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2.彼女の話
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今日は丸いパンがあっという間に売り切れた。その他のパンも売れ行きがよかった。彼女が幸せそうな表情でパンを食べていたからだろう。時々ショーケースの向こう側にいる私を見上げて微笑んでくれたので私もいつもの何倍も働くことが楽しかった。
俺もそこでパンを食べて行きたいから椅子を貸してもらえないか?といった内容の下心を感じる申し出をする男性客も多々いたが、椅子はもうないと断った。
朝のピークが過ぎ人もまばらになったので、手招きして店と2階の住居を繋ぐスペースの上がりかまちで彼女と話すことにした。
ポツリポツリと話す彼女の話を纏めるとこうだった。
サーカスの一員として旅をしてこの国に来た。サーカスはいろいろな国でで人や動物をスカウトしていて、貧しかった彼女の両親は美しい盲目の姉を売った。彼女も姉の付き人として8歳で生まれた街を出ることになった。姉は16歳で盲目の美しいダンサーとしてサーカスで舞うことになった。
サーカスは姉妹での舞いを期待したが彼女がリズム感が悪い振りをすると諦めた。おそらく上手く舞えていたら眼は潰されていた。
姉の付き人というだけではなく、団員の食事作りや洗濯、チラシ配りなどもしていたが、芸がないということで肩身の狭い思いをした。
姉も20を過ぎたばかりとはいえ、サーカスは若いダンサーを望んでいた。少しずつ少しずつ姉に対する扱いが悪くなってきていることも感じていた。
サーカスでの暮らしは8年程続いたが、姉が風邪を拗らせて亡くなるとサーカスを追い出されいろいろな職を転々とし2年程この国で暮らしている。
仕事は…毎回店の主人の機嫌を損ねて失うことになってしまう、と彼女は寂しそうに笑った。機嫌、と遠回しな表現をした彼女の横顔を私がハッとした顔で眺めていることに気が付いた彼女は
「私には姉のような魅力はなかったけれど若いというだけで性の対象と見られたようで…」
と辛そうに吐き出した。
彼女は自分の美しさに気付いていないのだろうか、若いというだけではなくとても魅力的で、さっきも店先でパンを食べているだけで男性客を惹きつけていた。たぶん私が睨みをきかせていなかったら彼女は何人もの男どもにナンパされていただろう。
白い肌に泣きぼくろが1つあり幼いながらに色気を感じる整った顔、柔らかそうなブラウンの髪を低い位置で2つに結んでいる。体つきは華奢で人によっては魅力を感じないかもしれないが、この街でここまで可憐な女性はそうそういない。
「私はあなたをクビになんてしない。今までの主人のような下心を見せることもないから安心して。ここで安心して笑って暮らせばいい。」
本心だった。彼女に好かれたい気持ちはまだあったけれど、それ以上に彼女に笑っていて欲しかった。
彼女は私を見ることなく、ありがとうございます、と呟いた。
今までの男性店主の行いが彼女を深く傷つけ、男性に対する信頼感を失わせたのだろう。おそらく私の言葉も信じてはいないだろう。
彼女の心の傷は深い。
だからこそ余計に、私は彼女を幸せにしようと心に誓った。
俺もそこでパンを食べて行きたいから椅子を貸してもらえないか?といった内容の下心を感じる申し出をする男性客も多々いたが、椅子はもうないと断った。
朝のピークが過ぎ人もまばらになったので、手招きして店と2階の住居を繋ぐスペースの上がりかまちで彼女と話すことにした。
ポツリポツリと話す彼女の話を纏めるとこうだった。
サーカスの一員として旅をしてこの国に来た。サーカスはいろいろな国でで人や動物をスカウトしていて、貧しかった彼女の両親は美しい盲目の姉を売った。彼女も姉の付き人として8歳で生まれた街を出ることになった。姉は16歳で盲目の美しいダンサーとしてサーカスで舞うことになった。
サーカスは姉妹での舞いを期待したが彼女がリズム感が悪い振りをすると諦めた。おそらく上手く舞えていたら眼は潰されていた。
姉の付き人というだけではなく、団員の食事作りや洗濯、チラシ配りなどもしていたが、芸がないということで肩身の狭い思いをした。
姉も20を過ぎたばかりとはいえ、サーカスは若いダンサーを望んでいた。少しずつ少しずつ姉に対する扱いが悪くなってきていることも感じていた。
サーカスでの暮らしは8年程続いたが、姉が風邪を拗らせて亡くなるとサーカスを追い出されいろいろな職を転々とし2年程この国で暮らしている。
仕事は…毎回店の主人の機嫌を損ねて失うことになってしまう、と彼女は寂しそうに笑った。機嫌、と遠回しな表現をした彼女の横顔を私がハッとした顔で眺めていることに気が付いた彼女は
「私には姉のような魅力はなかったけれど若いというだけで性の対象と見られたようで…」
と辛そうに吐き出した。
彼女は自分の美しさに気付いていないのだろうか、若いというだけではなくとても魅力的で、さっきも店先でパンを食べているだけで男性客を惹きつけていた。たぶん私が睨みをきかせていなかったら彼女は何人もの男どもにナンパされていただろう。
白い肌に泣きぼくろが1つあり幼いながらに色気を感じる整った顔、柔らかそうなブラウンの髪を低い位置で2つに結んでいる。体つきは華奢で人によっては魅力を感じないかもしれないが、この街でここまで可憐な女性はそうそういない。
「私はあなたをクビになんてしない。今までの主人のような下心を見せることもないから安心して。ここで安心して笑って暮らせばいい。」
本心だった。彼女に好かれたい気持ちはまだあったけれど、それ以上に彼女に笑っていて欲しかった。
彼女は私を見ることなく、ありがとうございます、と呟いた。
今までの男性店主の行いが彼女を深く傷つけ、男性に対する信頼感を失わせたのだろう。おそらく私の言葉も信じてはいないだろう。
彼女の心の傷は深い。
だからこそ余計に、私は彼女を幸せにしようと心に誓った。
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