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バーニー・スプルース【2】
バーニー・スプルース⑤ ✴︎イラスト有
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「ニーナ!」
中庭を横断する後ろ姿に声を掛ける。急いで早歩きになっているせいなのか、癖のない銀の髪が弾むように揺れて綺麗だった。そして今日も、その銀色が僕を振り向くことはない。
「ニーナ! 何で無視するんだ!」
中庭にいるニーナを見掛けて追いかけてきた僕は、思わず声を張り上げた。先を歩くニーナとの間には少しの距離があるが、声の届かない位置ではない。僕の声が聞こえた上で黙殺しているのは明白だった。いい加減、この状況にはもうウンザリだ。
学園に復帰したあの日。まるでそこに居ないかのようにニーナが僕の存在を無視したあの日から、ただの一度も彼女と話ができていない。
カレンとは話しても、その隣に立つ僕には目線ひとつ寄越さない。僕らが目の前で寄り添っていようとも、嫉妬の感情は欠片も無いのだ。
そんなはずはない。ニーナはあんなに僕に執着していたんだから、今も内心では僕に嫌われることを恐れているはずだ。そして表面的にでも、僕の謝罪を受け入れてくれるはず。
思い通りにならない状況に、僕は焦っていた。このまま、周りから嘲笑される存在で居ることは耐え難い屈辱だった。
「ニーナ……ッ」
駆け寄って、腕を掴んで振り向かせようと足に力を込めた瞬間、ニーナが不意に立ち止まった。
ついに声が通じたのかと安堵する。しかし、すぐに自分の勘違いに気がついた。ニーナの目線は僕には向かない。整った横顔が向くその先に居る人物。彼女の足を止めたのは、僕の声ではなかった。
「イーサン・バーミリオン、王弟殿下……?」
ニーナの視線の先。彼女に声を掛け振り向かせたのは、ひとつ上の学年に在籍する、当代国王の弟だった。
ニーナに何の用なのかわからないが、さすがに王弟との間に割って入ることもできない。伸ばしかけた手を下げることも忘れて立ち尽くす僕を、ちらりとバーミリオン殿下が見た、気がした。
一瞬のことだ。ほんの刹那に見た視線がとてもおそろしく感じられて、僕はすぐさま目を逸らしてしまったから実際どうだったのかはわからない。錯覚だったのかもしれない。
王家の象徴とも言えるルビーのような赤目が、見た者を凍てつかせるほど冷たく鋭かったなんて。
僕は身動きもできずに、ただ、目の前で向かい合う二人を茫然と見ていた。二人が何を話しているのかも、耳に入ってはこなかった。ニーナの銀糸と王弟殿下の黄金が陽の光の下風になびいて、美しい二人はまるで似合いの恋人のようだと思った。
ニーナと殿下は僕の存在などまるで気に留める素振りもなく、図書館に向かって並んで歩き出した。そうか、ニーナは本を抱えていたから。
真面目な彼女はきっと、今日の閉館時間までに新しい本を借りたいのだ。
婚約者だった期間に知り得たことは多い。ニーナについて、きっと僕は殿下よりもたくさんのことを知っている。今だって彼女のことが手に取るようにわかる。なのに、王弟の隣を歩くニーナはまるで知らない令嬢に見えた。
「バーニー?」
立ち尽くしていた僕は、声を掛けられて、ようやくぼんやりしていた意識を浮上させた
「カレン」
愛しい恋人の名を呼ぶ。ああ、そうだ。僕はこのカレンに恋をしていて、そして遠くなっていくあの背中を向けた彼女とはもう、婚約者ではないのだ。なぜだが一瞬、それを忘れていた気がして、妙な気分を振り払うように衝動的にカレンを抱きしめた。
「や、やだもう、バーニーったらこんなところで……」
カレンは急な抱擁に驚きながら、抵抗もせずに身を委ねてくる。誰かに見られているかもしれないが、それよりも今は実感が欲しかった。
何の?
──この恋の。
ニーナを失ってまで得た、この、大切な大切なはずの恋の実感を。
薄れそうになるそれを、必死で抱え込んだ。カレンの甘い香りとともに。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
次回もう一話、バーニー・スプルースの「こんなはずじゃなかった」のコーナーが続き、その次からはニーナ視点に戻ってきます。ニーナ頑張ります、楽しんで頂けたら嬉しいです!
中庭を横断する後ろ姿に声を掛ける。急いで早歩きになっているせいなのか、癖のない銀の髪が弾むように揺れて綺麗だった。そして今日も、その銀色が僕を振り向くことはない。
「ニーナ! 何で無視するんだ!」
中庭にいるニーナを見掛けて追いかけてきた僕は、思わず声を張り上げた。先を歩くニーナとの間には少しの距離があるが、声の届かない位置ではない。僕の声が聞こえた上で黙殺しているのは明白だった。いい加減、この状況にはもうウンザリだ。
学園に復帰したあの日。まるでそこに居ないかのようにニーナが僕の存在を無視したあの日から、ただの一度も彼女と話ができていない。
カレンとは話しても、その隣に立つ僕には目線ひとつ寄越さない。僕らが目の前で寄り添っていようとも、嫉妬の感情は欠片も無いのだ。
そんなはずはない。ニーナはあんなに僕に執着していたんだから、今も内心では僕に嫌われることを恐れているはずだ。そして表面的にでも、僕の謝罪を受け入れてくれるはず。
思い通りにならない状況に、僕は焦っていた。このまま、周りから嘲笑される存在で居ることは耐え難い屈辱だった。
「ニーナ……ッ」
駆け寄って、腕を掴んで振り向かせようと足に力を込めた瞬間、ニーナが不意に立ち止まった。
ついに声が通じたのかと安堵する。しかし、すぐに自分の勘違いに気がついた。ニーナの目線は僕には向かない。整った横顔が向くその先に居る人物。彼女の足を止めたのは、僕の声ではなかった。
「イーサン・バーミリオン、王弟殿下……?」
ニーナの視線の先。彼女に声を掛け振り向かせたのは、ひとつ上の学年に在籍する、当代国王の弟だった。
ニーナに何の用なのかわからないが、さすがに王弟との間に割って入ることもできない。伸ばしかけた手を下げることも忘れて立ち尽くす僕を、ちらりとバーミリオン殿下が見た、気がした。
一瞬のことだ。ほんの刹那に見た視線がとてもおそろしく感じられて、僕はすぐさま目を逸らしてしまったから実際どうだったのかはわからない。錯覚だったのかもしれない。
王家の象徴とも言えるルビーのような赤目が、見た者を凍てつかせるほど冷たく鋭かったなんて。
僕は身動きもできずに、ただ、目の前で向かい合う二人を茫然と見ていた。二人が何を話しているのかも、耳に入ってはこなかった。ニーナの銀糸と王弟殿下の黄金が陽の光の下風になびいて、美しい二人はまるで似合いの恋人のようだと思った。
ニーナと殿下は僕の存在などまるで気に留める素振りもなく、図書館に向かって並んで歩き出した。そうか、ニーナは本を抱えていたから。
真面目な彼女はきっと、今日の閉館時間までに新しい本を借りたいのだ。
婚約者だった期間に知り得たことは多い。ニーナについて、きっと僕は殿下よりもたくさんのことを知っている。今だって彼女のことが手に取るようにわかる。なのに、王弟の隣を歩くニーナはまるで知らない令嬢に見えた。
「バーニー?」
立ち尽くしていた僕は、声を掛けられて、ようやくぼんやりしていた意識を浮上させた
「カレン」
愛しい恋人の名を呼ぶ。ああ、そうだ。僕はこのカレンに恋をしていて、そして遠くなっていくあの背中を向けた彼女とはもう、婚約者ではないのだ。なぜだが一瞬、それを忘れていた気がして、妙な気分を振り払うように衝動的にカレンを抱きしめた。
「や、やだもう、バーニーったらこんなところで……」
カレンは急な抱擁に驚きながら、抵抗もせずに身を委ねてくる。誰かに見られているかもしれないが、それよりも今は実感が欲しかった。
何の?
──この恋の。
ニーナを失ってまで得た、この、大切な大切なはずの恋の実感を。
薄れそうになるそれを、必死で抱え込んだ。カレンの甘い香りとともに。
✴︎読んでくださりありがとうございます!
次回もう一話、バーニー・スプルースの「こんなはずじゃなかった」のコーナーが続き、その次からはニーナ視点に戻ってきます。ニーナ頑張ります、楽しんで頂けたら嬉しいです!
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