【完結】浮気した婚約者を認識できなくなったら、快適な毎日になりました

丸インコ

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変わっていく日々

風向きが変わった日

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「ほら、あの方が……」

「お優しく見えるけど、怖いのね」

「まだ許さないなんて、嫉妬が激しすぎない? 見苦しいわ」

 ヒソヒソと囁かれる声に気付かれないよう唇を噛む。背筋を伸ばして廊下を歩く。
 それがまた不遜な態度だと言われるとしても、俯いて同情を引くことはしない。ウィスタリアの自覚に目覚めて、私は少し変わったと思う。

 バーニーとの婚約解消について、しばらくは私に同情的な風向きだった。だが風とは気まぐれなもの。状況によって容易くその向きは変わるのだ。

 バーニーとカレン・アンバーは立ち回りを変えていた。

 これ見よがしに寄り添って私に付き纏うのをやめて、しおらしく振る舞う。そして未だ私に許されないことを涙を交え嘆く。
 それによって、もともと貴族的な政略結婚や厳格な婚約制度に疑問を持っていた平民や下位貴族の子息女を味方につけていた。

 もちろん、高位貴族、特に侯爵位以上を持つ家の生徒たちに噂に惑わされる者は少ない。けれど、それが逆に良くない方向へと動いた。

 ウィスタリアとの関係を重んじてスプルースと距離を置いた家があること。そのことについてバーニーとカレンは「ウィスタリア家の圧力」だと匂わせ、周囲に広めたのだ。 



 噂が飛び交う。私はバーニーへの未練のあまり、愛し合う二人を虐げる恐ろしい侯爵令嬢だという噂。爵位を笠に着て家にまで圧力を掛けている怨念深い令嬢だという噂。散々な言われようだ。

 高位貴族の方が立場は上だが、平民や下位貴族の生徒の方が圧倒的に数が多い。数は正義だ。どんなに事実と離れていても声が大きい方が真実となる。

 何より、高位貴族と下位貴族、平民で対立してしまっている構造が良くない。私たちはただの学友だが、その親は? 領地に戻れば、そこに暮らす人たちを守り、力を借りて生きていかなければならないのだ。

 好き勝手に噂する生徒たちを責めることはしない。それはただ対立を招くから。でも、取り入ることもしない。自分には恥じるところも後ろめたいこともないのだから。

 するべきことは、バーニーと直接対話して、この状況の真実を明らかにすることだ。

「でも、見えないのよね……」

 向けられる噂を遮断するように、周囲に背を向けて窓枠に寄りかかった。うんざりするほど青く能天気な空を見上げて呟く。そうなのだ。バーニーのことを、私は相変わらず認識できない。

 たくさん傷付いて、たくさん失望して、イーサン殿下のようなバーニーとは違う男性も見て、今や未練などこれっぽっちも残っていないと思うのに、私はまだ直接認識することができない。

 それはきっと、頭で考えることと、心の奥底に染み付いている思いにズレがあるからだ。バーニーに嫌われたくないと怯える過去の自分が、亡霊のように自分自身を縛りつける。

「情けないわ……」
 
 はあ、とひとつため息をこぼした瞬間、髪に埋もれてすこすこと寝ていたメッセージバードがぴくっと跳ね起きて、ぷるぷるっと身を震わせた。

「ことりちゃん?」

 銀の小鳥はぴっぴと頭の上を歩きまわると、急に私の髪を一本引き抜く。

「いたたたた! 何で?!」

 そしてそのまま、ぴぴぴぴ……と飛び去ってしまった。

「え、何で?」

 お腹、すいていたのかしら。髪には魔力が豊富だと聞くし魔力補充? というか、どこに行ったんだろう。

 突然のことに呆然としている私に、おずおずと声が掛かった。




「あの……ウィスタリア様」

 呼びかけられて振り向けば、カレン・アンバー嬢がそこに居た。

「──ごきげんよう」

 鷹揚おうような笑みを顔に貼り付ける。首をシャンと伸ばし、真正面から見おろすように相手を見た。
 アンバー嬢はいつもの、周囲の同情を乞うような涙目で、身を縮めている。その姿は野うさぎのように頼りなく、実に憐れっぽい。

(本当に、よくもまあ、話し掛けられるものよね)

 内心では毎日のように仕掛けてくるアンバー嬢に心底呆れ、腹立たしくもあるが、こんな時こそ淑女教育で叩き込まれた表情筋は活躍してくれる。

(優雅に、毅然として)

 頭の中で唱えながら、目の前の少女に対峙する。

「あの、私、許してもらえなくても、どうしても謝りたくて……」

 またそれなの? 心の中で呟く。また、それなのだ。私に許されなくても良い、ただ人目のあるところで“謝罪した”という実績があれば良い。そして、私がそれを受け取れば“許された”となり、受けないとなれば“まだバーニーに未練がある”とされる。だからこれまでは、曖昧に流してきた。けれど、もう。



「それは、何に対する謝罪なのかしら?」

 私はあくまでにこやかに、アンバー嬢に問い返した。


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