないが、せっかくだから試してみるのはどうだろう」
「試す…………ですか?」
「うむ。植物を育てるのは好きか?」
「はい。好きです!」
僕が答えるとお祖父様はまた「うむ」と頷いた。
「何も難しい事ではない。もしも【緑の手】の加護を本当に持っていたとしても、怖がる必要はない。丈夫に育つように、あるいは美味しくなるように、祈りを込めて育ててみればいい。育てたい植物や食べ物があれば苗や種を取り寄せてやろう」
「え……」
「大変な魔物を倒した褒美だ。生きていてくれて良かった。頑張ったな、よく頑張った」
「……はい。あり、ありがとうございます」
なんだか目がジンと熱くなってきて、僕が慌ててごしごしと擦るとお祖父様が「赤くなるからやめなさい」とまた少しだけ笑った。
「【緑の手】は珍しい加護だと聞く」
「そう、なんですか?」
「うむ。だが恐れる事はない。植物が好きな人間に精霊がくれた贈り物だと思えば良い。ただ、それを悪く使おうとする奴もいるかもしれん。それは分かるか?」
「……はい。なんとなく分かります」
「それで良い。自分の持つ力を知るのは大事な事だ。自分で自分の力の価値を知れば、己がどうすれば良いのかが自然と分かってくるようになる」
「はい」
「持っているものを正しく使う。役に立つように使う。それが加護という贈り物を生かす事になる」
「はい。ありがとうございます。色々育てて、試してみたいと思います」
「うむ。良い子だ。楽しみにしていなさい」
にっこりと笑ったお祖父様に、僕もにっこりと笑った。僕はお祖父様がもっと好きになった。
それから少しして、小さいサロンの近くに僕の温室が出来た。
ガラスのドームみたいな綺麗な建物で、中には僕が気になっていたお花や薬草や果物の木が生えている。もちろん僕が好きなものを植えられる土の部分もある。
「本当にあの人はやる事が極端なんだ」
父様がブツブツと呟いていた。
「こんなにすごいものをいただいてもよろしいのでしょうか」
「エドワードにプレゼントをすると言っているんだからもらっておきなさい。この中でなら好きなだけお祈りをしていいから」
父様が笑いながらそう言ったので、僕は「はい」と返事をして中に入った。
「あ、これ、可愛いなって思っていたお花だ」
花は色々な種類が数株ずつ植えられている。白い花、青い花、黄色い花、ピンクの花……
見ているだけでも楽しい。
「わわわ!」
こっちは大きい木だな。え? バナナ? 図鑑で見たよ。これ、ほんとにここで育てられるのかしら。そしてこっちは薬草だ。お花よりも同じものが植えられている数が多い。
うん。薬草のお勉強もしよう。そしてお祖父様がいらした時に色々お聞きしてみよう。父様がお祖父様はポーションっていうお薬を作られるのが上手だって言っていたもの。
「こっちはまだなんにもない。何を植えようかな」
お外の花壇も楽しいけど、こんな風に色々な植物が沢山集まっているのも楽しいな。
「【緑の手】か」
それがどんなものなのかは分からないけど、お祖父様が仰っていたようにむやみに怖がる事はしない。
『恐れる事はない。植物が好きな人間に精霊がくれた贈り物だと思えば良い』
ふふふ、本当に精霊がくれた贈り物だったら素敵だな。
『自分の持つ力を知るのは大事な事だ。自分で自分の力の価値を知れば、己がどうすれば良いのかが自然と分かってくるようになる』
そうだ、この力の事が分かれば僕は何をすればいいのか、何を守ればいいのか、そのためにどうしたらいいのか、きっと分かるようになる。
「お祈りかぁ。そういえば前にお祈りしたらいきなりごそっと魔力がなくなったんだよね」
もしかしたら、ここは制御の練習場所にもなるようにしてくださったのかもしれないなって思った。お祈りしながらお世話したら元気に育つかな。美味しい果物が出来たら皆で食べよう。
「ふふふ、楽しみ」
空いているところに何を植えるか、図鑑を見て、マークと相談しよう。あ、兄様や母様にもなんの果物が食べたいか聞いてみようかな。
「エディ? これがお祖父様がくださった植物のお部屋?」
「はい! アル兄様。すごいんですよ。入ってきてください!」
僕が声をかけると、兄様が緑の中から顔を覗かせた。
「本当にすごいね」
「はい。薬草とかも勉強したいなって思っていたから嬉しいです。果物も美味しく出来たら皆で食べましょう。アル兄様は何か食べたい果物はありますか?」
「う~ん。そうだね。今はちょっと思いつかないな」
「そうですか。あ! じゃあ一緒に図鑑を見るのはどうでしょう? アル兄様のお時間がある時にお茶でも飲みながら」
僕がそう言うと兄様はふわりと笑った。
「そうだね。じゃあ、そうしようか。今日、これからっていうのはどう?」
「はい! 大歓迎です!」
嬉しくなって思わず飛びついてしまった僕を、兄様は笑ってギュッとしてくれた。
◇◇◇
「今日はちょっと面白い魔法を使ってみようと思います」
にっこりと笑ってブライトン先生が言った。
もうすぐ七の月が終わって八の月になる。僕はお庭の水まきを、自分のお仕事にさせてもらった。
魔力量も大丈夫だし、お散歩がてら水まきをしたら鍛錬の一部にもなるしね。
「面白い魔法ですか?」
「土魔法なんですけどね。ゴーレムというのを作ってみましょう。エドワード様はゴーレムをご存じですか?」
「知りません」
「ゴーレムは土人形の事です」
「土の人形、ですか?」
「ええ。魂はありませんが、動かす事が出来ます」
「……っ! 土の人形が動くのですか⁉」
僕は思わず大きな声を上げてしまった。だって土でお人形を作って、それが動いちゃうんだよ?
「はい。やってみましょう。まず土で人形を作ります。〈ゴーレム形成〉」
ブライトン先生はそう言って土の上に手をつくと、ムクムクと土を動かして先生よりも大きな人形を作り出した。
「すすすすすすごいです!!」
人型というよりは、四角い箱を重ねたような頭と胴体に、手足が付いたみたい。なんだろう、すごく可愛い。箱人形っていう感じかな。
「ははは、形はなんでもいいんですよ。そしてここに魔法文字を吹き込みます」
「吹き込む??」
「はい。やってみますね。『汝、我が僕となり命じられるままに動け――Emeth』」
先生は呪文のような言葉を呟き、それを手の平の上に載せてふぅっとゴーレムに向けて飛ばした。すると俯き加減でダラリと手を垂らしていたゴーレムがゆっくりと顔を上げて歩き始める。
「! う、動きました‼」
「とりあえず歩くだけね。命じれば荷物を運んだり、もっと高度に命じれば敵を排除したりします」
「…………なるほど」
それは使いようによってはすごいかもしれない。
「高度に、というのは魔力量が関係しますか?」
「そうですね。今は簡単な命令だけを行えるように魔法を付与しましたが、もっと細かく、正確に命じるならば、必要とする魔力量が大きくなります。ゴーレム自体もこれよりも大きなものや細かい動きが出来るようなものを作れば、やはり魔力量は大きくなります」
「分かりました」
「攻撃力や防御力が大きいもの、瞬発力があるものなど、少しずつお話をしていきます。とりあえず今日はもうちょっと簡単なものを作って動かしてみましょう。形はなんでも大丈夫です。こういう箱を組み合わせたような感じのものでも、うさぎでも、丸でも。想像しにくいようならこの粘土で実際に形を作ってからそれを真似て土魔法で出してみるというのでもいいですよ?」
そう言ってブライトン先生は粘土を僕に見せてくれた。
「えっと、粘土は触った事がないので、先生の真似をしてみてもいいですか? もっと小さいので」
「いいですよ。これが魔法文字です。これを吹き込みます」
「……分かりました」
僕はいただいた紙を持って、土の上に手をついた。
まずは魔力を練って、土を起こすように「〈ゴーレム形成〉」と唱える。魔法はイメージ。形は箱を重ねたみたいなブライトン先生のものと同じ形。でももっと小さく。お試しだから僕のひざ丈の大きさで……ムクムクと起き上がり始める土はやがて思った通りの人形を作り出していく。
「出来ました。では魔法文字を付与します。『汝、我が僕となり命じられるままに動け――Emeth』」
僕は浮き上がったその言葉をフゥッと小さなゴーレムに吹き付けた。すると……
「う! 動いた!」
小さな箱人形のゴーレムはカクカクとした動きでゆっくりと手足を動かし始めた。
「かわ、可愛いです!」
「は?」
「動いています! 可愛い! ほらこっちだよ~、おいで~」
僕が呼ぶと箱人形ゴーレムさんがトテトテとやってきた。
「ふわわわ! ききき来ました! 今度はこっちだよ~」
方向を変えると同じように方向を変えて箱型のゴーレムが一生懸命追いかけてくる。
「ううう、もう一つ作ってもいいですか?」
「……どうぞ」
「わぁ、じゃあ今度はうさぎさんにしてみよう。〈ゴーレム形成〉うさぎ!」
ずもももと土の中からうさぎの形をした土人形が出てきた。
「かわ、可愛いです‼ 『汝、我が僕となり命じられるままに動け――Emeth』」
うさぎは僕が思っていた通りにピョンピョンと跳ねて動き出した。
「可愛い! こっちだよ、おいで~」
「………………」
「あははは! 二人とも追いかけっこするよ、ほらほら、こっちだよ~~」
箱人形ゴーレムとうさぎゴーレムは僕が思う通りにトテトテ、ピョンピョンと僕の後を追いかけてくる。すごく楽しい。ものすごく可愛くて楽しい!
「エドワード様……」
「ハッ! すみません! お勉強中でした。はい、こっちに二人とも並んで」
箱人形とうさぎは行儀良く僕の横に並んだ。
「…………っふ……」
「ふ?」
「はははははは!」
その次の瞬間、ブライトン先生は顔を手で覆いながらものすごい勢いで笑い出した。
「なんだよ、これ。もう可愛いすぎる! ゴーレム形成でこんな事するなんて初めてだよ! もうエドワード様、サイコーです!」
「あ、えっと、あの、あの」
僕はどうしたらいいのか分からなくてオロオロしてしまった。
「いいんです。エドワード様、良く出来ました。いやもう。いいものを見せてもらった感じです。クックック!」
「ブライトン先生?」
いいと言いながらも先生の笑いは止まらないし、ちょっぴり涙も出ている。どうしよう。
「形成は小さいけれどとてもスムーズでしたし、動かし方も問題ないです。魔力がきちんと馴染んでいる。大成功です」
「や……やったー!」
とりあえず大成功と言われて僕は万歳をしてみた。いいんだよね? 大成功なんだよね?
「うん。あとは大きいのを作ってみたり、小さいのを沢山作ったりして多数の操作に慣れてください。ただし、やりすぎるとまずいので、これは必ず、マリーやルーカスが一緒にいる時に試してください。一人でやったら駄目ですよ」
「分かりました」
マリーやルーカスはいつもいるから、いつでもやっていいって事だ。それにしても本当にこれは面白い。
「ふふふ、これ、ウィルやハリーにも見せてあげたいな」
「いいですけど、作ったものは出来ればその日のうちに解除してくださいね」
「え! 壊しちゃうんですか?」
「はい。例えば夜の護衛とかそういう必要がなければ解除をした方が魔力を消耗しませんし」
「……そうなんですね」
「ええっと、生きているわけではないんですよ。土の器に魔力を入れて操作しているんです」
「はい。でもかわいそう」
「まぁ……これくらいのものでしたら壊れるまでいても、それほど……」
「……! ありがとうございます」
「いえ、ちなみに解除は『meth』です」
ブライトン先生はそう言って魔力を抜いた。すると先生が作った大きなゴーレムはサァーッと砂になって消えた。
「はわわわわ」
「エドワード様、魂はないのですよ」
「はい……」
それから他の魔法の練習をして、今日のお勉強は終わった。先生が困ったような顔をしていたけど、僕はどうしても魔力を抜く事が出来なくて二つのゴーレムを持ち帰った。そして翌日。
「たぁぁぁ!!」
「うわぁわわぁ」
双子たちのところに連れていったゴーレムは大人気だったんだけど、二人がはしゃいで舐めようとしちゃうので一緒に遊ぶのはやめにした。しかもウィルが乗っかって、うさぎはちょっと壊れてしまったんだ。
時間が経つほど離れがたくなってしまう事に気付いた僕はその日、お庭で魔力を抜いた。砂になった初めてのゴーレムに少しだけ涙が出た。
「エディ? 戻ってきたの? 冷たいココアを飲まない? 氷魔法で冷やしてみたんだよ?」
お部屋に帰る階段のところに兄様がいてそう言った。
「……飲みます」
「うん。エディと遊べてゴーレムたちもきっと楽しかったと思うよ」
「…………はい」
ココアはミルクたっぷりで冷たくて、甘くて、美味しかった。
「ゴーレム、上手に作れていたね」
「はい」
「練習、がんばろうね」
「はい。あの………アル兄様」
「うん?」
「ありがとうございました」
「うん」
そして僕は次の日に新しいゴーレムを作った。うん。大丈夫。毎日作って練習を続けていくよ。
翌週いらしたブライトン先生も「それでいいんですよ」って言っていた。
◇◇◇
八の月に入った。今年の夏は暑いと皆が言う。
貴族の人たちは、夏の暑さを避けて避暑地というところに行くらしい。でも僕たちのフィンレー領は王都から北の方なので、避暑地に行くような事はない。ないんだけど…………
「なんで今年はこんなに暑いんだろう?」
そう言ったのは僕じゃなくて、兄様のお友達のマーティン君だった。
以前冬祭りへ一緒に行った兄様のお友達三人――マーティン君にダニエル君、ジェイムズ君と、マーティン君の弟で僕のお茶会のお友達でもあるミッチェル君が避暑のためフィンレーにやってきているんだ。一週間くらいいるって言っていたよ。
「うん、確かに。フィンレーでも結構暑いなって思うからね。作物に影響が出ている領もあるって聞いたよ」
兄様がそう答えた。
「ああ、今年の暑さは異常だよ。アルの言う通り、南の方では干ばつ被害が出始めているらしい」
「干ばつかぁ。あんまり範囲が広いと食糧の事で揉めたりして大変かもね」
「そうだね。父上が色々と調べ回っているよ。もしかしたらフィンレーにも影響があるかもしれないよ、アル。救援とかさ」
「その辺りはさすがに私には分からないよ、ダニー。ただそうなったら父上が悲鳴を上げそうだ」
「収穫が安定しているところをやっかむ連中もいるからな」
兄様たちはソファに座って冷たい紅茶を飲みながらそんな話をしていた。
そうなんだ。暑すぎるのも大変なんだな。そう思いつつ僕は兄様が作ってくれた氷を入れた果実水を飲んでいる。
「エディ! ワイルドストロベリーをこんなに摘んだよ。このくらいの時季になると小さくなったり少なくなったりするのに、ここのはすごいね!」
ミッチェル君が護衛の人と一緒に花壇のワイルドストロベリー摘みから帰ってきた。ミッチェル君は僕よりも一歳下なんだけど、僕よりも背が高い。お披露目会で会った時はマカロンの話ですぐにお話が終わっちゃったし、その次に会った初めてのお茶会ではミッチェル君のお父様が倒したマンティコアという魔物のお話をしてくれたんだけど、すごく怖かった。ミッチェル君はピンクパープルの瞳にチャコールグレーの髪でとっても綺麗なお顔なのに魔物のお話が大好きなんだよ。
「でもどうしてあそこにあんなに小さな畑を作ったの?」
「うん? 花壇だよ? 隣にお花が咲いていたでしょ?」
「え? うん。花壇はあったけど、ワイルドストロベリーの方は」
「花壇なの。ワイルドストロベリーのお花も咲いていたでしょ?」
「あ、うん。そうなんだ。それでこれどうする?」
ミッチェル君が差し出した籠には本当に沢山のワイルドストロベリーが入っていた。ちょっとだけまだ色味が足りないものもあるけど、赤くなっているし大丈夫かな。
「結構あるからシェフにジャムにしてもらおう。アイスクリームに載せると美味しいよ」
「うわぁ! 楽しみ。いいなぁ、フィンレーは色々なものが沢山あって」
「ふふふ、美味しいものが育つと楽しいよね」
「うん!」
僕とミッチェル君がお話をしているとダニエル君が口を開いた。
「ところでエディはカルロス様から大きなプレゼントをいただいたと聞いたけど」
「はい。植物の温室……というか、お家を」
そう。温室と呼ぶにはちょっと大きくて不思議なガラスのお家。バナナとか暑い土地の果物のところは暑くて、薬草のところはちょっと涼しくて風通しがいい感じ。お花のところはなんだかよく分からないけどそれぞれに快適な感じなんだ。僕は丈夫に美味しく育つようにお水を上げるだけ。お祖父様の事だからそういう魔法がかかっているお家なのかもしれないな。
「ああ、それは私も見たかったんだ。中を見せてもらっても?」
マーティン君がそう言った。
「はい。いいですよ。アル兄様、ご案内してもよろしいですか?」
「うん、大丈夫だよ。父上からもそう言われている」
「はい。では、どうぞ」
僕はにっこり笑って皆をガラスのお家に案内をした。
「ここかぁ。さすがカルロス様、これをプレゼントっていうのがすごいね」
ダニエル君の言葉を聞きながら僕たちはぐるりと中を見回した。そして。
「うん。すごいね。なんかこう、方向性が見事にバラバラだ」
「ふふふ、農家かな? 農家になるのかな? ねぇ、エディ?」
「…………面白がっていますね? ダン兄様、マーティン様」
「それはもちろんだよ! こんなに面白いものってなかなかないもの!」
嬉しそうなダニエル君に僕は「そうかなぁ」と言った。するとゆっくり見て回っていたジェイムズ君が足を止める。
「これは何?」
「南の国のフルーツで、バナナとマンゴーです。マンゴーは前のお茶会でいただいたものをちょっと植えておいたら芽が出てきて、三十ティン(三十センチメートル)ほどに育っていたので、こちらに移したらどんどん大きくなって。きっと環境が合ったんですね」
「……………………」
「去年のお誕生日にいただいたル・レクチェも植えてみたら育ったので、それもあっちに植えてみました。結構大きくなりました。南国の木とは少し離れた場所に植えてみたんです。ふふふ、どうにかなるものですね。さすがに今年は実が生るのは無理ですけど」
「……………………」
「エディのお世話がいいからだね」
ニコニコと笑ってそう言う兄様に、なぜかジェイムズ君が顔を引きつらせていた。
「いやいや、アル。それを本気で言っているならちょっと……」
「うん。エディはすごいんだよ。私の誕生日に、エディが花壇で育てたイチゴでケーキを作ってもらって皆で食べた事もあるよ。とても美味しかったね」
「はい、甘くて美味しかったです」
「……そうなんだ。エディは植物を育てるのがうまいんだね」
ダニエル君がそう言ってくれて僕はすごく嬉しくなった。
「お祖父様にこんなに素敵なものをいただいたので色々試してみたいと思っています。あ、そうだ。この前ここで採れたブドウがあるんですが、召し上がりませんか? ちょっと小さめですけど甘かったです。わわわ!」
「エディ!」
言いながら皆の方に向き直った途端、根っこに躓いた僕はそのままバランスを崩してしまった。兄様の慌てた声に、ざざっと葉っぱが揺れたような音が重なる。
「あ……れ? ああ、枝にぶつかって止まったんだ。転ばなくて良かった。すみません」
「……ああ、気をつけて」
「はい。えっと、ブドウ召し上がりませんか?」
「食べたい!」
モモの木を見ていたミッチェル君が戻ってきて、嬉しそうに両手を挙げてくれた。時間経過のないマジックバッグに入れてあるから大丈夫なんだ。
「私たちはもう少し温室を見てから行くよ」
「分かりました。じゃあ、ミッチェル君。サロンの方に行こう? 皆さんも後からいらしてくださいね。最近手に入れたフレーバーティーを淹れますから」
「ああ、ありがとう。楽しみにしているよ」
「はい」
僕は今度こそ転ばないように気を付けつつミッチェル君と一緒に外に出た。だからその後で兄様たちが何を話していたのかなんて、もちろん知る由もなかった。
「なぁ、今の……」
最初に声を出したのはダニエルだった。
「ああ、伸びたよね、あの枝。まるでエディを守るように。アル、エディはなんの属性なの? 枝が勝手に伸びてくるなんて聞いた事がない」
「……聞いた事がない。枝が勝手に伸びてくるなんて。アル、エディはなんの属性なんだ?」
「さっきの事象といい、この建物の植物たちといい……エディは何か特別な力を持っているのだろうか」
真っ直ぐにそう尋ねてきたマーティンとジェイムズに、アルフレッドは少しだけ困ったような顔をしてため息を一つ漏らした。
「分からない。でもそうかもしれないと思っている。父上も詳しくは話してくれない。ただ、もしも何かあればうまく隠せと言われている。王都できちんと調べないと分からないらしい。だけど分からないままでいいと思っている。もしも人とは違う特別な力を持っていたら、奪い取られて二度と会えなくなってしまうんじゃないかって」
アルフレッドの言葉にダニエルが苦笑いを零す。
「おいおい、兄バカ極まれりだな。そんな風に思い詰めるなんてお前らしくない」
「らしくなくてもいい。私はもうエディの泣き顔を見たくないんだ」
「アル?」
「何があっても守れるほど強くなりたい」
そう口にしてふいと視線を逸らしたアルフレッドの横顔は、これ以上の事は話さないと言っているようにも見える。三人はもしかしたら先日王国に正式な報告があった、フィンレーに出現したという想定外の魔物の一件が関係しているのかもしれないと胸の中で思った。
「…………でもきっと、エディは守られるばかりでは嫌だと言うと思うよ?」
「マーティ?」
「そうそう、見かけによらず強いところがあると思う。少なくとも、あの冬祭りの時よりはずっと、強くなっている気がするな」
ジェイムズもそう言った。
「さて、そろそろエディの育てたブドウを食べに行こうか。アル、行くよ」
話を切るようにダニエルが声をかけて、四人は緑の楽園のようなガラスの建物を出た。青い空が眩しくて思わず目を細めると、小さな笑い声が聞こえてくる。
「ああ、悪い。思っていた以上にアルの兄バカ化が進んでいてつい、ね」
「まぁ、そう言うなよ。ダニー。アル、思い詰めない事だ。皆で見ていれば何かあっても気付いてやれるさ。皆エディの事を気に入っているんだからな」
「大丈夫だよ、アル」
「そう。大丈夫だ」
「うん。大丈夫」
三人の言葉は、ずっとアルフレッド自身がエドワードに言ってきた言葉だった。
思いがけずに手に入れた『記憶』と、何かが起こり始めている世界。やがてあの『記憶』の中の小説と同じ事件が、こんなにも違う事の多いこの世界で始まるのだろうか。
そう考えながらも、この友人たちがエドワードを傷つけるような事はしないだろうとアルフレッドは思っていた。そしていつか、あの話を友人たちに話せる日が来ればいいと思った。
「……ああ、ありがとう」
小さく笑ってそう口にしたアルフレッドは、友人たちと屋敷に向かって歩き始めた。
「本当に甘くて美味しい! 僕はこっちのグリーンの方が好きかな。でもどっちも好きかも!」
ミッチェル君が嬉しそうに言った。
「うん、本当に美味しいな」
温室から戻ってきた兄様たちも口々にそう言ってくれた。
「ふふふ、ありがとうございます。美味しくなるようにいっぱいお祈りしたんですよ」
「秘訣はお祈り?」
「それだけじゃないです、マーティン様。マークやお祖父様にも肥料とか添え木の事とか色々相談をしました。あと、お友達のトーマス君がくれた図鑑に気を付けてあげる点が書かれていて参考にしました」
「へぇ、じゃあ、先行投資としてエディに園芸書をプレゼントしようかな」
ダニエル君が言うと「なんの先行投資だよ」とジェイムズ君が笑う。
「それはもちろん美味しいフルーツや元気になる薬草への投資さ」
「なるほど。それはいいかもしれないね」
えええ⁉ 何それ。
「アル兄様……」
「あんまりエディを困らせないでね」
僕が慌てて兄様の方を見ると、兄様は少し渋い顔をしながら口を開いた。あ、その顔、なんだか父様に似ている。
「アハハ! もうほんとに面白いね、アル。なんていうか、君はもう少しドライな印象だったんだけどな。うん。いいね」
「…………からかっていると、エディの育てたワイルドストロベリーのジャム載せアイスはなしになるかもしれないね」
「ええ!」
言われていたのはダニエル君なのに、なぜかミッチェル君が悲しそうな声を出したので、僕は「大丈夫だよ」と声をかけた。
夕食のデザートとして出されたワイルドストロベリーのジャムは甘酸っぱくて、優しいミルクアイスの味にとても良く合った。
◇◇◇
楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎていく。
兄様たちが剣でお稽古をするのを見て応援したり、僕の水まき魔法をダニエル君とマーティン君が「最高だよ!」と褒めてくれたり、僕とミッチェル君はポニーだったけど、皆で乗馬をしたりもした。
それからミッチェル君とゴーレムを作って遊んでいたら、マーティン君がびっくりするくらい大きなゴーレムを作って見せてくれた。山? 小さい山? だってお屋敷と同じくらい高いんだよ。
「すすすすすごいです!!!」
「ふふふ、魔法を使って戦う事も出来るんだよ。簡単な魔法だけどね」
「ええ⁉」
こんな大きなゴーレムはすごく怖いけど、味方だったら心強いよね。しかも魔法が使えるなんて! そう思って大きなゴーレムを眺めていると、マーティン君が「ゴーレムの手に乗ってお散歩してみる?」と尋ねてきた。
「! お散歩したいです!」
僕とミッチェル君はマーティン君が作った大きなゴーレムの手の平に乗せてもらって、ゆっくりと歩くゴーレムの太い指にしがみつきながらお庭を散歩した。
「こ、こわいけど、楽しいです~~~~!」
「大丈夫だよ。落ちそうになったら僕が風魔法でふんわりしてあげるから」
「ミッチェル君は風の属性なの?」
「うん、風と火だった。でももっともっと練習して、勉強してマーティンお兄様みたいに四属性になるんだ」
「すごい! 僕も頑張るよ」
「でもエディは美味しいフルーツやお花を上手に育てられるから、それもすごいね」
にっこり笑って褒められて、僕は嬉しくて「ありがとう」と答えながら少しテレッとなった。
「そろそろ下ろすよ」
「はーい!」
そう言った途端、ゴーレムはさぁっと砂に戻って消えてしまう。
「え? わぁぁぁぁ!」
落ちると思ったけど、ミッチェル君は笑っている。え? どうして?
「エディ、僕たち飛んでいるよ?」
「あ! ほんとだ」
ゴーレムが消えた後、僕たちは兄様たちの上をゆっくりと鳥みたいに飛んでいた。
下では「こういうのはマーティンには敵わない」と兄様たちが笑っている。
ゆっくりゆっくり空の散歩を終えて戻ってきた僕に、兄様が「おかえり」と微笑んだ。
「ただいま戻りました。楽しかったです。マーティン様、ありがとうございました」
「美味しいフルーツを色々食べさせてもらったお礼です」
そう言ったマーティン君はにっこりと笑って、とても綺麗なご挨拶をしてくれた。
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