【完結】浮気した婚約者を認識できなくなったら、快適な毎日になりました

丸インコ

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変わっていく日々

あらゆる、見る目が変わった日 ✴︎イラスト有

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「どういうこと? ウィスタリア嬢ってスプルース氏に執着して嫌がらせしてたんじゃないの?」

「でもあの様子だとそんなに未練とか無さそうな……」

 ヒソヒソと、周囲で見ていた生徒たちから疑問の声が上がる。対面するアンバー嬢が眉をしかめて唇を噛んだ。こちらを見る目付きが随分と物騒なものに変わっている。
 これまで見せてきた弱々しい態度は、本来の彼女の姿ではなかったのかもしれない。

「ウィスタリア様は、バーニーとの婚約解消に納得していらっしゃる……と?」

 アンバー嬢が訊ねてくる。やはり。この状況で諦めず変わり始めた空気を覆そうとするあたり、実は相当に気が強い方だと思う。

 私からバーニーへの未練の言葉を引き出して「やっぱり裏で圧力をかけていたのでは」と、周囲が疑惑を抱くような立ち回りを狙っている?
 あるいは、ここで私が婚約解消に納得しているという答えを得て、スプルースは許されていると知らしめるのが目的なのか。

「あなたに答える理由はありませんけども、スプルース様にも聞いて頂きたいのでお話ししますわね?」

 ちらりと、バーニーが居るらしき場所に目線を向ける。アンバー嬢の後方でイーサン殿下が小さく頷いた。位置は合っているらしい。

「納得しようがしまいが、両家が解消と決めたならそれは解消です。私が異論を挟む余地はありません」

「では、まだ……」

『キミノ キモチハ、ドウナンダ? ニーナ』

 アンバー嬢の言葉に被せるように、メッセージバードが耳元で囁く。バーニーの言葉を伝えている殿下は口元を隠しているが、見えている眉は苦々しくしかめられていた。

 バーニーに対して怒ってくれているのかと思うと嬉しいが、いかんせん、声真似しているのかなと思うと笑いが込み上げてしまう。

(真剣な局面なのに……! 殿下……!)

 本人は至って真面目なのがまた、困る。腹筋に力を入れて透明なバーニーを見た。笑いを堪えているせいでやたら恐い顔になっていそうだけど、むしろ丁度いいと思うしかない。

「正直に言えば、スプルース様には失望しています」

 私の言葉に目の前のアンバー嬢も、周囲も息を飲んだ。

『ソンナ……』



「私が愛していた誠実な彼は、もう居ないようですので」



 きっぱりと言葉にした瞬間、ぱちん、と何かが切り替わった感覚があった。自分の視界を覆っていた柔らかな膜が弾けたような、暗い部屋で魔導ランプのスイッチを入れた瞬間のような。

「バーニー……」

 アンバー嬢が呟く。唖然とする彼女の表情の理由がよくわかった。私にも見えていたから。

 私の目の前には、かつての婚約者、バーニー・スプルースの泣き顔があった。

「え……」

 これまで認識できなかったバーニーのことが見えていることよりも、泣いていることの衝撃が強くて色んな感情が吹っ飛んでしまった。

「ニーナまで、僕に失望したと言うのか……?」

 他の誰に言われたのかはわからないが、確かに自分は先程、バーニーに失望したと伝えた。まさか泣くほど傷付けてしまうとは思っていなかった。

 ぽかんと口を開けて固まる私の前で、ぽたりぽたりと、緑色の両目から涙が溢れる。それを拭いもせずに、バーニーはくるりと踵を返して駆け出した。

「バーニー!」

 アンバー嬢がその後ろを追って行く。後には、呆然と立ち尽くす私と野次馬の生徒たちが残された。

「ニーナさん」

 イーサン殿下に名を呼ばれ、ハッとしてそちらを向く。殿下は、最後のバーニーの言葉は伝えて来なかった。

「格好良かった、すごく」

 あたたかな眼差しで包み込むように見詰められて、張り詰めていた心が弛む。殿下とメッセージバードが居なければこんな風には立ち回れなかったと思うと、感謝しかない。

「殿下、ありがとうございます」

 お礼を伝えたら、肩の力が抜けて息がこぼれた。妙な噂についても、少しは払拭できただろうか? 落ち着いて周囲を伺おうとしたところで、目の前に影がさす。

 イーサン殿下が、私を守るように立っていた。

「今のやり取りを見てて、ウィスタリア嬢が家の名を使って彼らを虐げているように見えたかな?」

 集まった野次馬に語りかける殿下の声は、凛とよく通った。幾人かの生徒たちが気まずそうに目を逸らす。殿下の視線がそれを追った。

「君たちも憶測で勝手な噂を?」

「あ……あ、その……っ、私たち……」

 問いかけられた女生徒がしどろもどろになる。先程、殿下の言葉に目を逸らした生徒たちだ。

「侯爵家を侮辱するような振る舞いをしたんだ。当然、君の家に責任が降りかかることも考えているね?」

「そんな……!」

「これまで通りの生活なんて、当たり前だとは思えなくなるよ」

 問い詰めるイーサン殿下の表情は、いつもの柔らかな印象とはまるで違った。威圧感と静かな怒り。普段は温かくきらめいているルビーの瞳は、冷たく酷薄な光を湛えている。

 彼女たちは顔を青くして唇を戦慄わななかせるばかりで、言葉も出ない。その様子に、殿下がすっと身を引いてため息をついた。

「“圧力”って言うなら、このくらいは覚悟してほしいんだけど」

 殿下が恐い顔を引っ込めて肩をすくめる。

「ウィスタリア嬢にされたことある者は居るかな? 彼女がそんなことするようには見えないけど」

 その問いかけに、生徒たちの視線が私へ向く。顔を見て、それからなぜか視線が頭頂部あたりに……?

『ピー』

 先程まで肩先にいたメッセージバードが、頭の上で元気に鳴いた。

 頭に小鳥を乗せた私を、皆がしげしげと見る。羞恥で顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。

 その場にいた全員が、殿下の問いに首を左右に振って否定する。それはそうだ。こんな、頭に鳥を乗せているような者が裏で巧妙に誰かを貶めていると聞いても、説得力皆無だ。ただの愉快な人間にしか見えないだろう。

 皆の納得感が逆につらい。目を細めてこちらを見るのをやめて欲しい。私だって趣味で乗せているわけじゃない。

(デュークお兄さまの、ばか!)

 心の中で、ついさっき感謝したばかりの兄を罵った。





✴︎読んでくださりありがとうございます!

今日も読んでいただいた感謝を込めて、リクエストの長男イラストです。2話で「バーニー許すまじ」の念を込めておにくを切り刻むお兄ちゃんです。弟妹とはパッと見は似ていない兄。

次回もよろしくお願いします!



 







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