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悪の魔導師はキノコがお好き?
前編
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アウストラル王国一の観光都市、ゼイルード。そこは“氷の魔王子”と恐れられる第二王子アウグストによって治められている、近年とみに栄える港町である。国内外から観光客が押し寄せる、そんな大都市であっても、ひとたび郊外に出れば森や林があり、狩りや採集が楽しめる自然にあふれているのだ。
雨が上がれば、季節のキノコが顔を出す。そんな山の恵みをカゴいっぱいにして、ゼイルード城の外周をヒョコヒョコ浮足立って歩く若者がいた。
背格好は男にしては少しばかり低い。かなり痩せ型で吹けば飛ぶような体躯だ。その面立ちは中性的で、成人したかしていないかといった幼さを残している。
染色していない少しくすんだ白の生成りのローブに身を包み、装飾品は額に嵌まった銀環に貴石をいくつも連ねた鎖だけ。特異なのは生まれつきだという新雪のような白い髪と世にも珍しい黒曜石のような瞳だ。いかにも術士然とした姿のこの青年は、名を麗筆と言い、このゼイルードの騎士たちの間では悪名高き魔導師であった。
この魔導師とキノコの取り合わせとくれば、勘ぐらないほうがどうかしている。さっそく騎士たちの告げ口――もとい注進があり、ゼイルード私設騎士団の副長を務めるピアスが出向くことになったのだった。
普段はどこか垢抜けない、野暮ったい、痩せ型中背の印象に残らない男にすぎないピアスだが、その糸目が開かれ尖った犬歯が口から覗くとき、相手は己の血を見ることになる。彼は血で血を洗うような激戦をくぐり抜けてきた、傭兵上がりの実力者なのだ。
麗筆とピアスの関係は、ある意味では悪事に加担する仲間であり、ある意味では咎人と仕置人であり、またある意味では互いの体を隅々まで知り尽くした仲でもある。まぁ、恋人同士だと思っているのはピアスだけ、なのではあるが。
そんなわけで、麗筆が何か妙な動きをすれば、それを止めに行くのはピアスの役目、ということになっている。ピアスは足音を殺して麗筆に近づくと、後ろからその無防備な首元をぐっと掴んだ。
「わっ!?」
「せ~んせ、な~にしてんの」
「ピアス君じゃないですか。ここで何してるんです? もしかしてサボりですか?」
「仕事っすわ」
クスクス笑う麗筆をピアスは呆れ顔で見下ろした。ついでに観察してみれば、麗筆の持つカゴにはキノコが入っているだけで、他は特段変わったところはない。ただし、山育ちではないピアスにキノコの同定は無理だ、これがヤバい代物かどうかの区別はつかなかった。
「んで~、そのキノコなんすけど、何すか。ヤバいやつ?」
「これはですね、森の人に頼んで朝一番に採ってきてもらった、とっても美味しいキノコなのですよ!」
首の後ろを掴まれたままの状態ながら、麗筆はパアッと明るい笑顔を浮かべた。
「森の人? ああ、殿下の森の管理人ね。それで、今夜はもしかしてキノコ鍋でも振る舞ってくれんですかねぇ」
麗筆のカゴに入っているキノコは少量で、業者が卸すような量ではなかった。だが、当直の騎士たちに振る舞う鍋の具材のひとつとして考えるなら、まったく足りないというわけでもない。
ピアスだって本当なら塩を振って串焼きにしたり、バターでソテーしたり、ステーキの付け合せにしたいところだが、鍋に入れればそれはそれで良い出汁になってくれるに違いない。
だが、麗筆の反応はピアスが思っていたのとは違った。クスリと笑んだ魔導師は、カゴを抱きしめてウットリしながらピアスの鼻先にキノコを差し出してきたのだ。
「これらのキノコはすべて、ひとくち齧るだけ……いいえ、胞子を吸い込んだだけで吐瀉物を撒き散らしながら苦しみぬいて死に至るものばかりですよ。でもとっても美味しぃぎゃあああああっ!?」
「近づけんなや、このポンコツ魔導師がぁ!」
まずキノコを持った麗筆の手を叩き落とし、次に顔面に渾身のアイアンクローをかましつつの罵倒だった。
「チッ、これ没収な、没収。上着寄越せや」
「ひえぇん! 何なんですかぁ!」
「人の鼻先に猛毒キノコぶら下げといて『なんで』もクソもないんだよ」
ピアスは麗筆から剥ぎ取った上着でキノコの入ったカゴをくるむと、その辺でゴミを焼いていた男たちに一言断ってから上着ごと炎に投げ込んだ。
「あああ~! 何するんですかぁ、ピアス君! ひどいじゃないですかぁ~!」
「うるせー。団長ぉ、このヒト、猛毒キノコ持ってましたぁ! 騎士たちに一服盛るつもりみたいです!」
「ちょ、違っ、人聞きの悪い!」
麗筆は真っ青になった。
ピアスが団長と呼ぶのはただひとり、ゼイルード公設騎士団の長であり、私設騎士団の長も兼ねているトマス・オブライエンだけである。公私ともにすべてをアウグストに捧げている彼は、よく問題を起こす麗筆を快く思っていないのだ。
しかも折り悪く、ちょうど本人が通りかかったところだった。ピアスの声に、城の外廊を歩いていたトマスは立ち止まり、振り返った。硝子玉のような無機質な瞳が麗筆を射る。
「毒キノコか。始末したのか」
「はい、焼いときましたぁ。コイツどうします?」
「ピ、ピアス君っ!」
麗筆は抗議するようにピアスの服を引っ張る。しかし、トマスがジロリと睨むと、すぐさまピアスの後ろに隠れた。
「……そうだな。適度に痛めつけてやれ。拷問部屋を好きに使っていいぞ」
「おっ、やりぃ~! んじゃ、楽しんできま~す!」
「ひいっ! 嫌です~~~~!」
麗筆の抗議もなんのその、正式の業務に計上されていない分野のエキスパートであるピアスは、公的には存在しないはずの拷問部屋へ麗筆を引きずっていくのであった。
雨が上がれば、季節のキノコが顔を出す。そんな山の恵みをカゴいっぱいにして、ゼイルード城の外周をヒョコヒョコ浮足立って歩く若者がいた。
背格好は男にしては少しばかり低い。かなり痩せ型で吹けば飛ぶような体躯だ。その面立ちは中性的で、成人したかしていないかといった幼さを残している。
染色していない少しくすんだ白の生成りのローブに身を包み、装飾品は額に嵌まった銀環に貴石をいくつも連ねた鎖だけ。特異なのは生まれつきだという新雪のような白い髪と世にも珍しい黒曜石のような瞳だ。いかにも術士然とした姿のこの青年は、名を麗筆と言い、このゼイルードの騎士たちの間では悪名高き魔導師であった。
この魔導師とキノコの取り合わせとくれば、勘ぐらないほうがどうかしている。さっそく騎士たちの告げ口――もとい注進があり、ゼイルード私設騎士団の副長を務めるピアスが出向くことになったのだった。
普段はどこか垢抜けない、野暮ったい、痩せ型中背の印象に残らない男にすぎないピアスだが、その糸目が開かれ尖った犬歯が口から覗くとき、相手は己の血を見ることになる。彼は血で血を洗うような激戦をくぐり抜けてきた、傭兵上がりの実力者なのだ。
麗筆とピアスの関係は、ある意味では悪事に加担する仲間であり、ある意味では咎人と仕置人であり、またある意味では互いの体を隅々まで知り尽くした仲でもある。まぁ、恋人同士だと思っているのはピアスだけ、なのではあるが。
そんなわけで、麗筆が何か妙な動きをすれば、それを止めに行くのはピアスの役目、ということになっている。ピアスは足音を殺して麗筆に近づくと、後ろからその無防備な首元をぐっと掴んだ。
「わっ!?」
「せ~んせ、な~にしてんの」
「ピアス君じゃないですか。ここで何してるんです? もしかしてサボりですか?」
「仕事っすわ」
クスクス笑う麗筆をピアスは呆れ顔で見下ろした。ついでに観察してみれば、麗筆の持つカゴにはキノコが入っているだけで、他は特段変わったところはない。ただし、山育ちではないピアスにキノコの同定は無理だ、これがヤバい代物かどうかの区別はつかなかった。
「んで~、そのキノコなんすけど、何すか。ヤバいやつ?」
「これはですね、森の人に頼んで朝一番に採ってきてもらった、とっても美味しいキノコなのですよ!」
首の後ろを掴まれたままの状態ながら、麗筆はパアッと明るい笑顔を浮かべた。
「森の人? ああ、殿下の森の管理人ね。それで、今夜はもしかしてキノコ鍋でも振る舞ってくれんですかねぇ」
麗筆のカゴに入っているキノコは少量で、業者が卸すような量ではなかった。だが、当直の騎士たちに振る舞う鍋の具材のひとつとして考えるなら、まったく足りないというわけでもない。
ピアスだって本当なら塩を振って串焼きにしたり、バターでソテーしたり、ステーキの付け合せにしたいところだが、鍋に入れればそれはそれで良い出汁になってくれるに違いない。
だが、麗筆の反応はピアスが思っていたのとは違った。クスリと笑んだ魔導師は、カゴを抱きしめてウットリしながらピアスの鼻先にキノコを差し出してきたのだ。
「これらのキノコはすべて、ひとくち齧るだけ……いいえ、胞子を吸い込んだだけで吐瀉物を撒き散らしながら苦しみぬいて死に至るものばかりですよ。でもとっても美味しぃぎゃあああああっ!?」
「近づけんなや、このポンコツ魔導師がぁ!」
まずキノコを持った麗筆の手を叩き落とし、次に顔面に渾身のアイアンクローをかましつつの罵倒だった。
「チッ、これ没収な、没収。上着寄越せや」
「ひえぇん! 何なんですかぁ!」
「人の鼻先に猛毒キノコぶら下げといて『なんで』もクソもないんだよ」
ピアスは麗筆から剥ぎ取った上着でキノコの入ったカゴをくるむと、その辺でゴミを焼いていた男たちに一言断ってから上着ごと炎に投げ込んだ。
「あああ~! 何するんですかぁ、ピアス君! ひどいじゃないですかぁ~!」
「うるせー。団長ぉ、このヒト、猛毒キノコ持ってましたぁ! 騎士たちに一服盛るつもりみたいです!」
「ちょ、違っ、人聞きの悪い!」
麗筆は真っ青になった。
ピアスが団長と呼ぶのはただひとり、ゼイルード公設騎士団の長であり、私設騎士団の長も兼ねているトマス・オブライエンだけである。公私ともにすべてをアウグストに捧げている彼は、よく問題を起こす麗筆を快く思っていないのだ。
しかも折り悪く、ちょうど本人が通りかかったところだった。ピアスの声に、城の外廊を歩いていたトマスは立ち止まり、振り返った。硝子玉のような無機質な瞳が麗筆を射る。
「毒キノコか。始末したのか」
「はい、焼いときましたぁ。コイツどうします?」
「ピ、ピアス君っ!」
麗筆は抗議するようにピアスの服を引っ張る。しかし、トマスがジロリと睨むと、すぐさまピアスの後ろに隠れた。
「……そうだな。適度に痛めつけてやれ。拷問部屋を好きに使っていいぞ」
「おっ、やりぃ~! んじゃ、楽しんできま~す!」
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