世に万葉の花が咲くなり

赤城ロカ

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第12章

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 バック・ドア・マンの初音合わせの日に俺はスタジオに入る前にギターを買った。アコギしか持っていなかったから楽器屋でエレキギター、リッケンバッカーを買った。二十四回払いで。
 メンバーは俺の青いそいつを見ると、すげえと声を漏らした。音合わせはかなりよかった。俺も新しい相棒に興奮していた。青は誓った空の青。俺は変わるんだと誓った、空の青。
 二時間の音合わせはすぐに終わってしまった。会計を済ませてロビーでメンバーと喋っていた。二人ともバンドに対するモチベーションが高かった。大学を出たあともバイトをやりながら続けていきたいと言っていた。
 俺たちはひたすらライブをやっていった。自分たちでブッキングしてとにかくライブをやりまくった。曲はいままでのバック・ドア・マンのものを俺が全部覚えて、それをやった。ライブの合間に俺は曲を作った。だいたいのライブにハルは来てくれた。サークルの連中は呼ばなかった。
 しだいに過密なスケジュールのせいか、俺は曲の構想が浮かばなくなってきた。ギターを弾いていてもいまいちピンとくるものがなかった。スタジオに入ってもあんまりパッとせず、ライブのほうもいくらやっていても手応えがまるでなかった。
 ある昼のスタジオ終わり、俺たちはファミレスで話し合いをした。このままやっていてもなににもならない。それは三人共通した認識だった。
 俺も含めてみんな発言が少なかった。どうにか変えなければならない、でもどうやって? 潮の目はわかるのだが船の操縦がわからないといった感じだった。
 ドリンクバーのジュースをすする音しかしなかった。灰皿に煙草の吸殻が溜まっていくばかりだった。携帯で時計を見た。そろそろ切り上げないとバイトに間に合わなかった。それも手伝ってだんだんと焦れてきた。
「なんか、やっぱさ……」
 ベースがもごもごと、ためらいがちに口を開いた。
「違うんだよ。……いや、当たり前っちゃ当たり前なんだけど、フロントマンが変わったんだから。お前は俺たちの曲を覚えて、やってくれてるけど、それでもいままでどおりにはいかないんだよ」
 俺は吸っていた煙草を灰皿に突っ込んだ。ドラムもそうだよなと頷いた。……なにが言いたいんだこいつらは。
「いままでのお客さんも、最近はあんま来てくれないし……」
 だからそれをどうにかしようって話をしてるんだろうが、俺は怒鳴りたい気持ちを必死で抑えていた。
「……ヴォーカルに戻ってこいって言うのか?」
「いや、そういうことじゃなくて」ベースが言った。
「じゃあなんだ、解散か?」
 俺は煙草に火をつけた。二人の煮え切らない態度に、俺はもう苛立っているのを隠すことすらしていなかった。……煮え切らない? そうだ、それだ。俺は煙草を消して言った。
「仕切り直しだ」
 えっと二人は俺を見た。
「いままでの曲はもうやらない。これからは新しく生まれ変わるんだよ。ライブはしばらく控えて曲を作る。やり直すんだ、最初から」
 言い終わって二人を見ると、そうだなと二人は言った。生まれ変わる。俺たちは三人で、改めてスタートを切ることを約束した。俺があの日の空に誓ったように、このバンドも変わらなければならない。
 その日から俺は講義の最中でもバイトのときでも新曲を考えていた。ギターを弾きながら考えるほうがよかったのだがそれができないときは鼻歌で浮かんでくるフレーズをたどっていった。ベースがコードを決めて、そこから広げていくこともあって曲がひとつひとつ個性が出てくるようになった。
 スタジオで合わせてできた曲の半分以上はボツになった。その日のスタジオで合わせた曲がまるで無駄にることもあった。それでも俺たちは納得のいく曲しか残さないことにした。
 ライブができるくらいの曲数になるまでに半年かかった。それまでにもハコから出演依頼がないわけではなかったが事情を話すとそれまで待っていると言ってくれた。
 以前知り合ったバンドのライブにも足しげく観に行った。退屈だったが反面教師にはなった。中にはこれはと思えるバンドもいて、そういうバンドは物販のCDを買って聴き込んだ。
 そして俺たちはライブのブッキングを積極的に行っていった。以前のバック・ドア・マンを知るハコのスタッフからは化けたと言われるようになった。
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