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二章「結婚の儀」
閑話「ヒビスクスの涙」
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「しゃんとせんか!」怒鳴り付けられ、もう一発喰らった。いつもは優しい隊長が、訓練では鬼になる。その声は昔と変わらない。
おれは五才で母親を亡くした。ただの風邪だと言ってたのに、朝になったら冷たくなってて。料理屋勤めやら内職やら、とにかくよく働く人だった。
女手一つでやんちゃなおれを育てくれた。周りの人も巻き込んで、いつも大声で笑って怒って、毎日賑やかな人だった。父親の事は聞いたこともなかった。
近所の人達が小さい神殿で葬式をしてくれて、そのままそこで育てて貰った。自分に何かあった時にはそうしてくれと、母親が寄進して頼んでおいてくれたらしい。
神殿の手伝いをしながら、孤児仲間と一緒に勉強したり遊んだり、それなりに楽しかった。ただ食事が少なくて、いつも腹を空かせていた。
十才になった時に、父親の使いだという男が訪ねて来た。おれは貴族の庶子で、五人だか六人だかの異母兄弟らがいたらしい。
おれは、父親に引き取られるのが怖くなった。そんな境遇の男の話を聞いていたからだ。そいつは酔っぱらっては、神殿の裏で寝転がってぶつぶつ言ってた。
「何が貴族だ。ただの下働きじゃねえか。飯もろくに食わさねぇ癖に、文句ばっかり言いやがって。奴隷みたいなもんだ」同じ事ばかり言うから、覚えてしまった。
飯が食えないのも、奴隷になるのも嫌だった。また使いが来る前にと、おれは世話になってた神官に、飯を食わせてくれる勤め先を紹介してくれと頼み込んだ。
俺を引き取ってくれたのは、王都の騎士団だった。使いっ走りやら、掃除やら洗濯やら。やる事は山のようにあったけど、飯だけは腹一杯食わせてくれた。
おれはどんどんデカくなって、騎士達が面白がって教える素振りやら、運動やらを必死でやった。力が余ってしょうがなくて、何かしていたかったんだ。
十五才になる頃には、騎士団の入団試験を受けると決めていた。物静かな男前の『隊長』が、受けてみろ、と言ったんだ。おれは隊長に憧れていた。
試験前のある日、訓練を終えてから、おれは高い熱を出した。一晩一人で唸り続けた翌朝、気付いたら治癒師が治癒魔法を掛けてくれていた。
「え? おれ、いいです。治療代もないし」止めようとしたおれを、隊長が殴った。
「バカ野郎! 具合が悪いなら、なんで言わないんだ!」泣いていても、隊長は格好良かった。
十六になって、無事試験に合格した。騎士団に入団したおれを、隊長が連れ出した。
「お前の父親と兄が王都に来ているそうだ。挨拶だけはしておけ」と言われても。
「……何と言ったらいいのか、分かりません」会った事もないし、関わるつもりもない。
「親子なんだ。顔を見せるだけでいい」隊長に言われた通り、ただ顔を見せて頭を下げた。
父親も兄貴もデカいし髪も赤い。血は繋がってるだろうと思った。それだけだけど。
隊長と寮に帰る時に、何でか泣いた。理由は今も分からない。
「隊長。新領地には、いつ向かうんですか?」いつもみたいな声が出ないのはなぜだろう。目出度《めでた》い事なのに。
「お前達の結婚式が終わってからだ」隊長が笑った。
「なに泣いてる。自分は何年も王都を離れてた癖に」くしゃっと頭を撫でられる。だって、帰って来たらいつも、隊長がおかえりって言ってくれたから。
「今度はお前が迎えてくれ。息子が婿にもなるんだ。大切な娘を頼むぞ」隊長の手も声も、優し過ぎると思った。
おれは五才で母親を亡くした。ただの風邪だと言ってたのに、朝になったら冷たくなってて。料理屋勤めやら内職やら、とにかくよく働く人だった。
女手一つでやんちゃなおれを育てくれた。周りの人も巻き込んで、いつも大声で笑って怒って、毎日賑やかな人だった。父親の事は聞いたこともなかった。
近所の人達が小さい神殿で葬式をしてくれて、そのままそこで育てて貰った。自分に何かあった時にはそうしてくれと、母親が寄進して頼んでおいてくれたらしい。
神殿の手伝いをしながら、孤児仲間と一緒に勉強したり遊んだり、それなりに楽しかった。ただ食事が少なくて、いつも腹を空かせていた。
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おれは、父親に引き取られるのが怖くなった。そんな境遇の男の話を聞いていたからだ。そいつは酔っぱらっては、神殿の裏で寝転がってぶつぶつ言ってた。
「何が貴族だ。ただの下働きじゃねえか。飯もろくに食わさねぇ癖に、文句ばっかり言いやがって。奴隷みたいなもんだ」同じ事ばかり言うから、覚えてしまった。
飯が食えないのも、奴隷になるのも嫌だった。また使いが来る前にと、おれは世話になってた神官に、飯を食わせてくれる勤め先を紹介してくれと頼み込んだ。
俺を引き取ってくれたのは、王都の騎士団だった。使いっ走りやら、掃除やら洗濯やら。やる事は山のようにあったけど、飯だけは腹一杯食わせてくれた。
おれはどんどんデカくなって、騎士達が面白がって教える素振りやら、運動やらを必死でやった。力が余ってしょうがなくて、何かしていたかったんだ。
十五才になる頃には、騎士団の入団試験を受けると決めていた。物静かな男前の『隊長』が、受けてみろ、と言ったんだ。おれは隊長に憧れていた。
試験前のある日、訓練を終えてから、おれは高い熱を出した。一晩一人で唸り続けた翌朝、気付いたら治癒師が治癒魔法を掛けてくれていた。
「え? おれ、いいです。治療代もないし」止めようとしたおれを、隊長が殴った。
「バカ野郎! 具合が悪いなら、なんで言わないんだ!」泣いていても、隊長は格好良かった。
十六になって、無事試験に合格した。騎士団に入団したおれを、隊長が連れ出した。
「お前の父親と兄が王都に来ているそうだ。挨拶だけはしておけ」と言われても。
「……何と言ったらいいのか、分かりません」会った事もないし、関わるつもりもない。
「親子なんだ。顔を見せるだけでいい」隊長に言われた通り、ただ顔を見せて頭を下げた。
父親も兄貴もデカいし髪も赤い。血は繋がってるだろうと思った。それだけだけど。
隊長と寮に帰る時に、何でか泣いた。理由は今も分からない。
「隊長。新領地には、いつ向かうんですか?」いつもみたいな声が出ないのはなぜだろう。目出度《めでた》い事なのに。
「お前達の結婚式が終わってからだ」隊長が笑った。
「なに泣いてる。自分は何年も王都を離れてた癖に」くしゃっと頭を撫でられる。だって、帰って来たらいつも、隊長がおかえりって言ってくれたから。
「今度はお前が迎えてくれ。息子が婿にもなるんだ。大切な娘を頼むぞ」隊長の手も声も、優し過ぎると思った。
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