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消えていく日々
弱気の消えた日
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「私、明日から学園に通いますわ」
晩餐の席で告げると、家族一同が目を丸くして手を止めた。
ちなみにデューク兄さまはもうウィスタリア家に居ない。強引に届けを出して休暇を取っていたらしく、別荘から戻るや否や勤め先の王宮に連れ戻されて行ったのだ。
◆
湖畔の別荘から戻り、スプルース家との婚約が正式に解消されたと聞いた。頭でわかってはいても、また少し泣いた。
けれども兄と家を出る前に比べたら、格段に気持ちに余裕ができていた。
「腹立たしいことだが……もしもニーナが望むなら、息子の無礼は水に流して婚約を継続させようとも思った。だが」
苦々しく言葉を紡いでいた父が、話を止めてぎりりと奥歯を鳴らす。
「グリン伯爵め、息子可愛さに婚約解消を認めて欲しいと抜かしよった!」
父がテーブルに拳を落とす。ドン! と鈍い音が談話室の空気を震わせた。
「それほどバーニーは私と結婚したくないのですね」
「ニーナ……!」
ため息をつきながら溢せば、母が隣からぎゅっと抱きしめてくれた。
こんなことになってしまったが、もとはと言えばこの婚約はスプルース家から持ち込まれたものだ。バーニーは跡継ぎ息子で、私には兄が二人居る。侯爵位を持つウィスタリア家と縁続きになることはグリン伯爵たっての希望だったのだ。
我が家の家風は質実剛健。生活は華美に飾らず領民を第一に考えるべしとされてきた。そのため民は飢えず農地は豊かで、十分な報酬を受けられる騎士団は安定した武力を誇る。
しかしそれゆえに、由緒正しい家柄の割に社交界では地味な立ち位置だ。縁談が山と持ち込まれるというわけではない。高位貴族としては狙いやすい家門と言えるだろう。
スプルース家当主グリン伯爵は野心の強いタイプに見えたが、息子には甘かったということか。
「ニーナにはもっと良い縁が必ずあるわ」
そう言って、母は抱きしめる力を強くする。その向こうでディーン兄さまも頷いている。
「慰謝料は目一杯ふんだくってやる」
言葉は少ないが、兄なりに励まそうという気持ちが感じられた。
◆
そんな家族の愛情に支えられる内に、いつまでも心配を掛けるのはどうかという気になったのだ。ゆえの、学園復帰宣言である。
「無理はしなくていいのよ」
「お前の成績ならしばらく休んでも問題ない」
「そうだとも、ニーナ」
母も兄も、そして父も労ってくれる。ふふ、と小さく笑って私は言い切った。
「きっと大丈夫、マドリーン様も味方だもの」
家族は「ニーナがまた笑ってくれた」と沸いた。それを見てさらに笑みが溢れた。
バーニーを見るのは、まだ怖い。
冷たく突き放された時のことや、みっともなく縋り付いてしまった無様な自分を思い返すのはしんどいし、未婚の令嬢として格落ちした感は否めない。何より、失恋の傷口がまた開くことがつらい。それでも、前に進まなくては。家族のためにも。
その晩、ベッドに入ると窓をコツコツと叩く音がした。恐る恐るカーテンの隙間から覗くと、ぼんやりと銀色に輝く小鳥がガラスの向こうの夜空に浮かんでいる。
「メッセージバード!」
窓を開けるのを待ちわびて小鳥が飛び込んでくる。キラキラと光の粒子を振り撒きながら小鳥は私の頭上を旋回して、肩にとまった。
そっと手を伸ばすと指に飛び移る。かわいい。つぶらな瞳と目を合わせるように正面から覗くと小首を傾げてこちらを見た。
『ニーナ、クソヤローニ、ガツントカマシテコイヨ』
かわいい小鳥からとんでもない暴言が飛び出す。メッセージバードは伝言用の魔法仕掛けの小鳥。送り主の心当たりは一人だけ。
「デューク兄さま……」
下の兄は王宮魔法使いなのだ。高度な上級魔法を惜しげもなく無駄遣いしている。小鳥はしばらくどうでもいい愚痴や軽口を振り撒いて、フワリと消えた。
「ありがとう、兄さま」
いつの間にか、明日への恐怖は消えていた。
晩餐の席で告げると、家族一同が目を丸くして手を止めた。
ちなみにデューク兄さまはもうウィスタリア家に居ない。強引に届けを出して休暇を取っていたらしく、別荘から戻るや否や勤め先の王宮に連れ戻されて行ったのだ。
◆
湖畔の別荘から戻り、スプルース家との婚約が正式に解消されたと聞いた。頭でわかってはいても、また少し泣いた。
けれども兄と家を出る前に比べたら、格段に気持ちに余裕ができていた。
「腹立たしいことだが……もしもニーナが望むなら、息子の無礼は水に流して婚約を継続させようとも思った。だが」
苦々しく言葉を紡いでいた父が、話を止めてぎりりと奥歯を鳴らす。
「グリン伯爵め、息子可愛さに婚約解消を認めて欲しいと抜かしよった!」
父がテーブルに拳を落とす。ドン! と鈍い音が談話室の空気を震わせた。
「それほどバーニーは私と結婚したくないのですね」
「ニーナ……!」
ため息をつきながら溢せば、母が隣からぎゅっと抱きしめてくれた。
こんなことになってしまったが、もとはと言えばこの婚約はスプルース家から持ち込まれたものだ。バーニーは跡継ぎ息子で、私には兄が二人居る。侯爵位を持つウィスタリア家と縁続きになることはグリン伯爵たっての希望だったのだ。
我が家の家風は質実剛健。生活は華美に飾らず領民を第一に考えるべしとされてきた。そのため民は飢えず農地は豊かで、十分な報酬を受けられる騎士団は安定した武力を誇る。
しかしそれゆえに、由緒正しい家柄の割に社交界では地味な立ち位置だ。縁談が山と持ち込まれるというわけではない。高位貴族としては狙いやすい家門と言えるだろう。
スプルース家当主グリン伯爵は野心の強いタイプに見えたが、息子には甘かったということか。
「ニーナにはもっと良い縁が必ずあるわ」
そう言って、母は抱きしめる力を強くする。その向こうでディーン兄さまも頷いている。
「慰謝料は目一杯ふんだくってやる」
言葉は少ないが、兄なりに励まそうという気持ちが感じられた。
◆
そんな家族の愛情に支えられる内に、いつまでも心配を掛けるのはどうかという気になったのだ。ゆえの、学園復帰宣言である。
「無理はしなくていいのよ」
「お前の成績ならしばらく休んでも問題ない」
「そうだとも、ニーナ」
母も兄も、そして父も労ってくれる。ふふ、と小さく笑って私は言い切った。
「きっと大丈夫、マドリーン様も味方だもの」
家族は「ニーナがまた笑ってくれた」と沸いた。それを見てさらに笑みが溢れた。
バーニーを見るのは、まだ怖い。
冷たく突き放された時のことや、みっともなく縋り付いてしまった無様な自分を思い返すのはしんどいし、未婚の令嬢として格落ちした感は否めない。何より、失恋の傷口がまた開くことがつらい。それでも、前に進まなくては。家族のためにも。
その晩、ベッドに入ると窓をコツコツと叩く音がした。恐る恐るカーテンの隙間から覗くと、ぼんやりと銀色に輝く小鳥がガラスの向こうの夜空に浮かんでいる。
「メッセージバード!」
窓を開けるのを待ちわびて小鳥が飛び込んでくる。キラキラと光の粒子を振り撒きながら小鳥は私の頭上を旋回して、肩にとまった。
そっと手を伸ばすと指に飛び移る。かわいい。つぶらな瞳と目を合わせるように正面から覗くと小首を傾げてこちらを見た。
『ニーナ、クソヤローニ、ガツントカマシテコイヨ』
かわいい小鳥からとんでもない暴言が飛び出す。メッセージバードは伝言用の魔法仕掛けの小鳥。送り主の心当たりは一人だけ。
「デューク兄さま……」
下の兄は王宮魔法使いなのだ。高度な上級魔法を惜しげもなく無駄遣いしている。小鳥はしばらくどうでもいい愚痴や軽口を振り撒いて、フワリと消えた。
「ありがとう、兄さま」
いつの間にか、明日への恐怖は消えていた。
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