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第4章
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俺とハルは一週間の停学を食らった。しかも一日に一回、どこかで学校から電話が来るので出かけることもできなかった。当然、ハルに会って謝ることもできなかった。ハルに電話したとき、最近ろくに寝てなかったからちょうどよかったと言っていた。
停学の間はギターを弾くか本を読むかという毎日だった。ハルに勧められて村上春樹を読んだ。
一週間うちで村上春樹の長編を全て読んだ。『国境の南、太陽の西』を読んでいるときに、なんとなくアキと島本さんが重なって読み進めるのが辛かった。
ホットケーキにコーラをかけて食う気にはどうしてもなれなかったが、ハルがこの作家を好きになる気持ちはわかった。本屋に行って、本当にデレク・ハートフィールドの本を探したときは、しばらく奴に馬鹿にされ続けた。曰く「そんな読みかたでは、村上春樹を理解できない」
アキについて、冷静さを取り戻すにはまだ時間が足りなかったが、時間が解決してくれることを待てるようにはなった。停学が解けてからも、俺は変わらず放課後は教室でギターを弾いた。それはもしかしたらアキのことを待っていたのかもしれなかった。「なんていう曲なの?」とひょっこり顔を出すのを。
カオリさんはいつの間にかバイトを辞めていた。あのとき以来にも顔を合わせたことはあるはずなのに、それもおぼろげで結局キスの理由もなにもかもが曖昧なまま彼女は姿を消した。
停学中はたまたまバイトがなかった。というよりはシフトを出す日にあのことが起きて、帰りは親が迎えに来たからバイト先に寄ることができなかった。店長はシフトが出ていないことをわざわざ連絡してくれるような人ではなかった。
久しぶりのバイトは早朝勤務だった。店の前の灰皿で煙草を吸っていると店長が出勤してきた。
「お前、停学食らったんだってな」
「ああ、はい」
「ツァラトゥストラはこう言った。『バイトはクビになりたいのか? 久しぶりに来てサボってんじゃねえ』」
店長はそれだけ言うと中へ入っていった。煙草を消して、さらにもう一本火をつけようとしたところで客が来た。俺は煙草を箱に戻すと客と一緒に中へ入ってレジに向かった。
客は制服を着たカップルだった。どこの高校だろうか、俺にはわからなかった。飲み物やパンを二人でなにか言いながら選んでいた。時々目を合わせて笑い合っていた。俺はいつの間にか歯を食いしばっていた。
男のほうがカゴを持ってきた。女があとからついてきた。俺はひとつひとつ商品のバーコードを読み取った。焼きそばパンとメロンパン、それにジャムパン。ミルクティーとカルピス。あとはプリンが二つ。金額を伝えて金を受け取り、おつりを渡した。もうそのころには俺は声が震えているのが自分でもわかった。
カップルは商品を受け取ると二人並んで店を出た。男が女の尻か腰か、そのあたりに手を回した。女はそれを拒むでもなく男に寄り添った。俺はレジに手をついてうなだれた。
「変わるぞ」
店長はレジまで来るとそう言って煙草の数を数え始めた。俺はエプロンを取ってバックヤードに向かった。
「ああ、ちょっと待て」
振り返ると店長は言った。
「ツァラトゥストラはこう言った。『多くのつかの間の愚行――それを諸君は愛という』」
停学の間はギターを弾くか本を読むかという毎日だった。ハルに勧められて村上春樹を読んだ。
一週間うちで村上春樹の長編を全て読んだ。『国境の南、太陽の西』を読んでいるときに、なんとなくアキと島本さんが重なって読み進めるのが辛かった。
ホットケーキにコーラをかけて食う気にはどうしてもなれなかったが、ハルがこの作家を好きになる気持ちはわかった。本屋に行って、本当にデレク・ハートフィールドの本を探したときは、しばらく奴に馬鹿にされ続けた。曰く「そんな読みかたでは、村上春樹を理解できない」
アキについて、冷静さを取り戻すにはまだ時間が足りなかったが、時間が解決してくれることを待てるようにはなった。停学が解けてからも、俺は変わらず放課後は教室でギターを弾いた。それはもしかしたらアキのことを待っていたのかもしれなかった。「なんていう曲なの?」とひょっこり顔を出すのを。
カオリさんはいつの間にかバイトを辞めていた。あのとき以来にも顔を合わせたことはあるはずなのに、それもおぼろげで結局キスの理由もなにもかもが曖昧なまま彼女は姿を消した。
停学中はたまたまバイトがなかった。というよりはシフトを出す日にあのことが起きて、帰りは親が迎えに来たからバイト先に寄ることができなかった。店長はシフトが出ていないことをわざわざ連絡してくれるような人ではなかった。
久しぶりのバイトは早朝勤務だった。店の前の灰皿で煙草を吸っていると店長が出勤してきた。
「お前、停学食らったんだってな」
「ああ、はい」
「ツァラトゥストラはこう言った。『バイトはクビになりたいのか? 久しぶりに来てサボってんじゃねえ』」
店長はそれだけ言うと中へ入っていった。煙草を消して、さらにもう一本火をつけようとしたところで客が来た。俺は煙草を箱に戻すと客と一緒に中へ入ってレジに向かった。
客は制服を着たカップルだった。どこの高校だろうか、俺にはわからなかった。飲み物やパンを二人でなにか言いながら選んでいた。時々目を合わせて笑い合っていた。俺はいつの間にか歯を食いしばっていた。
男のほうがカゴを持ってきた。女があとからついてきた。俺はひとつひとつ商品のバーコードを読み取った。焼きそばパンとメロンパン、それにジャムパン。ミルクティーとカルピス。あとはプリンが二つ。金額を伝えて金を受け取り、おつりを渡した。もうそのころには俺は声が震えているのが自分でもわかった。
カップルは商品を受け取ると二人並んで店を出た。男が女の尻か腰か、そのあたりに手を回した。女はそれを拒むでもなく男に寄り添った。俺はレジに手をついてうなだれた。
「変わるぞ」
店長はレジまで来るとそう言って煙草の数を数え始めた。俺はエプロンを取ってバックヤードに向かった。
「ああ、ちょっと待て」
振り返ると店長は言った。
「ツァラトゥストラはこう言った。『多くのつかの間の愚行――それを諸君は愛という』」
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