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兄上深慮遠謀
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『さてここで、私には二つの道が見えました。一つは、一瞬を切り取る。それを突き詰めたのが皆様には既知の≪写真≫を記録する術式及び魔具≪H-オーナメント≫。そしてもう一つが、上書き続けられる瞬間を並列に記録し続けること。…もうお分かりですね、本日ご紹介する新しい術式及び魔道具は繋がる一瞬、』
「えぇい、黙れ!、今はそんな話をしておらんッ、ティナの髪飾りを奪うような性悪女の本性をつまびらかにするといっているのだ! そして」
『ですから、婚約解消はローザリア公爵家としては喜んでお受けいたしますので、静粛にお願いしますね、第二皇子殿下』
「私の言葉をさえぎ」
『ああ、ついでに、先程ローズも告げておりましたが、公爵家といたしましては、その髪飾りが公爵家の所有物であることを証明することが可能ですし、王城の方でも確認することが可能ですので』
「なんだとっっ」
『そもそも、先程からそれが公爵家開発の魔具であり、世に二つとないものであり、所有権が公爵家並びにローズにあることを説明しておりますが、お判りいただけませんか?』
「そんなこと、貴様らが金にあかせて」
『何のために?、王城での登記があるからこそ、王城でも確認が可能と申し上げておりますが、王城では金銭で財産目録を書き換えると?、王城はそのような不正が横行していると?、』
「そっ、それは…っ」
兄上の声に口ごもる殿下の後ろから、ティルナシア嬢が飛び出す。
「私のために争わないで!」
「っ、ああ、なんと優しい…ティナ…っ」
ひしっと抱き合う二人の姿に、兄上の秀麗なお顔に何とも言えない表情が浮かぶ。
大丈夫です、兄上、皆思っていると思います、この娘、何言ってるの?、と。
「ローズ、貴様、このように心の優しいティナを傷つけ、形見の品を取り上げて、心は痛まぬのか!」
『何年前にお亡くなりですか?』
私に投げられた言葉だが、引き取るのは兄上だ。
「は?」
『ですから、形見の品なのですから、どなたかが何年か前にお亡くなりになったのですよね?』
殿下がティルナシア嬢を見る。
彼女は兄上の方に一歩進み出て、両手を組み、上目遣いでこくりと小首を傾げ
「去年の今頃でした。母は病気で、亡くなる間際に髪飾りを私にくれたんです、何も残せるものがないからって。私、悲しくて、寂しくて、ずーっとずーっと泣いて暮らしていたんです。そうしたらおとうさまがやってきて、私がカーター男爵家の娘だって。引き取ってくれて、この学園に通い始めて、カイ様やディ様やキュー様たちが私に優しくしてくれて、私、ようやく笑顔を取り戻したんです!、その髪飾りは私のお守りなんです。なのに、ローズ様が母の形見を…っっ」
嗚咽を漏らして泣き崩れる。
その様子に、殿下が駆け寄るが、キュベレ君とディードナルド君は、傍にはいったものの、殿下よりも一歩下がった位置で立ち止まり、お互いで顔を見合わせた。
『去年の話ならば、なおさら、その髪飾りではないね。例え一昨年であったとしても。一昨々年であったとしても。君は公爵家にあらぬ罪を被せていると理解しているか?』
「違います!、この髪飾りです!、ローズ様に取り上げられたんです!」
『再度言う。公爵家は、その髪飾りが、十年前から公爵家の所有物であることを証明することが可能である。また王城の方でも確認することが可能である。その髪飾りは、公爵家開発の魔具であり、世に二つとないものであり、所有権は公爵家並びにローズにある。これを否定するということは、すなわち、王城の不正を告発することにつながり、畏れ多くも皇帝陛下の管理を非難することとなるが、それでよいな?』
凍える兄上の声に、観覧席の方々がかたずをのんでいるのが伺えた。
子供の言うこと、では済まされない。
「陛下のことなんて言ってないじゃないっ、それはわたしのラッキーアイテ…っっ」
言いかけたティルナシア嬢の口をディードナルド君が慌てて塞いだ。
「何をするんだ、ディ!」
その様子に真っ赤になって殿下が抗議するが、青い顔をしたキュベレ君が殿下の耳元に何か告げる。
多分、髪飾りは公爵家の--私のものだ、という主旨のことだろう。
そもそも、普通に考えればわかる事だ。
平民だった彼女たち母子が、ローザリア公爵家の「プライベート写真」をおさめることなど不可能だし、そんなある種の機密撮影を行ったとしたならば、それは明らかな犯罪行為だ。
そもそも、写真の術式は兄上が九年前に開発したものだし、魔具はそれ以前には存在しない。
「何を言ってる!、そんなことはわからないだろう!、ティナが奪われたといっているのだぞ!」
キュベレ君は首を振るとまた何事かを。
「え、術式と写真の入った魔石が証拠になるって--いや…そ、そうだ、その術式とやらが入った魔石と入れ替えれば!」
わかった!、とばかりに声を張る殿下に、短く何かを呟く。魔石をわざわざ入れ替える意味がないといったことだろうか。
「なんのためって…そ…それは…あ、そうだ、私を陥れたかったんだ!」
不穏な言葉にキュベレ君がまた何事かを告げ。
「…いや、た、確かに、今日断罪するのは極秘だったが!、だが…っっ」
兄上の言葉を理解したのだろう、キュベレ君とディードナルド君は声を落として殿下を説得しているように見えた。
キュベレ君などは、髪飾りと私を交互にちらちらと見ている。いいから返していただきたい。
『さて、話を戻しまして、先程のように、私は突然痴女に襲われてこの手を撫でまわされたわけですが、≪写真≫では、手を握られている一瞬しかわからず、どういう状況でそれが起こったかは不明なままとなります。例えばその後、この暴漢が「子供が出来た、貴方の子だ、こうやって手を取り合っている証拠の≪写真≫がある」、と公爵家に押し入ってきた場合、私はその主張を覆すために非常に多くの時間を必要とするでしょう。まぁ、今回の場合は、此処で一通り見ていらっしゃる皆様がおられるので問題はありませんが』
肩をすくめて見せた兄上には先程の気迫はなく、観覧の諸兄も気を緩ませて小さく笑いをこぼす。
『これから紹介する術式及び魔道具は、未発表の新作となります』
はっとしたように、貴賓席の方々が兄上を見る。
『私はすでにこの学園を卒業している身です。それでも尚、この場を選びました理由は、発表するに相応しいと考えたからにほかなりません』
兄上は一息入れて、観覧席を見渡した。
兄上にとっては、卒業するまで、定期的に立った舞台でもある。何らかの感慨があるのだろう。
『まずは、「写真」を撮影するための魔具、≪H-オーナメント≫と同じく、私に天啓を与え、また今回も記録魔術の術式開発に携わったローズ・ロレーヌ・ローザリア』
兄上の言葉に私は膝折礼して見せる。公爵家にふさわしい流麗なものだ。
『そして、本来のプログラムでしたら、私の先に発表を行い、此処で再登場となる予定でした、アイリス・イリス・アリアリス侯爵令嬢。今回の彼女の発表は、私のこの開発にも大きな貢献がありましたことを報告させていただきます』
舞台袖下手、つまりは私の後ろの方から、ゆるゆると現れたアリアリス侯爵令嬢--彼女は兄上の婚約者でもある--アイリスに向かって兄上が手を差し出すと、その手を取り、優雅に膝折礼してみせ、彼女はまた舞台袖に戻る。
兄上と顔を見合わせ、微笑みあった瞬間、舞台の上手、ティルナシア嬢が、うそ!、なんでよ!、と叫び声をあげたが、兄上はちらりとも視線をやらず、舞台下手に消えるアイリスを優しい眼差しで追っていた。
『そして最後に、この術式の展開及び設置、実験の場所を提供してくださった学園長、並びに理事の方々、そして学園理事長であらせられる皇帝陛下』
「なっ、父上…っ、何故っっ?」
殿下の驚いたような声が響いた。
何故驚くのだろう。確かに舞台以外は薄暗く、観覧している方々のお顔は見えにくくはあるが。
貴賓席の一角に灯りがともる。陛下の姿に貴賓席に着席していたものは皆立ち上がり、一礼する。
勿論その姿を受け、一般席で観覧していた面々も立ち上がり、一礼。陛下は学園理事長としていらっしゃるので、楽にせよとばかりに片手を一度振ってから早々に、壇上を注視せよと兄上の方にそろえた指先を向けた。
『これらの協力・協賛から、≪チェイン-M≫のお披露目を学会等ではなく、この場とさせていただきました』
おぉ、と。興奮したようなどよめきが観覧席側から上がる。
未発表新作の魔具・魔道具には、それだけの価値がある。兄上は一礼し、
『とはいえ、まだ魔具とまでは言えぬ、魔道具の段階であり、移動には不便な術式の段階ですが、この≪チェイン-M≫が、どれほど画期的であるかは---目にしていただければお分かりいただけるかと思います』
兄上が舞台袖に向かってハンドサインを送ると、生徒会役員である生徒が五人、兄上のそばに侍る。
同時に、するすると大きな白い幕が下りて、兄上たちの背景となった。
五人がそれぞれが手にしているものには統一性が一見、ない。
花瓶を抱える生徒会副会長。
絵画を持つ風紀委員長。
置物を掲げる騎士科備品整備長。
本を持つ魔導科図書委員長。
掛け時計を背負う衛生委員長。
一見統一性はないが、共通項はある。
一つは学内の様々な場所に設置されている備品であること。もう一つは、ふんだんに魔石を使って作られた、魔力を内包する品物である、ということ。
もっとも、魔力を内包している物品であることは、感知能力のレベルが一定以上なければわからないだろう。
『今、此処に運ばれてきた品には、ここにおります我が妹が開発した記録魔術の術式が刻まれた魔道具の一種であります。ローズが開発した術式は、≪魔力≫さえあれば、品物を選びません。何故なら、魔力そのものを媒体としているからです。刻んだのは、こちらに並ぶ彼らが各々担当しました』
兄上の言葉に、並んだ五人は一礼してから姓名を告げ、各々が持つ品に対して魔術式を施した時の感想を簡潔に述べる。
『さて、見ることは信じること。一枚の絵は千語に匹敵します』
その言葉に、衛生委員長が、掛け時計に魔力を流し込む。
白い幕に、≪写真≫が映し出されたかのように見えた。
『この幕には、後ろの皆様にもわかりやすいように、拡大の魔術式を施してあります』
≪写真≫ は、学園のエントランスから「外」に向けられていることがわかる。そう、掛け時計がかけられた位置から臨む風景であった。
--と、扉を開けて、一人こちらに向かって歩いてくる。
角度的にはじめは誰であるかはわからない。わかるのは男子生徒であるということだけ。
ふと幕に映る彼と目が合う。
それは即ち、彼が時計を見上げた、ということだ。
彼を皮切りに、次々と人が歩いてくる。
不意に幕に映る、繋がっている≪写真≫--≪チェイン・モメント≫が消え、衛生委員長は頭を下げて、元の位置に戻った。
会場は静まり返っている。
続いて図書委員長が本に魔力を込める。
図書館の一角。こちらに背を向けて本棚に向かい、配架を続ける少女の背中が映った。
会場の中で、微かな音がたつ。囁きの細波。
次は騎士科備品整備長の掲げる置物。
雑然とした備品倉庫だ。
うん、汚い。と誰もが胸の中で思ったであろうタイミングで、扉が開く音がした。
開いたが早いか、一歩踏み込んだ男--歴史科の教師だが--が、〔きったないな…、当番は何をしているんだ…〕と。
そう、置物から声が響いた。
舞台下から歓声のような、どう、としたどよめきの声が上がった。
それはそうだろう。
≪写真≫が≪動いている≫という驚きで声も出ないほどだったのに、≪音≫までもが出たのだから。
「ふぇ~、ビデオ?、エスター様、やっぱ天才~っっ」
大人しくしていたティルナシア嬢が声を上げたが、誰も何も彼女には返さず、ディードナルド君やキュベレ君のみならず、殿下までもが無言で次に幕の前に立った風紀委員長の姿に注視する。
風紀委員長は一度絵画を掲げた。
それから幕に向かい、魔力を流して「再生」の術式を起動させる。
そこは階段だった。
〔ぁあ、もう、面倒。ホント、あの悪役令嬢、ちゃんと仕事しなさいっての。こんなことしなきゃダメとか、マジ迷惑〕
声はするが、ヒトの姿はない。
〔でもやるっきゃない。ガンバレ、私。いけ好かないあの女を徹底排除よ!…あ、でも怖い。え、何段くらい?五段くらい? 三段くらいでいい? 〕
階段を踏む足音と同時に、黒髪の少女の後ろ姿が徐々に映った。とはいえ、頭の上半分だけで、「誰か」などはわかりようもない。この音声で、わからないとか誰も言わないとは思うけれども。
黒髪だけが映っては消える。足音。角度が合わない。もうちょっと下、と誰もが心に思い浮かべただろう。
〔よ、よしっ、い、行くわよ〕
〔きゃーっっ、何をするんですかっ、ローズ様っっ〕
叫んでから、黒髪がふっと浮かび、映らなくなる。どん、と着地する音。
階段には何も映らない。足音もしない。
ちっ、と舌打ちらしき音が聞こえてから、
〔きゃーっ、何をっ、ローズ様、やめてーっっ〕
声がしてから、またしばらく無音になる。
〔…あれ?〕
様子をうかがっているような少女の声。
〔…こっちの方だ、ティナーっ?〕
微かな、割れた音がした。
〔ティルナシア嬢、どこですかっ?〕
〔殿下、本当にこっちの方でしたか?〕
徐々に大きくなる男の声。
〔あ、きたきた〕
「ちょっと、何やってんのよ、やめなさいよっっっ」
大きな音とともに、風紀委員長が手にしていた絵画が破られた。
同時に、幕に映し出されていた≪チェイン-M≫の再生画像も消える。
肩で大きな息をして、厳めしい顔でこちらをにらむ。
「ひ、卑怯だわ!、こんなの!!っ、きゃっっ」
魔道具でもある絵画を破り、ティルナシア嬢が私に向かって駆けてくる。が、兄上の近くにたどり着く前に何かに派手にぶつかる。ぶつかった瞬間、兄上の障壁魔法陣が空中に美しく描かれた。
弾かれた少女は殿下に抱きとめられた。
兄上はティルナシア嬢の方には一瞥もくれず、並んでいた最後の一人に視線をやる。勿論最後は花瓶を抱えた生徒会副会長だ。
副会長は一歩前に進み、兄上に会釈すると、拡声魔法を使用した。
「えぇい、黙れ!、今はそんな話をしておらんッ、ティナの髪飾りを奪うような性悪女の本性をつまびらかにするといっているのだ! そして」
『ですから、婚約解消はローザリア公爵家としては喜んでお受けいたしますので、静粛にお願いしますね、第二皇子殿下』
「私の言葉をさえぎ」
『ああ、ついでに、先程ローズも告げておりましたが、公爵家といたしましては、その髪飾りが公爵家の所有物であることを証明することが可能ですし、王城の方でも確認することが可能ですので』
「なんだとっっ」
『そもそも、先程からそれが公爵家開発の魔具であり、世に二つとないものであり、所有権が公爵家並びにローズにあることを説明しておりますが、お判りいただけませんか?』
「そんなこと、貴様らが金にあかせて」
『何のために?、王城での登記があるからこそ、王城でも確認が可能と申し上げておりますが、王城では金銭で財産目録を書き換えると?、王城はそのような不正が横行していると?、』
「そっ、それは…っ」
兄上の声に口ごもる殿下の後ろから、ティルナシア嬢が飛び出す。
「私のために争わないで!」
「っ、ああ、なんと優しい…ティナ…っ」
ひしっと抱き合う二人の姿に、兄上の秀麗なお顔に何とも言えない表情が浮かぶ。
大丈夫です、兄上、皆思っていると思います、この娘、何言ってるの?、と。
「ローズ、貴様、このように心の優しいティナを傷つけ、形見の品を取り上げて、心は痛まぬのか!」
『何年前にお亡くなりですか?』
私に投げられた言葉だが、引き取るのは兄上だ。
「は?」
『ですから、形見の品なのですから、どなたかが何年か前にお亡くなりになったのですよね?』
殿下がティルナシア嬢を見る。
彼女は兄上の方に一歩進み出て、両手を組み、上目遣いでこくりと小首を傾げ
「去年の今頃でした。母は病気で、亡くなる間際に髪飾りを私にくれたんです、何も残せるものがないからって。私、悲しくて、寂しくて、ずーっとずーっと泣いて暮らしていたんです。そうしたらおとうさまがやってきて、私がカーター男爵家の娘だって。引き取ってくれて、この学園に通い始めて、カイ様やディ様やキュー様たちが私に優しくしてくれて、私、ようやく笑顔を取り戻したんです!、その髪飾りは私のお守りなんです。なのに、ローズ様が母の形見を…っっ」
嗚咽を漏らして泣き崩れる。
その様子に、殿下が駆け寄るが、キュベレ君とディードナルド君は、傍にはいったものの、殿下よりも一歩下がった位置で立ち止まり、お互いで顔を見合わせた。
『去年の話ならば、なおさら、その髪飾りではないね。例え一昨年であったとしても。一昨々年であったとしても。君は公爵家にあらぬ罪を被せていると理解しているか?』
「違います!、この髪飾りです!、ローズ様に取り上げられたんです!」
『再度言う。公爵家は、その髪飾りが、十年前から公爵家の所有物であることを証明することが可能である。また王城の方でも確認することが可能である。その髪飾りは、公爵家開発の魔具であり、世に二つとないものであり、所有権は公爵家並びにローズにある。これを否定するということは、すなわち、王城の不正を告発することにつながり、畏れ多くも皇帝陛下の管理を非難することとなるが、それでよいな?』
凍える兄上の声に、観覧席の方々がかたずをのんでいるのが伺えた。
子供の言うこと、では済まされない。
「陛下のことなんて言ってないじゃないっ、それはわたしのラッキーアイテ…っっ」
言いかけたティルナシア嬢の口をディードナルド君が慌てて塞いだ。
「何をするんだ、ディ!」
その様子に真っ赤になって殿下が抗議するが、青い顔をしたキュベレ君が殿下の耳元に何か告げる。
多分、髪飾りは公爵家の--私のものだ、という主旨のことだろう。
そもそも、普通に考えればわかる事だ。
平民だった彼女たち母子が、ローザリア公爵家の「プライベート写真」をおさめることなど不可能だし、そんなある種の機密撮影を行ったとしたならば、それは明らかな犯罪行為だ。
そもそも、写真の術式は兄上が九年前に開発したものだし、魔具はそれ以前には存在しない。
「何を言ってる!、そんなことはわからないだろう!、ティナが奪われたといっているのだぞ!」
キュベレ君は首を振るとまた何事かを。
「え、術式と写真の入った魔石が証拠になるって--いや…そ、そうだ、その術式とやらが入った魔石と入れ替えれば!」
わかった!、とばかりに声を張る殿下に、短く何かを呟く。魔石をわざわざ入れ替える意味がないといったことだろうか。
「なんのためって…そ…それは…あ、そうだ、私を陥れたかったんだ!」
不穏な言葉にキュベレ君がまた何事かを告げ。
「…いや、た、確かに、今日断罪するのは極秘だったが!、だが…っっ」
兄上の言葉を理解したのだろう、キュベレ君とディードナルド君は声を落として殿下を説得しているように見えた。
キュベレ君などは、髪飾りと私を交互にちらちらと見ている。いいから返していただきたい。
『さて、話を戻しまして、先程のように、私は突然痴女に襲われてこの手を撫でまわされたわけですが、≪写真≫では、手を握られている一瞬しかわからず、どういう状況でそれが起こったかは不明なままとなります。例えばその後、この暴漢が「子供が出来た、貴方の子だ、こうやって手を取り合っている証拠の≪写真≫がある」、と公爵家に押し入ってきた場合、私はその主張を覆すために非常に多くの時間を必要とするでしょう。まぁ、今回の場合は、此処で一通り見ていらっしゃる皆様がおられるので問題はありませんが』
肩をすくめて見せた兄上には先程の気迫はなく、観覧の諸兄も気を緩ませて小さく笑いをこぼす。
『これから紹介する術式及び魔道具は、未発表の新作となります』
はっとしたように、貴賓席の方々が兄上を見る。
『私はすでにこの学園を卒業している身です。それでも尚、この場を選びました理由は、発表するに相応しいと考えたからにほかなりません』
兄上は一息入れて、観覧席を見渡した。
兄上にとっては、卒業するまで、定期的に立った舞台でもある。何らかの感慨があるのだろう。
『まずは、「写真」を撮影するための魔具、≪H-オーナメント≫と同じく、私に天啓を与え、また今回も記録魔術の術式開発に携わったローズ・ロレーヌ・ローザリア』
兄上の言葉に私は膝折礼して見せる。公爵家にふさわしい流麗なものだ。
『そして、本来のプログラムでしたら、私の先に発表を行い、此処で再登場となる予定でした、アイリス・イリス・アリアリス侯爵令嬢。今回の彼女の発表は、私のこの開発にも大きな貢献がありましたことを報告させていただきます』
舞台袖下手、つまりは私の後ろの方から、ゆるゆると現れたアリアリス侯爵令嬢--彼女は兄上の婚約者でもある--アイリスに向かって兄上が手を差し出すと、その手を取り、優雅に膝折礼してみせ、彼女はまた舞台袖に戻る。
兄上と顔を見合わせ、微笑みあった瞬間、舞台の上手、ティルナシア嬢が、うそ!、なんでよ!、と叫び声をあげたが、兄上はちらりとも視線をやらず、舞台下手に消えるアイリスを優しい眼差しで追っていた。
『そして最後に、この術式の展開及び設置、実験の場所を提供してくださった学園長、並びに理事の方々、そして学園理事長であらせられる皇帝陛下』
「なっ、父上…っ、何故っっ?」
殿下の驚いたような声が響いた。
何故驚くのだろう。確かに舞台以外は薄暗く、観覧している方々のお顔は見えにくくはあるが。
貴賓席の一角に灯りがともる。陛下の姿に貴賓席に着席していたものは皆立ち上がり、一礼する。
勿論その姿を受け、一般席で観覧していた面々も立ち上がり、一礼。陛下は学園理事長としていらっしゃるので、楽にせよとばかりに片手を一度振ってから早々に、壇上を注視せよと兄上の方にそろえた指先を向けた。
『これらの協力・協賛から、≪チェイン-M≫のお披露目を学会等ではなく、この場とさせていただきました』
おぉ、と。興奮したようなどよめきが観覧席側から上がる。
未発表新作の魔具・魔道具には、それだけの価値がある。兄上は一礼し、
『とはいえ、まだ魔具とまでは言えぬ、魔道具の段階であり、移動には不便な術式の段階ですが、この≪チェイン-M≫が、どれほど画期的であるかは---目にしていただければお分かりいただけるかと思います』
兄上が舞台袖に向かってハンドサインを送ると、生徒会役員である生徒が五人、兄上のそばに侍る。
同時に、するすると大きな白い幕が下りて、兄上たちの背景となった。
五人がそれぞれが手にしているものには統一性が一見、ない。
花瓶を抱える生徒会副会長。
絵画を持つ風紀委員長。
置物を掲げる騎士科備品整備長。
本を持つ魔導科図書委員長。
掛け時計を背負う衛生委員長。
一見統一性はないが、共通項はある。
一つは学内の様々な場所に設置されている備品であること。もう一つは、ふんだんに魔石を使って作られた、魔力を内包する品物である、ということ。
もっとも、魔力を内包している物品であることは、感知能力のレベルが一定以上なければわからないだろう。
『今、此処に運ばれてきた品には、ここにおります我が妹が開発した記録魔術の術式が刻まれた魔道具の一種であります。ローズが開発した術式は、≪魔力≫さえあれば、品物を選びません。何故なら、魔力そのものを媒体としているからです。刻んだのは、こちらに並ぶ彼らが各々担当しました』
兄上の言葉に、並んだ五人は一礼してから姓名を告げ、各々が持つ品に対して魔術式を施した時の感想を簡潔に述べる。
『さて、見ることは信じること。一枚の絵は千語に匹敵します』
その言葉に、衛生委員長が、掛け時計に魔力を流し込む。
白い幕に、≪写真≫が映し出されたかのように見えた。
『この幕には、後ろの皆様にもわかりやすいように、拡大の魔術式を施してあります』
≪写真≫ は、学園のエントランスから「外」に向けられていることがわかる。そう、掛け時計がかけられた位置から臨む風景であった。
--と、扉を開けて、一人こちらに向かって歩いてくる。
角度的にはじめは誰であるかはわからない。わかるのは男子生徒であるということだけ。
ふと幕に映る彼と目が合う。
それは即ち、彼が時計を見上げた、ということだ。
彼を皮切りに、次々と人が歩いてくる。
不意に幕に映る、繋がっている≪写真≫--≪チェイン・モメント≫が消え、衛生委員長は頭を下げて、元の位置に戻った。
会場は静まり返っている。
続いて図書委員長が本に魔力を込める。
図書館の一角。こちらに背を向けて本棚に向かい、配架を続ける少女の背中が映った。
会場の中で、微かな音がたつ。囁きの細波。
次は騎士科備品整備長の掲げる置物。
雑然とした備品倉庫だ。
うん、汚い。と誰もが胸の中で思ったであろうタイミングで、扉が開く音がした。
開いたが早いか、一歩踏み込んだ男--歴史科の教師だが--が、〔きったないな…、当番は何をしているんだ…〕と。
そう、置物から声が響いた。
舞台下から歓声のような、どう、としたどよめきの声が上がった。
それはそうだろう。
≪写真≫が≪動いている≫という驚きで声も出ないほどだったのに、≪音≫までもが出たのだから。
「ふぇ~、ビデオ?、エスター様、やっぱ天才~っっ」
大人しくしていたティルナシア嬢が声を上げたが、誰も何も彼女には返さず、ディードナルド君やキュベレ君のみならず、殿下までもが無言で次に幕の前に立った風紀委員長の姿に注視する。
風紀委員長は一度絵画を掲げた。
それから幕に向かい、魔力を流して「再生」の術式を起動させる。
そこは階段だった。
〔ぁあ、もう、面倒。ホント、あの悪役令嬢、ちゃんと仕事しなさいっての。こんなことしなきゃダメとか、マジ迷惑〕
声はするが、ヒトの姿はない。
〔でもやるっきゃない。ガンバレ、私。いけ好かないあの女を徹底排除よ!…あ、でも怖い。え、何段くらい?五段くらい? 三段くらいでいい? 〕
階段を踏む足音と同時に、黒髪の少女の後ろ姿が徐々に映った。とはいえ、頭の上半分だけで、「誰か」などはわかりようもない。この音声で、わからないとか誰も言わないとは思うけれども。
黒髪だけが映っては消える。足音。角度が合わない。もうちょっと下、と誰もが心に思い浮かべただろう。
〔よ、よしっ、い、行くわよ〕
〔きゃーっっ、何をするんですかっ、ローズ様っっ〕
叫んでから、黒髪がふっと浮かび、映らなくなる。どん、と着地する音。
階段には何も映らない。足音もしない。
ちっ、と舌打ちらしき音が聞こえてから、
〔きゃーっ、何をっ、ローズ様、やめてーっっ〕
声がしてから、またしばらく無音になる。
〔…あれ?〕
様子をうかがっているような少女の声。
〔…こっちの方だ、ティナーっ?〕
微かな、割れた音がした。
〔ティルナシア嬢、どこですかっ?〕
〔殿下、本当にこっちの方でしたか?〕
徐々に大きくなる男の声。
〔あ、きたきた〕
「ちょっと、何やってんのよ、やめなさいよっっっ」
大きな音とともに、風紀委員長が手にしていた絵画が破られた。
同時に、幕に映し出されていた≪チェイン-M≫の再生画像も消える。
肩で大きな息をして、厳めしい顔でこちらをにらむ。
「ひ、卑怯だわ!、こんなの!!っ、きゃっっ」
魔道具でもある絵画を破り、ティルナシア嬢が私に向かって駆けてくる。が、兄上の近くにたどり着く前に何かに派手にぶつかる。ぶつかった瞬間、兄上の障壁魔法陣が空中に美しく描かれた。
弾かれた少女は殿下に抱きとめられた。
兄上はティルナシア嬢の方には一瞥もくれず、並んでいた最後の一人に視線をやる。勿論最後は花瓶を抱えた生徒会副会長だ。
副会長は一歩前に進み、兄上に会釈すると、拡声魔法を使用した。
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