世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第4章

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 授業が終わり、アキを学校の最寄りの駅まで送っていた。俺はチャリで通っているから、乗っていけばと勧めたがアキは一緒に歩きたいと言った。歩くと三十分くらいかかる。これからバイトだったが、まだ時間に余裕はあるからそうすることにした。
 校門を出て、路地を通って土手に出る。運動部がロードワークをしていた。四、五人の団体が俺たちを通り過ぎていった。
「ねえ」アキはじっと前を見ていた。「浮気したいって思ったことってある?」
「浮気?」
「そう」
「ない……けど、なんで」
「なんとなく」
 それきりアキは黙ってしまった。疑わしいことをした覚えはないが、不安にさせるようなことをしていたのだろうか。とはいっても、俺は女子に言い寄られるような人間ではない。学校の男子でグループ分けをしたとして、女子から騒がれるようなモテる男子の枠からは程遠い。カッコいいなんて言われたこともないし、思ってもいなかった。
 と、考えると、なんでアキは俺と付き合っているのだろうと不思議な気持ちになった。アキはあまり目立つタイプではないが結構かわいい外見をしていた。時々不釣り合いな気になった。その気になれば俺よりもカッコいい男子と付き合えるだろう。わざわざ俺でなくても……。
「アキ」
 声をかけると、彼女は俺を見た。
「こんなこと訊くのって変なのかもしれないけどさ」
「うん」
「なんで俺と付き合ってるの?」
 なんでかあ、とアキは困ったような顔でつぶやいた。
「わかんないけど……好きだから、じゃない?」
 好きだからか。答えになっているような、なっていないような。
「求めてる答えと違った?」
 そう言って笑う彼女を見ていると、そんな答えなんてどうでもよくなった。
 駅に着くと、じゃあと言って俺たちは別れた。直後、あ、とアキの声がした。振り返るとアキは微笑んで「バイトがんばってね」と言った。
 その日は夕方から店長と二人での勤務だった。客はまばらで、ちんたらやっていた品出しも終えてしまうとやることがなかった。俺はエプロンを取って外で煙草を吸っていた。
「俺に仕事をブン投げるとは生意気なクソガキだな――ツァラトゥストラはこう言った。『暇なときは掃除をしろ』と」
「つぁ……誰っすか、それ」
「ツァラトゥストラ、だ。お前、本を読まないのか? ニーチェを読め、ニーチェを。俺は人生のすべてを彼から教わった」
 教わった結果がこれじゃ、ニーチェとやらもため息しか出ないだろうが俺はなにも言わなかった。
 仕方なく俺は床をモップがけした。バックヤードに店長が向かったときに店長が思いっきりすっ転んだ。たったいまモップがけをしたところだった。俺は腹を抱えて笑った。店長は起き上がると、俺の胸ぐらを掴んだ。
「ツァラトゥストラはこう言った。『ちゃんと水を切ってモップをかけろ、ゴミクズ』」
「御意」
 俺がそう言うと店長はバックヤードに引っ込んでいった。
「どうしたの」
 深夜勤務のカオリさんだった。
「店長、こんなときもツァラトゥストラを引き合いに出すんだね」
「すべてを彼から学んだ、とか言ってましたよ」
 俺がそう言うとカオリさんはさらに笑った。俺はバックヤードにエプロンを置きに行った。店長はパソコンで作業をしていた。時計を見ると退勤時間はまだ来ていなかったので俺は黙って出ていった。
 自分でレジを打ってラッキーストライクを買った。
「いーけないんだ」
 カオリさんだった。彼女は俺の手から煙草を取り上げると、灰皿に入れてしまった。
「未成年でしょ? 学校にバレたらどうすんの?」
「大丈夫ですよ」
 まったくとカオリさんはため息をついた。そして俺のそばまで来ると、いきなりキスをしてきた。
「煙草は身体にもよくないんだからね」
 そう言って、カオリさんは店に入っていった。ちょっ、とまで言いかけたがカオリさんはそしらぬ顔で仕事をしていた。
 マジかよと俺は頭を掻いた。とりあえず帰るかと自分のチャリがある場所まで行くと、アキがいた。
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