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第12章
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コンビニのバイトは深夜は暇でしかたがなかった。深夜帯のバイトは俺ともう一人しかいなくて、俺は週に五日か六日働いていた。相手はほとんど店長だった。
店長はあまり自分から話すタイプではなかったからやることがなくなると俺は曲の構想を練ったり雑誌を読んだりしていた。たまにギターを持ってきてバックヤードで弾いていたりもした。
「おい」店長がバックヤードへ入ってきた。「ツァラトゥストラはこう言った。――時給が発生している間は仕事しろクズ、と」
「やるべきことはやりました。それ以上やれってんなら時給上げてください」
「てめえ――」
店の入口のチャイムが鳴った。
「客だぞ」店長が言った。
「立ってるんだからお前が行けよ」
「いま、なんつった?」
「行ってきますって言いました」
俺はギターを置いてレジに立った。客はちんたらちんたら店内を回っていた。
五分経ってもレジに来ないから俺は外で煙草を吸った。吸い終わっても客はまだうろついていた。時計を見ると俺の休憩時間だった。バックヤードへ戻って店長にそれを言った。
「さっきまでサボってたじゃねえか」
「でも休憩は休憩です。その分、時給が出るならいてもいいですけど」
「ツァラトゥストラはこう言った。――地獄へ落ちろ、と」
俺はそれにはなにも返さずにギターを弾き始めた。店長は、クソガキがと吐き捨てると、出ていった。
俺は構わずに曲作りをした。この日はバイトのあと昼過ぎからスタジオがあった。それまでにどうにか形にしたかった。そうは思っていてもなかなか浮かばない。ギターを弾きながらイメージを探っていった。しかしそれも支離滅裂で思うようにいかない。結局休憩時間は収穫なしで終わってしまった。
店長と交代して俺はレジに入り、壁に寄りかかって適当にメロディを口ずさんだ。これだと閃きがあったがギターが弾けない。畜生、舌打ちをして忘れてしまわないようにひたすらいま浮かんだメロディを口ずさんでいた。
早朝、退勤時間になると俺はすぐに家に帰った。そしてさっきのメロディをギターで弾いてみた。いいんじゃないか、これでいこう。俺はギターを置いて少し寝ることにした。
メンバーの反応もよかった。その日は調子が良くて二時間で完成した。こんなときもあるんだなと我ながら驚いた。録音して、家で聴いたときも色褪せることなく、その曲はよかった。ライブで初披露したときも評判がよかった。
そしてその曲は俺たちの代表曲になった。そのころは客の入りも増えてきていて、ほかのバンドから企画ライブの出演オファーが来るようにもなった。俺たちは来るもの拒まずでひたすらそれを受けていった。
ライブに出まくって対バンの知り合いも増えていった。俺たちは物販に並べるためにスタジオでレコーディングをした。ライブでよくやる五曲を、ミニアルバムとして売ることにした。
面白くなってきた。その調子でさらに俺たちはライブを続けていった。
呼ばれたライブのトリでキッド・スターダストが出演することがあった。俺たちはついにここまで来れたかという気持ち半分、彼らの圧倒的なライブを見て力の差を見せつけられたような気持ち半分だった。
キッド・スターダストはどんどんと進化をしていた。俺たちも含めてほかのバンドが霞んで見えた。やっぱりなにかが違っていた。そして俺たちにはそのなにかが足りていなかった。
焦る気持ちもあったが、それよりももっとがむしゃらにやらなきゃなという思いのほうが強かった。とにかく場数を踏む。それしかないと思っていた。
このときのライブは、ハコのキャパの七割くらいの客が来た。だいたい六十人くらいだろうか。これを成功と呼べるのかはわからないが観てくれた人たちはみんな喜んでくれたようで物販のミニアルバムは十枚作ってそれが全部売れた。
出演するハコの拠点も増えてきてキッド・スターダストの拠点であるハコでもよくライブをやるようになった。自然とキッド・スターダストと対バンすることも多くなって楽屋で喋る機会も増えてきた。
キッド・スターダストのメンバーは俺たちを「久しぶりに見たすげえバンド」と評した。憧れていたバンドにそう言ってもらえたときは俺たちは三人で飲み明かした。
しかし彼らにそう言われれば言われるだけ彼らとの距離を感じずにはいられず、追いつき追い越すにはどうしたらいいのかを考えるようになった。
確かに俺たちは進化したし場数も踏んでいる。だけどそれだけじゃダメだった。もっとなにか別の、決定的なものが欠けているような気がした。
そう思うとほかの人の感想や意見が信じられなくなってきた。この程度でいいのかと評価されるとそう思うようになった。
いつものようにジェイへ行くとハルはコロナビールを出してくれた。そしてそれからキューバリバーと一緒にハンバーガーを食べてウイスキーをちびちび飲んだ。
バーを始めてからハルはライブに来られなくなった。だが俺が店に入ったときの様子でライブの出来がわかるのだと言っていた。
バンドの活動が盛り上がれば盛り上がるほど俺は妙に冷めていくのを感じていた。本当にこんなもんでいいのかと。
ライブをやっていてもそれは変わらなかった。必死に歌って演奏はするが、でも自分の中で納得できる出来だといえることは少なくなってきていた。
ライブの合間に新曲を作っていた。だがそれにも言葉にできないなにかが欲しかった。どこか殻を破れていない感じがした。メンバーはどうやらそうではないらしくいい曲作ってると思うと言っていた。このころからそのあたりの認識のズレを少しずつ感じ始めていた。
あるライブの打ち上げの場でアルバムを出さないかと言われた。その人はインディーズのレーベルの関係者だった。酒の席でのリップサービスだろうと思って俺は笑ってしまった。しかしその人は真剣だった。箸で持っていた唐揚げを置くと俺に名刺を渡してきた。黙ったままそれを受け取った。
打ち上げのあとその人はもし本気なら応援するよと言って去っていった。
後日、改めてバック・ドア・マンとレーベルの人とで会うことになり、そこで正式にアルバムを出すことになった。十曲入りを作ることになった。十曲といえば俺たちの持ち曲のほとんどだった。それを改めてレコーディングをすることになった。
こういうちゃんとしたレコーディングは初めてで当日は並んでいるいろいろな機材を見ていると胸が高鳴った。
言い様のない緊張感があったせいか俺たちは何度もやり直した。ライブでやるのとはまったく勝手が違って最初はかなり戸惑った。それでもどうにかアルバムは完成した。
これが全国流通されるのか。もちろん喜ばしいのだが若干なりとも不安はあった。これを機に大ヒットするなんてことは思ってはいないがただ漫然と置かれていて誰も見向きもしないなんていうのは切ない。
アルバムが完成すると物販にも置くことにした。MCで宣伝もやった。結局何枚売れたかはわからないが俺たちは三人してCD屋へ行くと俺たちのアルバムを目立つところに置くということをしていた。
ジェイではカウンターにアルバムを飾ってくれていた。店で流す曲も俺たちの曲を選んでくれていた。
「やっといい流れが来たんじゃないの?」
ハルはハンバーガーを食っている俺にそう言った。
「どうなんだろうね」
ハルは笑い出した。なんだよと俺は言った。
「いや、なんか最近さ、ライブ終わりのお前って機嫌悪いからさ」
「まあ、ねえ」
「楽しくないの?」
「そんなことはないんだけど……」
ふうんとハルは言うと、自分のグラスにジム・ビームを注いだ。俺がキープしているやつだった。
店長はあまり自分から話すタイプではなかったからやることがなくなると俺は曲の構想を練ったり雑誌を読んだりしていた。たまにギターを持ってきてバックヤードで弾いていたりもした。
「おい」店長がバックヤードへ入ってきた。「ツァラトゥストラはこう言った。――時給が発生している間は仕事しろクズ、と」
「やるべきことはやりました。それ以上やれってんなら時給上げてください」
「てめえ――」
店の入口のチャイムが鳴った。
「客だぞ」店長が言った。
「立ってるんだからお前が行けよ」
「いま、なんつった?」
「行ってきますって言いました」
俺はギターを置いてレジに立った。客はちんたらちんたら店内を回っていた。
五分経ってもレジに来ないから俺は外で煙草を吸った。吸い終わっても客はまだうろついていた。時計を見ると俺の休憩時間だった。バックヤードへ戻って店長にそれを言った。
「さっきまでサボってたじゃねえか」
「でも休憩は休憩です。その分、時給が出るならいてもいいですけど」
「ツァラトゥストラはこう言った。――地獄へ落ちろ、と」
俺はそれにはなにも返さずにギターを弾き始めた。店長は、クソガキがと吐き捨てると、出ていった。
俺は構わずに曲作りをした。この日はバイトのあと昼過ぎからスタジオがあった。それまでにどうにか形にしたかった。そうは思っていてもなかなか浮かばない。ギターを弾きながらイメージを探っていった。しかしそれも支離滅裂で思うようにいかない。結局休憩時間は収穫なしで終わってしまった。
店長と交代して俺はレジに入り、壁に寄りかかって適当にメロディを口ずさんだ。これだと閃きがあったがギターが弾けない。畜生、舌打ちをして忘れてしまわないようにひたすらいま浮かんだメロディを口ずさんでいた。
早朝、退勤時間になると俺はすぐに家に帰った。そしてさっきのメロディをギターで弾いてみた。いいんじゃないか、これでいこう。俺はギターを置いて少し寝ることにした。
メンバーの反応もよかった。その日は調子が良くて二時間で完成した。こんなときもあるんだなと我ながら驚いた。録音して、家で聴いたときも色褪せることなく、その曲はよかった。ライブで初披露したときも評判がよかった。
そしてその曲は俺たちの代表曲になった。そのころは客の入りも増えてきていて、ほかのバンドから企画ライブの出演オファーが来るようにもなった。俺たちは来るもの拒まずでひたすらそれを受けていった。
ライブに出まくって対バンの知り合いも増えていった。俺たちは物販に並べるためにスタジオでレコーディングをした。ライブでよくやる五曲を、ミニアルバムとして売ることにした。
面白くなってきた。その調子でさらに俺たちはライブを続けていった。
呼ばれたライブのトリでキッド・スターダストが出演することがあった。俺たちはついにここまで来れたかという気持ち半分、彼らの圧倒的なライブを見て力の差を見せつけられたような気持ち半分だった。
キッド・スターダストはどんどんと進化をしていた。俺たちも含めてほかのバンドが霞んで見えた。やっぱりなにかが違っていた。そして俺たちにはそのなにかが足りていなかった。
焦る気持ちもあったが、それよりももっとがむしゃらにやらなきゃなという思いのほうが強かった。とにかく場数を踏む。それしかないと思っていた。
このときのライブは、ハコのキャパの七割くらいの客が来た。だいたい六十人くらいだろうか。これを成功と呼べるのかはわからないが観てくれた人たちはみんな喜んでくれたようで物販のミニアルバムは十枚作ってそれが全部売れた。
出演するハコの拠点も増えてきてキッド・スターダストの拠点であるハコでもよくライブをやるようになった。自然とキッド・スターダストと対バンすることも多くなって楽屋で喋る機会も増えてきた。
キッド・スターダストのメンバーは俺たちを「久しぶりに見たすげえバンド」と評した。憧れていたバンドにそう言ってもらえたときは俺たちは三人で飲み明かした。
しかし彼らにそう言われれば言われるだけ彼らとの距離を感じずにはいられず、追いつき追い越すにはどうしたらいいのかを考えるようになった。
確かに俺たちは進化したし場数も踏んでいる。だけどそれだけじゃダメだった。もっとなにか別の、決定的なものが欠けているような気がした。
そう思うとほかの人の感想や意見が信じられなくなってきた。この程度でいいのかと評価されるとそう思うようになった。
いつものようにジェイへ行くとハルはコロナビールを出してくれた。そしてそれからキューバリバーと一緒にハンバーガーを食べてウイスキーをちびちび飲んだ。
バーを始めてからハルはライブに来られなくなった。だが俺が店に入ったときの様子でライブの出来がわかるのだと言っていた。
バンドの活動が盛り上がれば盛り上がるほど俺は妙に冷めていくのを感じていた。本当にこんなもんでいいのかと。
ライブをやっていてもそれは変わらなかった。必死に歌って演奏はするが、でも自分の中で納得できる出来だといえることは少なくなってきていた。
ライブの合間に新曲を作っていた。だがそれにも言葉にできないなにかが欲しかった。どこか殻を破れていない感じがした。メンバーはどうやらそうではないらしくいい曲作ってると思うと言っていた。このころからそのあたりの認識のズレを少しずつ感じ始めていた。
あるライブの打ち上げの場でアルバムを出さないかと言われた。その人はインディーズのレーベルの関係者だった。酒の席でのリップサービスだろうと思って俺は笑ってしまった。しかしその人は真剣だった。箸で持っていた唐揚げを置くと俺に名刺を渡してきた。黙ったままそれを受け取った。
打ち上げのあとその人はもし本気なら応援するよと言って去っていった。
後日、改めてバック・ドア・マンとレーベルの人とで会うことになり、そこで正式にアルバムを出すことになった。十曲入りを作ることになった。十曲といえば俺たちの持ち曲のほとんどだった。それを改めてレコーディングをすることになった。
こういうちゃんとしたレコーディングは初めてで当日は並んでいるいろいろな機材を見ていると胸が高鳴った。
言い様のない緊張感があったせいか俺たちは何度もやり直した。ライブでやるのとはまったく勝手が違って最初はかなり戸惑った。それでもどうにかアルバムは完成した。
これが全国流通されるのか。もちろん喜ばしいのだが若干なりとも不安はあった。これを機に大ヒットするなんてことは思ってはいないがただ漫然と置かれていて誰も見向きもしないなんていうのは切ない。
アルバムが完成すると物販にも置くことにした。MCで宣伝もやった。結局何枚売れたかはわからないが俺たちは三人してCD屋へ行くと俺たちのアルバムを目立つところに置くということをしていた。
ジェイではカウンターにアルバムを飾ってくれていた。店で流す曲も俺たちの曲を選んでくれていた。
「やっといい流れが来たんじゃないの?」
ハルはハンバーガーを食っている俺にそう言った。
「どうなんだろうね」
ハルは笑い出した。なんだよと俺は言った。
「いや、なんか最近さ、ライブ終わりのお前って機嫌悪いからさ」
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