7 / 34
本編
フォロワー数 ***,***人 累計good評価 ***,***pt
しおりを挟む「だから! これ以上の施しは不要だと言っているんです!」
「なんで?」
「頂く! 理由が! ありません!」
誠はアリスの隙あらば鏡の向こうの世界におにぎり、パン、駄菓子、誠の作った料理が入ったタッパー、あるいは食料品以外の生活用品――肌着やタオル、布団、歯磨きなどなど――を放り投げていた。
しかしついにアリスは、欲望を振り切って怒りの声を上げた。
「お金の無駄遣いでしょう! 私などに与える余裕はあるのですか!」
「レストランやってたらどうしたって食材は余っちゃうんだよ。食べて貰えるほうが嬉しい。それに布団やシーツも余ってたやつだし」
アリスの叱責に、誠は気にしないとばかりに肩をすくめた。
消耗品がほとんど新品であることについてはしれっと黙っていた。
「そ、それでも時間と金を費やしてくれていることには変わりないでしょう!」
「……じゃあ聞くけれど、アリス」
「なんですか」
「たとえば目の前で、死にそうなくらい腹を空かせてる人間がいたとする。そして今の自分の手元には、食べきれなくて腐って捨てるしかない料理があるとする。どうする?」
うっ、という声がアリスの口から漏れた。
「そ、それは話が違います」
「どんな風に?」
「私はなにも、あなたから施しをもらわなくとも生きていけます」
「あーあ、残念だなぁ。今日はカレーにしようと思ったのに」
「ううっ」
カレー。
もはやそれはアリスの一番の大好物となっていた。
「今日は前のカレーとは違って、バターチキンカレーを作ろうと思うんだ。ルーを使わずに香辛料を使う。さらにカシューナッツをふやかして砕いてカシューナッツミルクでコクを出す。追いバターも入れる。でもこれ、一人分だけ作るのもかえって面倒でさ、寸胴いっぱいになるくらい作りたいんだ。誰か食べてくれる人が居ると助かるんだが、断られるとは思ってなかったなぁ……あーあ、悲しい」
「ぐっ、ぐぬぬ……!」
「一緒に食べてくれる人がいたらなぁ……」
「マコト……それは卑怯です……!」
◆
そして、気付けば再びアリスは流された。
カレーの芳醇な香りに抗うことなどできなかった。スパイシーかつコクのあるバターチキンカレーは、前回のカレーよりも好きかも知れないとアリスは思った。
「くっ……欲望に流された自分が憎い……!」
「お粗末様でした」
誠は、3皿分をぺろりと平らげたアリスを満足そうに眺める。
「中に入った鶏肉の軟らかいこと……これは反則です……!」
バターチキンカレーは基本チキンだけが具材だが、誠はそこにブラウンマッシュルームを入れることで食感と旨味を強調していた。それによって、香りだけで頭がやられていたアリスは更なるカレーの深みへと引きずり込まれていった。
「次は豚の角煮を使ってカレーを作ろうと思うんだ。今回はマッシュルームを使ったけど、マイタケも悪くないかな」
「キノコですか……子供の頃はよく摘みに行ったものです」
「そっちの世界にもキノコあるのか。どんなのがあるのか興味あるな……。ところで今日は酒があるんだ。アリスは酒飲む人?」
「酒ですか」
「あ、もしかして苦手? っていうか今まで聞いてなかったけどアリスいくつ?」
「26歳です」
「……あ、そうなんだ」
誠は思った。
26歳にはとても見えないくらい小さいな、と。
だがアリスは、誠の反応を勘違いして怒りの声を上げた。
「も、文句ありますか! どうせ行き遅れです!」
「いやいや、単にお酒飲んで良い年齢か聞きたかっただけだって! 他意はない!」
「同じ部隊に居た人達からも早く結婚しろって言われましたし……。戦争終わったから結婚しなきゃって思ってもこんな境遇になってしまいましたし……」
「ま、まあまあ! 人生これからじゃないか!」
「……これから」
アリスが、真っ白な表情で呟いた。
「これから、なんてものはありません」
「い、いやいや」
「……でも」
「ほ、ほら! 今日はビール買ってきたんだ! 飲もう飲もう!」
「ビール……」
「麦で作った醸造酒なんだが……」
「エールのようなものですか?」
「まあエールビールじゃなくてラガービールなんだが、大体そんなもんだよ」
誠はビアグラスをアリスに渡し、そこに缶ビールを注ぐ。
透き通った金色の液体が、鏡の向こう側のグラスへと吸い込まれていった。
「これは……綺麗な金色ですね。それに全然濁ってません」
「さあ、乾杯しよう乾杯!」
誠は暗くなったアリスの気分を払拭しようと、酒の勢いに頼った。
それがいけなかった。
◆
「……というわけなんですよぉ。聞いてますかマコト!」
アリスは、酔うと絡むタイプだった。
しかもザルだ。
すでに誠が用意したロング缶ビール10缶、全て飲み尽くした。
それだけでは足らず、甲類焼酎の水割りをがばがばと飲み始めている。
誠はすでに自分のリミットを超えつつあるのを自覚して、こっそり水割りではなくお冷やを飲んでいた。
これ以上酒に付き合って意識を失ったり寝たりするわけにはいかなかった。
絡み酒とはいえ、相当に重く真剣な話を聞かされていた。
今アリスが話しているのは、嘘偽りない自分の境遇についてだ。
「……苦労したんだな」
「本当ですよ! あんなに頑張って魔王を倒したってのに、王も側近たちも手の平を返して! あの恩知らずども、全員地獄に落ちれば良いのに!」
アリスは誠に、吐き出すだけ吐き出した。
子供の頃に親を流行病で亡くし、孤児院に引き取られたこと。
孤児院は忙しかったが、それでも楽しく暮らしたこと。
孤児院を出た後は洗濯屋で住み込みで働いて、ようやく人並みの暮らしができるようになったこと。
そこの店主に、店主の息子との見合いを勧められたこと。
その頃に魔王が現れて国を荒らし回り、見合いどころではなくなったこと。
教会に呼び出されて不可思議な儀式を行ったら、お前は魔王を倒す力を持った聖女だと言われたこと。
いきなり軍に放り込まれて兵士生活が始まったこと。
始めはひどく辛かったが、同じ兵士仲間が支えてくれたこと。
いじめたりからかったりする意地悪な兵士もいたこと。
訓練所が魔王の軍勢に襲われ、唐突に初めての実戦を迎えたこと。
優しい兵士も、意地悪な兵士も、戦いの中で死んでしまったこと。
それ以来、今までより必死に訓練に打ち込み、とにかく強くなろうとしたこと。
一人の聖女とは育ちが違いすぎてひどく嫌われていたこと。
もう一人の聖女はちょっと抜けているが、優しく自分の世話をしてくれたこと。
皆と協力して魔王を打ち倒したこと。
魔王を倒した功績が大きすぎて、国から厄介者扱いされたこと。
もはや死刑と変わらないような国外追放と迷宮探索の罰を受けたこと。
元平民の聖女ということで皆が手の平を返したこと。
それでも精一杯の手助けをしてくれた戦友もいたこと。
ここで死のうと思っていたときに、突然異世界の料理人が助けてくれたこと。
今はちょっと酒を飲み過ぎて吐き気がこみ上げてきたこと。
「うっ、きぼちわるい……」
「ああっ、ま、待った! ほら、袋に吐いて!」
「おえええっ……えほっ、げほっ」
誠はアリスにビニール袋を渡した。
こういうとき背中をさすってやるものだが、それはできなかった。
『鏡』が隔てる向こう側の世界に、生身の腕を伸ばすことはできない。
「……よし」
吐き出したものが入ってるビニール袋を、誠はある道具を使って引き寄せた。
「これが役立つとはなぁ」
マジックハンドだ。
プラスチックの玩具ではなく業務用の頑丈なもので、それなりに重い物でも掴める。ゴミ拾いをする感覚で、吐瀉物の入ったビニール袋や転がった空き缶などをひょいひょいと回収していく。
「すっ、すみませ……」
「良いって、全部任せて」
「はい……」
「他には、何かない?」
「ほか?」
「食べたいものとか、やりたいこととか」
「そうですね……。蜂蜜酒をもう一度飲みたかったです。功績をあげた兵は上官から瓶ごと支給されて、それが羨ましくて……」
「ミードか。ああ、それなら輸入品店とかリカーショップで探せば手に入るな。あ、通販の方が早いかな? ともかく買ってくる。他には?」
アリスは酔いの回った虚ろな顔のまま、ぽつりと呟いた。
「結婚したかったです」
「結婚」
「とはいえ、もうこんな歳です。後妻や側室を求めるような人にしか相手にされません。いや、そもそも、こんな無骨な生き方をしてる女など見向きもしないでしょう」
「そんなことないって」
「慰めはやめてください」
「いや慰めとかじゃなくて。愚痴はどんどん出して良いけど、そうやって卑下するのはよくない」
「では聞きますけど、マコトが結婚してくれるとでも言うんですか?」
と言って、アリスは焼酎の水割りを一息で飲み干した。
「いいよ、結婚しよう」
「は?」
アリスは誠の顔をまじまじと見つめる。
「俺もコンパ行ったり婚活したことはあるけど、どうもピンと来なくてさ。俺は結婚するならアリスみたいな人がいいよ」
そこで、アリスは吹き出した。
けたけたと、子供のように笑った。
「そんなに面白かったか?」
「いえ、とても嬉しい……夢みたいです」
「別に夢じゃないけどな」
だがしばらくするとアリスはそのまま鏡の前で寝入った。
静かな寝息が聞こえてくる。
「ったく、風邪引くんじゃないか」
誠は、マジックハンドを使って器用に毛布を掛けた。
誠から見たアリスは、聖女などではない。
心に傷を負った、さみしがり屋の、ただの26歳児だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうやら俺は、魔王を倒した英雄の両親より強いらしい。~オリハルコンを斬ってくっつけたら試験無しで王立学園に入学、いろいろやらかすハメに
試運転中
ファンタジー
山を割るほどに剣を極めたおとん「ケン」と、ケガなど何でも治してしまうおかん「セイ」。
そんな二人に山で育てられた息子「ケイ」は、15歳の大人の仲間入りを機に、王都の学園へと入学する。
両親の素性すらも知らず、その血を受け継いだ自分が、どれほど常軌を逸しているかもわからず。
気心の知れた仲間と、困ったり楽しんだりする学園生活のはずが……
主人公最強だけど、何かがおかしい!? ちょっぴり異色な異世界学園ファンタジー。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~
ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」
聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。
妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。
寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。
「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」
最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。
だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった!
ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。
最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。
一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。
今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。
けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。
「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」
無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!
スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。
夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。
しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた!
ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。
噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。
一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。
これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい
夏見ナイ
ファンタジー
「お荷物」――それが、Sランク勇者パーティーで雑用係をするリアムへの評価だった。戦闘能力ゼロの彼は、ある日ついに追放を宣告される。
しかし、パーティーの誰も知らなかった。彼らの持つ強力なスキルには、使用者を蝕む”代償”が存在したことを。そして、リアムの持つ唯一のスキル【代償転嫁】が、その全てを人知れず引き受けていたことを。
リアムを失い、スキルの副作用に蝕まれ崩壊していく元仲間たち。
一方、辺境で「呪われた聖女」を救ったリアムは自らの力の真価を知る。魔剣に苦しむエルフ、竜の血に怯える少女――彼は行く先々で訳ありの美少女たちを救い、彼女たちと安住の地を築いていく。
これは、心優しき”お荷物”が最強の仲間と居場所を見つけ、やがて伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる