【完結】浮気した婚約者を認識できなくなったら、快適な毎日になりました

丸インコ

文字の大きさ
16 / 53
増えていく日々

楽しみが増えた日

しおりを挟む
 イーサン殿下との約束の日を週末に控えたある日、殿下から贈り物が届いた。

「シンプルなワンピースに靴と、このアクセサリーは魔道具? それに……ウィッグ?」

 少し変わった贈り物には手紙が添えられている。

「当日はお忍びで──だから町娘っぽい服と靴なのね!」

 手紙によれば、美術館へ行くのは公務ではないため、混乱せぬよう身分を隠して訪れるとのこと。
 飾りの少ない衣服やウィッグは変装用で、シンプルな装身具は護身用──防御結界を張る指輪と魔法攻撃を弾くネックレス、それに追跡効果を付与されたピアスだという。目立たないよう護衛もつくらしい。

 国王のご兄弟、イーサン殿下のお兄様方には、学生時代にひょいと市井におりて城の者たちを混乱させた例も多々あったという。
 そうならないようきちんと配慮をしているあたり、殿下は意外と苦労の多い末っ子なのかもしれない。

「変装なんて初めてよ! ちょっとワクワクしちゃうわね」

 私付きの侍女に告げれば、彼女も同意して微笑む。

「ええ。当日はお嬢様とわからないよう、お化粧もアレンジしますね!」

 ディーンお兄様やお父様のように黒髪ならばウィッグは必要ないかもしれないが、デュークお兄様と私が持つ母譲りの銀髪は珍しいためにおそろしく目立つ。
 母の生まれた国では比較的多く見られる髪色らしいが、この国では貴族にもほとんど見られない色だ。

 イーサン殿下のブロンドはそこまで珍しい髪色ではないが、なにせお顔が整っているから、ある程度隠さなくてはさぞかし目立ってしまうだろう。

 当日、殿下がどんな装いなのか。お出掛けの楽しみが増えた。



 そして約束の休日がやってきた。

 馬車で迎えに来たイーサン殿下を家族一同でお出迎えする。その対応に改めて、王族なのだなと思う。

 学園でしかお会いしていなかったので、王家の方だという意識が薄くなっていたかもしれない。『オマエワカッテンノカ、オーゾクダゾ』というデュークお兄様の心配も、あながち大外れでは無かったということか。

 それはそれとして、殿下はとても素敵だ。

 私の衣装同様に飾り気がない平服で、黒髪のウィッグに眼鏡を掛けた姿は、きちんと目立たないようにまとまっている。
 が、何せ素材が良い。姿勢もスタイルも良いせいなのか、全身から品が滲み出ている。綺羅綺羅しさが抑えられている分、知的さが割り増しされて……。

 つまるところ大層好みだった。

 むしろ王族モードよりこちらの方が好ましいくらい、今日の殿下は素敵だ。挨拶をして目が合うだけで、ほんのり頬が赤くなる。

「何だか新鮮だな。いつものニーナさんはもちろん素敵だけど、髪色や化粧が変わっても美しいよ」

 思わず見過ぎてしまったのか、私の頬の色がうつってしまったのか、イーサン殿下まで薄ら頬を染めている。

「ありがとうございます」

 淑女らしく礼を述べつつ、家族に見送られて馬車へ乗り込んだ。



 美術館はさほど混雑しておらずじっくりと見て回ることができた。何でも今日は、ここから少し離れた広場で輸入品の大きな市が開かれているらしく、人はそちらに集まっているのだろうということ。

 そのことを殿下が知っているということは、それも計算の上でこの日にしたのだろう。変装や護衛の手配といい、ここまでの段取りに感心してしまう。

 今日のために心を尽くしてくれたことへの感謝の気持ち。そこに偽りはない。けれど澄み切った水に一滴の墨が滲むように、小さな不安が過った。それは、こういった逢瀬に手慣れているのだろうかという一雫の疑惑。

 それに気付いた瞬間、自分の胸に湧いたもやもやする気持ちに驚いた。

(私、殿下が他の方にこういうことするの、嫌かもしれないわ……)

 まだ恋に至らない好意。その芽生えを感じて、我ながら単純だなと少し笑った。浮かれている。
 それは悪い気分ではなかった。もしもバーニーを認識できていたら、今も彼以外は何も見えていなかったかも。

 家族やマドリーン様が口を揃えて「良かった」という気持ちがよくわかった。執着は、消そうと思えば思うほど、手放せないものだから。

「ニーナさん?」

 知らずぼんやりとしてしまったところで、殿下に声を掛けられる。いけない、少し思考に深く潜ってしまっていた。

「ごめんなさい、少々考えに没頭してしまいました」

「ちょっと解説長かったかな」

「いえ! 殿下の話はとても面白いです」


 
 それにしても、殿下はセーブルの絵画にとても詳しい。もしかしてこれもそう・・なんだろうか。

「イーサン殿下」

「ん?」

「殿下は昨年、音楽専攻だったんですよね?」

「ああ、うん」

「なのに、美術にも造詣が深いんですね?」

 ちらりと上目に伺いながら訊ねると、殿下が気まずそうに頭をかいた。

「あー、えっと、まあね? ──というか、気付いてるでしょ? もう!」

「確信はありませんもの」

「お察しの通り、今日のために予習してきたんだ」

 観念したように、イーサン殿下がため息をつく。そして、微かに眉を下げてこちらを見た。

「……必死すぎる?」

「とんでもありません」

 実際、殿下のその顔はとんでもなかった。とんでもなく、かわいらしいと思ってしまった。そつなく完璧にリードしてくれた時よりも、よっぽど。

 段取りがすべてスマートだったのは、全部私のために一生懸命準備をしてくれたからだ。それが嬉しくないはずがない。格好悪いなんて全く思わない。

「この後は、疲れた君を気遣ってティーサロンへ誘う予定なんだ。もちろん席は予約してあるけど、『ちょうど良いところに素敵なサロンがあった!』というていで入ろうと思う。異論はあるかな?」

 私に見透かされたと気付いて、殿下が明け透けにプランを披露する。思わず声を出して笑ってしまった。

「異論、ありませんわ」

 私は差し出されたイーサン殿下の手を取って、予約必須の人気サロンへとたまたま運良く・・・・・・・、席が空いていたという体で、足を踏み入れたのだった。
しおりを挟む
感想 222

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...