【完結】浮気した婚約者を認識できなくなったら、快適な毎日になりました

丸インコ

文字の大きさ
6 / 53
消えていく日々

(もと)婚約者が学園から消えた日

しおりを挟む
 見慣れた学園の前。少しばかり、本当はかなり緊張して馬車を降りる。

 学園を休んで二週間ほど。昨晩は家族の励ましがあってしっかり眠れた。ボロボロだった頃に比べたら休み前のコンディションに戻っている。少なくとも、外見的には。

「ニーナ様!」

 一歩を踏み出すのを戸惑う背中から、凛と澄んだ声が響いた。

「マドリーン様」

 タイミングが良すぎる。もしかして、もしかしなくても、私が登校して来るのを待っていてくれたのだろうか。

 ツンと澄ました表情が、今ではただかわいいものとしか見えない。セイジ侯爵令嬢、マドリーン・セラドーン。

「ありがとうございます、マドリーン様」

 温かな気持ちのまま微笑んでお礼をすると、マドリーンがつり気味の目をぱちりと丸くした。かわいい。

「ニーナ様が傷付くことは無いですわ。相手は羽虫ですもの」
「はむし」

 照れ隠しのように顔を背けて、マドリーン様が言う。やはり口が悪い。デューク兄さまと気が合いそう……だけど一緒にしてはいけない気もする。



「あの……! ウィスタリア様……!」

 マドリーン様と並んで廊下を歩いていると、唐突に、一人の女生徒が飛び出してきた。祈るように手を胸元で組み合わせ、うるうると泣きそうに潤んだ目を向けてくる。

 記憶にない生徒だが、どこかで知り合ったのだろうか? はて、と首を捻るとさらりと銀糸が肩に流れた。ゆっくり休んだおかげで髪の艶も戻っている。マドリーン様の知り合いかしらと隣を見れば、威嚇する猫のようにキュッと目を吊り上げて女生徒を睨んでいる。

「ごきげんよう?」

 とりあえず、場を和ませた方が良いのかしらと、ふわりと微笑んで挨拶をしてみる。と、なぜか隣のマドリーン様も、向かいの女生徒も、周囲にいた生徒たちまでがポカンと口を開けて時を止めた。

 ザワザワとただならぬ気配に、ますます首を傾げる。何だろう、この空気。

「えっと……? では、その、失礼しますわね?」

 唖然としたまま微妙に斜めになった姿勢で固まる女生徒の隣を、ペコリと会釈して通り過ぎる。何かしら。彼女、すごい不思議な体勢だわ。体幹強いなあ。

「やるわね! ニーナ様!」

 後ろから追いついてきたマドリーン様が興奮気味に言う。

「何のこと?」
「うふふ、ちょっとスッキリしたわ」
「あら、それは良かった」

 何のことかはわからないが、マドリーン様が楽しそうなのでまあ良いかと流すことにした。

 無事に教室に着いて、ざわめくクラスメイトに軽く挨拶をしながら席に着く。好奇の目に晒されるのは承知の上だ。バーニーに会わずに済んだだけでも良しとしよう。どうせその内、嫌でも見掛けることになるだろうけれど。

 この時の私は、ただかつての婚約者と顔を合わせずに済んだことに感謝していた。しかし。



「ねえ、マドリーン様」
「なんですの?」
「バーニー、いえ、スプルース様はもしかして学園を辞めたのかしら」
「は?」

 私が学園に復帰して早一週間。あまりにも婚約者の顔を見ないので、ランチタイムに思い切ってマドリーン様に訊ねてみたのだが。
 彼女は淑女らしからぬ顔を晒してポカンと口を開けたまま静止してしまった。珍しい顔が見れたわ。

 はっと気を取り直したマドリーン様は私の顔をまじまじと眺め、それからゆっくり、少し離れたテーブルを見た。

 そこには女生徒が一人。そしてなぜか二人分のランチプレート。連れの方が離席しているのか、それとも華奢に見えて意外と食べるタイプなのか。

「マドリーン様? あの方が何か……あ」

 そして気付いた。あの時の。婚約解消以来初めて登校した日に話しかけてきた女生徒だ。

「やっぱりマドリーン様のお知り合いですの? 彼女」

 今度こそ、マドリーン様の目は驚愕に見開かれた。そんなにおかしなことを聞いた覚えはないのだが、信じられないとでも言いたげなその視線に居心地が悪くなる。

「ニーナ様、あなた……」

 マドリーン様が何かを言いかけたタイミングで、女生徒が急にこちらを振り向いた。

「バーニー! 良いの、私は大丈夫!」

 そしてなぜか、やけに芝居掛かった口調で虚空を見つめて声を上げる。バーニーと呼んだのが引っ掛かる。かつての婚約者の名前だ。

 彼女は何かを追うような仕草でこちらのテーブルにやってきた。反射的にびくりと背を逸らしてしまう。困惑しきってマドリーン様を見れば、例のおっかない顔をしていて驚く。そんなにこの女生徒とは仲が悪いのだろうか。それならこんな風にやたら絡まれているのは気の毒な気がする。

「あの」

 私は思い切って女生徒に声を掛けた。

「失礼ながら、あなたのことを存じ上げなくて。お名前を伺っても?」

 何だか挙動のあやしい彼女を刺激しないように、微笑みを浮かべ出来るだけ優しく訊ねる。彼女は目を丸くして息を飲んだ。え? やっぱり私がおかしいの? でも知り合いではないわよね?

「いえ、その、先日から何か私に御用があるのかしらと……特に言いたいことが無いのなら、無理に聞く気は無いのだけど」

 害意は無いと伝わるかしら? 周囲の反応が理解できなすぎて、自分の発言に全く自信が持てなくなる。マドリーン様のためにも穏便に引いて欲しいだけなのだ。

 困り果てた挙句、私は固まってしまった彼女の背に手を添えて、ゆっくりともといたテーブルへ誘導した。

「とりあえず、お食事の続きをどうぞ? 」

 それから自分のいたテーブルへと戻り、食べかけの食事が乗ったトレイを持ち上げた。

「席を移りましょう? マドリーン様」

 マドリーン様は慌てて自分のトレイを手に、後から着いてきた。やはり、例の女生徒と絡むのは嫌だったのだろう。

 食堂はやけに静まり返っていた。そしてなぜかとても注目されている。

 なぜバーニーが学園に居ないのか。なぜバーニーの名を呼ぶ女生徒が絡んでくるのか。なぜそのことを聞いたマドリーン様が驚くのか。この、よくわからないやり取りを、周囲がやたら気にしているのはなぜなのか。

 何もかも、疑問だらけだった。
しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人
恋愛
公爵令嬢エルナは、熱烈に追いかけていた第一王子シオンに冷たくあしらわれ、挙句の果てに「婚約者候補の中で、お前が一番あり得ない」と吐き捨てられた衝撃で前世の記憶を取り戻す。 そこは乙女ゲームの世界で、エルナは婚約者選別会でヒロインに嫌がらせをした末に処刑される悪役令嬢だった。 「死ぬのも王子も、もう真っ平ご免です!」 エルナは即座に婚約者候補を辞退。目立たぬよう、地味な領地でひっそり暮らす準備を始める。しかし、今までエルナを蔑んでいたはずのシオンが、なぜか彼女を執拗に追い回し始め……? 「逃げられると思うなよ。お前を俺の隣以外に置くつもりはない」 「いや、記憶にあるキャラ変が激しすぎませんか!?」

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

婚約破棄ですか? 損切りの機会を与えてくださり、本当にありがとうございます

水上
恋愛
「エリーゼ・フォン・ノイマン! 貴様との婚約は、今この瞬間をもって破棄する! 僕は真実の愛を見つけたんだ。リリィこそが、僕の魂の伴侶だ!」 「確認させていただきますが、その真実の愛とやらは、我が国とノイマン家との間で締結された政略的・経済的包括協定――いわゆる婚約契約書よりも優先される事象であると、そのようにご判断されたのですか?」 「ああ、そうだ! 愛は何物にも勝る! 貴様のように、金や効率ばかりを語る冷血な女にはわかるまい!」 「……ふっ」  思わず、口元が緩んでしまいました。  それをどう勘違いしたのか、ヘリオス殿下はさらに声を張り上げます。 「なんだその不敵な笑みは! 負け惜しみか! それとも、ショックで頭がおかしくなったか!」 「いいえ、殿下。感心していたのです」 「なに?」 「ご自身の価値を正しく評価できない愚かさが、極まるところまで極まると、ある種の芸術性を帯びるのだなと」 「き、貴様……!」  殿下、損切りの機会を与えてくださり本当にありがとうございます。  私の頭の中では、すでに新しい事業計画書の第一章が書き始められていました。  それは、愚かな王子に復讐するためだけの計画ではありません。  私が私らしく、論理と計算で幸福を勝ち取るための、輝かしい建国プロジェクトなのです。

処理中です...