【完結】浮気した婚約者を認識できなくなったら、快適な毎日になりました

丸インコ

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変わっていく日々

温室の温度が変わった日 ✴︎イラスト有

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「ニーナさんを外出に誘う前に、私がフジーロ侯爵に手紙を書いたことは?」

「はい、父から聞きました。殿下が私の風聞を気にかけてくださったと」

 こうして噂に振り回されてみて、改めて殿下の気遣いが身に染みた。騒ぎにならないようにとお忍びの形になったのも、殿下が王族というだけでなく、私の評価に余計な波風が立たぬように考えてくれたのかもしれない。

「その返事に書いてあったんだ。ニーナさんがバーニー・スプルースを認識できなくなっていること、それ程に傷付いていること、だからこそ今は慎重に距離を計ってほしいと」

「父は少し、過保護なんです……」

「良いご家族だと思ったよ」

 殿下は朗らかに笑って、琥珀のお茶でひと息ついた。南国の花のような華やかな香りがほのかに漂う。意を決して、口を開いた。

 イーサン殿下が私のおかしな症状を知っていると判明してから、ずっと聞きたかったこと。

「がっかりされました、か……?」

「がっかり?」

 きょとん、と殿下がこちらを見る。

「その、最初におっしゃっていたので。スプルース様を気に掛けない私の振る舞いが、強い人だと……」

 反応を伺うように告げると、私の言わんとすることに気付き、殿下が「ああ」と苦笑する。

「確かに、君の気高さに興味を惹かれたのは本音かな。でも、そんなのは切掛に過ぎない。話す時間が、顔を見る時間が増えて、最初の動機なんてすっかり忘れてたよ」

 殿下は一度言葉を切って、こちらを向き直った。正面から視線が合う。

「言葉の誠実さや、意外とはっきりものを言うところ、すぐに照れてしまうところ、笑顔が……かわいいところ。そういう、何気ない仕草や人柄の方がよほど魅力的だったから」

「殿下……」

 誇張も矮小化もなく真っ直ぐ伝えられる言葉たちに、自分の顔が赤くなるのがわかった。俯いた頭の上で、メッセージバードがひょっこりと起き出して、ピッと鳴いて飛んで行った。
 兄の制作物だが、兄よりも空気が読める。おそろしい子だ。

「それだけスプルースに心を残しているのなら、口説かれてくれるのはずっと先かなと思っていたんだけど──」

 俯いてしまった私には、今イーサン殿下がどんな顔をしているのかが見えない。だけど、何だかよくない顔をしてらっしゃる気がする。

 婚約者としかお付き合いの経験のない私はもう、一杯いっぱいだ。まして、バーニーは私に愛を向けてはくれなかったから、ストレートに好意を伝えられることに慣れていない。

 それなのに殿下からは、追撃を緩めてはくれない気配がする。

「見えるようになったんだよね?」

「はい……」

「それは、もう彼のことは気にしないと割り切れたと考えていいのかな?」

「え、ええ、多分、はい……」

「それなら」

 そう言って、言葉を切った殿下が沈黙してしまったので、恐る恐る顔を上げる。その途端に、視線は再び絡め取られてしまった。

「もう少し、本気を出しても、良い?」

 囁くように告げる殿下の表情が、これまでよりも艶めいていて、本能的に視線をさまよわせる。何かこう、見てはいけないものを見てしまっているような。

「ニーナさん?」

 訊ねてくる声が甘い。すごく甘い。

「す、少しなら」

 そう答えるのが精一杯だった。心臓は、父の大事な壺を割ってしまった時のように激しく鼓動している。

 あの時はどうしたんだっけ? 確かディーンお兄様が一緒に謝ってくれて、デュークお兄様が破片を適当に繋ぎ合わせて私よりもこっぴどく叱られて……。

 この緊張から逃れようと、必死でどうでもいい過去のことを思い出していたら、殿下がふっと吐息で笑う。よくない。そういう、大人びた対応は今、心臓にとてもよくないのだ。

「少しってどのくらい?」

 殿下が首を傾げた。ゆるいウェーブの髪が頬に被る。それを耳に掛ける仕草にまで目を奪われる。こわい人だと、初めて思った。

(そんなのはこっちが聞きたいですよ!)

 頭がパニックを起こしかけたとき、ふっと背後に人の気配を感じた。

「その辺で勘弁してやってくれませんかねぇ? 殿下」

 とてもよく知っている声だった。けれどここに居るはずのない人の声に、勢いよく振り返る。

 軽く引っ掛けたローブからのぞく、嫌味なほど長い脚。腕を組んで、不遜な態度でニヤリと笑う、私と同じ髪色の人物。

「デュークお兄様!」

 肩に銀色の小鳥を乗せた、王宮魔法師がそこに居た。







✴︎読んでくださりありがとうございます!

感謝を込めて、リクエストいただいたウィスタリア家の両親イラストです。
王弟殿下のお手紙の返事に悩む父フジーロ侯爵と、抗議文の内容を添削する母、ローナ。

次回もよろしくお願いします!


 
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