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番(つがい)
6.
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目の前に置かれたアフターピル。津田はその錠剤を、そっと手にとってみた。
それは、凛花が死なずに済んだかもしれない薬。
律を存在させなかったかもしれない薬。
津田の身体と生活を守る薬。
そして、これから誕生し得るかもしれない新しい命の火を、そっと吹き消す薬。
手のひらに乗せても重さを感じさせない、小さな一粒。それなのに、その効果はあまりに大きい。
津田が見つめていた錠剤を、節の高い手が覆い隠した。繋ぐように津田の手のひらに重ね、乾はその手にグッと力を込める。
「あんまりしたい話じゃなかったんですけど…… ちゃんとしなきゃと思ったので」
せつなげに目を細め、唇の端を上げた乾が、その薬の重さを津田と同じように感じているのかは分からない。それでも、二人の手のひらで包んだその錠剤はもう、冷たく無機質なものではなかった。
灰を落としてから、大きく一息、煙草を吸う。それをゆっくり吐き出すと、背筋に貼り付いていた悪寒が、煙とともに剥がれたように感じた。
繋いだままの手が温かい。
津田は目を上げて、乾の喉元あたりを見ながら口を開いた。
「じゃあ…… 俺も、言いにくいこと言わせてもらうけどさ。お前この間、入籍のことも言ってただろ、番の話のとき。あれさ、気持ちは嬉しいけど…… とりあえず保留ってことにしてもらってもいいか?」
「もちろんです。でも、理由を聞いてもいいですか?」
「別にアレなんだけど…… 新しい仕事始めるとき、今の名前のままのがいいかなって。あと、律の苗字は、できれば佐伯のままにしといてやりたいと思ってて」
現行の法律では、婚姻後の別姓使用が認められていない。津田はまだ、「乾」を名乗るのに抵抗があった。
「それにお前、まだ離婚したばっかだろ?そっちの家族関係とかよく分かんねぇけど、あんますぐに再婚すんのも、どうかと思ってさ…… 」
それは、凛花が死なずに済んだかもしれない薬。
律を存在させなかったかもしれない薬。
津田の身体と生活を守る薬。
そして、これから誕生し得るかもしれない新しい命の火を、そっと吹き消す薬。
手のひらに乗せても重さを感じさせない、小さな一粒。それなのに、その効果はあまりに大きい。
津田が見つめていた錠剤を、節の高い手が覆い隠した。繋ぐように津田の手のひらに重ね、乾はその手にグッと力を込める。
「あんまりしたい話じゃなかったんですけど…… ちゃんとしなきゃと思ったので」
せつなげに目を細め、唇の端を上げた乾が、その薬の重さを津田と同じように感じているのかは分からない。それでも、二人の手のひらで包んだその錠剤はもう、冷たく無機質なものではなかった。
灰を落としてから、大きく一息、煙草を吸う。それをゆっくり吐き出すと、背筋に貼り付いていた悪寒が、煙とともに剥がれたように感じた。
繋いだままの手が温かい。
津田は目を上げて、乾の喉元あたりを見ながら口を開いた。
「じゃあ…… 俺も、言いにくいこと言わせてもらうけどさ。お前この間、入籍のことも言ってただろ、番の話のとき。あれさ、気持ちは嬉しいけど…… とりあえず保留ってことにしてもらってもいいか?」
「もちろんです。でも、理由を聞いてもいいですか?」
「別にアレなんだけど…… 新しい仕事始めるとき、今の名前のままのがいいかなって。あと、律の苗字は、できれば佐伯のままにしといてやりたいと思ってて」
現行の法律では、婚姻後の別姓使用が認められていない。津田はまだ、「乾」を名乗るのに抵抗があった。
「それにお前、まだ離婚したばっかだろ?そっちの家族関係とかよく分かんねぇけど、あんますぐに再婚すんのも、どうかと思ってさ…… 」
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