ただΩというだけで。

さほり

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漏洩と波紋

2.

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  津田が保護者用の椅子に座って膝に乗せると、律は津田の胸に顔を近づけてきた。くんくんと鳴る鼻の音で、匂いを嗅いでいるのだと分かった津田は、合点がいって微笑んだ。

「ああこれな、いつもと違うだろ?クリーニング屋さんの洗剤の匂いだよ。律、鼻がいいんだなぁ」

  津田の家では柔軟剤を使っておらず、クリーニングに出さなければ着られないような服は一張羅のスーツくらいだ。いつもの洗剤と違う匂いに律が違和感を覚えるのも無理はないと思った。

  そのまま靴を履かせ、いつものように抱き上げると、今度は首筋に顔を寄せてきた。くすぐったくて少し笑い、それほど気にしなかったが、駅までの道を歩く間、普段よくしゃべる律が話もせずにしきりに匂いを嗅いでいた。

  その時は、よほど嗅ぎ慣れないクリーニング屋の匂いが気になるのだろうと思ったのだが。それ以来、服を脱いでも、風呂上がりでも、律は何かを確かめるように津田の匂いを嗅ぐようになったのだった。

  1Kのアパートに付いている風呂は当然のごとくユニットバスで、津田が律の身体を拭いてやるには少し狭い。小さなバスタブの横には簡素な洗面台と、そのすぐ隣にトイレがある。脱衣所も脱衣カゴもないので、脱いだ服は床、これから着る服は便座の蓋の上に置くのが津田家の日常だ。

「津田家」とはいえ。
  もしも母がこの状況を見たら、ひどく嫌な顔をするだろう。何年も連絡をとっていない自分の実家のことを、津田は最近ふと思い出すことがあった。

  津田の母親は潔癖症ぎみで、トイレに不必要なものを置くのを嫌がる人だった。本や新聞を持ち込むことも禁止されており、幼い津田がトイレットペーパーの芯を工作に使うつもりで集めていたら叱られてすべて捨てられた。
  そんな母には、これから着ようとする服を便座の蓋に置いておく生活などとても信じられないだろう。
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