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本編

三羽

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「おはようございます、立夏。朝餉あさげをお持ちしました」

 星司クンが朝食を持ってきてくれたとき、僕は数学の宿題を終わらせている最中やった。昨日は考え事をしている途中で寝てしまって、気がついたら電気も消されてて僕は布団の中やった。きっと星司クンが後始末してくれたんや。

「ありがとう、星司クン! ……昨日のことも。しやけど、僕、食べてる暇ぁないのや」
「それはいけません。きちんと食べなければ、昼までもちませんよ」
「それは、そうなんやろけども……」
「さあ、こちらへどうぞ。支度は私がしておきます」
「ううう……えろぅすんまへん」

 僕は急いで白米とおみおつけ、漬物を口に運んだ。とは言うても、身支度をしているといい時間になってしまう。自分のトロさが恨めしいわ。

「立夏……」
「な、なんやの星司クン、僕もう時間ないのや」

 後ろから抱きしめられて、僕はちょっぴしだけ怒った。しやのに、星司クンときたら、まるっきり意に介さずに僕の首に吸いついてきた。

「っ! せ、星司クン!!」

 ちゅって感じやのうて、ほんまちゅ~って吸われてしもて、鏡で見たら襟でギリギリ隠れるか隠れんかくらいの位置に痣みたぁに跡が残っとった。……これ、もしかしてキスマーク? いうやつなん?

「星司クン、困るわぁこれ! 脱いだら見えてまうやん」
「脱がなければ良いのでは」
「体育!」
「見学させてもらえばいいと思います」

 僕の内申! ただでさえ成績よくないんに!!

「立夏は……無防備過ぎます」
「しやろか」
「はい」

 断言されてもーた!
 そないなこと、ないもん……たぶん。

「行きましょう。車の中でこれを見ておいてください」
「これは?」
「今日、英語の小テストだと言っていたでしょう?」
「あっ!」

 差し出されたのは輪っかに繋がっためくるタイプの単語帳やった。僕自身がすっかり忘れてしもうてた小テストの範囲や。申し訳なくて有り難うて、お礼を言ったら星司クンはいつになくニコッと笑ってくれた。





 校門で車から降りた僕は、下駄箱の前で星司クンと別れた。本当は、僕に合わせてギリギリに来んと、早よぉに来て自習室使つこたりして受験勉強した方がええと思うのや。他の先輩方は皆そうしてはるんやし。

 放課後は放課後で、引退したゆうのに生徒会役員の仕事に助言やら何やら求められてるそうやしな。いや、でも、星司クンが学校に居残っとるのは別にそれだけが理由やあらへんな。僕がレポートの再提出やら再テストやらでいつまでたっても下校できんからいうのもあるんやもの……。

 それに僕は、放課後だけのことやなしに星司クンのお荷物や。中学のときは、僕のために都大会の選手にまで抜擢されとったテニスを辞めようとして、先生に頭下げさせてしもぅた。高校に入ってからは生徒会二期目を辞退しようとしてやっぱり揉めとった。入学早々、僕に対する視線の冷たさに泣きそうやった。

 星司クンが僕を思ぅてよくしてくれるんは嬉しい。でも、僕かてひとりで帰れるもん……。たぶん。

「おはようさん!」
「いっ……たぁ~!」
「髪伸びたなァ、立夏」

 挨拶と同時に僕のうなじのへんの毛を引っ張ってきたのは西陣クンやった。小学校からのお友達なんや。

「困るわぁ。ちゃんと切ってもろてるはずやんに……」
似合におとるで。伸ばしたらええやん」

 けど、それじゃあまるで、女の子みたぁやん……。そんな言葉を飲み込んだ。

「昼な、今川のやつ休みでおらんねん。せやから三人な!」
「わ、わかった。また、お昼にね……」

 財布の中身を思い出しつつ、僕は頷く。そろそろ、おこづかいを足してもらわんと厳しくなってきた。重政はんはいつもニコニコしながらお父はんに内緒でと言いながら足してくれはる。無駄遣いを咎められたことはないけど、やっぱり罪悪感がすごい 。バイトして稼げたらその方がええんやけど、家と学校の往復しか許されてへん籠の鳥みたぁな僕には、無理な話や。

 考え事しながら教室のドアをくぐると、クラスメートの大槻サンが僕の顔を見て大きな声を上げた。

「あ~っ、烏丸クン今ごろ来て! 日直!!」
「……あっ? す、すんまへん!」
「どうせ忘れてたんやろ、放課後の日誌はお願いよ?」
「はいぃ! 任せてや!」

 あっかん、なんで忘れてたんやろ、僕……!

「カラスくぅん、生物のレポート、再提出今日までやで~」
「えっ…………」
「やっぱり忘れとった。カラス君、今日も居残りやんな。いつになったら普通に帰れるんやろな」

 日直のことでショックを受けてた頭に、さらに追い討ちをかけるようにしていけずなことを言いよりますのは西陣クンと仲良しの三条クンや。いつもこうして僕をからかうのや。

「忘れんとこ、書いといてやろ。なぁ? ほら……」

 三条クンは僕の左腕を取って、手の甲に「生物のレポート再提出」と書いた。

「英語の小テストもあるやんな。顔に書いといてやろか?」
「待って、それ油性やろ。顔はやめてぇや」
「くくっ、嘘や。でも、顔に書いてあってもかわええで? カラス君はホンマ、美人さんやからなぁ」

 三条クンの言葉に、教室中がくすくす笑いだす。僕もお愛想して笑いながら、数学のノートを広げて課題を写していく。一限が数Ⅱやから、できるだけ早よ終わらせたかった。





 どうにか午前中の授業をしのぎきり、僕らは食堂まで急いどった。美味しゅうご飯を食べるためには、まず席取りが重要やからね。西陣クン、三条クン、松原クン、そらから僕。もうすぐ食堂やっていうすぐ真ん前の廊下で、僕は何かに足を引っ掛けて転んでしもうた。

「あうっ!」
「はあっ? どんくさっ!」

 こっちを振り返って西陣クンが怒鳴る。松原クンは笑うてた。三条クンが鼻を押さえてへたり込んでた僕の方まで戻ってきてくれて、肩を貸してくれた。

「大丈夫かいな、自分。ほら、早よ立ちや」
「お、おおきに」
「ん? なんやカラス君、首ンとこ赤ぅなってるよ」
「あっ……昨日、蚊ぁに刺されて……」
「ふ~ん。なんや、キスマークみたいやな」
「……そぅやろか」

 ドキッとした。
 だって、ほんまはキスマークやもの。

「くくくっ、なぁ、キスマークならオレがつけてやろか?」
「えっ?」
「なぁ、カラス君」
「や……嫌や」
「ほなら、また、今度な……」

 肩ごと抱き寄せられて身動きとれへんうちに、三条クンの唇が僕の耳の裏に触れた。ゾクゾクして、さっさと離れてまいたかったのに、三条クンの腕の力が強ぅて為すがままになる他なかった。
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