20 / 68
第4章
4
しおりを挟む
俺とハルは一週間の停学を食らった。しかも一日に一回、どこかで学校から電話が来るので出かけることもできなかった。当然、ハルに会って謝ることもできなかった。ハルに電話したとき、最近ろくに寝てなかったからちょうどよかったと言っていた。
停学の間はギターを弾くか本を読むかという毎日だった。ハルに勧められて村上春樹を読んだ。
一週間うちで村上春樹の長編を全て読んだ。『国境の南、太陽の西』を読んでいるときに、なんとなくアキと島本さんが重なって読み進めるのが辛かった。
ホットケーキにコーラをかけて食う気にはどうしてもなれなかったが、ハルがこの作家を好きになる気持ちはわかった。本屋に行って、本当にデレク・ハートフィールドの本を探したときは、しばらく奴に馬鹿にされ続けた。曰く「そんな読みかたでは、村上春樹を理解できない」
アキについて、冷静さを取り戻すにはまだ時間が足りなかったが、時間が解決してくれることを待てるようにはなった。停学が解けてからも、俺は変わらず放課後は教室でギターを弾いた。それはもしかしたらアキのことを待っていたのかもしれなかった。「なんていう曲なの?」とひょっこり顔を出すのを。
カオリさんはいつの間にかバイトを辞めていた。あのとき以来にも顔を合わせたことはあるはずなのに、それもおぼろげで結局キスの理由もなにもかもが曖昧なまま彼女は姿を消した。
停学中はたまたまバイトがなかった。というよりはシフトを出す日にあのことが起きて、帰りは親が迎えに来たからバイト先に寄ることができなかった。店長はシフトが出ていないことをわざわざ連絡してくれるような人ではなかった。
久しぶりのバイトは早朝勤務だった。店の前の灰皿で煙草を吸っていると店長が出勤してきた。
「お前、停学食らったんだってな」
「ああ、はい」
「ツァラトゥストラはこう言った。『バイトはクビになりたいのか? 久しぶりに来てサボってんじゃねえ』」
店長はそれだけ言うと中へ入っていった。煙草を消して、さらにもう一本火をつけようとしたところで客が来た。俺は煙草を箱に戻すと客と一緒に中へ入ってレジに向かった。
客は制服を着たカップルだった。どこの高校だろうか、俺にはわからなかった。飲み物やパンを二人でなにか言いながら選んでいた。時々目を合わせて笑い合っていた。俺はいつの間にか歯を食いしばっていた。
男のほうがカゴを持ってきた。女があとからついてきた。俺はひとつひとつ商品のバーコードを読み取った。焼きそばパンとメロンパン、それにジャムパン。ミルクティーとカルピス。あとはプリンが二つ。金額を伝えて金を受け取り、おつりを渡した。もうそのころには俺は声が震えているのが自分でもわかった。
カップルは商品を受け取ると二人並んで店を出た。男が女の尻か腰か、そのあたりに手を回した。女はそれを拒むでもなく男に寄り添った。俺はレジに手をついてうなだれた。
「変わるぞ」
店長はレジまで来るとそう言って煙草の数を数え始めた。俺はエプロンを取ってバックヤードに向かった。
「ああ、ちょっと待て」
振り返ると店長は言った。
「ツァラトゥストラはこう言った。『多くのつかの間の愚行――それを諸君は愛という』」
停学の間はギターを弾くか本を読むかという毎日だった。ハルに勧められて村上春樹を読んだ。
一週間うちで村上春樹の長編を全て読んだ。『国境の南、太陽の西』を読んでいるときに、なんとなくアキと島本さんが重なって読み進めるのが辛かった。
ホットケーキにコーラをかけて食う気にはどうしてもなれなかったが、ハルがこの作家を好きになる気持ちはわかった。本屋に行って、本当にデレク・ハートフィールドの本を探したときは、しばらく奴に馬鹿にされ続けた。曰く「そんな読みかたでは、村上春樹を理解できない」
アキについて、冷静さを取り戻すにはまだ時間が足りなかったが、時間が解決してくれることを待てるようにはなった。停学が解けてからも、俺は変わらず放課後は教室でギターを弾いた。それはもしかしたらアキのことを待っていたのかもしれなかった。「なんていう曲なの?」とひょっこり顔を出すのを。
カオリさんはいつの間にかバイトを辞めていた。あのとき以来にも顔を合わせたことはあるはずなのに、それもおぼろげで結局キスの理由もなにもかもが曖昧なまま彼女は姿を消した。
停学中はたまたまバイトがなかった。というよりはシフトを出す日にあのことが起きて、帰りは親が迎えに来たからバイト先に寄ることができなかった。店長はシフトが出ていないことをわざわざ連絡してくれるような人ではなかった。
久しぶりのバイトは早朝勤務だった。店の前の灰皿で煙草を吸っていると店長が出勤してきた。
「お前、停学食らったんだってな」
「ああ、はい」
「ツァラトゥストラはこう言った。『バイトはクビになりたいのか? 久しぶりに来てサボってんじゃねえ』」
店長はそれだけ言うと中へ入っていった。煙草を消して、さらにもう一本火をつけようとしたところで客が来た。俺は煙草を箱に戻すと客と一緒に中へ入ってレジに向かった。
客は制服を着たカップルだった。どこの高校だろうか、俺にはわからなかった。飲み物やパンを二人でなにか言いながら選んでいた。時々目を合わせて笑い合っていた。俺はいつの間にか歯を食いしばっていた。
男のほうがカゴを持ってきた。女があとからついてきた。俺はひとつひとつ商品のバーコードを読み取った。焼きそばパンとメロンパン、それにジャムパン。ミルクティーとカルピス。あとはプリンが二つ。金額を伝えて金を受け取り、おつりを渡した。もうそのころには俺は声が震えているのが自分でもわかった。
カップルは商品を受け取ると二人並んで店を出た。男が女の尻か腰か、そのあたりに手を回した。女はそれを拒むでもなく男に寄り添った。俺はレジに手をついてうなだれた。
「変わるぞ」
店長はレジまで来るとそう言って煙草の数を数え始めた。俺はエプロンを取ってバックヤードに向かった。
「ああ、ちょっと待て」
振り返ると店長は言った。
「ツァラトゥストラはこう言った。『多くのつかの間の愚行――それを諸君は愛という』」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる