【本編完結】契約結婚の後は冒険譚を綴ります

しろやなぎ

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 ――え?

 ラファエルは自分に何が起きたのか、判断できずにいた。誰かの腕が背後から抱えるように肩と腹部に回されている。

 口の中に布を押し込められて鼻での呼吸しかできない。しかも、何か分厚い布の中にいて余計に呼吸がしにくい。

 ――あ、精霊魔法が使えない。

 この状況をどうにかしようと思い、ようやく気がついた。ラファエルは息を吐き出すことが出来なければ精霊魔法を使えない。

「久しぶりだな。…お前、変わったなぁ」

 随分昔に聞いた声。その頃よりも太く掠れた声。あっ、と思い出した瞬間、腕が小刻みに震え出す。思考が止まる。無力感に襲われる。ラファエルは力なく床にへたり込んでしまった。

 そんなラファエルの姿を見下ろした男が、ふんと鼻を鳴らして分厚い布を剥がす。

 そこにいたのは、想像通り栗色の髪と瞳を持つラファエルの家族だった男、義弟のグスタフだった。








 ラファエルは、クリストフが作った防音と認識阻害の壁のすぐ横で、ふたりの会話が終わるのを待っていた。

 時折話しかけたそうに視線を送ってくる人たちがいたが、今はまだひとりで会話をする自信はない。コルネリウスが言ったように、自分から声を掛けなければ、彼らから話しかけてくることは無かったので、何か大切な話をしているであろうふたりを見たり、時折庭園のバラを眺めたりしていた。

 すぐ近くにノーラがいてくれたこともあって安心していた。その安心感がラファエルの隙を作ってしまったようだ。

 周りの全ての視線が一瞬、ラファエルから外れた。クリストフからもコルネリウスからもノーラからも。ラファエルに話しかけたそうにしていた視線からも。

 グスタフはその瞬間を見逃さなかった。



 グスタフは今朝、貴族なら誰でも新年祝賀会に参加できるため登城した。そして宮殿から転移魔法陣を潜る際には、ようやく国外の闇市場で探し出し、大金を払って手に入れた透明マントを被っていた。

 この透明マントは高度な闇魔法の隠蔽が付与された魔道具だ。マントを被った状態だと音も匂いもかき消されてしまい、フローベルガー公爵家のカラスでもそう簡単に気づくことはできない。そうやってグスタフはフローベルガー公爵家の庭園に入り、参加者が受付をしている横をすり抜けていった。

 会場の中を物色しつつ、目当ての人物を探す。そして見つけた義兄。あの瞳の色と髪の色は間違いない。

 ラファエルからすべての視線が外れた瞬間、グスタフは被っていた透明マントの中にラファエルを引き込み抱え込んだ。瞬時に声を出せないよう、口に布を押し込んで、先ほど盗んだ救護用の転移魔法のスクロールを引き裂く。その行動に迷いはなく、全てが手馴れていた。

 転移先は公爵邸の客室のひとつだ。新年祝賀会の参加者は全員が貴族。その為、プライベートをしっかりと守るために、転移先はそれぞれ個室となる。それはグスタフにとって好都合だった。

 今日まで入ったことの無い邸宅では、この部屋が広い邸宅のどの位置にあるのかさえラファエルには分からない。契約の呪が発動していないのだが、混乱したラファエルには、ここが公爵邸の中だと判断することは出来なかった。

 しかも今の彼は、かつての抵抗することを諦めたラファエルに戻ってしまっていた。



「お前さぁ、俺の代わりに公爵家に来て、いい思いしてるんだなぁ?ほんっとに腹が立つ。なんでだよ。なんでみんなお前なんだ?」

 そう言うグスタフは苦しそうに言い放つ。

「何だよ、震えちゃってさぁ。久々の再会じゃないかぁ」

「お前には分からないだろうなぁ。お前のおかげでめちゃくちゃなんだよぉ」

「母さんは急に消えちゃうし…まぁ俺がこれ欲しがったから、これ買って送ってくれたんだけどぉ、まさか俺を置いて、そのまま逃げるなんて思ってなかったしなぁ…はははっ!」

 そう言ってつま先で透明マントを軽く踏む。

 ジニアは、数週間前から、何者かがワーグナー伯爵家と自分たちの事を調べていると知る。それはカラスに金を掴まされて情報を渡した使用人が、その情報をまたジニアに売りに来たため知り得た事だった。

 息子のグスタフと話をすれば、今まで何度もラファエルの暗殺に失敗しているという。もう逃げようとグスタフに言っても、息子はラファエルを亡き者にすることに執着しているようで話にならなかった。

 ジニアは、息子がもう取り返しのつかない状態であることを悟った。そして自分が生きることを選んだ。

 いくつもの宝飾品と持ち出せる現金を鞄に摘め込み、グスタフが求める透明マントの買い付けに隣国へ渡る。

 そして目当ての物を見つけると、手紙と一緒に荷物を送った。


 ―― グスタフ へ

   あなたの欲しがっている魔道具を見つけたわ。
   でも無茶な事はもうお辞めなさい。

                  母 ジニア ――


 まるで自分は息子を諭しているだけのようなその簡潔な内容に、グスタフは母親にも捨てられたのだと悟った。



 ――結局そうなるのか。

 かつて…とても幼い頃、俺にも父と呼べた人がいた。

 でも母との仲が終わっただけなのに、急に自分の父ではなくなった。

 ――なんで?

 それでもその人は俺に会いに来てくれた。俺には商の才能があるから引き取りたいと言っていたそうだ。だけど、母さんはそんな父を罵って追い返す。そのうち父は会いに来てくれなくなり、俺は母さんの実家へと移り住んだ。

 優しい伯父とその家族…年の離れた従兄弟たちは可愛がってくれたが、学園の寮に入っていた彼らとは、いつも一緒にいられるわけではなかった。小さな子供には高い壁があると感じていた。

 そして母さんが再婚する。新しい家族ができる。父と呼べる人ができる。同じ年の兄弟もできる。いつも一緒にいられる。やっと自分にも家族が出来る。そう思うと俺は嬉しくてしかたなかった。その家へ向かう馬車の中では心臓はどきどきとうるさく、そわそわして落ち着かなかった。

 大きな伯爵邸に着いて馬車を降りた時、そこにいたのは、上品で優しそうだけど疲れた感じの男の人と、少し恥ずかしそうに俯く男の子。この子が俺の兄さんになるんだ。そう思うと嬉しくて俺の顔は熱くなった。だって、とても綺麗で天使みたいな子だったから。つい見とれていたら目が合った。思わず微笑む。するとその子も微笑んでくれた。

 俺はこれからの日々が楽しみでならない。何をして遊ぼう。木登りは好きかな?かけっこは?魚とりはどうかな…頭の中でぐるぐる考えていた。

 だがそれは敵わないようだ。男の人は俺に“兄弟と思って”と言った。あの人の息子である、白金色がとても綺麗なあの男の子とは兄弟にはなれないのだ。

 母さんからも聞いた。「グスタフは認知はされないのよ」って。

 ――にんち?ってなに?

 要はワーグナー伯爵家の息子としては認められないってことだそうだ。次期当主を決める際に、小さな揉め事も無くしたいからとの意向だって言ってたな。

 そんな物、俺は欲しくはなかった。家族が欲しかっただけなのに。そのチャンスさえ俺にはもらえないらしい。

 ――なんだ。そうか。じゃ、もらおう。

 俺は奪うことにした。何かを奪いはじめると、それは癖になる。そしてそれが当然に思えてくる。

 いつしか、あの男の子の名前も存在も何もかも奪った。俺の物にした。

 ――なあ、俺、何か間違ってたか?









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