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◆四年前 ネルザス大森林、月光樹の洞2 // ◇現在 名も無き開拓村、ユーデルの宴会
しおりを挟む◆ ~四年前~ ネルザス大森林、月光樹の洞2
「じ、時間に干渉する……?」
俺は、ユーデルの言葉にあっけにとられていた。
流石にそんな途方も無い魔術があるとは想像もしていなかった。
レネスも俺と同じように驚いている。
「それは……凄いというか……人に扱えるものなのですか?」
「時間に干渉するといっても、万能の魔法では無いさ。たとえば自分が若返ったり、あるいは未来や過去を見たり……といったことができるわけじゃない。神様だってそれは難しいだろう」
「じゃあ、どんな魔法なんです?」
「物体や一部の植物など、魂魄の無いものの時間を操る魔術さ。たとえば食料の時の進みを遅くして長く保管したり、時の進みを早めてあえて腐らせたり鉄を錆びさせたり……あたりだろうね」
「いや、それでも十分に凄いと思うんですが」
物体の時間を止められる、ということは幾らでも応用が利くだろう。
レネスは今ひとつわかってない感じだ。
多分俺が、地球のSF小説やアニメなどを見てるがゆえの発想だろう。
「そうかい? これを言うと大抵がっかりされてしまうのだけどね。莫大な魔力を費やしてまでやることじゃない、割に合わないって」
ユーデルは謙遜するように言うが、レネスがそれに問いかける。
「……ユーデル様がそれを欲しがるってことは、それの使い道があるということでは?」
「正解。さすがは聖女様」
「や、やめてください、様だなんて」
「ふふ。レネスの仰る通り、ちゃんと使い道はあるんだ。なにより、ぼくの研究に必要だからね」
「研究ですか……?」
「ああ。ぼくはエルフのみならず、多くの国の食糧事情を解決したいんだ」
そう言い切るユーデルの顔は、希望に満ちていた。
「これがあれば効率的に保存食を作ったり、植物の世代交代を早めて痩せた土地でも育つ麦を作ったり……色んな応用ができるはずなんだ」
「すごいです!」
「ああ、本当に凄い」
俺とレネスは、ユーデルを心底尊敬した。
こんなに志の高い人と今まで出会っただろうか。
「はは、そう褒めないでくれ、恥ずかしい」
「いや、そんな理想を持った人に出会ったのは初めてだ。ぜひ実現に向けて頑張ってほしい」
「そうですね! 私達も協力します!」
「ふふ、ありがとう。面白いものができたら君らにまっさきに知らせるよ」
「そういえば、これがあれば勇者様の世界の味噌や酒も造れるかもしれませんね」
「ミソ? なんだいそれは?」
ユーデルが不思議そうな顔をする。
「ああ、俺の元いた世界にあった食べ物だよ。大豆とかを発酵させた保存食なんだ」
そういえば、日本の食べ物を一年以上食べてない。
流石に醤油や味噌の味が恋しくなって辛いときもあるが、こればかりはどうしようもない。
「豆や麦を発酵させたものならあるよ。しょっぱくて臭いが独特だからエルフでも好みが別れるけれど……冒険が終わったら分けようか?」
「ほ、本当か!?」
その話を聞いて、俄然やる気が出てきた。
食い気というのは大事だな。
「勇者様」
「ん? どうした、レネス?」
「……私も、一緒に食べて良いですか?」
「ああ、もちろんだ」
「良かった。わたし、勇者様の世界の料理の話を聞くのが好きで……。実はずっと食べたいって思ってたんです」
レネスは頬を赤く染めながら、そんなことを言った。
ここを目指して旅をして、本当に良かった。
「さて……それじゃあ休憩もそろそろ切り上げようか」
「ああ!」
ここから、本当の探索が始まる。
エルフの秘奥が眠る、月光樹の洞の最深部だ。
◇~現在~ 名も無き開拓村、ユーデルの宴会
「よし、と……」
先日のダルクレイとのケンカで田畑が荒れてしまい、レネスにしこたま怒られた。
稲刈りは終わっていたから良いものの、そうでなかったら大損害だった。
「ハルトー、終わったー?」
「おう、終わった」
「ならよし! ご飯にしよっ!」
家からのそのそと出てきた嫁さんは、再び息を吹き返した田畑を見て納得してくれたようだ。
まあ、えぐられた土を元通りにするという重機の如き圧倒的なパワーさえあれば何とかなる。
面倒な仕事でもないのでさほどやりがいもないが、腹は減った。
「ジル、晩ごはんはなに?」
「卵とキノコの炒めもの、あとはおひたしです」
テーブルには炒めものが乗った大皿に、小鉢に入れられたほうれん草……に似た野菜のおひたし、そして粥が並んでいた。
「ジルも上手くなったな」
「はい、ありがとうございます!」
「しかしジルは味噌味が好きだな」
炒め物は味噌ベースだった。
地球の定食屋の味を思い出す。
「好きっていうか便利ですんで……。あ、他の味が良ければそうします」
この世界の庶民は、あんまり料理のバリエーションが無い。
まあそれが当然だろう。食材も調味料もなんでも手に入る地球のスーパーやコンビニの方がおかしいのだ。ただし、この村においては実験的にいろんな野菜や調味料を作っているので、地球ほどではなくとも中々の種類の食材が手に入る。特に、大豆から味噌を作り出したのは革命的でさえあった。
「そういえば、ご主人様、味噌がそろそろなくなりそうです」
「あ、もう在庫が無いか」
「どこで手に入れてるんですか?」
「知り合いが作ってるんだよ。買いに行くか」
◇
朝食が終わった後、俺はレネスとジルと共にとある場所を目指した。
さほど遠くではない。3キロ程度歩いた森の中だ。森の中もこれといった獣や魔物も出ない安全な場所だ。ジルは一人で行けますと言ったが、とある心配があって直接案内することにした。レネスが着いてきてるのはただの気まぐれに近い。久々にあいつの顔を見たいのだろう。
「あの、ご主人様」
「なんだ?」
「……その、なんだか変な匂いがしませんか?」
「するなぁ」
この発酵臭とアルコール臭、嗅ぎ慣れない子供にはなかなか辛かろう。
さっさと用を済ませて帰りたい……と思ったところだが、
「そーれ! そーれ! あ、そーれそーれそーれ!」
「うまーい酒がでーきったぞー!」
「かーんぷぁーい!」
……なんとも脳の中がハッピーな歓声が聞こえてきた。
愉快な太鼓や弦楽器の音も聞こえてくる。
「な、なんですか、これ」
ジルちゃんが引き気味に尋ねた。
「あいつら出来上がってるな……まあ気にしなくていい、用を済ませたらすぐ帰ろう」
「そうだねぇ……捕まっちゃうと帰れないねぇ」
俺もレネスも溜息を吐く。
別に俺達は酒が嫌いというわけではないが、彼女達のようなクジラの如き飲みっぷりについていけるほどではない。
おどおどするジルを連れて森の中の小道を歩く。
歓声嬌声が徐々に大きくなる。そして…
「おや? おーおー、勇者様と聖女様のご到着だぁ! さあさ、かけつけ一杯!」
「一杯とか言いながら壺ごと渡すんじゃねえよ!」
焚き火をかこいながら、美男美女達が酒を飲み騒いでいた。
彼女らは赤ら顔で歌を歌い、踊りを踊り、好きなようにご乱行三昧していた。
だが、一般の人間と違うところがある。長い耳だ。
「えっ、こ、この人達……エルフ……!?」
「……まあ、うん」
定義の上では間違いなくエルフだ。
静謐な森の中で自然と共に生きる理知的で聡明な種族であり、人間を含む多くの種族は畏敬の念を抱いている。
だが実際のところエルフは、人間とあまり変わらない。文化や風習は確かに自然主義に傾倒しているが、肉を食うし性欲もある。無欲な奴もいるが名誉や箔にこだわる俗人も居る。崇高な救世主もいれば、野心的な悪党も居る。
「おお、その子がジルちゃんか。ダルクレイから聞いたよ。ようこそ我らが村に! お酒好きかい!?」
「子供に飲ますんじゃねえよ!」
「おお怖い怖い。自然の恵みを分かち合おうと言うのに……ふう」
などと言いながら、また壺から直接ぐびぐびと酒を飲んでいる。
こいつの顔からげふうと酒臭い息が出るのはいつまで経っても見慣れない。
出会った頃は本当に清貧な人だったんだが……。
「ジル。この酔っ払いがこの村のエルフのまとめ役、ユーデルだ」
「は、はぁ……どうも……」
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