ただΩというだけで。

さほり

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Ωが生まれない世界

8.

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  タイミングよく、ノックの音とともに助手がドアから顔をのぞかせ、
「そろそろお時間です」
  と告げた。河野の話が切れるのを待っていたのだろう。
  おかげで、礼は失せずに辞去できたと思う。

  応接室を後にし、広いキャンパスを歩きながら、それまで黙っていた里谷がぽつりと言った。

「ショックでした」
「…… そうだな」

「上に、報告したほうがいいですよね。河野教授の言ってたこと…… 確かに画期的ですよ。ヒート抑制剤の開発より、そっちの方がずっと早いような気がします。そうしたら本当に、ヒート抑制剤なんて要らないじゃないですか。うちの部署、解体になりますよね…… 」

  乾は絶句した。

(そっちか…… )

「たとえヒート抑制剤が明日にも開発されたとして、治験して承認もらって、実用まで何年もかかるじゃないですか。それに比べて胎児の種別判定なら、ただ検査方法さえ確立すればいい。たぶん羊水検査でしょうけど……   今現在、5ヶ月で確認できるものを初期の段階まで早めるだけなら、そう時間はかからないような気がします。俺たちがやってきたことって、何だったんだろって、思っちゃいますよ……   」

(そういう問題か…… )

  めまいを覚えて、乾は立ち止まった。
  夕方のT大のキャンパスには、人がたくさんいた。薬学部と医学部に近いせいか、学生の他に研究員や社会人風の人間も多い。外の社会と違い、この隔離されたT大というエリアには、αの割合が圧倒的に多いだろう。

  ここにいる彼らが、河野の研究テーマを知ったらどう思うだろうか。
  彼らの大多数はきっと……
  その研究がすでにここの研究室で公然と進められていることが、その答えだ。

「Ωが生まれない世界」

  その構想を聞いて、乾が思い浮かべたのは津田のことだ。

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