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変わっていく日々
修羅場の空気が変わった日 ✴︎イラスト有
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「それは、何に対する謝罪なのかしら?」
私の返答に、アンバー嬢は虚をつかれた顔をして、一瞬固まった。
彼女がこれまでやってきた“謝罪”は、“演出”だ。立ち回りが難しい私の立場を利用して、一方的に告げるだけのもの。
いつもとは違い、問い返されたアンバー嬢が答えに窮して言葉に詰まる。
「えっ、えっと、その」
私は意識して笑みを深める。そして、“演技だ”とわかる白々しさでゆったり、小首を傾げてみせた。社交の席で相手を追い詰めるやり方だ。実際にやってみたのは初めてだけど。
「婚約解消の件なら、ウィスタリアとスプルースの問題です。そして両家での話し合いはすでに終わっております。アンバー様の謝罪は必要ありませんわ?」
「それは……でも……っ!」
動揺するアンバー嬢を眺めて、口元に笑みを浮かべたままスッと目を細める。
「それとも、あなたがあらぬ噂を広めている件ですか?」
私の言葉にアンバー嬢が息を飲んだ。まさか正面から問いただされるとは思っていなかった? そうであれば、随分と舐められていたものだ。
「ご存知ですわよね? この件で我が家が、スプルースとアンバーに圧力を掛けて居るという馬鹿げた噂を──あなたが言い出したのですものね?」
「そんな……ことは……っ!」
「謝罪は受け取りませんわ」
言い繕おうとするアンバー嬢の言葉を遮って宣言する。
「その件に関してならば謝罪は受け取りません。事実無根ですもの、私個人ではなくウィスタリア家として正式に抗議させて頂きます」
やり取りを見守っていた周囲がざわりと揺れた。噂を否定した私の言葉を真実と取るか、それとも、ウィスタリアの名を出したことで「ほらやっぱり」となるのか。後者ばかりではないと信じたい。
「ちが……、わ、私たち、そんなことは言っていません」
アンバー嬢が弱々しく反論する。私たち、と言うことは、バーニーは彼女の隣に居る?
(まいったわ)
アンバー嬢からの謝罪は不要だと宣言したものの、当事者であるバーニーは隣で何と言っているのか。見えない聞こえない以上、対応できない。
「ああ、やっぱり、まだスプルース氏と直接お話するのはおつらいんじゃ……」
「アンバー嬢には怒ってらっしゃるけど、スプルース氏には何も言われないということは、まだ愛してらっしゃるのよきっと……」
遠巻きに見る人たちがヒソヒソと囁く内容から、やはりバーニーは何か言っているらしい。このままではバーニー愛しさに二人に圧力を掛けてもおかしくないと思われてしまう。いっそ、一か八かでバーニーに何か──
『ピヨ!』
バーニーが居るであろう場所に向かって口を開けた瞬間、肩口に小鳥がとまった。
(い、今なの!?)
次兄の放ったメッセージバードは本人の気質そのままに気まぐれだ。だからといって、今、過去一番に格好付けている最中に戻ってこなくとも……。
『ニーナサン、スプルース ハ アンバーノミギドナリニイル』
脱力しそうになった私に、耳元でメッセージバードが囁いた。だがそのメッセージは、次兄からのものではない。この丁寧な喋り方は。
(イーサン殿下……?)
ハッとして、アンバー嬢の背後に視線を向ければ、こちらに向かってくる殿下の姿が見えた。
なぜ、デューク兄様のメッセージバードがイーサン殿下の言葉を伝えてくるのか、そしてなぜ殿下は、私がバーニーを認識できない事を知っているのか、疑問は尽きない。ただひとつ、今、最も重要なことは。
(バーニーの居る場所、思ってた場所の真逆だったわ!)
危うく虚空に向かって「スプルース様」などと呼びかけるところだった。
『スプルース ハ 、ユルサナイノハトウゼンダト イッテル。ソレカラ、イエヲ、キョウハク シナイデ ホシイト』
「脅迫なんてしていませんわ!」
耳元からもたらされる情報に、思わず声を上げて否定してしまった。
(こうなったらこのまま続けるしかないわ)
私は言われた通りアンバー嬢の右隣に目線を向けた。相変わらず、そこには何もない。けれど、殿下の言葉を信じて話し掛ける。
「スプルース様、当家はグリン伯爵とあなたの申し出を受け入れて婚約解消に応じました。あなたが不満に思うことは何かありまして?」
『イヤ、フマンハ……ボクデハナク、ニーナ……』
「どちらの責任かはっきりするためにも、当然、慰謝料はいただきましたけど、ウィスタリアとしてはかなり穏便にことを収めたつもりですが」
『デモ、ニーナ……』
「圧力? 家同士の協議の結果で決まった慰謝料はそんなに法外な値段でしたか? グリン伯爵は相応な額だとおっしゃっていたと聞きましたが、家が潰れるほどの“圧力”でしたなら、全額きっちりお返ししますわ」
『イヤ、ソレハ、ソノ……ニーナ……』
──待って、殿下。
殿下、バーニーの声真似はメッセージバードでは伝わらないです。多分、声真似してるんですよね? 声はわからないですけど言い方のクセはとても似てます。
私はアンバー嬢の背後近くまで来た殿下にゆるく微笑んだ。口元に手を当てたイーサン殿下が視線を受けてしっかりと頷く。
しまった、あの顔はこの調子で行こうと決めた顔だ。違うのです、声真似は要らないのです殿下!さっきから私ちょっと限界なんです!
込み上げる笑いを堪えるために、私は一度俯いた。あんなにヒリヒリしていた気持ちはいつの間にか凪いでいた。落ち着いて息を吸って、顔を上げる。
「いいえ、お返しします。当家からの手切れ金だと思えば安いものですもの」
手切れ金。
バーニーに執着している筈の私の口から出た「手切れ」という言葉に、周囲の空気が変わったのがわかった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
たくさんの感謝を込めて、リクエストで頂いていたデューク兄のイラストです。魔法使い好きの血が騒いで王宮魔法師の制服考えるのが楽しくなってしまいました。
次回もよろしくお願いします!
私の返答に、アンバー嬢は虚をつかれた顔をして、一瞬固まった。
彼女がこれまでやってきた“謝罪”は、“演出”だ。立ち回りが難しい私の立場を利用して、一方的に告げるだけのもの。
いつもとは違い、問い返されたアンバー嬢が答えに窮して言葉に詰まる。
「えっ、えっと、その」
私は意識して笑みを深める。そして、“演技だ”とわかる白々しさでゆったり、小首を傾げてみせた。社交の席で相手を追い詰めるやり方だ。実際にやってみたのは初めてだけど。
「婚約解消の件なら、ウィスタリアとスプルースの問題です。そして両家での話し合いはすでに終わっております。アンバー様の謝罪は必要ありませんわ?」
「それは……でも……っ!」
動揺するアンバー嬢を眺めて、口元に笑みを浮かべたままスッと目を細める。
「それとも、あなたがあらぬ噂を広めている件ですか?」
私の言葉にアンバー嬢が息を飲んだ。まさか正面から問いただされるとは思っていなかった? そうであれば、随分と舐められていたものだ。
「ご存知ですわよね? この件で我が家が、スプルースとアンバーに圧力を掛けて居るという馬鹿げた噂を──あなたが言い出したのですものね?」
「そんな……ことは……っ!」
「謝罪は受け取りませんわ」
言い繕おうとするアンバー嬢の言葉を遮って宣言する。
「その件に関してならば謝罪は受け取りません。事実無根ですもの、私個人ではなくウィスタリア家として正式に抗議させて頂きます」
やり取りを見守っていた周囲がざわりと揺れた。噂を否定した私の言葉を真実と取るか、それとも、ウィスタリアの名を出したことで「ほらやっぱり」となるのか。後者ばかりではないと信じたい。
「ちが……、わ、私たち、そんなことは言っていません」
アンバー嬢が弱々しく反論する。私たち、と言うことは、バーニーは彼女の隣に居る?
(まいったわ)
アンバー嬢からの謝罪は不要だと宣言したものの、当事者であるバーニーは隣で何と言っているのか。見えない聞こえない以上、対応できない。
「ああ、やっぱり、まだスプルース氏と直接お話するのはおつらいんじゃ……」
「アンバー嬢には怒ってらっしゃるけど、スプルース氏には何も言われないということは、まだ愛してらっしゃるのよきっと……」
遠巻きに見る人たちがヒソヒソと囁く内容から、やはりバーニーは何か言っているらしい。このままではバーニー愛しさに二人に圧力を掛けてもおかしくないと思われてしまう。いっそ、一か八かでバーニーに何か──
『ピヨ!』
バーニーが居るであろう場所に向かって口を開けた瞬間、肩口に小鳥がとまった。
(い、今なの!?)
次兄の放ったメッセージバードは本人の気質そのままに気まぐれだ。だからといって、今、過去一番に格好付けている最中に戻ってこなくとも……。
『ニーナサン、スプルース ハ アンバーノミギドナリニイル』
脱力しそうになった私に、耳元でメッセージバードが囁いた。だがそのメッセージは、次兄からのものではない。この丁寧な喋り方は。
(イーサン殿下……?)
ハッとして、アンバー嬢の背後に視線を向ければ、こちらに向かってくる殿下の姿が見えた。
なぜ、デューク兄様のメッセージバードがイーサン殿下の言葉を伝えてくるのか、そしてなぜ殿下は、私がバーニーを認識できない事を知っているのか、疑問は尽きない。ただひとつ、今、最も重要なことは。
(バーニーの居る場所、思ってた場所の真逆だったわ!)
危うく虚空に向かって「スプルース様」などと呼びかけるところだった。
『スプルース ハ 、ユルサナイノハトウゼンダト イッテル。ソレカラ、イエヲ、キョウハク シナイデ ホシイト』
「脅迫なんてしていませんわ!」
耳元からもたらされる情報に、思わず声を上げて否定してしまった。
(こうなったらこのまま続けるしかないわ)
私は言われた通りアンバー嬢の右隣に目線を向けた。相変わらず、そこには何もない。けれど、殿下の言葉を信じて話し掛ける。
「スプルース様、当家はグリン伯爵とあなたの申し出を受け入れて婚約解消に応じました。あなたが不満に思うことは何かありまして?」
『イヤ、フマンハ……ボクデハナク、ニーナ……』
「どちらの責任かはっきりするためにも、当然、慰謝料はいただきましたけど、ウィスタリアとしてはかなり穏便にことを収めたつもりですが」
『デモ、ニーナ……』
「圧力? 家同士の協議の結果で決まった慰謝料はそんなに法外な値段でしたか? グリン伯爵は相応な額だとおっしゃっていたと聞きましたが、家が潰れるほどの“圧力”でしたなら、全額きっちりお返ししますわ」
『イヤ、ソレハ、ソノ……ニーナ……』
──待って、殿下。
殿下、バーニーの声真似はメッセージバードでは伝わらないです。多分、声真似してるんですよね? 声はわからないですけど言い方のクセはとても似てます。
私はアンバー嬢の背後近くまで来た殿下にゆるく微笑んだ。口元に手を当てたイーサン殿下が視線を受けてしっかりと頷く。
しまった、あの顔はこの調子で行こうと決めた顔だ。違うのです、声真似は要らないのです殿下!さっきから私ちょっと限界なんです!
込み上げる笑いを堪えるために、私は一度俯いた。あんなにヒリヒリしていた気持ちはいつの間にか凪いでいた。落ち着いて息を吸って、顔を上げる。
「いいえ、お返しします。当家からの手切れ金だと思えば安いものですもの」
手切れ金。
バーニーに執着している筈の私の口から出た「手切れ」という言葉に、周囲の空気が変わったのがわかった。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
たくさんの感謝を込めて、リクエストで頂いていたデューク兄のイラストです。魔法使い好きの血が騒いで王宮魔法師の制服考えるのが楽しくなってしまいました。
次回もよろしくお願いします!
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