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第14章
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いつの間にか俺は見失っていた。ハルにそれを気づかされた。少しずつでも進んでいたんだ。それでいいじゃないか。
そう思えるようになるといままで色彩を欠いていたような光景が、色鮮やかに映った。スタジオでの練習やライブ、ほかのバンドの演奏、そういったものが本来の魅力を取り戻して俺を興奮させた。
物事には風のようなものがあるようで、そのころからそれがバック・ドア・マンに向いているように思えてきた。キッド・スターダストが毎年やっていた企画ライブの後継に俺たちが選ばれて、その次の週には同じハコでレコ発のワンマンライブが決まったときは肌で感じられるくらいそう思った。
キッド・スターダストはその企画ライブを毎年やって、いつしかそのハコの名物となりやがてメジャーデビューが決まった。俺たちもそのレールに乗ることができたのかなどと思ったがそれはさすがに皮算用だろう。
企画ライブとワンマンライブの情報解禁は当日の一ヶ月前で、その日はそのハコでライブをやっていた。俺はMCでそのことを発表した。チケットは前売りの時点で百人を超えた。休日ということもあるのだろうがそれは初めてのことだった。ハコのスタッフも驚いていた。
ライブに向けて俺たちは毎日のようにスタジオに入った。練習の合間、煙草でも吸おうと俺たちはロビーへ出た。やっとここまで来たかと俺たちは笑っていた。いい感じだ、これならいけると言い合っていた。
「そういえばさ」
ドラムが煙草を灰皿に捨てると言った。
「ワンマンの日って、キッド・スターダストのデビューする日だよな」
言われて気がついた。なんだか運命的というか神様の暇つぶしのような、そんな作為的なものを感じた。
「キッド・スターダストの次は俺たちなのかな」
ドラムの言葉に俺は胸を貫かれる思いがした。そんなうまくいかねえよ、俺はそう言ったもののあるいはそうなのかもしれない、と心では思っていた。
もし本当にそうなったら……俺の歌が、もしかしたらアキにも届くかもしれない。昔、二人きりの教室で歌っていたように――彼女は本を読みながら聴くのだろうか――
俺はため息をついた。メンバーがどうしたと言ったが、俺はなんでもないとだけ言った。
スタジオのあとは真っ直ぐ帰った。俺は荷物を置くとアコギを手に取ってなんとなく弾いてみた。
『レット・イット・グロウ』『ランニング・オン・フェイス』といった、クラプトンの曲、ビリー・ジョエルの『ディス・イズ・ザ・タイム』『ストレンジャー』、それから『ラプソディ・イン・ブルー』。
一通り弾くと俺はため息をついた。またため息か、俺は自分で自分が嫌になってきた。煙草を吸って煙を吐く。そしてまたため息だ。
俺はギターをスタンドに置いて、パソコンで動画サイトを開くと、バーンスタイン指揮の『ラプソディ・イン・ブルー』を検索した。
ぼうっと流れてくる音楽を聴いていると、だんだん惨めな気持ちになった。昔のことを思い出してあのときの曲を狭い部屋で一人で聴いている自分がなにをどうしたところで結局なにも勝ち得ることはないんじゃないかと思った。
自分がなにをしたいのか、それが俺にはよくわからなかった。別に、仮にいま死んだところで悔しいことはないだろう。バンドだってここで雲散霧消したところで、それはここまでやってきたのだからという思いはあるがそれでも死にもの狂いでやるようなことじゃない気がした。
そう考えると手のひらに残るものはなにもなかった。目の前に掴むべきものもなにもなかった。そんなことはないだろうと思ってみてもそれはどうやら現実らしかった。
じゃあ俺はなんのために生きてるのだろう。なんのため? 人はなんのために生きているのだろう。仕事のため? 家族のため? 恋人のため? ……馬鹿らしい。
いつの間にか動画が終わっていた。馬鹿らしいと俺は口に出して言った。なにが馬鹿らしい? 全部が、だ。
そう思うと酒が飲みたくなった。とても素面ではいられなかった。家を出ると足は自然にジェイへと向かっていた。
ハルはいつものように本を読んでいた。店に入るなり俺はスピリタスはあるかと訊いた。ハルは驚いていたようだった。俺はそれでブラッディ・メアリーを作ってくれと言った。
「はあ? 馬鹿じゃねえの?」
ハルはほとんど叫ぶように言った。
「うるせえ黙って作れ」
俺も怒鳴っていた。
「お前まだ懲りてねえのか、またぶっ潰れても知らねえぞ」
「うるせえつってんだろ、モグリのバーテンがガタガタほざくんじゃねえよ」
「てめえ――」
俺はそこで言ったことを後悔した。
「いや……ごめん、お前の言うとおりだ。ごめん……」
ハルがため息をついた。「もうメシ食った?」
俺はまだだと言った。
「そっか。ちょっと待ってな」
ハルはそう言うと、俺に背を向けてハンバーガーを作り始めた。俺は肉の焼ける音に紛れてその背中を見ながら泣いた。
そう思えるようになるといままで色彩を欠いていたような光景が、色鮮やかに映った。スタジオでの練習やライブ、ほかのバンドの演奏、そういったものが本来の魅力を取り戻して俺を興奮させた。
物事には風のようなものがあるようで、そのころからそれがバック・ドア・マンに向いているように思えてきた。キッド・スターダストが毎年やっていた企画ライブの後継に俺たちが選ばれて、その次の週には同じハコでレコ発のワンマンライブが決まったときは肌で感じられるくらいそう思った。
キッド・スターダストはその企画ライブを毎年やって、いつしかそのハコの名物となりやがてメジャーデビューが決まった。俺たちもそのレールに乗ることができたのかなどと思ったがそれはさすがに皮算用だろう。
企画ライブとワンマンライブの情報解禁は当日の一ヶ月前で、その日はそのハコでライブをやっていた。俺はMCでそのことを発表した。チケットは前売りの時点で百人を超えた。休日ということもあるのだろうがそれは初めてのことだった。ハコのスタッフも驚いていた。
ライブに向けて俺たちは毎日のようにスタジオに入った。練習の合間、煙草でも吸おうと俺たちはロビーへ出た。やっとここまで来たかと俺たちは笑っていた。いい感じだ、これならいけると言い合っていた。
「そういえばさ」
ドラムが煙草を灰皿に捨てると言った。
「ワンマンの日って、キッド・スターダストのデビューする日だよな」
言われて気がついた。なんだか運命的というか神様の暇つぶしのような、そんな作為的なものを感じた。
「キッド・スターダストの次は俺たちなのかな」
ドラムの言葉に俺は胸を貫かれる思いがした。そんなうまくいかねえよ、俺はそう言ったもののあるいはそうなのかもしれない、と心では思っていた。
もし本当にそうなったら……俺の歌が、もしかしたらアキにも届くかもしれない。昔、二人きりの教室で歌っていたように――彼女は本を読みながら聴くのだろうか――
俺はため息をついた。メンバーがどうしたと言ったが、俺はなんでもないとだけ言った。
スタジオのあとは真っ直ぐ帰った。俺は荷物を置くとアコギを手に取ってなんとなく弾いてみた。
『レット・イット・グロウ』『ランニング・オン・フェイス』といった、クラプトンの曲、ビリー・ジョエルの『ディス・イズ・ザ・タイム』『ストレンジャー』、それから『ラプソディ・イン・ブルー』。
一通り弾くと俺はため息をついた。またため息か、俺は自分で自分が嫌になってきた。煙草を吸って煙を吐く。そしてまたため息だ。
俺はギターをスタンドに置いて、パソコンで動画サイトを開くと、バーンスタイン指揮の『ラプソディ・イン・ブルー』を検索した。
ぼうっと流れてくる音楽を聴いていると、だんだん惨めな気持ちになった。昔のことを思い出してあのときの曲を狭い部屋で一人で聴いている自分がなにをどうしたところで結局なにも勝ち得ることはないんじゃないかと思った。
自分がなにをしたいのか、それが俺にはよくわからなかった。別に、仮にいま死んだところで悔しいことはないだろう。バンドだってここで雲散霧消したところで、それはここまでやってきたのだからという思いはあるがそれでも死にもの狂いでやるようなことじゃない気がした。
そう考えると手のひらに残るものはなにもなかった。目の前に掴むべきものもなにもなかった。そんなことはないだろうと思ってみてもそれはどうやら現実らしかった。
じゃあ俺はなんのために生きてるのだろう。なんのため? 人はなんのために生きているのだろう。仕事のため? 家族のため? 恋人のため? ……馬鹿らしい。
いつの間にか動画が終わっていた。馬鹿らしいと俺は口に出して言った。なにが馬鹿らしい? 全部が、だ。
そう思うと酒が飲みたくなった。とても素面ではいられなかった。家を出ると足は自然にジェイへと向かっていた。
ハルはいつものように本を読んでいた。店に入るなり俺はスピリタスはあるかと訊いた。ハルは驚いていたようだった。俺はそれでブラッディ・メアリーを作ってくれと言った。
「はあ? 馬鹿じゃねえの?」
ハルはほとんど叫ぶように言った。
「うるせえ黙って作れ」
俺も怒鳴っていた。
「お前まだ懲りてねえのか、またぶっ潰れても知らねえぞ」
「うるせえつってんだろ、モグリのバーテンがガタガタほざくんじゃねえよ」
「てめえ――」
俺はそこで言ったことを後悔した。
「いや……ごめん、お前の言うとおりだ。ごめん……」
ハルがため息をついた。「もうメシ食った?」
俺はまだだと言った。
「そっか。ちょっと待ってな」
ハルはそう言うと、俺に背を向けてハンバーガーを作り始めた。俺は肉の焼ける音に紛れてその背中を見ながら泣いた。
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