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増えていく日々
不穏な予感が増えた日
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『ウカレテンジャナイヨー』
イーサン殿下と美術館に出掛けた日、私が自邸に戻るのを待ち構えていたように部屋に飛び込んできた銀色の小鳥。デューク兄さまのメッセージバードは手厳しい一言を伝えてきた。
「浮かれてません!」
殿下のエスコートに気分が高揚していたのは図星だった。痛いところを突かれて、ついムキになって反論してしまう。キラキラ飛び回るメッセージバードにはもちろん、こちらの反応など聞こえていないのだけど。
『オマエ、イタイメミタ バッカリ ナンダカラナー』
長い脚を組みかえてヤレヤレとため息を付くデューク兄様の姿が見えるようで、思わず唇を尖らせる。
「わかってます!」
父やディーン兄さまの過保護とはまた違って、これは現実的なアドバイスだ。二番目の兄にはロマンスを理解する回路が備わっていないので。
私と殿下の立場や関係性、王族と付き合う際のリスクなどから総合的に判断して「浮かれてのめり込むなよ」と忠告しているに過ぎない。
『マ、ソレハオイトイテ』
メッセージバードは動揺するこちらのことなどお構いなしに話を続ける。一方通行なんだから仕方ないと言葉を飲み込むが、案外、実物と会話していても似たようなものだ。本人も日頃から「空気は読むものじゃなく作るもの」と豪語している。
だが、情緒的に残念な兄は、非常に有能な面もあるのだ。
『ショーワルオンナ二キヲツケナ』
「性悪女?」
『スプルースヲタブラカシタ、ショーワルオンナ』
スプルースをたぶらかした性悪……チャイロ男爵令嬢、カレン・アンバーのことだろうか。
「どういうこと?」
『……』
意味深なメッセージを残して、それきり、銀色の小鳥は沈黙してしまった。しかしいつものように霧散することなく窓辺に留まる。
「デューク兄さま、魔力大丈夫なのかしら?」
魔法で具現化させたものは発現させるとき程では無いにしろ、維持するだけでも多少の魔力は消費する。いつまで何の目的でとどまっているのかは知らないが、兄のことが少し心配で、小鳥をそっと両手で包みこんだ。
私に魔法の才能は無いが、人間は誰しも魔力を持っている。自分の魔力を手の中の銀に流し込むイメージをすると、小鳥は満足そうに目を閉じた。
◆
「ニーナさん、それは?」
翌日、学園で顔を合わせたイーサン殿下が戸惑いがちに訊ねる。その視線は私の両目よりも上……頭上に向いている。
「私にもどういうことなのかわからなくて……」
私の頭の上、頭頂部あたりに、ちょこんと小鳥が乗っている。
私の銀の髪と全く同じ色なのでパッと見で気付かれることはないのだが、殿下と対面した途端、隠れていた髪の名からぴょこりと出てきたのだ。
「もしかして、デューク魔法師の?」
「兄のことご存知なんですか?」
兄の魔法だと気付いたことも驚いたが、本人のことを殿下が知っていることも初めて知った。デュークお兄様から面識があるとは聞いたことがない。
「ああ、王宮でも有名人だから」
「有名人?」
何やら少々不穏な気配を感じて聞き返すと、殿下がしまった、という顔をした。
「殿下、有名とはどのような?」
「先に言っておくが、悪意はない。──その、少々、口が悪いとか、忙しくなると目の下にクマを作ってブツブツ言いながら研究棟を徘徊するとか、新しい魔道具を開発すると高笑いを上げて周囲に『この天才様に平伏せ!』と……」
「もういいです、殿下、申し訳ございません。兄が大変申し訳ございません」
「いや、ニーナさんが謝ることでは。それに、デュークさんを働かせすぎているこちらも悪いんだ。彼は優秀だからどうしても仕事が集中してしまうと聞いている」
「寛容なお言葉ありがとうございます……」
身内のやらかしと自分の黒歴史に直面したときの羞恥というものは、何と言うか、形容し難い部類の恥ずかしさがあると思う。大声を上げて転がりたくなるような──淑女ですからやりませんけど!
「面白いよね、デューク魔法師」
私が胸中で身悶えている間、イーサン殿下といえば気にした風もなくのんびりと話を続けていた。
「王宮でも一度、魔法学の授業を受けたことがあるよ。私とそう変わらないような若さで、王族相手にも少しも萎縮しないから新鮮だったな」
「そう……ですか……」
殿下は笑っているが、私は正直それどころではない。だから私は気が付かなかった。
「ん? この魔法、もしかして……」
冷や汗をかいて俯いていてしまった私の頭上で、イーサン殿下が小鳥をじっと見つめ、何かを呟いていたことに。
そして小鳥もまた、そのつぶらな瞳に殿下を映していたことを。
イーサン殿下と美術館に出掛けた日、私が自邸に戻るのを待ち構えていたように部屋に飛び込んできた銀色の小鳥。デューク兄さまのメッセージバードは手厳しい一言を伝えてきた。
「浮かれてません!」
殿下のエスコートに気分が高揚していたのは図星だった。痛いところを突かれて、ついムキになって反論してしまう。キラキラ飛び回るメッセージバードにはもちろん、こちらの反応など聞こえていないのだけど。
『オマエ、イタイメミタ バッカリ ナンダカラナー』
長い脚を組みかえてヤレヤレとため息を付くデューク兄様の姿が見えるようで、思わず唇を尖らせる。
「わかってます!」
父やディーン兄さまの過保護とはまた違って、これは現実的なアドバイスだ。二番目の兄にはロマンスを理解する回路が備わっていないので。
私と殿下の立場や関係性、王族と付き合う際のリスクなどから総合的に判断して「浮かれてのめり込むなよ」と忠告しているに過ぎない。
『マ、ソレハオイトイテ』
メッセージバードは動揺するこちらのことなどお構いなしに話を続ける。一方通行なんだから仕方ないと言葉を飲み込むが、案外、実物と会話していても似たようなものだ。本人も日頃から「空気は読むものじゃなく作るもの」と豪語している。
だが、情緒的に残念な兄は、非常に有能な面もあるのだ。
『ショーワルオンナ二キヲツケナ』
「性悪女?」
『スプルースヲタブラカシタ、ショーワルオンナ』
スプルースをたぶらかした性悪……チャイロ男爵令嬢、カレン・アンバーのことだろうか。
「どういうこと?」
『……』
意味深なメッセージを残して、それきり、銀色の小鳥は沈黙してしまった。しかしいつものように霧散することなく窓辺に留まる。
「デューク兄さま、魔力大丈夫なのかしら?」
魔法で具現化させたものは発現させるとき程では無いにしろ、維持するだけでも多少の魔力は消費する。いつまで何の目的でとどまっているのかは知らないが、兄のことが少し心配で、小鳥をそっと両手で包みこんだ。
私に魔法の才能は無いが、人間は誰しも魔力を持っている。自分の魔力を手の中の銀に流し込むイメージをすると、小鳥は満足そうに目を閉じた。
◆
「ニーナさん、それは?」
翌日、学園で顔を合わせたイーサン殿下が戸惑いがちに訊ねる。その視線は私の両目よりも上……頭上に向いている。
「私にもどういうことなのかわからなくて……」
私の頭の上、頭頂部あたりに、ちょこんと小鳥が乗っている。
私の銀の髪と全く同じ色なのでパッと見で気付かれることはないのだが、殿下と対面した途端、隠れていた髪の名からぴょこりと出てきたのだ。
「もしかして、デューク魔法師の?」
「兄のことご存知なんですか?」
兄の魔法だと気付いたことも驚いたが、本人のことを殿下が知っていることも初めて知った。デュークお兄様から面識があるとは聞いたことがない。
「ああ、王宮でも有名人だから」
「有名人?」
何やら少々不穏な気配を感じて聞き返すと、殿下がしまった、という顔をした。
「殿下、有名とはどのような?」
「先に言っておくが、悪意はない。──その、少々、口が悪いとか、忙しくなると目の下にクマを作ってブツブツ言いながら研究棟を徘徊するとか、新しい魔道具を開発すると高笑いを上げて周囲に『この天才様に平伏せ!』と……」
「もういいです、殿下、申し訳ございません。兄が大変申し訳ございません」
「いや、ニーナさんが謝ることでは。それに、デュークさんを働かせすぎているこちらも悪いんだ。彼は優秀だからどうしても仕事が集中してしまうと聞いている」
「寛容なお言葉ありがとうございます……」
身内のやらかしと自分の黒歴史に直面したときの羞恥というものは、何と言うか、形容し難い部類の恥ずかしさがあると思う。大声を上げて転がりたくなるような──淑女ですからやりませんけど!
「面白いよね、デューク魔法師」
私が胸中で身悶えている間、イーサン殿下といえば気にした風もなくのんびりと話を続けていた。
「王宮でも一度、魔法学の授業を受けたことがあるよ。私とそう変わらないような若さで、王族相手にも少しも萎縮しないから新鮮だったな」
「そう……ですか……」
殿下は笑っているが、私は正直それどころではない。だから私は気が付かなかった。
「ん? この魔法、もしかして……」
冷や汗をかいて俯いていてしまった私の頭上で、イーサン殿下が小鳥をじっと見つめ、何かを呟いていたことに。
そして小鳥もまた、そのつぶらな瞳に殿下を映していたことを。
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追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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