世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第1章

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 シャワーを諦めて俺は服を着た。動くと頭が響くように痛む。女の服が部屋の隅に無造作に置かれているのに気がついた。コートのポケットから紙切れが出ていてそこにはジョニー・ウォーカーと書かれておりその下に電話番号があった。俺はそれをチノパンのポケットに入れてチャリでコンビニへ向かった。
「来たか、小僧」
 店長は外の喫煙所で煙草を吸っていた。俺も煙草を出して、口にくわえた。
「おっと、お前は仕事だ。あのパンの山が見えないのか?」
「発注するほうが悪いですよ」
「俺に文句でも言う気か」
 俺はそれには答えず、煙草に火をつけた。
「おい――」
「吸ったらやりますよ」
 俺は煙を空に向けて吐いた。
「ツァラトゥストラはこう言った――遅刻をしたら、まず謝罪をしろ」
「っうるせえなあ……」
「いま、なんつった?」
「すみませんでしたって言いました」
 店長はレジに戻った。俺はゆっくり吸ってから煙草を捨てて、店に入った。事務室でエプロンをつけてレジに入った。
「俺は帰るからな」
「あのパンの山、どうするんですか」
「お前の仕事だろ」
「慈善事業に興味は――」
「ねえよ、黙って働けゴミクズ」
 店長はいつの間にかエプロンを取っていた。あるいは、最初からしていなかったのかもしれない。俺はただ、店を出ていく店長の背中を眺めていた。角を曲がったのを見計らうと中指を立てた。
 しょうがねえやるかと呟いて、俺は積み上げられたパンを並べていった。それと同時に古いパンの廃棄伝票を打ち、そのパンを食った。ついでにコーヒー牛乳も廃棄扱いにして飲んだ。
 優雅な朝食をとりながら仕事を進めているとすぐに退勤時間になった。日勤のオバチャンは煙草の数を数えている。頭も痛いし早く帰りたかった。
「すみません、時間なんであがっていいっすか」
「このパンはどうするの?」
「さあ……」
「さあ、ってあんた、せめてこれを終わらせてからあがりなさいよ」
 俺はまたパンを並べはじめた。
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