ただΩというだけで。

さほり

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何かのはじまり

4.

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「おはようございます」

  午前9時25分。誰にとも分からない小さなあいさつとともに、津田が出勤してくる。席の近いものがあいさつを返す。

  この半年間、彼が遅刻してきたことは一度もなかった。その代わり、残業もしない。9時半までには来て、5時半きっちりに席を立つ。

  津田は毎日弁当を持参している。弁当と言っても、小さなおにぎりと少量のおかずを詰めただけの質素なものだ。
  乾は普段、社食で昼食をとり喫煙室でゆっくり一服してからデスクに戻るので、津田が自分の席で短い食事をとった後は休憩もとらずに作業に戻っていることを知らなかった。

  津田の仕事は丁寧で、部署内での評判がいい。
  どうやら薬学の知識があるらしいこともじわじわと知れ渡り、「契約社員の誰かに」ではなく、「津田に」仕事を頼む社員が一定数いる。
  そういうことにも、乾はここ数日で初めて気づいた。

  身上書を見てから、乾は津田が気になって仕方がなかった。
 知らず知らずのうちに、彼を目で追ってしまう。そうすることで、津田本人だけでなく、他の部下のことでも気づいたことが多い。

  津田の隣席の増井と向かいの美馬は私語が多いと思っていたが、ほとんどのケースで増井の方から話しかけている。
  片岡は本来自分でするべき仕事までこっそり津田に頼んでいる。
  派遣社員や若い社員よりも、知識と経験のある社員の方がより、津田に対して敬意を持って接していることも分かるようになった。

  乾は管理者としての自分の未熟さを感じていた。
  今までは、仕上げてくる仕事の質や自分に対する態度でしか部下を評価していなかったのだ。部下を見るというのはそういうことだと思っていた。


    
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