14 / 27
本編
十四羽
しおりを挟む
「立夏を生贄にするやなんて、俺は絶対に許さへん! 立夏がああいう生まれなんは、立夏に関係あらへんやろ、どれもこれも、あんたの勝手な理屈やないか。立夏が死ねば奥さんが帰ってくる思うてるんか! それであの人の顔をちゃんと見れるんかあんたは!」
「星司!」
「強い式神が欲しいだけなんやったら、俺が用意したるわ! その式神に立夏を護らせたったらええ。戦力も増えるしな。奥さんが戻るんなら、どんな手段でも関係あらへんやろ、違うか!?」
「死ぬぞ」
「ええわ! 俺の命ひとつで立夏を救えるんやったらそれでええ!」
何を言うてるんか、僕にはまったくわからへん。
でも、星司クンが何かしようとしてるのはわかった。
「星司クン! あかん、星司クン!」
言いつけを破って部屋を出ようとしたんやけど、どこも開かんし障子紙一枚破けん。これは結界が張られて閉じ込められてもうてる。僕は必死で呼びかけた。まるで壁のような障子を叩いて、叫んだ。けど、誰も応えてくれへんやった。
そのうち、木が砕けるような音と、獣の唸り声、そしてものすごい叫び声が聞こえた。
「星司クン!」
今の悲鳴は、絶対に星司クンやった!
向こうでいったい、何が起こってるのや。爪が取れてまうんやないかと思うくらい必死で引っ掻いても、結界の内側からは出られやしまへん。
僕にできるのは、星司クンの無事を祈ることだけやった。
戦いは長く続いていた。
僕に力があれば、星司クンに辛い思いをさせることなかったんに! せめて能力が零でも、普通の人間やったら良かった。そしたら、お母はんは寝たきりになることなかった、お父はんに憎まれることも、こんな風に生贄とか儀式とか、そんなもんとは無縁のはずやったんに!
星司クンを犠牲にすることも、なかったんに……。
どのくらい経ったのか、物音はすっかり収まっていた。それなのに、その静寂がどこか寒々しうて僕は動けんやった。
障子の向こうに誰かが立っている。
光の加減か、えらい背の高い人のように見える。高すぎるんと違うかな……。
「だ、誰? ここ、結界があって開かんのや。外は、どないなってますの?」
「……………………」
返事はあれへん。
ただ、まるで獣みたいな荒い息遣いがあるだけやった。
僕は思わず、怖なって後退ってた。
結界があるんやから、逃げられるわけないのに。ううん、そもそも、誰も入ってこられへんやろ。そう思うてホッとしたのも束の間、いきなり障子がガタンと鳴った。
「ひゃっ!?」
結界の外側に立っている人が、障子を開けようと力任せに揺さぶっていた。ガタンゴトンと木ぃのぶつかる音が、段々と激しく、大きくなっていく。
「や、やめてぇや! 誰やの、いったい」
「グィィウウウウァァァ」
「あう……」
あかん。
あれは、あかん。
あれは、ヒトではないものや!
逃げなあかんと思うて、僕は反対方向の障子へ張り付いた。でも、押しても引いてもムダやった。僕は障子を叩きながら助けを求めた。
その間にも、無理やり開けようとする音はどんどん大きなっていってる。
「誰かっ! 誰か助けて! 星司クン!」
ガッシャン!
と、硝子の割れるような音がして、結界が破られたんがわかった。その瞬間、僕の後ろでは障子が粉々になっていた。僕は今度こそ障子を開けて逃げ出していた。
目の前にあるはずの畳の大広間は、襖に仕切られていていた。僕は自分が入れるだけの隙間を開けて、広間へ入った。襖をどんどん開けて、玄関の方へと逃げる。
「グアアアアァァァッ!」
唸り声と、襖が破られる音。
逃げなと思えば思うほど、足がもつれる。逃げながら僕は、とうとう振り返ってしもうた。
「ひっ!」
そこには、青い炎のようなもんを身に纏うて、長い黒髪を振り乱した肌の真っ青な鬼がいた。恐ろしい顔、ヨダレを垂らす大きな口の中は血のような赤で、鋭い牙を剥き出しにして唸ってる。
喰われる!
直感的にそう思うた。
けど、そのときにはもう遅かった。振り返ったせいで追いつかれて、僕は化け物の爪に引っ掛けられて畳に押し倒されていた。
「あっ! 嫌や!」
そのまま覆いかぶさられて、噛みつかれた。
「痛ぁ!」
でも、着物が邪魔やったみたいで、そいつは僕のお腹を膝で抑え込んだまま、爪で服を剥ぎ取り始めた。足掻いても力では勝てへん。
「お、お父はん! 重政はん! 誰か……星司クン……!」
「リッ……ガァ……」
「えっ」
今、この鬼、僕の名前を呼んだんか?
僕はまじまじと青い鬼の顔を見た。鬼も、手を止めて僕を見た。その目は、もうさっきまでの獣のようなんとは違って、人間の目ぇやった。
「星司、クン……?」
「………………」
「やっぱり! 星司クンなんやろ?」
「逃げて、ください、立夏……、このままだと、俺は……っ!」
「星司クン! どないしてん、苦しいんか? 今、誰か呼んでくるさかい……」
どうにか抜け出そうとする僕の肩を、星司クンの手が痛いほどギュッと掴んだ。
「無駄です。俺は鬼の調伏に失敗して逆に取り込まれてしまった、助けは来ません。このまま、俺ごと倒されて、式神にされるか消滅するか……」
「そんな!」
「鬼は貴方の魂を体ごと食べるつもりだ、だから、早く逃げてください……俺がまだ、貴方の知る俺でいられるうちに……! 今からこの屋敷は戦場になる、その混乱に乗じて、遠くへ、逃げて……捕まれば貴方は、別の鬼を引き寄せる餌に利用される! 貴方の魂が、奴らの好物だから……貴方の血肉が、鬼をおとなしくさせる贄だから……」
星司クンは苦しそうに体を震わせながら、僕にそう言うた。逃げるて言うても、僕、離れと学校以外の場所なんてわからへん、この母屋の中でさえ案内なしには歩けへんのに……。
ふと、僕は昔、お祖母さまに聞いた、あることを思い出した。僕ら八咫の中には、鬼を力ではなく血によって鎮められる者がおるって。それはこのことやったんや、きっと。
「やったら、星司クン、僕の血を飲んでや! そしたらきっと、鬼を抑え込んで調伏できるはずやろ!」
「立夏……」
「肉とかは怖ぁけど、血なら、全然……!」
僕はどうにか血を流そうとして唇を噛んでみた。けど、どこまで噛んだらええんかわからへん。ぎゅ~っとやってみたけど、痛いだけで血は出らんやった。
「何をしているんです、立夏」
「しやから、血ぃ出そと思て」
「血なら、さっき噛み付いたときの傷から……。しかし、そんなこと……」
「ええから!」
ほんまは怖い。
けど、星司クンが鬼にならへんためやったら、僕は、何でもする! 覚悟を決めてぎゅっと目を瞑ってたら、遠慮がちに舐められた。
「んっ!」
ピリッとする痛みが走る。
僕の手足を押さえつけて、星司クンの舌が僕の首を舐めあげる。それは段々と激しうなっていった。
「星司!」
「強い式神が欲しいだけなんやったら、俺が用意したるわ! その式神に立夏を護らせたったらええ。戦力も増えるしな。奥さんが戻るんなら、どんな手段でも関係あらへんやろ、違うか!?」
「死ぬぞ」
「ええわ! 俺の命ひとつで立夏を救えるんやったらそれでええ!」
何を言うてるんか、僕にはまったくわからへん。
でも、星司クンが何かしようとしてるのはわかった。
「星司クン! あかん、星司クン!」
言いつけを破って部屋を出ようとしたんやけど、どこも開かんし障子紙一枚破けん。これは結界が張られて閉じ込められてもうてる。僕は必死で呼びかけた。まるで壁のような障子を叩いて、叫んだ。けど、誰も応えてくれへんやった。
そのうち、木が砕けるような音と、獣の唸り声、そしてものすごい叫び声が聞こえた。
「星司クン!」
今の悲鳴は、絶対に星司クンやった!
向こうでいったい、何が起こってるのや。爪が取れてまうんやないかと思うくらい必死で引っ掻いても、結界の内側からは出られやしまへん。
僕にできるのは、星司クンの無事を祈ることだけやった。
戦いは長く続いていた。
僕に力があれば、星司クンに辛い思いをさせることなかったんに! せめて能力が零でも、普通の人間やったら良かった。そしたら、お母はんは寝たきりになることなかった、お父はんに憎まれることも、こんな風に生贄とか儀式とか、そんなもんとは無縁のはずやったんに!
星司クンを犠牲にすることも、なかったんに……。
どのくらい経ったのか、物音はすっかり収まっていた。それなのに、その静寂がどこか寒々しうて僕は動けんやった。
障子の向こうに誰かが立っている。
光の加減か、えらい背の高い人のように見える。高すぎるんと違うかな……。
「だ、誰? ここ、結界があって開かんのや。外は、どないなってますの?」
「……………………」
返事はあれへん。
ただ、まるで獣みたいな荒い息遣いがあるだけやった。
僕は思わず、怖なって後退ってた。
結界があるんやから、逃げられるわけないのに。ううん、そもそも、誰も入ってこられへんやろ。そう思うてホッとしたのも束の間、いきなり障子がガタンと鳴った。
「ひゃっ!?」
結界の外側に立っている人が、障子を開けようと力任せに揺さぶっていた。ガタンゴトンと木ぃのぶつかる音が、段々と激しく、大きくなっていく。
「や、やめてぇや! 誰やの、いったい」
「グィィウウウウァァァ」
「あう……」
あかん。
あれは、あかん。
あれは、ヒトではないものや!
逃げなあかんと思うて、僕は反対方向の障子へ張り付いた。でも、押しても引いてもムダやった。僕は障子を叩きながら助けを求めた。
その間にも、無理やり開けようとする音はどんどん大きなっていってる。
「誰かっ! 誰か助けて! 星司クン!」
ガッシャン!
と、硝子の割れるような音がして、結界が破られたんがわかった。その瞬間、僕の後ろでは障子が粉々になっていた。僕は今度こそ障子を開けて逃げ出していた。
目の前にあるはずの畳の大広間は、襖に仕切られていていた。僕は自分が入れるだけの隙間を開けて、広間へ入った。襖をどんどん開けて、玄関の方へと逃げる。
「グアアアアァァァッ!」
唸り声と、襖が破られる音。
逃げなと思えば思うほど、足がもつれる。逃げながら僕は、とうとう振り返ってしもうた。
「ひっ!」
そこには、青い炎のようなもんを身に纏うて、長い黒髪を振り乱した肌の真っ青な鬼がいた。恐ろしい顔、ヨダレを垂らす大きな口の中は血のような赤で、鋭い牙を剥き出しにして唸ってる。
喰われる!
直感的にそう思うた。
けど、そのときにはもう遅かった。振り返ったせいで追いつかれて、僕は化け物の爪に引っ掛けられて畳に押し倒されていた。
「あっ! 嫌や!」
そのまま覆いかぶさられて、噛みつかれた。
「痛ぁ!」
でも、着物が邪魔やったみたいで、そいつは僕のお腹を膝で抑え込んだまま、爪で服を剥ぎ取り始めた。足掻いても力では勝てへん。
「お、お父はん! 重政はん! 誰か……星司クン……!」
「リッ……ガァ……」
「えっ」
今、この鬼、僕の名前を呼んだんか?
僕はまじまじと青い鬼の顔を見た。鬼も、手を止めて僕を見た。その目は、もうさっきまでの獣のようなんとは違って、人間の目ぇやった。
「星司、クン……?」
「………………」
「やっぱり! 星司クンなんやろ?」
「逃げて、ください、立夏……、このままだと、俺は……っ!」
「星司クン! どないしてん、苦しいんか? 今、誰か呼んでくるさかい……」
どうにか抜け出そうとする僕の肩を、星司クンの手が痛いほどギュッと掴んだ。
「無駄です。俺は鬼の調伏に失敗して逆に取り込まれてしまった、助けは来ません。このまま、俺ごと倒されて、式神にされるか消滅するか……」
「そんな!」
「鬼は貴方の魂を体ごと食べるつもりだ、だから、早く逃げてください……俺がまだ、貴方の知る俺でいられるうちに……! 今からこの屋敷は戦場になる、その混乱に乗じて、遠くへ、逃げて……捕まれば貴方は、別の鬼を引き寄せる餌に利用される! 貴方の魂が、奴らの好物だから……貴方の血肉が、鬼をおとなしくさせる贄だから……」
星司クンは苦しそうに体を震わせながら、僕にそう言うた。逃げるて言うても、僕、離れと学校以外の場所なんてわからへん、この母屋の中でさえ案内なしには歩けへんのに……。
ふと、僕は昔、お祖母さまに聞いた、あることを思い出した。僕ら八咫の中には、鬼を力ではなく血によって鎮められる者がおるって。それはこのことやったんや、きっと。
「やったら、星司クン、僕の血を飲んでや! そしたらきっと、鬼を抑え込んで調伏できるはずやろ!」
「立夏……」
「肉とかは怖ぁけど、血なら、全然……!」
僕はどうにか血を流そうとして唇を噛んでみた。けど、どこまで噛んだらええんかわからへん。ぎゅ~っとやってみたけど、痛いだけで血は出らんやった。
「何をしているんです、立夏」
「しやから、血ぃ出そと思て」
「血なら、さっき噛み付いたときの傷から……。しかし、そんなこと……」
「ええから!」
ほんまは怖い。
けど、星司クンが鬼にならへんためやったら、僕は、何でもする! 覚悟を決めてぎゅっと目を瞑ってたら、遠慮がちに舐められた。
「んっ!」
ピリッとする痛みが走る。
僕の手足を押さえつけて、星司クンの舌が僕の首を舐めあげる。それは段々と激しうなっていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる